第115話 名実24 (53~54)

「じゃあ何なんだよ!」

西田は少しの苛立ちを隠さずに問う。

「申し訳ないんですが、正直、そこを筋道立てて説明することが出来ないんです。だから言いたくなかったんですが……」

竹下らしくないを通り越して、どうかしたのかというレベルの回答だった。

「おいおい! そういう理屈の通らないことを言うのは嫌いなタイプのはずだぞ!」

珍しく竹下をやり込めるチャンスと見たわけではなかったが、西田は一気呵成に責めた。

「ホント申し訳ないです……」

それしか言わない。


 しかし、こうなればなったで、西田としては発言の意図を探りたくなってきた。幾ら何でも、全く脈の無い説を述べるタイプではないはずだ。そこに直感が入り込んできていたとしても、竹下の勘なら聞いて損はないように思えた。

「よしわかった。不完全でいいから、そんな考えをする理由を言ってみろよ。いちいち文句言わないからさ」

宥めすかせるような言いぶりに、竹下は意を決したかのように語り始めた。


「わかりました。じゃあ遠慮無く……。三友金属鉱業に取材した五十嵐さんの話や、自分の取材から見て、少なくとも、当時の桑野が置かれていた職場環境は、そう悪くはなかったようです。鉱夫として入った時は大変だったかもしれませんが、すぐに発破技師に鞍替えですからね。見習いと言っても。給与も当時としては良かったそうです。相場は私も知識があるわけではないので、なんとも言い難いですけど」

「しかし、桑野自身は、そういう資本家とは対立する政治思想の持ち主だった。否、それが当時も続いていたかどうかの保証はないが……。となると、待遇はともかく、真の意味での居心地は良くなかった可能性は高いんじゃないだろうか?」

西田としては、桑野の思想からのアプローチにこだわった。

「当然そういう側面はあったかもしれません。しかし、その天井という桑野の後輩だった人の話を考えても、桑野という人物は割と温厚で、そういう思想に目覚めたのも、当時の世相から、地元の困窮する人々を見ていたためとも考えられます。翻って当時の鴻之舞金山の状況が、逃げ出す程居心地が悪かったかは疑問ですね」

「しかし、わざわざ労働者にとって待遇の悪いところを、実地で見ていく『実践』のために渡り歩いていたかも知れんような人間だぞ。待遇以前に、思想的に資本主義の塊のような大規模金山自体が、居心地が悪いことは十分あり得る」

西田は少々ムキになって反論していた。


「それは完全には否定しません。ただ、学生時代から傾倒していた左翼思想ですから、桑野が生田原の砂金掘りをしていた当時、既にかなりの年数を経ていたはずです。しかし、桑野の人物評は、天井が感じていた当時のモノと、佐田徹が手紙を書いた辺りのモノでも完全に一致しています。西田さんの話を前提とする限り、左翼思想に傾倒した理由を考えると、ゴリゴリの資本主義や全体主義に、当時も疑問を持っていた可能性は高いとは思いますが、わざわざ三友金属鉱業に入るぐらいですから、テロを起こす程、当時極端に嫌悪していたようには思いません」

「しかし、敢えてそういう弱い立場の人間、つまり鉱山労働者みたいな連中と同じ位置から社会を見るという目的があったってのは、さっきも言ったがあり得なくはないだろ?」

西田は天井の説を、しつこく援用した。


「まあそういうことはあったかもしれませんね……。ただどちらにせよ、破滅的なことや短絡的なことをしでかすタイプでは、おそらくなかったと自分は考えます」

「わかった……。その点は取り敢えず置いておこう。確かに知性派だったことは間違いないから。まあ、インテリはインテリで暴走することもあるがな……」

西田は最後の方をぼそっと付け加えた。


「じゃあその上で……。そうなると、直接的には、桑野が鴻之舞金山から突然逃げ出す理由は、事故の前までは見当たらないことになります。仕事もしっかりこなしていたようですし、技師に昇格するという話もあった」

「まあな」

「しかし、爆発事故が起きると、同僚の死亡はきっちり警察に伝達するという、ある意味責任感のある行動をとりつつ、自分は鴻之舞金山の上司などには会わないまま、報告しないままで消え失せた……。ここにかなりの齟齬、違和感を感じてしまうんですよ。それに何か重大な意味が隠されているんではないか? それが桑野が現場から消えた理由と関係しているんじゃないか? そういうことです。しかし荷物の件と併せて、説明が上手く付かない、悔しいですが……」

「ふーん……。説としては不十分だが、竹下が気になっていることは、確かに『ない』とは言い切れん。一方で全体として話がまとまらないのが残念だが……」

西田はそう言うに留めた。竹下がわからないことは、悔しいがそう簡単に西田が見破れることはなかろうという自覚があった。ただ、説明が付かない以上は、それにこだわっているわけにも行かない。現時点では、ショックで逃げ出したか、或いは、鴻之舞を出るきっかけとして、始めから消える算段だったという2つが、説としては「それなりに」あり得そうだと言う結論に取り敢えずはなった。


