第121話 名実30 (65~66)
「では、ご所望の書類を……。それにしても、先日は似たような件で、とある新聞の記者の方がいらっしゃいましてね。まあしつこくて」
久住は苦笑したが、西田からすれば、その相手が五十嵐であるということはわかりきっていたので、なんとも対応に苦慮し、愛想笑いを浮かべるに留めて資料に目を通した。正確に言えば、資料というより、小野寺道利の当時の契約書類だった。
桑野のモノ同様、かなり紙が劣化しており、扱いに注意しながら見る。当たり前だが、生年月日、本籍は一致していた。中身を見る限り、採用は、予想通り従兄弟である桑野欣也による紹介だと記述してあった。中退ではあるが、旧制中学入学レベルの学力があったということと、桑野がかなり会社から信用されていたようで、親族とは言え、その推薦がかなり後押しになったらしい。
そして、旧制中学に入学していたということは、従兄弟の道利もそれなりの学力があったことは証明されただろう。更に中退とあったが、大正7(1918)年7月10日生まれの小野寺の実家が、昭和8(1933)年3月の昭和三陸津波で被害を受け、両親が死んだとなると、当時満14歳であるから、旧制中学中退と津波被害は、年齢的には、かなり一致すると言えた。ほぼ間違いなく、道利の中退の原因も、津波による実家の被害や親の死が関係しているだろうと西田は確信した。
「これ、スキャンしてもらって、データをメールに添付して、ここに送信してもらいたいんですが?」
西田は、自身の警察のメールアドレスが記載された紙を提示した。
「え? またですか? さっきの話の記者も同じことやらせましたよ我々に……」
久住は、如何にも面倒そうな態度を隠さなかったが、女子社員を呼ぶと西田の要望をそのまま指示した。別に指紋鑑定をするわけでもないので、コピーでも良かったが、どうせなら綺麗な電子データで持っておくのが良いだろうと、桑野の時の経験から考えていた。
三友金属鉱業での滞在は、30分も掛からず済み、西田達は東京メトロ銀座線の新橋駅から銀座で乗り換え、丸ノ内線で霞が関にある警察庁へと向かった。時間にして10分少々。思ったより時間は掛からなかった。
「やっぱ東京は交通の便がいいっすわ! 接続もいい。北海道なら1時間待ちなんて長い内に入らないもんなあ」
吉村は相変わらずの交通アクセスの良さに舌を巻いていたが、西田は、それよりも組対部がどんな捜査状況を提示してくるかに気が行っていた。
※※※※※※※
組対部の担当部署室へ通された2人の前に、組対4課・暴力犯特別捜査第4係長である須藤と組対4課長の下村が現れた。正直、本庁の課長クラスが応対してくれるとは思っていなかったので、須藤から紹介された瞬間、西田と吉村に少々緊張感が走った。直属上司の前だったせいか、須藤も西田達が知るやや横柄な須藤ではなかったのが、少々滑稽だったが……。
「色々お世話になっています」
2人が頭を下げると、下村は、
「いやいや、こちらも当然の職務ですから。お互い色々と大変ではあるけれども」
と落ち着いた口調で喋った。暴力団対応というより、やはりこのクラスだと官僚的なイメージが強いと西田は思っていた。
「下村課長、それで捜査の進展状況はどうでしょうか?」
「そうですね。西田さん達もそちらが気になるでしょうから、すぐに本題に入りましょう。須藤から説明させます」
そう振られた須藤が口を開いた。
「前回連絡させていただいた通り、佐竹、東館、中谷、大下の4名について調査していましたが……」
須藤がそう話し始めたので、西田達も持参した資料を目で追う。鏡の共犯候補4名それぞれ、
◯佐竹 大輔
葵一家門下 2次団体
1960年 1月20日生まれ 岩手県 水沢市出身
「95年 11月近辺のアリバイ不明」
◯
葵一家門下 2次団体 駿府組(台東区) 既に組抜け(1996年1月頃 1995年当時 若衆) 1959年 6月10日生まれ 岩手県
「95年 11月近辺のアリバイ不明 (組抜けの影響もあって周辺調査上手く行かず) 現在所在地不明」
◯
葵一家門下 3次団体
「95年 11月上旬、海外旅行に行くと称してしばらく組に顔を出さなかったという話があるも、入管の記録なし」
◯大下 栄一
葵一家門下 3次団体
1955年 5月31日生まれ 岩手県 久慈市出身
「95年10月から11月にかけて、役員をしていた傘下のフロント企業に顔を出さない日が多かったらしい」
という例の情報が記載されている資料だ。
「まず佐竹についてですが、
「その裏付けはそれまでは出来ていなかったことが、今回出来たと?」
吉村は、アリバイが今回急に明白になったことについてストレートに疑問をぶつけた。
「組の会合の日時などは、かなり内部の人間に突っ込まないと出てこないので、それまではわからなかったということらしいです」
須藤は、何の感情も交えないかのように回答した。ただ詰まるところ、所轄が中枢の情報網まで、改めてギリギリまで近づいて裏を取ったということなのだろう。吉村も引き下がざるを得なかった。
「次に東館。組抜け後、資料を送った段階では、行方不明とのことでしたが、運転免許の更新履歴より、現在仙台に在住していることが判明しております。これは動き出して割とすぐわかりました。国分町という繁華街でスナック経営しているそうです。仙台中央署に依頼して調査続行中です」
東館は既に暴力団から足抜けしているので、捜査はかなり慎重にしてやる必要があるだろう。その後の待遇等考慮しても、ホシの可能性はまずないと言って良いはずだ。
「そして中谷……。これについては、アリバイはまだはっきりしておりません。そして気になる情報が他にも。該当期間、北海道に居たのではないかという話が出ているようですね。バレるとマズイんで情報源は慎重に取り扱わないといけないんですが、子分筋に95年辺り、中谷から北海道土産を貰ったと証言してる者がいるようで。ただ、わざわざ海外旅行へ行っていたと偽装していただろうにもかかわらず、北海道土産を渡してバラすようなことをするとは思えない。おそらく、時期の混同か何かだろうと、水戸署の担当部署は推測しているようです。そんな状況ですので、こちらも継続調査依頼したままではあるが、可能性は低いということになります」
