事件はにわかに動き出す

第127話 名実36 (77~78 東館逮捕へ)

「西田課長補佐!」

そんな2人に、思いもかけない相手が廊下の向こうから声を掛けてきた。

「あ、方面本部長! どうも」

西田は安村の姿に気付き、すぐに頭を下げた。吉村もそれを見て、当然同じ動きをした。


「どうですか、状況は?」

「そうですね……。ちょっとずつですが、光が見えてきている段階じゃないかと考えています」

「ほう……。それは期待していいんでしょうか?」

「どうでしょう。安請け合いするのも憚られますが」

安村は笑顔だったが、西田は余りいい加減なことは言えないなと恐縮していた。


「まあ難しい事件だから仕方ないでしょう。えっと、ところで、そちらが課長補佐直々に指名して、北見に連れてきた吉村主任?」

「あ、はい! 主任の吉村です!」

紹介される前に、一緒に居た吉村について触れてきた。吉村も背筋を伸ばして改めて挨拶した。


 それにしても、まさか吉村の顔と名前が一致しているとは思わなかったので、本人は勿論、西田も少し面食らった。

「折角引き上げてもらったんだから、西田課長補佐をしっかりサポートしてください。課長補佐同様期待してますから! それじゃあ、急ぐんで失礼しますよ」

そう言うと、安村は取り巻きの部下2名を従えて早足に去って行った。


「いやあ、びっくりしました。安村方面本部長が自分を知ってるとは!」

廊下を歩きながら、安村が去った方を振り向いて、吉村が西田に話し掛けてきた。満更でもないようで、心なしか嬉しそうではあった。

「まあおまえも主任待遇なんだから、知っていても全く不思議は無いわな。それに、俺がここに来た理由は、あちらさんは把握してるんだから、そのために、お前を連れてきた件も把握してんだろ」

そうは言ってみたものの、安村自身が、単に事情を知っているというだけではなく、西田達にある程度興味を持っていることもまた事実だろうと考えていた。


 着任の挨拶をした後、安村とは会議などで、その他大勢として一緒になる場面は何度かあった。だが、直接面して会話したのは、赴任初日以来だったにもかかわらず、今日、向こうからわざわざ声を掛けてきたからだ。本来ならちょっと会釈する程度で、そのまますれ違っても良かったはずだ。


「俺たち期待されてるんですかね?」

今度は、はっきりと嬉しそうな吉村の笑顔をよそに、西田は期待でもなく不安でもない、何か言い様がない感覚を覚えていた。これまでに感じたことのない、生まれて初めての不思議な感覚だった。


※※※※※※※


 夕方、いよいよ仙台中央署から連絡が入った。絶妙のタイミングで、東館の店において傷害事件が発生したらしい。被疑者が逃亡した際に、被疑者の毛髪が残っていたため、それと区別するためと称し、東館から直接毛髪の提供を受けていた。そしてその結果が、DNAの一致だった。察庁の組対からDNA検査のゴーサインを受けたタイミングと事件発生が見事に合致した幸運だった。


 ただ、大きな問題があった。現時点でまだ逮捕・確保出来ていないというのだ。別件でも該当しそうな案件がなく、すぐに逮捕したいなら、直接本件絡みでの逮捕状を北見で取って欲しいと告げられた。


 さすがにこうなってくると、西田が出て行かざるを得なくなり、直接の事件担当所轄である北見署と連携する必要が出てきた。また、仙台中央署には、ファックスかメールでDNAの一致鑑定の報告書を送るように要請した。これがないと、釧路地裁北見支部に逮捕状を請求出来ないからだ。


 更に、一度道警の捜査共助課と宮城県警の捜査共助課に話を通して、仙台中央署と北見方面本部、北見署で直接協力し合うことを許可してもらった。一応話を通しておいた方が、後から何か問題が発生した際に良いと考えたわけだ。


 仙台で監視はしっかりしているとは言うが、どう考えても東館を早急に確保すべきだけに、時間との戦いになり始めた。既に捜査を受けた事件と東館自身は直接関係ないとしても、東館は元は「プロ」だ。何か察知しても不思議ではない。無論、車にDNA情報となる毛髪を落としたことまで頭が回っているかはわからなかったが、安心は到底出来ない。


 北見「署」の刑事課長である松浦に鑑定報告を渡し、限りなく別件に近い、本丸関連の本件逮捕として、取り敢えず「車両の窃盗」での逮捕状を請求(作者注・逮捕状は司法警察職員の中でも、階級上は警部以上の職員しか、刑事訴訟法上請求できません。西田も階級上は警部ですが、通常は事件の担当所轄の担当課長が行うようです。因みに捜索令状は巡査部長で足ります)してもらった。また、北見本面本部の日下くさかまゆずみだけでなく、北見署からも、専従だった久米と宮部の両刑事を派遣することになり、合計4名で仙台へ向かうことが決定。4名は逮捕状を持って今晩のオホーツク10号で札幌へ向かい、明朝新千歳空港から仙台へと飛行機で発つルートが決まった。


