第226話 名実135 (323~325 犯罪へと5 大島の遺言1)
「私が疑われること自体は、私自身の責任がある以上は甘んじて受けよう。しかしながら、その件について、私は一切如何なる指示もしていなければ関与もしていない。それが唯一の真実だ」
大島は一言一言強調しつつ、言下に否定してみせた。
「正直なところ、既に話題になった実行犯の鏡が所属していた紫雲会と、もう1人の実行犯……、後から報道されたので知っているかもしれませんが、東館という男が所属していた駿府組が、爆破事件で一網打尽にされた理由は、葵一家の内部対立構造が主だと考えています。事件隠蔽目的はある意味で従という見立てです。ですから、あなたが要求したとは、私達も疑惑の度合いとしてはそれほど強くは思っていません」
西田は大島の関与を多少は疑いつつも、葵一家側の単独犯行の線を中心に考えていたことを、そのまま率直に話した。
「爆破事件が起きてから、気になって私も公安(調査庁)や警察側に問い合わせたが、北朝鮮絡みで何かトラブルに巻き込まれたという話が入ってきた。更に色々調べさせると、どうも高松(首相)が今回の国交樹立交渉の為、北朝鮮との下交渉にその2つの組織を使っていたと言う話があったらしい」
大島も西田と同様の情報を、その権力を利用して得ていたようだ。
「そしてその為に、葵一家の傘下にありながら、高松に絡んだ江田組との関係性を重視したことで、裏切りと捉えた葵一家に睨まれたということでしたか」
高垣からの情報を元に、話をすり合わせようとすると、
「まさしくそれだ! 失礼な言い方かもしれないが、公安情報には疎そうな君らの立場でも、そういう情報を上から得ることが出来ていたのか?」
と、かなり驚いた様子だった。
「残念ながら、その手の情報が我々のような末端の捜査員に下りてくることは、お察しの様にあり得ないんですよ。悔しい限りですが……。全く別のルートからの情報です」
西田は苦笑しながら答えたが、
「そうか……。この手の情報は、法務省にせよ警察庁にせよ、上層部と固定部署だけで管理したがるからな。一般の捜査員が関わることはまずない。例え他の事件に関わることであっても」
納得しつつも、大島自身が捜査機関全体の問題点として認識している様だった。
「瀧川の方には、その点について確認したんですか?」
吉村が再び質したが、
「否、していない」
と簡潔に答えた。
「どうしてしなかったんですか?」
なおも食い下がる吉村に対し、
「理由としては2つある。まず1つ目としては、私にとって具体的に爆破事件がどう関わっているかはっきりしなかったことだ。紫雲会に居た鏡が共立病院の件で絡んでいたのは知っていたが、それが爆破事件と関係しているのかはよくわからなかったからな。2つ目としては、仮に瀧川が関わったとして、私にそれを認める理由がない。わざわざ事件とは直接無関係な相手に、自らの罪を自白するほど連中はバカ正直ではない。君らもそれは理解しているはずだ」
と明解に説明した。
「それもそうか……」
吉村は独り言のようにボソボソと喋った上、それ以上返す言葉は見当たらなかったようだ。
「取り敢えず今日の段階で、一連の事件の概要についてはお話いただいたことでわかりました。明日以降供述調書作成の際に、更に詰めさせてもらうつもりですので、引き続き協力願います」
西田はそんな吉村を尻目に、まとめに入った。
「うむ。勿論その点は理解しているし、協力させてもらう」
大島も深く頷いた。
「ついでと言ってはなんですが、中川秘書についてですが……。間違いなくあなたへの義理立てから、自ら話すことは全く考えられないのが現状だと思います。もし良ければあなたの肉声で、直接中川秘書に自供を促してもらえると助かるのですが……。当然直接会うということは、法廷以外では無理ですから、音声録音という形になります。双方の弁護士の間で話を付けてもらう必要もありますが、こちらで段取りします」
西田がお伺いを立てると、
「それについても、協力出来るならするつもりだ。彼にはこれまでも、他のことで大変尽くしてもらったが、この件では、今更ながら大変申し訳無いことをしてしまった……。人生を棒に振るようなこに巻き込んだんだから……。私にとって忠実な秘書だっただけに、それに甘えてしまったとしか言い様がない。早く楽になってもらいたい」
伏し目がちに、そう語った。
「じゃあ、その点についてもよろしくお願いします」
西田は大島の姿が、取り調べの始まった時より小さく見えていたが、無視するようにそう言って一息付いた。
「ところで、小野寺さんの我々に出した交換条件の話ですが。えっと……、政治家としての遺言でしたっけ? それについて話すなら今話しちゃって下さい。約束通りしっかりと聴かせてもらいますよ」
吉村の突然の発言に、大島の話に集中していたことで、西田は重要なことを忘れていたことに気付いた。大島に自供させるために飲んだ条件を、うっかり頭の片隅から完全に消し去っていたのだ。
