第144話 名実53 (125~126 ガサ入れ前の内偵で揉める)

 その後、捜査本部首脳による捜査会議が始まった。病院銃撃事件に加担、協力した3名が判明した今、残る問題は、大島の選挙事務所のガサ入れについてどうするかということと、3名逮捕のタイミング、そして伊坂組社長である伊坂政光をどうするかが議題になった。


 確実に誤射の痕跡が残っていなければ、ガサ入れの意味が無いどころか、有力者である相手に「反撃」の口実を与えかねない。指紋などの、東館達が潜伏していた他の痕跡が採取できる可能性はより低く、そのためには、ガサ入れの前に、出来れば銃撃の痕跡があることを把握しておきたい。7年前でなく、事件直後であれば、通常の「一発勝負」のガサ入れも可能だったかもしれないが、時間の壁がそれを躊躇させていた。


 更に、伊坂を出来れば同時に逮捕して、証拠の隠滅などをする時間を与えないまま、一連の事件への関与を明らかにしておきたい。かと言って、現状では、若手社員2人に、建設会社、病院の両銃撃事件関連で何か指示(教唆あるいは共謀共同正犯扱い)を出していたと予想は出来ても、実際に逮捕出来るか、現状の「材料」だけでは、かなり微妙なラインではあった。逮捕強行は不可能ではないが、あちらには、7年前に煩わされた顧問の松田弁護士もいるだろうし、相手に結果的に有利になるような結末は避けたいところだった。


「ガサ入れの前の、『内偵』への協力者はどうなんだ? 見つからないか?」

小藪刑事部長が出席者を見回しながら確認するが、誰一人として挙手するものはいない。当然彼も分かった上で聞いているのではあるが、浮かない顔だ。

「正直言って、大島の事務所に出入りできる程の関係でありながら、警察に協力し、且つ口外しないとなると、かなり難しい人選ですよ……。そう簡単にいかないのは仕方ないです」

手越管理官は、出席者全員の率直な感想を代表して言った。

「やっぱりそこがネックだよなあ」

苛立ち紛れか、小藪は後ろのホワイトボードに、何やら他人からは判別不可能な文字をマーカーで書いた。何の意味もないことは本人が一番よくわかっているのか、さっさと自ら消した。


「事務所に出入りの業者なんかはどうなんだ?」

「それも考えてはみましたが、さすがに取引相手に、しかも地元の有力者となると、業者側も厳しいでしょう。第一に、まずそれらの『対象』に、この件を依頼する時点で、相当気を使うのは、個人相手の時と変わらないのでは?」

西田もこの点については困り果てていたのだ。


「警察全体で、協力者探しってのも出来ないのが現状で、打つ手は限られますよ。何しろ、トップシークレットについては、捜査本部の他の連中ですら、全貌は明かしてないでやってるんですから」

三谷課長もお手上げという態度を隠さなかった。

「あとちょっとなんだけどなあ。何とかならんか!」

小藪の憤懣ふんまんやるかたない咆哮も、虚しく会議室に響くだけだった。


※※※※※※※


7月21日の日曜日。伊坂政光の逮捕案件を探っていた西田達に、内偵していた真田から面白い情報が入った。複数の取引業者で、3年程前ぐらいに、記入しないままの白紙の領収書を伊坂がたまにもらっていたというのだ。おそらく、金額を勝手に書き込んで経費水増ししているのではないかと真田は報告した。


 元々税金関連については、伊坂組及び伊坂家はクリーンだと、7年前の捜査で、当時の倉野・北見方面本部・捜査一課長が西田に語っていたが、いよいよそうも言っていられない建設不況の波に飲み込まれたのだろうか……。


 しかし、捜査陣にとっては渡りに船。私文書偽造で別件逮捕のチャンスが出てきた。伊坂を逮捕出来ないのであれば、税金に絡みそうな案件は、税務当局の介入で捜査上面倒なことになりえるが、伊坂本人を確保できるのであれば、それを気にする必要はない。西田は、真田に内偵を更に進めるように指示した。

 

 7月22日月曜。西田は思い切って、北見方面本部や北見署それぞれの刑事課において、一定の範囲で、全体的な捜査情報を共有することを、刑事部長室で小藪に提案した。このことで、大島海路の事務所へ出入り出来、且つ捜査協力してくれそうなコネを探しだす「脈」を増やす目的があった。


 元々、捜査情報の厳重管理は、何を隠そう西田の主張するところであったが、この方針を事実上撤回するものでもあった。折角、東館の証言で事件の協力者が炙り出されたにもかかわらず、無駄に時間を費やすだけでは、みすみす逮捕の機会を逃しかねない。早い段階で大島海路の事務所をガサ入れ出来るか結論を出し、出来ることならば、ガサ入れと3名の逮捕を同時に行うことが、もっとも求められる捜査だ。


 問題は、情報共有対象が広がることによる情報流出だったが、これについては、短期間で協力者を探しだすことで打開しようとした。そもそも、ここ最近の流れを見る限り、情報が外に漏れているという感覚は西田も持っておらず、多少管理を緩めても大丈夫ではないかと考えていたこともあった。


 しかし、繰り返すが、当然ながらそれには出来る限り短期間、出来れば数日内で探し出す必要があった。言うまでも無く、一種の賭けの側面もあるわけだ。小藪も三谷も、西田の提案に対し一定の理解は示したが、元々が西田の情報管理路線を支持した理由を考えれば、同時に懸念を示したこともまた言うまでもなかった。


「すぐに見つかるか? 長引けば長引く程、情報管理は難しくなるんだぞ?」

三谷はどちらかと言えば、これまでの路線のままで行くべきという意見のようだった。

「しかし、このままにしていても仕方ないですから」

「それはその通りだが、捜査員側の流出はないとしても、協力者と目した相手には、協力してくれるかくれないか判明しない状態で、ある程度何を調べて欲しいか依頼するわけだし、『黙っててくれ』と言われれば、要請された相手は『何事か』と思うわけだしなあ……」

小藪も、少なくとも乗り気と言う程ではないのは間違いない。


「まず捜査員に情報提供した上で、ガサ入れの『予習』を頼める相手が居れば、それが誰なのか、きちんとリストアップさせましょう。そして、こちらでゴーサインを出せる相手の場合のみ、実行を許可するという方向で」

そのような西田の主張に、

「それはそうなんだが、これまでも実質そうしようとはしてたからな……。ただ、今までは、俺達による協力者の選定過程がなかったってだけの話で」

と、小藪は返した。

「それをしっかりやって、短期間なら何とかなると思います!」

西田は怯まず2人に決断を迫った。


「……わかったよ、西田がそこまで言うならそうしよう」

最終的に、押し切られる形で小藪は渋々了承したが、余り納得したような様子ではなかった。


 捜査本部に戻ると、吉村が北海道新報の朝刊を持って西田に話し掛けてきた。

「大将の奥さん、昨日亡くなったみたいです」

そう言うと、お悔やみ欄を西田に見せた。遠軽の訃報も、北見地区のお悔やみ欄には載るのだ。

「ああ、結局ダメだったのか……」

西田はそう言うと、大将の心中を察した。

「そうだな……。3時間だけなら行って来てもいいぞ。そのぐらいの時間なら、何とか都合付けてやる。今、丁度捜査方針を若干修正してる最中だし、今ならすぐにやるべきことがないから」


 捜査が行き詰ったとは言え、でかいヤマの捜査中に、私用で離脱は、本来ならば許されるはずもないが、どうせ待機させているだけなら行かせてもいいやと、異例中の異例であるかなり甘い判断をした。

「いや、ホントにいいんですか?」

何度も小声で確認を繰り返した吉村に、

「だからいいから! そうそう、ついでに俺からの香典も頼む。銀行でピン札に変えてもらってくれ」

と、西田は財布から1万円札を取り出し吉村に託した。

「わかりました。じゃあ申し訳ないですが、家に急いで戻ってすぐ向かいます」

そう言うと、ダッシュで部屋を出て行った。


※※※※※※※


 9時過ぎに、通夜から戻った吉村の話によれば、大将も今年の春には、医者から覚悟を決めるように、実は告げられていたらしい。とは言え、長年連れ添った女房を失った悲しみは、さすがに隠せなかったとのことだった。


 母の死で戻ってきた、旭川に住んでいる息子には、「これを機会にこっちに来ないかと言われた」そうだった。店の経営も苦しいらしく、かなり本気で考えているように見えたと、吉村は西田に報告した。


※※※※※※※


 7月23日。北見方面本部並びに北見署の刑事課内部でも、情報を提供した上で、ガサ入れの事前調査に協力してくれる人物に思い当たる節がある捜査員を探していた所、北見署の刑事課・盗犯係の刑事に、父親が大島の後援会に入ってる者が居た。その父親自体、元々仕事の付き合いで入ったということで、特に大島の支持者というわけでもなく、協力も間違いなくしてくれるだろうと言う。


 その刑事の名前は香川と言った。父親は、現在故郷の常呂町(2006年、合併のため現・北見市常呂)在住だが、昔は、北見の商工会事務所に勤務して居たという。何かあったところで、今迷惑が掛かることもなければ、掛けられることもないというのが息子である香川の判断だが、勿論、父親自身へ直接確認したわけでもなく、最終的な判断はその後ということになった。ただ、少し視界は開けてきたのは間違いなかった。


 7月24日。香川から父親の回答が伝えられた。香川の事前の判断と違い、かなり渋られたという。理由は簡単だった。現状退職した自分にとっては何の問題もないが、やはり、商工会などの残った人間のことも考えないといけないという理由だった。


 しかし、最終的に、香川の父以外に適格な人物が見つからなかったこともあり、西田は香川の父を説得して協力してもらうことを、再度香川に要求した。そして当日の夜、香川から何とか説得がかなったと常呂から電話で連絡が入った。わざわざ直接説得しに、常呂町まで出掛けてくれたのだ。香川の献身的な協力に西田は感謝し、事件解決へのいとぐちがはっきりと見えた直後、一気に奈落の底へと突き落とされるような言葉を香川の口から耳にした。


「親父からは、『次の支援者の懇親会があるのが、お盆の前の8月8日だから、その時に』ということを言われてますが、問題無いですか? 直接捜査に関わってないんで、よくわからないんですが、大丈夫ですよね?」

「ちょっと待て! その日まで事務所には入れない?」

「ええ。支援者って言っても、事務所に頻繁に行くような熱心なもんじゃないし、4階に行くとなると懇親会ぐらいしか思い浮かばないと言ってます」


 この期に至って、西田を筆頭に捜査首脳陣は、大変な思い違いをしていたことに気付いた。事務所に入れる人間と言っても、何時でも入れるわけではないし、どの部屋にでも自由に行けるわけでもない。大島にとってかなり重要な支援者か関係者でもなければ、自ずと限度があるわけだ。


 そして、それ以上に大きな問題があった。東館の殺人での勾留は、延長含め20日間が限度だが、その最終日が8月3日だった。いや、正確に言うのであれば、8月3日が土曜日なので、検察の決済の問題で、実質8月2日金曜日までに起訴するか決めないとならなかった。容疑によっては、更に5日間延長出来ないこともないが、内乱罪などの特定の重犯罪以外では適用されないので、東館の場合には当然適用が出来ない。


 こうなると、それまでに東館について殺人での起訴をする必要があるが、さすがにこの時点では、逮捕時とは違い、報道機関に「北見共立病院銃撃事件の犯人起訴」という情報を流さないわけにはいかない。


 そうなると、当時病院銃撃事件に参加・協力した連中にも、「捜査の手が迫っている」ことが必然的に伝わることになってしまう。その場合には、証拠隠滅や逃亡などの行動に移されておかしくはない。だからこそ、東館の殺人での起訴前に、ガサ入れと対象人物の逮捕を済ませてしまう必要があるのだ。


「まいったな。見通しが甘過ぎたか……」

小藪は悔しそうに椅子から立ち上がり、刑事部長室の窓の周囲を歩きまわったが、自身もまた、その判断に関わった以上は誰のせいに出来るはずもなく、再び椅子に深く座り込んだ。


「どっちにしても、時間は相当限られているし、内部から協力者がこれ以上出てくる可能性はないと言って良いでしょう。いざとなれば、内偵なしで踏み込むことも、覚悟しないといけないかもしれません」

西田がそう言うと、

「いやいや! 相手が普通の一般人ならそれでも構わんが、絶対にガサ入れの失敗は許されない以上、事前に、間違いなく弾痕があることを確認しておかないとならんだろ? リフォームでもされてたら元も子もない。確かに銃痕が無くても、大島事務所の関与は、幾つかの秘密の暴露で立証出来ないことはないが、もしガサ入れした挙句、銃痕が出なかった場合には、むしろ相手にとっては多少なりとも、東館の証言の信憑性について疑義を挟む口実にはなるからな……。まして相手は大島だ。蟻の一穴が大きな穴になりかねん」

と、三谷が強く反論した。


「しかし、そんな悠長なことを言ってる場合ですかね? そうは思えないんですが」

色をなして反論した西田に対し、小藪は、

「普通の事件じゃないんだ! 下手すりゃ北見方面のトップの首どころか、道警本部、いや、察庁まで巻き込みかねないんだぞ!」

と珍しくはっきりと叱りつけた。それでも尚、西田は納得出来ないという態度を崩さなかった。


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