「難航してたかと思えば、動き出したら色々とあっという間ですね。まあいつものことですけど……」

一休みしていた休憩所の自動販売機の前で、吉村がしみじみと言ったが、確かに事件捜査の幕は、直前の暗転も抜きに突然開いたとしか言いようがなかった。


※※※※※※※


 6月22日の土曜日、西田は官舎に帰らず、宿直室で一夜を過ごし朝を迎えていた。興奮気味でなかなか寝付けなかったせいもあり、顔を冷水で洗ってからも時折あくびが出たが、仙台へ送った4名と仙台中央署の捜査員が東館を確保するまでは安心は出来ない。


 日下には随時報告を入れるように指示しておいたので、新千歳に着いてからまず連絡が来るはずだ。そこから仙台空港着、仙台中央署着、確保開始、確保と西田は連続して捜査状況を知っていくことが出来る。


 但し、確保しても北見署まで連行されるのは、6月24日の月曜以降になる。何故ならば、殺人事件の被疑者を、日曜の人が多い交通機関で長距離移動させるのは、色々と問題があるからだ、月曜以降ならば、早朝に仙台を発ち、新千歳空港から警察車両で直に北見まで護送と言うルートを考えていた。


 本来ならば逮捕から48時間以内に送検する必要(勾留請求決定まで更に24時間以内に担当検察官が判断)があるが、長距離での移動時間は、逮捕期間に含まれない(作者注・この辺の話全体的に法解釈、実務運用かなり素人には微妙な場面です。間違っている可能性もかなりあります)と考慮されるので、逮捕での拘束が許される範囲は、仙台中央署で取り調べさせてもらって、その後北見へ移動。その後すぐ釧路地裁北見支部に勾留請求という流れがもっとも綺麗な流れだろう。


 日下から、まず第一報として新千歳空港に到着したとの連絡があったのが、午前7時半。声は妙に元気だったが、おそらく夜行のオホーツクに乗車している間も興奮して余り寝れなかったに違いない。西田もそういう経験があった。アドレナリンが出ている間は良いが、一息付くと疲れがどっと出てくるパターンでもある。西田は余り気負わないように伝え、会話を終えた。


 他の部下達も続々集まってきたが、やはり留守番組とは言え、被疑者が捕まるかどうかという事態だけに、緊張感はみなぎっていた。さすがに遠賀係長は、年齢から言うとかなりのベテランだけに、落ち着きはあった。


 仙台空港に日下達が到着したのが午前10時前、そこから迎えに来ていた仙台中央署の刑事と共に、直接東館を確保に向かった。仙台中央署に一度寄るのは無駄な時間と考えたらしい。確かに一刻一秒を争う事態に、その選択は西田もどうかと疑問に思っていた。ある意味当然の予定変更だろう。


 東館は仙台の太白区たいはくくにある長町ながまちという地区に住んでいるようで、仙台市内では、中央部よりも仙台空港のある名取市側であるから、地理的に考えても当然だった。


 張っている捜査員によれば、日付が変わった本日の午前3時頃、自宅の賃貸マンションに帰宅して、まだ外出しておらず、おそらく寝ているらしい。家族は居らず1人暮らしのため、確保時の混乱もそれほど気にする必要はないはずだ。空港から東館宅まで30分弱、いよいよマンションに着いたと報告が入った。


 ここからは電話をスピーカー状態にして、日下からの連絡を逐次全員が把握出来るようにした。日下は直接的には確保に参加せず、状況を逐一報告する役を西田に指示されていた。


 午前10時41分、東館の部屋前で待機していた仙台中央署と北見署、北見方面本部の合同捜査員6名、及び事前に連絡しておいたマンションの管理人にマスターキーを持ってきてもらい、準備は万全に整った。勿論、チェーンを着るカッターも仙台中央署が準備済みである。


 インターホンを押し確保作戦開始。東館の部屋は3階だったので、ベランダからの逃走にも備え、外部も仙台中央署の捜査員がガッチリ固めており、抜かりはないようだった。


 ところが、東館は普通にパジャマ姿のままで何事もないかのように玄関に現れた。遅い朝食を食べていた最中だったらしい。


「逮捕? 心当たりはないんだが? 先日の事件でも、俺は関係ないとわかってるだろうが!」

このような発言に加え、風体に元暴力団員という貫禄は窺えたが、特に暴れるようなこともなく、その場で逮捕された。


 日下からの連絡で、無事何事も無く確保されたと報告され、チームは誰彼と無く喜んだ。西田も日下に、

「こっちのメンバーは勿論、仙台中央署の捜査員によろしく伝えてくれ」

と大声で伝えた。

「はい! そのように伝えさせてもらいます! 取り敢えず今から仙台中央署へ向かいますので、連絡はまたその時に!」

日下の声もかなり弾んでいた。


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