「犯罪者が、こんなことを許してもらうというのも君らには申し訳ない。だが、これを言わずして政治家、……というより政治家だった男として、このまま死ぬ訳にはいかないという思いがある。かと言って、やはり一般有権者に向けて言う資格があるかと問われれば、当然認められないだろう。だからこそ、事実を喋る代わりに君らにだけでも、思いの丈を聴いてもらうことを恥を忍んで頼んだと言うことだ」
大島は、西田と吉村を交互に見据えつつ、一言一言噛みしめるように心の
「とにかく、どうぞご自由に話して下さい。黙って聴いていますから」
それを受けて西田は発言を促した。
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらう」
大島はそう言い終えると、深呼吸した。
※※※※※※※
「君らは高松、そう、首相の高松についてどう思うかね?」
大島の話を一方的に聴いていれば良いと思っていた2人は、いきなりのっけから質問を受けたことにかなり戸惑ったが、かろうじて西田が、
「そうですねえ……。自分は政治に明るくはないですが、まあこれまでの既得権益構造を壊すということで、国民の期待は相当高いみたいですね。自分の居る民友党もぶっ壊すとか、これまでの与党政治家とは違う点も、多くの人間にとっては魅力的なんですかねえ……。私個人はそれ程期待はしてません。そもそも、そんなに簡単に変えられる程、日本の行政システムは緩くないと、我ながら公務員の一員として切に思います、良くも悪くも」
と、自分の所属する警察を念頭に置いて、お茶を濁す程度の意見を述べた。
「うむ。確かに高松の発言は耳目を集めているし、民衆から高い支持を得ているのは間違いない。そして我々のような『古い』政治家が、奴の攻撃対象となっているのも当然自覚している」
大島はそこまで言うと、ストレートに苦笑いを浮かべたが、すぐに真面目な顔に戻り、
「しかし、
と断言した。
それに対し吉村が、
「確かに政治家の言うことですから、そこに騙しが入っている可能性は十分あるというか、誇大広告の類だと思いますよ。でもねえ……。大変申し訳無いですけど、それこそ小野寺さん達のような『政治屋』が、これまで好き勝手やってきたからこそ、こうなっちゃったんじゃないですかね? あなたから見れば、ケツの青い若造が大層生意気なこと言う様で申し訳ないんですけど」
ためらいがちながらも、まるで国民、有権者の意見を代弁するかのように喋った。
「なるほど、吉村君の言うことももっともなことだろう。私もそれを否定するつもりもなければ、否定し得ない。だがその上で我々が考え無くてはならないのは、政治の本質についてだ」
「政治の本質とは?」
西田が大島の話を遮るように質した。
「西田君は夜警国家という言葉を聞いたことがあるかね?」
「何となくですが、国防やら警察のような治安維持やらだけを担う、必要最小限の任務だけを行う国家でしたっけ?」
西田は部下の吉村の手前、的外れなことは言わない様に慎重に返した。
「その通り。その反対的な国家観として、福祉国家や行政国家という概念が存在する。そして現代の先進国家のほぼ全てが、そのほぼ反対の側にあるのは、君らもわかっているはずだ。建国以来、政府からの介入を徹底的に嫌う、自由主義のリバタリアン的政治思想、つなりリバタリアニズムが、未だに一定の力を持つアメリカですらそれは例外ではない」
そこまで解説すると、
「つまり現代の日本もまた、当然そういう国家であることに疑問を挟む余地はない。この点はそういう方面の知識に乏しい人物であれ、現実を見ればわかるはずだろう。そしてその国家観を前提に行われる政治を考えれば、必然的に政治は、『国家が保有する利権の分配』をどう図っていくかという課題に行き着く。それこそが……、無論それだけではないが、ある意味において現代政治の本質という訳だ。誰にどのような利権をどの程度行き渡らせるのか。それを考えるのが政治家の役目であり、国民はそれを政治家に付託している、そんな側面が政治にはある。社会福祉も、言い換えれば利権の分配であることに気付いていない人間が多い」
と語り、両腕を机の上に置き、2人の前に身を乗り出すようにした。先程までの、事件の顛末について告白していた末に、普段と比較して縮こまって見えた大島の姿は、既にそこにはなかった。
「小野寺さん。あなたが言いたいことは、つまりですよ。これまでの公共事業を利用した土建優先政治は正しいと、そういうことを言いたいんですか?」
西田は、いきなり公共事業絡みに話を持って行った上で、非常に懐疑的な見方を示した。それに対し、
