第133話 名実42 (94~96 東館の兄貴分)
「否、別にそいつは組み抜けにしか関わってないんだろ? だったらいいじゃないか?」
しつこく問い質すが、同時に今回の爆発で死亡している中に、もしかしたらその人物が含まれているのではないかという興味もあった。
「おいおい! どうせあんたら『組』を捜査してんだろ? だとすれば、世話になった兄貴分にも十分迷惑掛けてるだろうよ、既に!」
この発言で西田は重要なことに気が付いた。捜査の方針としては、中途半端な状況で駿府組を調べることは、葵一家含めむしろ隠蔽に動かれると判断していたので、東館の逮捕の情報も極秘にしていた。東館の取り調べで、しっかり上部組織の関与を確信出来るまで動かないつもりだった。しかし、東館は既に、駿府組にも捜査の手が及んでいると勘違いしているようだ。西田はしばらく相手の「誤想」を前提に話をしてみようと思い立った。何か尻尾を出すかもしれないからだ。
「まあそりゃそうだが、兄貴分は事件には関係ないんだから、お前が気にする必要はない」
「だとしても、わざわざ名前出すと、しつこく取り調べとかするだろ、察の連中はよ!」
「そんなもん、お前が言おうが言わまいが大して変わらんよ」
西田はそう言いながら、どうも東館の様子自体に、何か違和感を感じ始めてもいた。兄貴分に対して、やけに敏感に反応しているように思えたからだ。それに直前のことを思い返せば、兄貴分の話を出した直後、一瞬表情が曇ったようにも見えた。それを話したこと自体、「失敗した」とすぐに表情に出たのかもしれない。そして、ひょっとしたらその兄貴分が東館に何か事件の指示をしていたのではないかと考え始めた。更にその兄貴分から、東館が組抜け後に、鏡が死んだことを伝えられたのではないか? そう考えた時、西田はこの取り調べ自体よりも、駿府組の幹部連中が今どうなっているか気になった。爆発でどの程度死んだのか、巻き込まれなかった幹部は居たのか? 東館が反応する兄貴分とやらの生死が更に気になったのだ。すぐに小藪に許可を求め、取り調べを他の捜査員と交代することにした。
※※※※※※※
「どうしたんですか? 大して時間も経たない内から交代だなんて……」
一緒に交代した吉村は、北見方面本部の庁舎へ戻りながら愚痴ったが、西田は一言も答えなかった。ただ、西田が何か思う所があった故の行動だとは、さすがにわかっていたのだろう、それ以上は疑問も呈さず、西田の少し後から黙って付いて来ていた。
捜査一課に戻ると、西田は警察庁・組対係長・須藤の携帯に連絡を入れた。
「駿府組の幹部、爆発事故で1人だけ意識不明だったっけ? 現場に居なくて巻き込まれなかったの幹部は居るの?」
「それね……。当時、紫雲会の事務所には、両方の組の幹部が全員揃ってたみたい。重要な話し合いがあったようだから。行方不明も死者として実質カウントされたから、意識不明の1人以外は全員死んじゃったってことですよ結局」
西田の質問に淡々と答える須藤だった。
「おいおい……。こりゃ東館落として、仮に兄貴分の名前がわかったところで、最低でも意識不明の奴がその兄貴である必要がある上に、そいつが完全に意識回復しないと、そっから辿れなくなっちまったってことか……」
西田は落胆を隠せなかった。
「意識不明の奴も頭部をかなり打ち付けてるようで、まず回復したところで、話を聴けるレベルには……」
ためらいがちだったが、須藤は西田に実質死刑宣告を告げた。
「しかし、重要な話し合いだか何だか知らないが、また何で全員揃ってたんだろうな、このタイミングで!」
改めてやりきれない感情を抑えつつ、疑問を須藤にぶつけると、
「西田課長補佐……。その件なんだけど、まだしっかり裏は取れてないんで、あくまで噂程度で理解しておいて欲しいんだが……」
そう言うと、須藤は電話でも小声になった。
「紫雲会と駿府組、それぞれの構成員に聞いた所、会合はどうも、北朝鮮絡みで何か重要な決定をするためだったとか。出席者全体的に、今まで見たこともないような緊張感があったという話を、重傷の、現場に世話係として居た紫雲会の組員も証言してた。話の中身は室外に出されて聞いてないようだけど、結構揉めてたらしい。しかしそうなると、前に話した警備局が出てきた理由と一致するところがある」