※※※※※※※


 6月6日。察庁の組対と連絡を取り合いながら、4名の捜査を注視していた専従チームに、突然思わぬ事態が降って湧いた。未明に、北見署管轄の置戸おけと町内で、コンビニ強盗が発生したというのだ。殺人までは至っておらず、あくまで夜勤のアルバイト店員が、ナイフで切りつけられた強盗傷害ではあったが、初動捜査が肝心なため、方面本部の捜査一課からも、初期に応援する必要が出来た。そのため専従チームとは言え、西田達も捜査に駆り出されたというわけだ。


 犯人が国道242号(留辺蘂を経て遠軽へと繋がる、西田達が遠軽と北見の行き来をしていた際に、遠軽・留辺蘂間で使っていた国道と同一)を、白か銀の乗用車で北上したとの情報により、そのまま留辺蘂方向へと抜けたか、或いは途中から分岐する道道(北海道・道)50号を、訓子府もしくは北見方向へと逃走したかということになっていた。


 またナンバーは確認出来ていなかったので、北見市境界近辺のNシステムに引っかかっているかは、該当しそうな時間帯を精査してみないとわからなかった。そのため西田のチームは、朝っぱらから訓子府町の一部の地取り捜査を任されることになっていた。


 それにしてもこの日は、北海道の6月の上旬とは言え、午前中から急激に暑くなり、昼前には25度を超える陽気になっていた。道東地方は、基本的に真夏以外は冷涼なのだが、網走北見地方は、時に大雪山系を挟みフェーン現象のような気象に見まわれ、突発的に気温が急上昇することがある。年に1度程度ではあるが、日本全国の中でもっとも気温が高くなることも珍しい地域ではない。


 5月ですら雪が降ることがある地域であると同時に、同じ5月に30度を超えることすら起こりえる、大変気温変動の波のある地域なのである。勿論、北見や以前居た遠軽はそれに加え、盆地という特性があるので、更に輪をかけて気温の上下動が激しい。


 そんな状況下であったので、西田と吉村は背広を脱ぎ、車で移動中はウインドウをフルオープンで走行していた。冷房という手もあったが、西田が冷房の臭いが嫌いなのと、幸い北海道は気温が上がっても湿度が低いので、車に入ってくる風で冷やした方が心地良いということもあった(作者注・尚、「名実」章より、気象庁のホームページにて過去の気象状況を確認しておりますので、基本的に気象条件は史実に基いて書いております)。


 さて、西田と吉村はそんな中、しばらく割り当てされた地域での聴き込みなどをしていたが、そのうち見覚えのある家の周りに西田は来ていた。95年当時の捜査で、かなり重要な情報を幾つか提供してくれていた、奥田満の家の傍だった。


 当然ながら、捜査対象が訓子府町の一部ということで、奥田の地元という認識もあり、任された地区が記憶が確かなら、奥田の家がある所だという意識も事前にあったので、さほど驚くことはなかった。


 ただ、実際目の前にしてみると、急に懐かしさがこみ上げてきた。当然、捜査のために来ているのではあるが、意図的に「寄り道」したくなった。吉村も、当時、西田の相棒が北村だったため、一緒に聞き込みで訪れてはいなかったし、奥田が遠軽署を訪問した際にも、たまたま署に居なかったこともあって、直接的な面識こそなかったが、奥田の存在は捜査でも重要なキーポイントになっていたため、当然彼のことはよく知っていた。西田が奥田の家であることを告げると、

「そういえば訓子府の人でしたよね」

と頷いた。


 周辺の他の家をまず最初に「潰して」おいてから、奥田宅を最後に訪ね、チャイムを押し、警察であることを告げると、奥田はのっそりと玄関先に現れた。さすがに7年前よりは何となく小さくなった印象だ。しかし、その警察が西田であることを、自分の目で直接確認すると、驚くよりむしろ喜んでくれた。西田としても、多少驚かせようという意識があり、インターホンの時点で、直接名乗っていなかったせいもあった。


「いやあ、西田さんだったよな!? 久しぶりだなおい! 7年ぶりだべか?  北村さんの葬式の時以来か?」

「そうですね……。間違いなくあの時以来だと思います。自分の隣に居るのは、部下の吉村です。当時も、遠軽署で一緒に働いていたんですが、奥田さんとは初対面です」

西田は取り敢えず、吉村を紹介すると、

「初めまして。奥田さんのお名前は、重要な捜査情報を提供してくださった関係で、西田からも常日頃から聞かされていたこともあり、よく存じ上げております」

と、らしからぬ妙に殊勝な挨拶をしてみせた。


「ああ、そう! あ、ここじゃなんだから、あがってくれや! 大したお構いも出来ないが」

西田は内心この展開を予想はしていたが、さすがに大した事件ではないとは言っても、捜査中ということもあり、どうしようか迷った。ただ、どちらにせよ聴き込みはするわけで、10分程度なら、大きな問題にはならないだろうという気持ちに傾いていた。


「実は、奥田さんもご存知かとは思いますが、隣の置戸で起きたコンビニ強盗の件で、この周辺で聴き込みしてまして、それでお伺いしたものですから、折角のご厚意ですが、余りお邪魔出来ないんで」

一応は形通りに、軽く断わってみせた。同時に、それはどうせ無視されるだろうと思いながらの断りでもあった。

「ちょっとお茶飲んで、話すだけなら、捜査の一環で誤魔化せるべ?」

そう笑うと、奥田は2人を半ば強引に、玄関先から家の中へと引き入れた。

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