「正確に言うなら正しい部分も当然あるだろう。公共事業自体は、適正なものであれば、どんな国家であれ絶対に必要なものだからだ。これは個人の見方ではなく、ただの事実に過ぎない。しかし不必要なことをやり過ぎたということまで、私は否定するつもりもないし、そこに我々への批判があることは、自省も込めて深く認識もしている。しかしながら日本の戦後の高度経済成長は、冷戦構造や朝鮮(戦争)、ベトナム(戦争)特需を利用して得た企業利益を、国民全体に広く分配していくことで成立していた。つまり、日本の再分配は間違いなく国家全体の経済成長として結実し、その後の輸出産業の更なる成長と、それによる再分配の加速に伴う厚い内需産業の育成、そして地方への公共事業が、都市部に集中した利益を地方へと分配することに役立ったのは間違いない。問題は、その公共事業などによる分配が、都市部の多くのサラリーマンの様な労働者には、目に見えて波及しなかったことだ。それにより特にバブル崩壊後に、彼らには著しく不満を生んだということだろう。だが、地方への利益の分配としては、残念ながら公共事業などのバラマキが今現在も含め、最も効率的だったことも事実だ。田舎の人間には、残念ながらそう出来ることはない訳だから……。無論、我々の票田の源泉としての、公共事業の裏の意図を否定はしないが、それを除去したところで、公共事業以外の地方への分配方法は、あるようでなかなか厳しいのも現実だった」
と、言い訳もあるのだろうが、大島は冷静に分析してみせた。
「それじゃあ、もう1度戦後からやり直すとしても、あなたは同じことを繰り返すべきだと?」
吉村は、それでも納得出来ないと言う様子だったが、
「訂正すべき部分はあるが、所得の高い方から低い方へと移転していく方向性としては、大枠では間違ってはいない。繰り返すが日本はそれで経済成長し、
と断定した。確かにそれは西田も含め否定し難い部分だった。
「しかし今は、その構造を改めて作り直すことを、国民は望んでいる訳で、それが高松政権に対する高い支持や期待となっているんでしょう」
西田は直接反論せず、現状を述べることでやんわりと反撃した。
「その通りだ。高松の唱える徹底再構築なるスローガンが、国民、有権者へ響き、彼らは従来の利権構造の打破に期待しているのだから」
高松はそのまま肯定してみせつつも、
「しかし、彼らは理解が足りないと、やはり言わざるを得ない」
とすぐにその手の意見を切り捨てた。
「そうは言っても、このままのやり方では、高松の言う通り茹でガエルになるだけでは?」
普段政治に関心がなさそうな吉村が、やけに熱心に絡んでいることに西田は少々驚いたが、そういうタイプだからこそむしろ高松の存在が気になるのだろうと、西田なりに推察していた。
「それは大まかに言って、間違っているとしか言い様がないのだよ残念ながら。日本の国民は、改革や維新や革命という言葉に昔から大変弱い傾向にある。日常生活においては、大きな変化を非常に嫌う割にな!」
そう言うと、老翁は一瞬皮肉な笑みを浮かべた。
「否、改革は必要なんじゃないですか?」
西田もこれには違和感があり、さすがに応戦してみたものの、
「そんなことは誰もがわかっている! 問題は変革の必要性そのものではなく、方向性の問題だ!」
大島は目を剥かんとばかりに一蹴した。
「方向性?」
「西田君、そうだ方向性だ! その方向性を間違えれば改革どころか改悪になる。そこの認識が、特に今の日本国民、有権者には乏しい。変革は全て正しい方向に行くと勘違いしている。そして一度変革が行われれば、その結果についてほとんどの場合、まともに検証することもない。まさに変革そのものが目的化し、結末には興味が無いのだ。そして高松の政治の方向性は、確実に間違っている」
「そこの部分がよくわからないんですよねえ……」
ただ相手の言うことを黙って聴いておけば良いという、事前の認識は既に2人にはなく、当初はやっかいだと思っていた意見の応酬に、西田も吉村も自然と巻き込まれる形になっていたが、その自覚は一切なかった。
「高松は、民間に任せられるモノは任せるという論理で、国有事業や公的な事業を民営化したり民間に譲渡しようとしている。また様々な規制を撤廃して、競争原理をあらゆる部分に導入しようとし、それが正しい方向性だと信じている……、否、信じている振りだけかもしれんが……。裏には、アメリカからの毎年のような経済的外圧(作者注・年次改革要望書)が絡んでいるのかもしれないが、それはこれまでも同じだったのだから、そこだけ切り取っても仕方なかろう……。それはともかくだ。確かに公務員や国家などが絡むことで効率が悪くなったり、時代に合わない規制が経済成長を阻害していることもあるだろうし、国民生活にとって害となっているものも、残念ながら間違いなく存在している。そこは否定しない」
「郵便も民営化すると言ってますね。さすがに警察はやらんでしょうが」
吉村は自分達の立場を踏まえ、おどけたように肩をすぼめた。
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