第151話 名実60 (139~141 伊坂家から砂金と札束を押収した意味)

 そんなことを考えながらも、自分の席で捜査状況の報告を受けて、まとめていた西田に、三谷が声を掛けた。

「西田! 二課の高田主任から、『伊坂政光の所から押収したブツに変なものがある』と言われて確認したんだが、どうも古い書面と砂金と札束みたいなんだ。例の砂金と証文じゃないかと思ってな。お前自信の目で確認しといてくれ!」

「え?」

思わぬ言葉に、西田は席を立つと、三谷の元へと駆け寄って確認する。


「だから証文と砂金と札束だって! 鑑識に成分分析依頼したら、間違いなく金だと、さっき結果が出たらしい。佐田実の事件で、確か砂金が絡んでたよな? ひょっとしたらと思ってさ」

その言葉を聞き終わる前に、西田は捜査二課の部屋へと駆け出していた。


 室内に入るなり、高田主任を探す西田に、

「西田課長補佐! こっちですよ、こっち!」

と、高田が奥から声を掛けてきた。西田が高田の机の前に立つと、すぐに押収物を西田に見せてきた。西田は、かぶりつくようにまず証文を読み、その後砂金を確認した。


 札束は北央銀行の帯封で4つ。つまり400万で、しかも全てが聖徳太子の1万円札だった。福沢諭吉ではないので、かなり前に引き出したモノと思われた。証文については、伊坂大吉が自分で持っていたモノなのか、それとも佐田実から、資金提供の契約書と引き換えに受け取った、佐田が作成した偽の証文なのかはわからなかった。これは鑑識に血判が本物かルミノール反応で調べてもらうしかない。


「なんでもっと早く言ってくれなかった? ガサ入れから1週間近く経ってるんだぞ!」

確認し終わるなり、いきなり西田から苦言を呈された高田は、

「いやあ、申し訳ない……。何か犯罪に絡んだ証拠を見つけることに精一杯で、うっかり若手が別の所に、昨日まで置き忘れてたみたいで……」

と言い訳した。しかし、

「わかった。そんなことはどうでもいい! 伊坂の家から押収したんだな? どこだ、具体的に!」

と、今度は襲いかからんばかりに、西田は問い詰めた。

「ちょっ、ちょっと待ってください。えっと……、おい有村!」

焦ったようにそう言うと、高田は有村という若手刑事を呼んだ。


「これ、何処にあったんだ?」

有村が来るなり、確認する高田。

「はい。えっと、確か伊坂家の2階の伊坂の書斎でした。書類なんかが入った書棚に小引き出しみたいなのがあって、その中に、紙と薬包紙みたいなのに包まれた砂金と帯封4つ……。関係ないとは思っていたんですが、念のため……」

西田はこの時、感情に任せて高田を責めた自分を恥じた。元々捜査情報を完全にオープンにしないままで、二課どころか自分達の捜査一課にすら協力を要請していたわけだから、証文や砂金などは重要視しなくて当然だ。