「北朝鮮絡み? シノギのシャブ絡み?」
「それはわからないけど、ただ、シャブ関係だとすれば、今までこういうことは無かったって話もあるし、警備局が出張って来たのが、どうも官邸絡みって情報とも矛盾するように思えるなあ。そうなると、もっと高度な話なんじゃないですか? やっぱり外交関係ってのが有力じゃないかな」
「外交関係ねえ。未だにしっくりこないわ」
西田は率直に感想を述べたが、須藤も、
「いや、こっちも本音はよくわからんのだから、西田さんがわからなくても不思議はないな、申し訳ないけど」
と言った。その発言に、「門外漢」扱いされているという悪意は、別にほとんど感じなかったが、どうにもスッキリしないことには変わりはなかった。
ただ、事故の確率が高い以上は、余り考えても仕方ないと思い、
「それはともかく、結局事故でいいんでしょ? なら異常にタイミングが悪かったってことになるけど……」
と念を押してみた。
「あ、申し訳ない、一番大事なこと忘れてた! それがどうもそれも怪しい雲行きに……」
「は? どういうことよ?」
思いも掛けない悪い知らせに、思わず声を荒げた。
「詳しい捜査の結果、どうもガス管が意図的に切断されていたんじゃないかって話になってるんですよ!」
「おいおい、何でそれ先に言わないの!?」
西田はそれを聞いて、最悪の事態へと向かっていると、まさに頭を抱えた。やはり、銃撃事件の捜査への妨害の意図があったのではないかという不安が、急速に頭をもたげてきたからだ。もしそうだとすれば、その意図はまともに成功したことになる。もはや、東館の兄貴分の何かを探ることなど無意味となってしまいそうだからだ。
「やっぱり葵一家が絡んでるのかな? 今回の爆発も」
西田の嘆きに、
「話が明らかになってくると、そう言う推理も強ち邪推とは言えないかな……。ところで東館の方はどうなんです?」
と逆に聞かれた。
「東館そのものの立件は問題ないレベルかな。東館自身は何も吐いてないけど、物的証拠が揃ってるから。ただ、東館の立件はあくまで入口なんですよ、俺達にとってはさ……」
「その入口入った後の、出口までの通路が無くなっちまったってことか」
須藤なりの直球の比喩だったが、まさにその通りだった。
須藤との会話を終えて、西田は席に着いていた吉村を見ると、椅子に座ったまま、後頭部に両手を当てて、なんとも言えない表情を浮かべていた。西田の会話で大体状況を察していたのだろう。視線に気付くと、
「ダメですか……」
とだけポツリと口にした。
「どうも東館の先が、悪意を以ってぶつ切りにされたみたいだな」
回りくどい言い方だったが、吉村には十分通じていた。
「葵一家がどうたら言ってましたもんね。ここまでですか……。北村さんの敵討ちも、志半ばで潰えちゃったかな」
そう言うと、背もたれに力なく寄り掛かった。西田も老人のようにゆっくりと席に座りながら、
「詰んだのは東館だけじゃなかったってわけだ。滑稽だな我ながら」
と腑抜けた笑いを浮かべた。
「ホントですよね。追い詰めてるつもりがこっちが追い詰められてた……。確かにピエロみたいなもんです。しかし、葵一家の連中は手段選ばねえよなあ……。一体何があったんです?」
「誰かがガス管に細工したらしい」
「何てこった。ガス爆発はそれで……」
吉村はそのまま絶句した。
その後2人は、しばらく目も合わせず宙を見つめたままだった。同じ部屋に居た、無関係の刑事達も、
その日は、取り調べ後の捜査会議でも、西田と吉村の落ち込み具合が激しく、小藪に軽く「しっかりしろ」と叱責される程だった。小藪としては、取り敢えず東館の立件が出来れば「体裁」は整う以上、2人程落胆する必要はなかったのだろうが、2人にとっての「その先」の重みが違っていたのだから仕方ない。
いずれにせよ、捜査本部としては、ガス爆発の件は、そのまま東館には伏せておくことにした。勿論このままにしておいたところで、東館が何か自分で喋ることはないのだろうが、「大元」がこの世から消えたと知れば、東館はこのまま事件に関して発言しない意志をより固めることになりかねない。
