第166話 名実75 (170~171 安村記者会見での暴走と思惑)

 夕方からの記者会見は、安村が自ら出席し、留置場担当の責任者として、北見署長の竹田、北見署警務課長の津山、そして捜査側の責任者として、小藪捜査本部長(刑事部長としてではなく、捜査本部の中の役職として)が同席して行われた。


 注目を浴びるNHKや民法の地方ニュースの時間帯に、丁度セッティングされたのは、安村の意見が通ったから……否、それ以前に、そういう状況を安村が作り出すことが、ある意味「上」の方から、実は期待されていたからと言うべきだろうか。西田達も捜査本部で、その様子をテレビで見ていた。


「本日は、95年11月11日に発生した、北見共立病院3名銃殺事件の被疑者である、中川弘樹が、本日の午前1時前後に、北見署留置場にて自殺を図ったことについて、状況、対応等の説明をさせていただきます」

そう切り出したのは安村本人だった。本来であれば、方面本部長ではなく、担当署の最高責任者である署長が対応すべきと思われたが、竹田が、元々記者会見に乗り気でなかった上に、積極的に安村が会見を主張した関係上、主に安村が記者会見を仕切ることになったようだ。とは言え、直接の担当責任者である津山が、何だかんだ言っても、質疑に中心的に応じざるを得ないのは、事実確認上間違いない。そう考えると、真の被害者は津山と言えた。


 質疑は当然のことながら、逮捕以来のこれまでの中川への取り調べが、一体どのように行われて来たかがまず問われた。

「自殺を図る程、厳しい取り調べが行われていたのではないか?」

極ありきたりだが、マスコミ側から出てくる常套句が当然飛び出していた。しかし、安村自ら率先して、過度の長時間の取り調べは止めさせていたこともあり、安村も小藪も共に、この質問の類を自信を持って否定していた。確かに、これについても全く非がないと、西田も考えていた。


 次に自殺を図った際の、看守役の見回り状況と、その後の対応についての説明や責任が問われた。ただ、現実として、ほぼ適正に対応したからこそ、中川は意識も在り、現に生存しているのだから、この点については、マスコミもそれほど批判めいたことは言わず、あくまで状況確認という色合いの強い質疑になっていた。説明していた津山の朴訥とした人柄も出たか、この時ばかりは、かなり穏やかなやり取りのまま終わった。


 しかし、ここまで終わった後、最終的なマスコミの質問を受ける前に、安村が再び口を開いた。そしてそれは、西田が想像していたよりも、かなり踏み込んだ内容だった。


「既にお気付きになっている記者の方も多いかとは思いますが、当該捜査本部では、北見共立病院銃撃事件におきましては、東館と既に死亡している鏡の両名を実行犯と特定し、東館においては先日起訴しております。今回自殺を図った中川及び、同日に逮捕した坂本、板垣についても、殺害実行に関与もしくは協力したものとして、起訴に向けて鋭意捜査、取り調べ中でありました」

そこまで言うと、記者会見場全体を舐めるように見回し、改めて言葉を継ぐ。

「更に、犯行に関与したと見られる者が、間違いなく他にも居ると思われますことから、そちらの逮捕、起訴に向けて邁進しております。ただ残念ながら、現状においては、厳しい面や部分もあり、正直難航しております」


 この言葉を聞いた捜査本部内は、「おいおい」というような、それほど大きくはないが、低いどよめきが木霊した。明らかに大島海路を意識した発言だ。さすがに、この場でそこまで明かす必要はないのではないか? そういう空気がありありと支配していた。


 勿論、安村の横の小藪にも、画面越しにだが、明らかに動揺した様子が窺えた。かと言って、慌てて上司の発言を制するという訳にも行かず、自分より若い上司をチラチラと横目で、落ち着きなくしきりに見るのが精一杯のようだ。西田ですら、リーク情報にありがちな密かな提供方法を、いきなりダイレクトに記者会見でぶちかました手法には、首を捻らざるをえない部分が多かった。横で一緒に見ていた吉村も、

「これ……、本当に大丈夫ですかね?」

と西田に確認する始末だった。それに対し西田は、

「頭の良い人だから、さすがに、何の考えも無しに、こんなことを言っているとは思えんがなあ……」

と、さっきの安村との会話も踏まえ、茶を濁すような発言をするのが精一杯だった。


「この話は、中川容疑者の『仕事』に絡んでくるということでしょうか?」

北海道共同テレビの三木と名乗る記者が、正式な質問時間の前に、突然核心に触れる質問をした。これに安村がどう答えるのか、周囲の捜査員の視線がテレビに一斉に注がれた。


「そう考えていただいても、一向に構いません」

その答えを聞いた道報の佐野という記者がすかさず、

「つまり、有力者に嫌疑が掛かっていると考えてよろしいでしょうか?」

と確認を入れた。無論、有力者とは大島海路を指しているのは明白だ。

「それについては否定も肯定もしません」

このほぼ「黙認」という答えに、今度は記者会見場がどよめいた。捜査本部の方では、どよめきというよりは、むしろ言葉を失ったような状態で、一瞬静まり返っていたが、しばらくすると、「これはホントにヤベえんじゃないの?」という誰かのセリフに代表されるような、不穏な雰囲気が充満してきた。


 さすがに、大島が既に病院に入院したりと、先に先にと手を打たれている以上、更に手の内を晒すような言動は、絶対に慎むべきという考えを持っている捜査員の方が多かったのだ。

「方面本部長がここまでぶちまけるとなると、何が狙いなんだ? 匂わせるだけで十分だと思うがなあ……」

西田も頭の中でそう繰り返しながら、安村の暴走をただ見ているしかなかった。しかし、よくよく考えて見れば、道警本部は安村を利用しようとしていた以上、この型破りな言動を、ある程度は予期していたのではないか? そう考え始めても居た。


 安村がこの捜査においては、かなり無茶なこともやる覚悟があることは、大島海路の事務所のガサ入れで、北見の上層部内で揉めた際には、小藪などを通して、札幌の道警本部に報告が行っていないはずがない。


 その道警本部が、安村の意見を尊重して記者会見を開くことを許可した上、記者会見上、お目付け役としての道警本部からの役員派遣が一切なかった時点で、こうなることは、ひょっとするとある程度計算済みだったかもしれない。そして安村もそれをわかった上で、プロレスのブック(プロレス用語で試合中の「筋書き」の意味)並に「お約束」を果たして見せたのかもしれない。さっき西田の前で垣間見せた苦悩ぶりは、ある種の演技だったのか本音だったのかは、今となっては定かではないが、そういう可能性は十分にあった。


 政権トップの高松首相の側としては、既に党内有力者でありながら、ある種の反体制派であった大島海路を切り捨てたがっている、そう捉えても良い状況を、先程安村は西田に説明していた。警察がしっかり動いていることを、安村の記者会見を通して、世間に直接的に表明させた上で、反体制派とでも言うべき大島に、じわじわと圧力を掛けたいという意図があると見ることは、十分に出来るはずだ。


 更に、民友党の内的抗争を、記者会見で喚起されるであろう、外的な世論と言う圧力を利用して、上手く世間からは隠した上で、世論によって支えられている今の高松内閣の立場を、民友党内部にもしっかりと知らしめる魂胆があっておかしくはない。同時に民友党全体への批判と箱崎派……、否、旧来政治型の梅田派を筆頭とした、党内主流派への批判とを上手く切り離して、別物とすることにも成功する可能性は十分にあった。


 よくありがちな、政治家の不祥事を秘書のせいにして誤魔化すという手法は、マスコミや民衆にとっても怒りの対象となることは、これまでのスキャンダルから見ても自明だ。まして、その秘書が取り調べの最中に自殺未遂していたと報道されれば、世論の沸騰ぶりは想像に難くない。


 現に中川の「親分」の方は、京葉病院に雲隠れしているとなれば尚更のはずだ。高松自らは、その世論の側に立ち、大衆と共にあることをイメージさせつつ、民友党内部の力学を自分に有利にした上で、民友党が高松によって変革されて来ているという印象操作も世間に対して出来るとなれば、一挙両得どころか三得となる。ピンチを大きなチャンスに変えることも可能となるわけだ。そして、察庁や道警本部もその筋書きに従って動いているかもしれない。


 しかし、そうだとしても、安村のような人間であれば、その権力側の「裏の」狙いを、本来は軽々しく受け入れるタイプの人間ではなさそうなこともまた確かだ。そこに先程の安村の逡巡があったのかもしれない。そうだとすれば、本音か演技かで言うなら、かなり前者寄りだったということになる。


 そうなると問題は、安村自身の思惑に近いにも拘らず、安村の今回の言動が、結局はおそらく「上」の思惑通りにほぼなってしまっていることだ。先に考えたように、描かれたブックにそのまま乗ったとすることも可能だが、安村の性格を考えると、やはりどうしてもしっくり来ない部分もある。


 安村が単純にブックに乗ったわけではないとすれば、被疑者自殺未遂の記者会見での、大島側への圧力を与える以上に、この一見茶番の可能性がある暴走に、何か捜査そのものに役立つことがあると考えているのかもしれない。ならば、安村と上が互いが利用しようと画策し合った末に、根底にある思惑が全く異なる、あくまで結果論としての予定調和が、今目の前で繰り広げられていることになる。言うまでもなく、年下ながら敬意を持てる上司である安村に、そうあって欲しいという、西田の願望が全く無かったとは嘘でも言えなかった。


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