「海外旅行の偽装の目的については、わかってるんですか?」
西田は須藤の顔を窺うようにしたが、それを須藤は一睨みした後、
「これもはっきりしないんで申し訳ないですが、どうも組長との折り合いが悪くて、顔を合わせたくなかったのではないかという説があるようで。これが正しいか間違っているかはともかく、当時組長との関係が悪かったとするなら、大事な『任務』の前にそれは致命的とも言えるわけです」
と、西田とは視線を合わせないまま告げた。トップシークレットである暗殺指令に、組長が関与しないとは思えない。その組長と折り合いが悪い構成員が、手先として殺しに動くというのは合理的でないことは確かだ。
「そして最後に大下。こちらはフロント企業もそうですが、組にも顔出してなかったと、目白警察署組対課の捜査で判明しております。不在の理由もまだつかめておりません。当然継続捜査対象のまま。以上です」
須藤はここまで報告し終えると、これからの捜査方針について言及し始めた。
「佐竹については、犯行関与の可能性は、限りなく小さいものとして、あくまで監視、東館については、こちらも可能性としては、相当小さいと見ていますが、まだ具体的に犯行関与してないと断定は出来ないので、こちらも仙台中央署に一応は監視したままということで。中谷はプラスマイナスの両方の材料があるので、より注意して内偵するように水戸署に言ってあります。大下が、今のところ詳細不明ではありますが、消去法的には現状一番怪しいということで、目白署にはいつでも逮捕取り調べできるように指示済みです」
須藤は、あたかも一息で喋ったかのようなスピードで、言い終えた。
「なるほど、よくわかりました。一番可能性があるのは大下。そういうことですね」
西田は資料に目を落としながら頷いたが、下村が
「遠路はるばるやって来ていただいて、余り結果が出ておらず申し訳ない。正直に申し上げると、所轄の方が情報収集に難儀してるようで、思ったより集まらない状況が続いておりましてね……。やはり、時間が経ち過ぎて、アリバイ把握が根本的に厳しい……。おそらく、この状況は時間を掛けた所で、解消されるとは思えないんですわ」
「確かに、我々もそれは自分達の捜査でも感じており、察します」
西田は、如何にも申し訳なさそうな下村の発言に、理解を示した。
「ただ、銃撃事件で犯人達が残した毛髪と思われるサンプルがあるわけだから、それとDNA型が一致するかどうか調べられれば、状況は一気に変えることが出来るはず……」
とまで下村が言うと、
「しかし、問題はどうやって毛髪を採取するか。もっと言えば、どのような状況で採取することが出来るか、ここが肝心になってくると言いたいわけですね?」
と言って、西田は下村が次に喋りそうなことを先んじて予想してみせた。
「言いたいことを先に言われちゃったな」
下村は苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔になり、
「わかっているとは思いますけど、証拠能力の問題で違法収集証拠とされれば、公判維持出来なくなることも考慮しておく必要があるわけだから、それについては慎重にしておかないとならない」
と語った。
「しかし、証拠の違法収集については、かなり限定されるはずですから、まあ行きつけの店やら周辺からDNA検査の試料になりそうなものを入手出来れば問題ないんじゃないですかね?」
須藤が楽観的な見解を述べると、下村は、
「そうは言っても、確立した判例や法整備がない以上は、明確に安心は出来ん!」
と部下を軽く叱責した。
確かにDNA鑑定をめぐる刑事訴訟は、現場としても手探り状態であり、鑑定手法と捜査利用だけがドンドン進化している状況ではあった(作者注・これについては2015年においても未だにはっきりと明文化された基準が存在しておりません。強いて言えば平成17年作成の国家公安委員会規則にあるようですが。また、2016年に、DNA採取について、東京高裁で新たな判決が出ていますhttp://www.jiji.com/jc/article?k=2016082300744&g=soc。確定はしていないと思いますが、これを前提にすると、この案件はかなり微妙かもしれません)。それにしても、下村は単なる警官ではなく、警察官僚ではあるが、やけに慎重な人物だなと西田は感じていた。まるで竹下を見ているようだった。
「でもまあ、なるようになりますよ。裁判所は俺らの味方ですから」
吉村が、空気を読んだのか読んでないのか見当がつき辛い発言をして、その場はなんとも言えない雰囲気になったが、実際問題ここで気にしても仕方ないのは確かだった。
「各所轄の方はどういう見解なんですかね?」
西田が場の空気を変えるように確認してみると、
「所轄は割と乗り気ですよ。こっちのOKサインを待ってる状況なんですが」
と、須藤は下村自身が余り乗り気ではないことを示唆した。西田は少し思案した後、
「私から言うべきことではないかとは思いますが、出来れば……」
と下村の考えの変更を依願した。
「私も細かいことは知らないんですが、殉職した刑事はあなたの同僚だったとか」
「ご存知でしたか。そうです。所轄と方面本部という、職場は別でしたが、捜査では当時相棒でした」
「やはり思い入れは違うのは当然ですな……。わかりました。一度ちゃんと確認しておきたかったんでね」
下村はそう言うと、ソファにもたれかかった。わざわざ課長級が出張ってきた理由は、西田達の気持ちを確認することで、自分の「重い腰を上げる契機にするため」だったのだと、西田はこの時初めて気付いた。
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