第141話 名実50 (116~118 銃撃事件実行までの詳細)
「それについては後で詰めるとしてだ……。まずは、はっきりしないまでも、既に決められていた殺害計画を、いざ実行するという最終決定と、事件当日にあった指示について、色々もうちょっと詳しく頼む」
「詳しくって言われてもな……」
西田の問いに、そう言い淀んだ。
「じゃあ、まずは実行当日までの事前訓練についてだ。殺害実行決定の直後から訓練してたって話だが、回数はどれくらいだった? さっきの聴取だと数回という話だったが、具体的に回数がわかるなら、尚良しだ」
不明な点を必要以上に細かく追及したところで、既に詳細な情報を出せる部分は大方出してくれている以上、単なる時間の無駄になりかねない。相手にストレスを与えるのも先の聴取に影響しかねないわけで、ギリギリの探りあいを続ける。
「それはなあ……。少なくとも、その日に5回以上は繰り返したはずだ。……多分6回ぐらいじゃないか? 翌日にも、同じ時間帯に3回はやったな」
「かなり念入りに繰り返したな?」
吉村が割って入った。
「そりゃまあ大仕事だからさ……。それでも足りないと思ったか、鏡の方は、『もうちょっとやらせろ』みたいに、おっさんに文句付けてたぐらいだったぞ。知らない土地だけに、近い場所とは言っても神経質になってたなあ。本番も練習も、どっちも運転は鏡だったから、俺は多少気楽だったが、奴の立場を思えば仕方ない。ただ、おっさんが言うには、『事前に必要以上に目立つようなことがあると、
こちらから聞くより先に、運転していたのが誰かまで答えてくれたので、西田としてはありがたかった。
「じゃあ、4人がどういう配置で乗車してたか、ちょっと書いてくれ」
先程のメモ帳の余白の部分に書くように、西田が指示すると、すぐに東館は書き込み始めた。
「助手席が俺、後ろの運転手側がおっさんで、俺の後ろが兄貴だった。本番も後ろの2人が居なくなっただけ」
「練習の車種は、普通の乗用車?」
「セダンタイプだったと思うが、具体的な車の名前まではわからんな。そこまで気が回らなかった。色は黒だ。ただ、おそらく事務所の車だったんだろうが、『国会議員様』が乗るような、あからさまな高級タイプではなかったという印象は強くある」
西田の質問にも、さくさくと東館は答えた。ここでも記憶力はかなりあるようだ。ここまではかなり満足できる取り調べだ。
「よしよし! そうかわかった。ところで、当日に非常階段の傍に車を付けたのは、練習通りだったようだが、その指示はおっさんがしてたのか?」
「そうだ。さっきも言ったが、練習の初日からその場所に駐めた」
「当日の非常階段上がってから、理事長室までの流れは、事前に練習はしてなかったんだな?」
「いや、2日目の練習の時に、非常階段を上がってフロアに入る直前までの練習は1度してた。その時は、フロアには入らなかったけどな」
「かなりしっかり事前にやってたんだな……」
西田は感嘆と言っては大げさだが、短期間の準備でありながら、思った以上にしっかりと計画されていたことに、ある意味感心していた。
「フロアには入らなかったが、帰宅後には4人で見取り図も使って、部屋を間違えないようにチェックもしたし、殺る対象の爺さんの写真もチェックしていた。手前味噌になるかもしらんが、ここまでバレずに来れたのは、そういうところもちゃんとしてたってのはある。2日目には、逃げた後、待ち合わせ場所から、おっさんが運転する車に乗り移ることも1度だけやった」
東館も、相変わらず殺人自体の罪の意識は軽いようだったが、今はそれを糾弾している場合ではない。そして、西田は気になっていたことを、ここで重要な疑問としてぶつけた。
「ところで、実行した時もそうだが、練習時の時間帯含め、フロアに人が居ないという前提があったようにしか思えないんだが? しかし、実行の時間帯によっては、人がたくさん居る可能性もあったんじゃないのか? そうなると、その点では……、あくまでその点についてだが、かなり無理があるというか、
「ああ、それについてか……」
東館は、質問が如何にもその通りだというような、両手を頭の後ろにまわして大げさなリアクションを取ると、
「俺達も、実行の時間帯は、既に決まってるのかと聞いたことがあったんだ、おっさんにな。そうしたら、『相手次第の部分もあるが、練習した時間帯に、相手がそうするように一応は仕組んでる』と言われて、ちょっと混乱したんだ。でもな、その後の説明で納得出来た。それは、かなり記憶に残ってる」
と答えた。
「そこ、どういうことか説明出来るか!?」
西田は強く回答を求めた。ここはかなり重要な部分だ。焦りすら隠さず、率直に要求した。
「上手く説明出来るかどうかわからんが、じゃあ……。誰がしたかはわからんが、タマを取る相手の爺さんが、その時間帯にしか動けないような状況を事前に作っていたって話らしい。確か……、とにかく人目に付かない、練習と同じ時間帯で実行出来るからと……」
そう言うと、口元に拳を当てた。そして、
「えっと……。何でも、爺さんにとって都合の悪い連中が、昼間は病院に張っているような印象を与えておくとか何とか……。これ以上は、当時もはっきりしたことは聞いてないと思う。とにかく、そういう状況に、自然と持っていく手はずが整ってるってことを言ってたよ。結構自信ありそうだった。『心配するな』と言ってたな」
と付け加えた。
この意味は、西田にも完全に理解出来るモノではなかったが、東館達も実際のところ、詳細には説明はされていなかったのだろう。殺害された松島や大島の関係を前提にしないと理解出来ないことを、東館達に説明したところで意味はなかったはずだ。
おそらく、大島側のスパイが病院内に潜んでいるようなことを、自殺した理事長の浜名を通じて、松島に印象付けていたのではないか? そう西田は理解した。そこで、人目に付かない時間帯に、北村刑事を呼び寄せる必要を作り出したということだろう。
自殺した浜名も、松島の味方であるかのように、松島の前では振舞っていた可能性が十分にあった。そうでなければ、わざわざ、実際には大島の影響下にあった浜名の病院に入院したりはしなかっただろう。盗聴器も、そう簡単に付けられるものではない。理事長室の利用や、そこへ入る際に靴を脱がせることなど、これを含め相当用意周到に準備していたことがよくわかった。
「そうか。それについては、今のところは十分だ。ところで、実行日の方の決行指示についてだが、これについては、既に指示が来た時間なんかは聞いてるけど、その指示した時の様子というか、おっさんはどんな感じだった?」
「事前にやることは決まってたせいか、慌てた感じはなかったと思うぞ。俺達も覚悟は決めてたから、『いよいよだ』ぐらいの気持ちだったはずだ。出来れば、もう少し訓練しておきたいところだったが、長い間待たされるのも辛いもんだ」
ここで吉村が咎めるように尋ねた。
「お前らは、松島という爺さんの他に、部屋に看護婦と刑事が居ることを知ってたのか?」
「爺さんとは別の男と看護婦が居るだろうとは事前に言われてた。ただ、その男が刑事だったとは、事件後にニュースで見て知った。とにかく、部屋の中で爺さんと一緒に居る奴は全員殺ってくれと言われてたから、後の祭りだよな……。文句も言いたくなったが、まあ3人殺ったら、これはもう……。どっちにしても、パクられたらアウトだから、刑事であるかないかに違いなんてねえって奴よ」
刑事を殺すということがどういう意味があるか、否、3人を殺害するということが、どういうことかは、さすがによくわかっていた。
「じゃあ、大島の事務所から病院へ行くまでだ……。指示を受けた後、駐車場にあった盗難車に乗り込むまで、まずどれくらいの時間があったか」
改めて西田が問うと、
「いつでも出られる状態にしてたから、身支度みたいなモンに掛かったのは数分だったはずだ。ただ、その前に念入りに事前に復習というか、手順の打ち合わせと確認をした。だから、この前も言ったが、指示があったのが、多分午後6時前ぐらいで、そこから30分近くはチェックに使ったと思うな……」
と質問に答えた。東館は、この時それほど自信はなさそうだったが、ここまでの証言は、基本的に筋が通ったものだと西田は感じていた。
「そして、駐車場にあった、シートが掛けられていた盗難車に、お前らはいよいよ乗り込んだわけだな? ちょっと確認したいんだが、盗難車だがキーはどうした?」