幾ら物的証拠で、東館の殺害関与を証明出来るとは言え、事件背景を東館以外から導き出す手段が失われたとなると、黙っていることが、東館以外の人間のメリットになる恐れが普通にあったからだ。
そのメリットは、東館本人や死んだか行方不明になっているだろう兄弟分には「還元」されないだろうが、何らかの周辺人物には「お返し」が来るかもしれない。
とは言え、兄貴分が誰かはわからないが、意識不明の幹部含めて、全員が死んだかまともな状況ではないとすれば、そのメリットがもしあるとすれば、それは葵一家に直接結びつく可能性が高いとしか、今の西田と吉村からは言いようがなかった。そして、西田が当初考えていた、東館が何故か気にしていた兄貴分絡みの聴取は、爆破事故で駿府の幹部全員が死んだということもあって、尋問していくと、伏せておきたいガス爆破事件の話を、どうしてもせざるを得なくなる公算が強いため、棚上げするしかなくなった。
※※※※※※※
6月29日土曜日、再び東館への取り調べを部下達に任せ、西田はその様子を監視していたが、やはりこの捜査への手応えは、認めたくはなかったがやや失われていた。先が見えなくなった捜査、否、違う意味で先が見えてきた捜査は、ある意味酷でしかなかったのだ。北村への弔いも中途半端な結末で終止符を打つことを、そのうち墓前で詫びなくてはならないのかとぼんやり考えながら、向坂にもどう報告すべきか考え始めていた。
昼食時に見たニュースでも、既に爆発事故としてではなく、殺人事件として扱われ始めたのを確認しながら、相変わらず思案に暮れている上司を見て、さすがに回復は西田より早い吉村に、
「しっかりしてくださいよ! もう切り替えましょう、切り替え切り替え! 悩んだ所で何も変わりませんって!」
と励まされる始末だった。
「そうは言ってもなあ……」
「何か他のアプローチはないんですか、葵一家や『あいつ』に辿り着くアプローチは」
と、文句を言うかのように聞いてくる。あいつとは勿論、大島海路のことだろう。
「あるならこんな思いはしてないわ!」
西田もキレ気味に応酬すると、
「あ、その元気があるなら大丈夫かな」
と返してきた。正直言って、いつもなら頭を小突くレベルの吉村のおふざけだったが、そこまで怒る元気も無かった。しかし、急転直下、事態はあらぬ方向から激しく動き出すことになる。
※※※※※※※※※※※※※※
取り調べを監視していた、その日の午後6時過ぎ、須藤から突然電話連絡が入った。なんと紫雲会事務所爆破の件で、玉山と君原という男が2人、新宿署に午後4時半ば自首してきたというのだ。2人は何も言及してはいないが、葵一家2次団体「
チンピラとは言え、ほぼ準構成員として認識されているような立場の人間で、組対から見れば、今回の犯行がある種の「見せしめ」だった可能性を示唆しているという。
「それはどういうこと?」
ある程度理解はしていたが、確認を兼ねて理由を尋ねた西田に、
「つまり、わざわざ葵一家系列のチンピラが自首したということは、『こいつらは葵一家に楯突いたから、鉄砲玉にやられました』ということを、ヤクザ界隈に宣言するということなんですよ。それにより威嚇の意味が出てくるわけ。今回の犯行がどういう理由からされたか、まだはっきりとはわからないけれども、おそらく紫雲会と駿府組という、昵懇(じっこん)の組織まとめて殺ってしまおうという意図が感じられる以上は、両組織が結託して葵一家と対立するようなことをやったんではないか? そう考えるのが筋かな……。西田課長補佐達が追ってる事件の、単なる口封じ目的だけだとすれば、こういう自首みたいのは考えにくい。まあ、死刑確実の事件で、こう簡単に自首するのも異例だけど」
と答えた。
「しかし、そこまでして見せしめする意味があるって、一体どんだけのことなんだ?」
西田は信じられないという反応を示したが、
「でもねえ、客観的事実から見ると、それがわかりやすいんだからしょうがない」
と須藤は困ったような返答をした。西田もこれ以上困らせるわけにも行かず、
「正直よくわからないけど、ということは、こっちの事件に紫雲と駿府が関わっているから口封じってのとは違うのかな、やっぱり」
と尋ねてみた。
昨日の「口封じ」の懸念から、多少自分の都合の良いように解釈した西田だったが、