 むしろ有村という若手刑事が、何の関係もなさそうなモノを押収してくれていたと言う偶然に、十分に感謝すべきですらあった。我に返った西田は、

「すまん……。実は札束以外は、重要な証拠になるかもしれないんだ。だから思わず興奮してしまった。悪かった」

と素直に謝った。


「ああ、そういうことだったんですか」

高田はすぐに謝罪を受け入れてくれた。

「押収したのも君自身なんだな?」

わかってはいたが、西田は念のため、というより、バツの悪さを隠すために有村に再確認すると、

「はい。そうです」

と答えたので、

「いや、ホントによくやってくれた。見逃してもおかしくない。助かったよ!」

と、やや大げさに褒めた。すると、

「いえ。取り敢えず、関係する可能性がゼロでない限り、全て持っていくことが捜査の基本と理解していますので」

と、先程までとは違い、自信を持ったような顔付きでそう胸を張った。なかなか頼りがいのある若手のようだ。


「ところで、伊坂は、今の時間は二課で取り調べてるんだよな?」

そう西田に問われた高田が軽く頷くと、

「申し訳ないが、今すぐオレに聴取させてもらえないか?」

と頼みこんだ。

「そりゃ元々一課の捜査ヤマですから、それは自分は一切構わないですが……。ちょっと待ってもらえますか? 課長に許可してもらわないとならないんで」

高田はそう言うと、二課長の来栖のデスクへと向かった。西田も自分からも頼むべきと思い、後を付いて行った。


 話を聞いた来栖・二課長は、

「西田がそういうなら、それは仕方ないだろ。わかった。高田、聴いてる正田しょうだ達に打ち切るように言っておいてくれ。俺の指示だとな」

と高田に指示し、

「じゃあ、西田課長補佐はここで待っててください」

と高田は言うと、そのまま取調室へと向かった。


「ところで、どうなんだ、行けそうなのか? ターゲットまで」

それを見届けた後、来栖はおそらくわざと軽目に西田に尋ねてきた。

「それは、現時点では何とも……。本来ならば、見切り発車ではあったんですが、このタイミングを逃すと、完全にチャンスを逃すと思って踏み切りましたから。やるしかないですよ」

それを聞いた来栖は一言、

「まあ、やるしかないよな、やるしか……。後、伊坂の余罪についてだが、何とか行けるかもしれん。今確認中だ」

と、西田を直視せず言った。

「そうですか! そいつは期待してますよ」

対照的に来栖をしっかりと見ながら言った。


※※※※※※※


 既に日は落ちていたが、西田は伊坂と初めて直接に面と向かい合った。本来ならば、2人体制で聴取すべきだが、書記役すら置かず、まさに一対一での聴取だ。


 供述調書を全く取るつもりがない時点で、手続き的なものはともかく、実態としては正式な聴取とは言えないモノだった。本来ならば、到底許されないだろうが、来栖が気を利かせてくれた。さすがに伊坂政光は、これまでのマジックミラーから見ていた姿より疲労して見えた。


「これまでとは違う刑事さんだな」

ポツリとこぼすように言った伊坂に、

「ちょっと聴きたいことがあったもんだから」

とだけ告げた。


 そして西田は、札束を除いた2つの証拠物件である、砂金と証文を机の上に置いた。既に鑑識で、証文の血判が本物の血痕であることは簡易的に確認済みだった。つまり、佐田実が、資金融通の契約書と引き換えに渡したと見られる、偽造証文ではなかったことはほぼ確かだった。


 また、血判の指紋の内、伊坂、北条の分が、間違いなく警察の保有する情報と合っているか。そして、証文に伊坂か大島の指紋がないか、この後チェックを頼むことにもしていた。


 証文は、計4枚あったはずで、佐田徹が佐田家に残したもの、北条正人の分を受け継いだ弟の正治が佐田家に置いて行ったもの(最終的に、佐田実殺害後、その遺体から喜多川と篠田の、後の伊坂組・両専務が奪って、おそらく伊坂大吉を脅すため、銀行の貸し金庫に喜多川が保管)の2枚が既に見つかっていた。


 そうなると、残りの分は、伊坂本人が持って「いる」或いは「いた」もの、もしくは桑野欣也から受け継いで、大島こと小野寺道利が持って「いる」或いは「いた」もののどちらかのはずだ。おそらく、今、目の前にある証文は、伊坂本人のモノであるとは考えていたが、念のためのチェック依頼だ。


 西田は、その2枚の証文については、これまで残存の確率はかなり低いと見ていた(証拠隠滅のため)が、少なくとも1枚は残っていたのだから、それでも十分驚きだった。


 そして、砂金は約375グラム。証文に記されていた、まさに1人分の量である「百匁」だった。つまり、相続1人分がまるまる残されていたことになる。まさか伊坂が、おそらく自分の証文と、誰か1人分の砂金をそのまま持っていたとは、これもまた大きな驚きだった。


「これ、親父さんの大吉のモンだろ?」

その質問に対し伊坂は、特に何か反応を示すことはなかった。西田もそれに構わず話を進める。


 西田は、伊坂政光が、現時点で何か答えることはないだろうと聞く前から考えていた。反応が見れれば良い程度の感覚で尋問していたことも、そのような「進行」につながっていた。


「あんたは、おそらく親父さんから聞いて知ってると思うが、この紙……、証文と砂金……。どっちも、親父さんが戦前に生田原で砂金掘ってた際に、そこの雇い主から相続した時に作った証文と、戦後掘り出した砂金だと思う。いや、本来この証文に載ってる、他の受け取るべき人物の分かもしれないな……」

そう言うと、政光に見えるように証文の向きを変えた。


「あんたは、1992年の秋、親父さんに何か打ち明けられただろ? 7年前の95年11月、本橋の自供から、親父さんが佐田実という人物の殺害について、本人死亡により書類送検された。あんたもそれについて事情聴取されたはずだ。その殺人の件で、92年の夏辺りに、親父さんは、真相を知っていた誰かに脅されたってのが、俺達の当時の見方だった。そしてあんたは、その頃、東京の大黒建設でサラリーマンやってたが、丁度92年の秋頃に荒れていたという証言も既に得ている。当時、親父さんは夏場以降急激に体調を崩していたな? 確か心臓が急に悪くなったはずだ。そして、翌年お前に経営を譲り死亡した。その一連の流れが、さっきも言ったように、事件や脅迫について、あんたが親父さんから、打ち明けられたと示唆してるようにしか思えないんだよな」

一対一の独特の空気感の中でも、政光は特に大きく動揺したようには見えなかった。さすがに逮捕時に比較すれば、腹も据わってきたのかもしれない。尚も西田の独白に近い聴取は続く。


「この証文と砂金は、その佐田実の殺人において、根本的原因となったモノのはずだ。親父さんは、この証文に書かれていた、親父さん含め4名の人物が、本来受け取るべきだった砂金を、ある人物と共謀して2人で全部取ったと見ている。それを、兄である佐田徹絡みで、証文の存在を知った佐田実に色々と嗅ぎつけられ、おそらく当時の非行を理由にして脅迫された。そして、親父さんは、邪魔になった佐田実を、本橋……、知ってるな? 死刑になった本橋については? で、そいつや喜多川や篠田に殺害させた。しかし、その後、喜多川や篠田に逆に脅され、最終的に重役にまで引っ張り上げることを余儀なくされてしまったんだろう。あんたもまた、その負の遺産を、会社と共に引き継がざるを得なくなったのは気の毒だったが……」

チラリと政光の表情を窺うと、目をつむったままだったが、西田の独り語りはしっかりと聞いているようではあった。


「おそらくだが、親父さんが佐田から一番脅迫されて痛かったのは、砂金の横取りというセコい犯罪のことではなく、この証文からではわからない、生田原の砂金を掘っていた時の仲間を、相手に問題があったとは言え、殺めたことのはずだと思ってる。あんたも聞いているんじゃないか? この『免出重吉の遺児』と書かれている部分を見てみろ。この免出を殺した男を、この北条と共に親父さんは殺した。義憤であったのは間違いないし、モロに時効だったにせよ、『私の死刑』が許されるわけがない。それが世間にバラされれば、オホーツク地域の有力経済人である親父さんとしては痛いはずだ。手紙の中身を裏付ける証文には、あんたの親父さんの血判まで残っているのだから、『荒唐無稽』な話などとは言えないしな……。この話は、佐田徹がしっかり経緯を手紙にして残してたということも、親父さんにとっては痛かったな……。無論、その手紙があったからこそ、佐田実は昔の話を知ることが出来たんだが……」

西田は、そう一方的に喋りながら、佐田徹の手紙の原本かコピーを、捜査一課の資料キャビネットから持ってこなかったことを後悔した。しかし、仮にあったところで、うんともすんとも言わない政光に見せつけても、大した意味はないだろうと思い直してもいた。


「話を元に戻すが、特にこの砂金は一体誰の分なんだ? こちらとしては、親父さんは、取った砂金で伊坂組を興したと見てるんだ。しかし、証文に記された丸ごと1人分の砂金が、こうしてあんたの家に残されていた。おそらく、あんたもその経緯について知ってるはずだ? 一切手を付けてないんだからな。一体何があった? 教えてくれないか?」

こう言いながらも、これについて反応した時点で、15年前の殺人事件について、色々と突っ込まれるのは、政光もわかっているだろうから、現時点では、無反応なのは予測していた。これに反応すれば、今はまだ「世話」になっている大島を裏切ることにも繋がりかねない。そして、政光はまだ目を閉じたままだったが、腕組みを始めていた点が、先程までとは違っていた。


「これは、保険のような感じで取っておいたのか? しかし、わざわざ他の奴の取り分まで、一度は横取りしておいた癖に、一体何で取っておいたんだろうな。そして、あんたもまた、おそらく親父さんの意向を酌んで、亡くなった後も保管していた。一連の流れが、どうなってるかも解せないんだよなあ」

一方通行の会話ではあったが、西田はもうそれでいいと達観したか、いや半分諦めたか、政光の様子を見ることすらせずに喋り続ける。


「親父さんは、ある人物……。もう隠しても仕方ないから言ってしまうが、あの大島海路と一緒に戦後砂金を掘り出したはずだ。そして、他の証文に載っている連中の分まで取ってしまった。それは、病院で銃殺された松島孝太郎にも自白してる」

西田は、北村のテープに残されていた松島の証言を元に発言した。しかしその直後、政光がふいに口を開いた。


「親父はね……、確かにクズかもしれない……。でも、ただの鬼畜ではない」

思わぬ言葉に政光を凝視した。それは決して強い言葉ではなかったが、魂のこもった言葉のように西田は受け取った。

「どういうことだ、ちゃんと説明してみろ!」

その意味を聴き出したいが故、この聴取で初めて凄んで見せたが

再び政光は口をつぐんだ。そしてそのまま、政光が西田の話に何か反応することはなかった。


西田も1時間で聴取を諦め、鑑識に証文を提出して指紋の検出のチェックを依頼した。


※※※※※※※


「それにしても、親父の悪口を言われ続け、さすがにキレたか……」

捜査本部に戻りながら、西田は政光が唯一反応した時のことを思い出していた。


 ただ、実際にはキレた口調でもなく、淡々とした口ぶりだったし、他には一切反応しなかった。その意味を西田は読み切れないでいた。捜査本部に戻ると、三谷一課長に、

「西田! どうだった?」

と尋ねられた。西田は黙って首を横に振ると、

「そうか……。まあこの件は、真相究明には役立つかもしれんが、立件に必要なモンではないだろう。忘れて次に移ろう」

と、ある意味慰められた。

「ええ……。切り替えて行きます」

西田はそう言うしかなかった。


「今俺達が出来るのは、周辺の人間からの証言での証拠固めだ。伊坂については二課に任せるとして、例の坂本と板垣の幇助固めと建設会社銃撃事件への関与の立件だ。そこで、政光からの指示があったとなれば、更に政光にも波及させられる」

三谷は西田を鼓舞するように「理想論」を言ったが、そんな簡単なことではないことはわかっているはずだ。


「ところで双龍会はどうなんです?」

伊坂組自体とも、坂本・板垣の2人とも関連の強い地元の暴力団である双龍会が、建設会社銃撃の際に2人を「教育」したと捜査本部は睨んでいた。


 しかし、別件で色々と組員を逮捕して事情を探ってはいたが、なかなか核心に迫るようなモノは、まだ出て来てはいなかった。7年という時間の壁もある。伊坂組の所有する、山中の資材置き場などで、処分したという、射撃練習で使用したコンパネや、2人が射撃訓練していたという痕跡がないか、捜査員が連日調べてはいたが、なかなか該当するものは見つからなかった。特にコンパネについては、焼却したと言う東館の証言が事実ならば、探し出すのはかなり厳しいだろう。


 東館も、起訴された後も、任意という形で取り調べに応じていたが、起訴前に自供した以上の新たな証言は出て来てはいなかった。兄貴分の大原のために警察を利用して敵討ちをしようとしただけに、既に本人に出来る限りの「協力」はしてくれていたに違いない。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る