「それはな……。実は、既に鏡が前日の夜に、試しに盗難車に乗り込んでみた時に、おっさんから受け取ってたみたいだ」
盗難車については、確かにキーが付けっ放しになっていたものを盗まれたと、捜査報告書にあったはずなので、これについて裏取りが出来た。後は車種だが、盗まれたのはシルバーの家族向けセダンだった。
「キーはあったわけだ。それから前日に盗難車の方にも乗ったって?」
西田は、気になったことを確認する。
「乗ったって言っても、言ったように俺は乗らずに、鏡だけだ。しかもエンジン掛けただけで、実際に動かすことはなく、運転席に座って確認しただけらしい。事前に走ってパクられたら意味ないから、動かさなかったとは言ってたと思う。俺は、その時は上の部屋でテレビ見てた。運転する人間としては、事前にチェックしておきたかったんだろ」
「そっちの車種はわかるか?」
「はっきり覚えてないが、4ドアの大衆車だったな。色は銀だったのは間違いないはずだ。夜に目立つなと思って、正直なところ、余り良い気分じゃなかった」
こちらもしっかり発言から裏が取れ、尋ねた西田も満足した。
「で、当日に駐車場からその車に2人で乗り込んで、そこから病院へと行き、練習通りに理事長室に忍び込んだってわけだ。大体何分ぐらいで、理事長室に入ったのが何時とかそういうのはわかるか?」
「当日がどれくらいかは計ってはいないが、練習段階で5分程度だから、当日も同じぐらいだろう。理事長室に入ったのは、6時半は過ぎてたと思うぞ」
「そこからすぐ盗聴した?」
「ああすぐだ」
「そうなると、実行するタイミングってのはどういう風に決めてたんだ?」
「おっさんからは、多分紙をもらいに来る男が入って、紙について何か喋ってからと指示されてたから、そのタイミングを待った。俺達が先に着くとわかっていたようだな。そして着いてから、そんなに時間が経たない段階で、そいつが病室に入ってきたのはわかった。そこから、鏡と最終の打ち合わせをして、レシーバーを回収し、用意してきた目出し帽被って、さっきの通路まで出てから靴を履いた上で乱入したんだ。……当然、一応周囲に人が居ないかどうか慎重に確認してたから、乱入って程じゃなかったか……」
「そこで、無言で拳銃ぶっ放した後、どう思ったんだ?」
正直なところ、この質問は、捜査にほとんど関係なかったが、西田としては何故か無意識に聞いていた。言い終わった後も、聞いた理由はよくわかっていなかった。
「どうもこうもねえよ。何か考えたらお仕舞……。考えたら出来なくなる。殺った後も、何の感情も持たないようにした。その時まで、殴る殴られるの経験はあったが、殺しはやったことがなかったからな。チャカだしこっちの痛みもない。血が壁やカーテンにに飛び散ったことだけが、やらかしたことを感じさせただけだ……。それに、頼まれていた紙や盗聴器の回収と、逃げることに頭が行ってたってのもある」
東館は表向き悪びれもせず、淡々と答えた。
吉村はそんな東館をじっと睨みつけていたが、この回答にも、西田は不思議とそれ程怒りは湧いていなかった。自分の相棒を殺害され、当時の憎しみは忘れるはずもなかったが、そういう爆発的感情は、ほぼ全て、今目の前の追及そのものにぶつけている、そんな感覚があった。そして、直前に、且つ無意識に、東館にそれを尋ねたことの意味は、東館からの回答を聞いた時に、その「感覚」が本物かどうかを、自分で試すためだけにあったのではないか、そんな思いすら抱いていた。
「殺害した後、紙と盗聴器を回収して、思わずアベと田舎の訛りが出た時、鏡の反応は?」
気持ちを切り替えて新たな質問をした。
「それについて、特に何か反応はなかったんじゃないか? ただ、そんなことを一々確認してるような場合じゃなかったからな。俺はマズイことを言った自覚はあったとは思うけどよ。まあ、だからと言って、すぐにバレるような類の話でもねえから、それほど深刻にも考えてもいなかった」
正直なところ、既に実行時の音声について、東館にまだ聞かせていなかったとしたら、この場面の2人の会話内容の証言を東館から得られれば、実行犯である裏付け、つまり「秘密の暴露」に使えたのかもしれない。しかし、今となっては後の祭りだ。幸いなことに、他の証言でさまざまな裏付けは足りるだろうが、もったいないことをしたのも事実だった。
「なるほど。そして紙と盗聴器を回収して、外に出て非常階段まで逃げたわけだ。見られていたことは気付かなかったと言ってたな」
「ああ、わからなかった。もし気付いたら下手すりゃ発砲してたかもしれんぞ。気付かなくて良かったな、俺も、目撃した奴も」
確かに、余計な犠牲者を出さなくて良かったと西田も感じていた。
「そこから乗ってきた車に乗り込んで、待ち合わせ場所の空き地まで行ったんだな? 大して時間は掛からなかったはずだが、練習通り、おっさんと兄貴分の大原が迎えに来るまでどれくらい掛かったんだ?」
「それは、病院の駐車場で車に乗った時点で、俺が助手席から兄貴に携帯で連絡してたから、着いてすぐだった。これは2日目の練習の時に、非常階段上るのとセットで、おっさんと兄貴が空き地に迎えにくる練習してた通りだった」
東館の証言からは、回数こそ少ないが、2日目の練習は、既にかなり緊迫感のあるモノだったということになる。
「なるほど携帯で連絡してたか……。目出し帽はどうした?」
「目出し帽被ったまま車運転してたら、目撃された時点で相当怪しまれるからな。駐車場を出た瞬間には取ってたよ」
おそらく、車内に残った2人の毛髪が抜けたのは、高い確率でその時だったのだろう。
「空き地に着いて、相手がすぐ来て、お前らが乗り込んだのは後部座席か?」
今度は吉村が聞く。
「そうだ。トランクと言う考えも事前にはあったが、万が一、検問に引っかかった場合でも、堂々としていたい方が良いだろうというおっさんのアドバイスがあった。『俺なら顔パスだ』とも言ってたから、自信があったんじゃないか? おっさんが何者かは、秘書だとは思いつつもはっきりとは……、北見に来てからここまで、してはいなかったが、この言葉で、やはり相当の地域の有力者だとはわかったな。それで、間違いなく大島の秘書だなと確信を持ったわけよ」
東館は相変わらず、案外合理的な考えを述べた。
「そして事務所まで何の問題もなく着いたわけだ?」
「ああ、右折待ちはあったが、信号にも引っかからなかった記憶がある。なんで憶えてるかって言うと、まあそれだけ早く着けと思ってたんだろうな……。内心は常にヒヤヒヤしてたのは間違いない。3人ともソワソワしてたんじゃないか? ただ、おっさんだけは妙に余裕だった。自分の『顔』に自信があったんだろうな」
立て続けの吉村の質問にそう返すと、東館は首をグルンと回して、首や肩のコリをほぐしているようだった。ずっと尋問していた西田も吉村も、それに合わせたわけではないが、無意識に身体をリラックスさせるように力を抜いた。3名とも、自然と力が入っていたに違いない。
「今思うと、あの2時間弱は、俺にとって人生最長の2時間だった……。やらかしたことの意味は、改めてその日の夜のニュースでわかることにはなったけどよ……」
目の前の2人の様子を見ながら、東館がそう話を再開すると、
「後悔したのか?」
ボソッと吉村が聞いた。
「それはないな。あそこで後悔するとすれば、むしろ生まれたことから後悔してるさ……」
「ところで、回収した紙と盗聴器については、最終的にどうしたんだ?」
西田は、やはり気になっていたことを質問した。
「紙はおっさんに渡した。盗聴器はレシーバー含め、踏んで壊した上でそのままゴミ箱行きだ。それにしても、まさか事件の顛末が、ずっと録音されてたとは思わなかったな。どういうカラクリだったんだ?」
首を数度振って何とも言えない顔付きをしたが、確かに北村の録音が残ったのは、たまたまカラオケに行く予定と重なったという幸運があった。北村にとっては、最悪の不運と共に……。
とは言っても、ここまでの東館の自供を振り返る限り、おそらく避けることの出来ない運命、というよりは宿命だったのではないか。西田としては、そう思うより他にやるせなさを誤魔化すことは出来ず、東館の疑問にも答えないままだった。東館も、西田の様子に察するところがあったか、それ以上聞くことはなかった。
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