「何とも言えないけど、さっきも言ったように、少なくとも口封じだけが目的ってことはまずないでしょうな。それに実行犯と言って良い東館が、既に警察に確保されてるから、口封じとしては弱い部分があるかも……」
と部分的に同意された。但し、口封じという説に対しては、須藤なりにかなり懐疑的な部分も感じた。
「うーん、口封じ説は弱いか……。ただ、もし口封じ目的もあったとして、東館が逮捕されている情報が、葵の方に入ってないだけとすれば、『消す』ための動きで、仙台の東館の店や自宅なんかに、葵が絡んだ怪しい動きがあるかもしれないし、あったかもしれないな。ちょっと仙台の方に確認した方がいいかもなあ。まあ、駿府飛び越えて、葵に直接東館が恩を売るような関係が構築されていたなら、そんなことをする必要はないのかもしれないが……」
西田としては、東館が、葵一家のために黙っていることを選択する可能性も視野に入れていたが、爆破事件で口封じも絡んでいるとすれば、葵一家が東館を野放しにしておくことはないかもしれないという、全く別の考えも念頭に置く必要があった。
「それは念のためチェックしておいた方がいいかも。でもどうなんだろう? 基本的には(爆破事件の実行犯が)自首してきた以上、見せしめ目的だとは思うけど、強いて口封じ路線を取るとしたらどうですかね……。東館がパクられた情報が、考えたくないが、どこかから漏れていたとしても、口封じの効果には、さして関係ないんじゃないですかね。極論すれば、葵一家から見て、紫雲会と駿府組の両組織から葵一家の指示ルートが辿れなくなればそれで済んじゃうわけですから。東館なんて末端は無視出来る存在かもしれない。どう考えても命令、指示の伝達は、葵一家と駿府組の幹部ルートで、東館のような鉄砲玉は、葵一家との絡みは直接無かったとは思うんですよ。だから、紫雲会と駿府組の幹部だけ、ピンポイントで殺ったってのは、ある意味口封じとしても筋は通るように思えるなあ。さっきと言ったことが変わっちゃうけど。見せしめと口封じ両方兼ねたって可能性もゼロじゃないかも」
最後に須藤から気になる考えを聞かされた西田としては、電話を切った後もモヤモヤした気分を抱えたままだった。また何かあったらすぐ連絡をくれるとは言われたが、この不安感は余り持ち続けたくないところだ。
その後、捜査一課に戻って7時のニュースを確認すると、確かに犯人が自首した話が報道されていた。西田はすぐに仙台中央署に状況のチェックを入れたが、特に東館の店や自宅に異変があったという話は聞こえては来なかった。
そして、東館の取り調べが終わった午後10時前、また須藤から連絡があり、玉山も君原も、同じ階と下の階のガス管を破損し、ガスを事務所のフロアと、事務所の下の階の空き部屋に充満させた上で、下の階の部屋に時限式の発火装置を放り込んで引火させて、まず下の階の天井、つまり紫雲会の床を破壊し、同時に事務所近辺に充満していたガスに引火させるというやり方で爆破したと証言したらしい。玉山は以前、都市ガスの関東ガスの子会社で、ガス管点検業務に短期間だが従事していたことがあったようだ。その技術を悪い方向に活かしたと見られる。いずれも新宿署の捜査で判明していた事実と合致し、少なくとも、犯行時の様子を知っていたか、知らされていたことは間違いないようだった。
つまり、仮に「身代わり」出頭だったとしても、身代わりさせた人物は間違いなく犯行に関与していたということになる。勿論、ガス関係の会社に勤務歴があったことも含め、本人達が実行犯である確率の方が格段に高いのではあるが……。
※※※※※※※※※※※※※※
西田は自宅に戻った後も、爆破事故、いや事件のことが気になって、東館の取り調べが行き詰まっていることは、この時は頭の片隅の
しかし、現時点での客観的な状況は、おそらく、主目的は「見せしめ」の可能性が高いのは確かであろう。一方で、やはり口封じの可能性も捨てきれないでいた。
「まいったな」
この呟きの一言に、西田の迷いが全て集約されていたと言って良い。
※※※※※※※※※※※※※※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます