第55話 明暗34 (179~182 銃撃事件に巻き込まれたのは……)

「西田……。北見から残念な話が入った。落ち着いて聞いてくれ……。発砲事件は午後7時頃に、北見共立病院で発生したようだが……」

北見共立病院という言葉が出た時点で、西田は何やら嫌な予感がした。

「撃たれたのは、例の松島孝太郎、看護婦の百瀬由紀子、そして……、北村だ」

「松島孝太郎」の名前が出た時点で、ある程度の覚悟は出来ていたが、「百瀬由紀子」の後に、やけに溜めるようにして口をついた言葉に、西田は声を上げることも出来なかった。おそらく看護婦の百瀬由紀子とは、例の彼女の義理の姉のことなのだろう。北村がそんな苗字を口にしていた記憶があった。しかもその後、

「残念ながら3名とも即死状態だったらしい……。北見署では既に捜査本部が立ち上がって、北見方面も動き出したそうだ」

という、沢井が何とかひねり出したようなかすれた言葉に、思わず唇が震え目を閉じた。他の部下達も一様に驚き、こちらは、

「またどうしてこんなことに……」と声を上げていた。どちらにしても、ついさっきまでの北村への期待が、こういう結末を迎えるとは、北村からの電話内容を報告していた時には、誰も想像していなかったのは間違いはなかった。大げさに言えば、むしろ神すら考えてはいないシナリオだったかもしれない。


※※※※※※※


 午後8時45分からのNHKの地元ニュースでも、速報として事件の概要が伝えられていたが、西田は10分以上経った後でもまだ混乱したままだった。さっきまでの希望が絶望へと変わったことがそうさせていたことは勿論、その一見無関係で対照的な出来事が、上手く説明出来ないながらも、実は裏で繋がっているような感覚に襲われていたからだ。西田はハッとして沢井に声を掛けた。

「課長! 管理官に北村が松島に聴取掛けていたことを伝えました?」

「お前何言ってんだ! さっきちゃんと言ってただろ?」

沢井は緊急事態に気が張っていたこともあっただろうが、西田相手に珍しくかなり憤慨していた。どうやら西田は呆然としていて、情報を伝えられた後の記憶が曖昧だったらしい。

「そうでしたか……。ちょっと記憶が飛んでました、すいません。それで、何と言ってました?」

「そりゃびっくりしてたよ。倉野課長にもすぐ伝えるって」

沢井は部下に激怒したことを反省したか、感情を意識的に抑えて言った。


※※※※※※※


 午後10時には、病院から1キロ弱程離れた北見市内の空き地で、犯人達が乗り捨てたとみられる車が発見された。盗難車で、おそらくそこからまた別の車に乗り換えて逃亡したと見られる。その時点では、表立って遺留物らしきものは発見されていないようだったが、当然これから精査されるだろう。そして仮に再びそこから別の盗難車で逃亡したとなると、すぐに敷かれた広範な検問に引っかかっただろうから、そこからは少なくとも盗難車は使用していなかったか、或いは検問の範囲内にまだとどまっているかだろうと見られていた。


※※※※※※※


 日付も変わり、11月12日の夜中、北見署の向坂強行犯係長から、遠軽署に電話で状況照会の連絡が入った。米田青年の殺害事件の捜査本部に、北見署から単独で応援に来て、竹下とコンビを組んでいたあの向坂だ。今回の事件では、北見署が担当所轄であるから、当然向坂が矢面に立って捜査に参加しているわけだ。まず沢井に挨拶した後、すぐに西田に替わるよう要請した。


「久しぶりだな。それにしてもまさかこんな形で声を再び聞くことになるとは思わんかったが……」

向坂は沈んだ声で第一声を発した。

「夕方に北村から、松島から話したいことがあるから呼びつけられたと聞かされた時には、ひょっとしたら佐田殺害関連で新情報が出るかと期待していたら、その数時間後にはこういうことになるなんて……」

絞りだすように言うと、

「ああ、その情報は方面本部の方から聞いた。一寸先は闇と言うが、これ以上に当てはまる言葉もないな……。ただ、そう考えるとやけにその暗転のタイミングが良すぎるが……」

と「平凡」な感想を述べた後、西田がさっきまで感じていた違和感を付け加えて語った。

「やっぱりそう思いますか? 何か自分もおかしいおかしいとは思っていたんですが、自分だけで抱えてしまって」

「びっくりして冷静じゃなくなってたんだろう。確かにおかしいと俺も思う。ただな、こっちでは別の見方が今のところやや優勢なんだ」

「別の見方?」

「そうだ。最近こっちで、建設関係中心に、色々銃撃事件が起きてるのは知ってるよな?」

「そりゃ知ってますよ」

「ウチのマル暴の情報だと、建設会社の縄張り(シマ)争いが激化していて、それが絡んでるんじゃないかって話がある。先日の美幌の「大平技建」の銃撃事件知ってるだろ?」

「確か、村山組との公共事業の入札争いの件が原因じゃないかとか、北見方面から情報がこっちにも入ってましたよ」

「そうか、それなら話は早い。その大平技建は、松島の死んだ兄の息子、つまり甥が今経営してるんだ。4日の村山組への再びの銃撃は、今現在の関係ははっきりしてないが、大平技建側に以前付いていたと言われてる、網走の義心会が絡んでるんじゃないかって話もある。つまり『報復』って奴だ。村山組は日照会のフロント企業だから、日照会と義心会の網走ヤクザの抗争になってきてるって話だ。最初の村山組への銃撃も義心会側が仕掛けたんじゃないかと言うことになってきた。そういうわけで、今回の松島の殺害も、日照会の報復行動の一環じゃないかという説が出てる」

向坂の説明は理屈ではわかったが、どうもしっくり来ない側面が西田にあった。

「話はわかりましたが、そうなると、これまで対人では銃撃がなかったにも関わらず、いきなりヒートアップし過ぎじゃないですか?」

「そこは確かに不自然なんだ。他にも色々否定的情報もあるから、勿論1つの考え方でしかないと言えばそうだが、同時に有力説でもあることも確かだ。だから、佐田実の事件についての関係とは別に調べないといけないだろうな。とにかく、現時点では抗争絡みが優勢ということだけは伝えておくよ。あと、多分だが明日には遠軽署にも応援要請が入ると思う。佐田絡みの捜査もするとなると、西田にも協力してもらうことになるんじゃないか?」

向坂は最後に西田達も関与する可能性を示唆した。

「わかりました。一応その覚悟は持っときます。北村の仇は絶対に討たないといけないですからね」

元相棒の死の責任については、相手が誰であれきっちり負わせる必要がある。西田は強く思っていた。


※※※※※※※


 向坂との捜査についての会話を20分程掛けて終えると、西田は前夜からの疲れが一気に出た。そして同時に、北村と共に事件を追った日々のことが思い出された。あの時はこういう形で別れを迎えるとは微塵も思っていなかった。目を閉じると、北村の元気の良い姿が浮かんだ。

「全く何がどうなったらこうなるんだ!」

怒りのせいで、独り言のつもりが思わず怒鳴り声となって、室内に響いた。

「大丈夫ですか?」

吉村が心配そうに声を掛けてきた。

「ああ、スマンな。ちょっと血が上った」

西田は力なく笑ったが、吉村は悲しそうな視線を一瞬相棒且つ上司に向けて、

「そうですか……」

と言いながら逸らした。


 しばらく北村について思索を巡らしていたが、精神的疲労がピークになったか、急激に睡魔に襲われた。その様子を見ていたか、課長が、

「西田、ちょっと寝とけ」

と声を掛けてきた。

「すいません。正直、気持ち的にちょっとまいっちまって……」

西田はそう言うと、机に突っ伏したまま一気に眠りに落ちた。普段なら、その日の最後には、きちんと日記代わりの捜査メモをまとめるのが日課だったが、さすがにこの日は完全な空白となってしまった。


※※※※※※※


 11月12日、午前10時過ぎ、北見署に立った捜査本部(帳場ちょうば)に精神的疲労を隠せない西田と睡眠不足のせいか目を頻繁に瞬かせる吉村の姿があった。遠軽署からの応援として2人が派遣されたのだ。応援と言っても、ヤクザの抗争絡みなのか、はたまた佐田実殺害事件と関係しているのか、2つの要因候補があったので、佐田の事件に精通している西田が、ある意味重要なアドバイザーとして呼ばれたという方が正確だった。


 本来なら西田1人でも良かったが、西田の心境を考えた沢井の配慮で吉村も補完的役割で参加していた。多少頼りないところもあるが、西田の傍で佐田の事件について追っていたアドバンテージは、北見方面本部、北見署のベテラン刑事より上なのは確かだからだ。それにしても、現職の刑事が、事件背景は現時点で不明ながらも実質的に捜査中に殺害されるという事態だけに、3人が射殺されるという凶悪性もさることながら、北見署の捜査本部がある会議室は、かなり殺伐とした雰囲気に満ちあふれていた。道警本部からの応援組が到着するのが夕方になりそうだったので、取り敢えず近隣署からの応援組と所轄北見署、北見方面本部組だけで捜査会議が始まった。


 会議では、今回の事件でも「事件主任官」を務める、倉野捜査一課長から詳細な事件状況が説明された。


※※※※※※※


 事件が発生したのは北見共立病院の、松島が入院していた個人部屋だった。午後7時過ぎに病室に呼ばれていた北村と、担当看護婦の百瀬由紀子、そして松島が、突如侵入して来た覆面をしていたと思われる(正面から姿を見たものがなく、異常を察して病室から出て来た、第一発見者でもある、隣の個人部屋の入院患者に廊下を逃亡中の後ろ姿を目撃され、その際にどうも覆面をしていたらしいという目撃情報より)2名の、おそらく男に射殺されたものだ。3名とも4発以上の銃撃を受けており、その頭部、胸部にそれぞれ銃撃を受けたため、ほぼ即死状態であった。尚、銃弾は線条痕が2種類あり、2名それぞれが銃を保持していたと見られる。拳銃の種類はおそらく共に「トカレフ」だが、線条痕に「前(前歴)」はないものと見られていた。


 また、本来ならかなりの発砲音が連発したはずが、それほどしなかったことから、サイレンサーが使用されたと推測された。そして、個人向けの病室が他の相部屋タイプの病室と隔離された場所にあったことと、夕食後の時間帯だったこと、一般的な見舞いや付き添いの部外者が帰された時間帯だったことなど、幾つかの要因があって極端に目撃情報が少なかった。また、非常階段を使って侵入し、同時に逃亡したことが、下足痕から確認されていたが、それも犯人がほとんど目撃されなかった理由だ。ある程度、病院内部の構造に詳しく、計画的な犯行だった可能性が高かった。


 3名とも即死だったことから、「プロ」の仕業も考えられたが、同時に発射弾数も多く、ある程度「慣れて」はいるが、訓練したのか、元から「経験」があるのかは微妙なところだった。確実に言えることは、ただの「カタギ」ではなかろうと言う一点だ。


 事件から2時間ほど経った後、共立病院から1キロ程離れた住宅街の空き地に、盗難車が乗り捨ててあるのが発見され、おそらくここで別の車に乗り換えて逃走したと見られていた。協力者の車に同乗したのか、はたまた自分達で運転したのか、或いは見立てと違い、別の逃走手段を採ったのかは不明だが、いずれにせよ、乗り捨てられた車には、目立った遺留品もなく、指紋等の個人を特定するための遺留物もほとんどなかった。鑑識の精査により毛髪(後に、少なくとも、本来の持ち主のモノではないことが判明)と服の繊維程度しかなく、おそらく車を盗んだ時点で手袋などをして完全に指紋を付かないように細心の注意を払っていたのだろう。そして検問が完全にすり抜けられたおそれがあることは、捜査会議が開かれているこの期に及んでは、ある程度認めるしかなかった。勿論、まだどこかに潜伏している可能性はゼロではないが……。


※※※※※※※


 倉野から概要が説明された後、北見方面本部の捜査4課長「香川 満」から、ヤクザの抗争方向での捜査方針が説明された。


※※※※※※※


 松島が殺された理由の想定例としては、向坂から聞いていたのと同じ内容が語られた。ただ、より詳細な情報として、取引先・銀行などからの情報では、どうも大平技建は昨今の建設不況の煽りを食らい、9月半ばに一度不渡りを出しており、11月中に2度目の不渡りが出ることはほぼ確実と言われていて、実質破綻状態であることが明らかにされた。そのことが、入札を「邪魔した」村山組への「報復活動」に繋がった可能性があるという説明があった。


 ただ、大平技研の社長の代が変わって以降、ケツ持ちだった義心会との関係はほとんど無かったという情報もあるので、果たして報復にヤクザが使われたか、或いは報復行動が大平技研の指示によるものなのかは、共に断定は出来ないというものだった。


 一方、「佐田実」殺害事件の余波という見立てについては、倉野自身の口から説明された。


※※※※※※※


 事件発生後、沢井から北見へ連絡がされたことで、北村が突然の呼び出しを松島から受けた直後に巻き込まれたことから出て来た、当然の疑惑だった。北村は、恋愛関係にあった「百瀬 茜」から、「義理の姉から連絡が入って、松島があなたに殺人事件の件で話がしたいと言っている」と電話で伝えられ、急遽遠軽での西田達とのカラオケ会出席を取りやめ、北見共立病院へと引き返したことは知っての通りだが、この点について、茜からも裏付けが取れていた。恋人と義姉が殺害されるという事態で、かなり憔悴仕切っていたようだが、証言については号泣しながらであったが、きちんとしてくれたそうだ。それを聞いた西田は胸が痛くなった。


 ただ、松島が北村にどういう話をしたかったかについては、茜も全く聞いておらず、百瀬の家族も全く聞いていなかった。つまり関係者が揃って殺害された今となっては、もはや聞き取り様がない有様だったということだ。佐田実の殺害事件について、何か語るつもりだったかという推測はされたが、あくまで推測であり、それが正しかったとして、一体何が語られたか、もしくは語られたはずだったのかは既に闇に葬られた状態だった。


 松島自身が、13年前に家庭不和から離婚しており、元妻と娘2人とも疎遠で、何か事件について聞いているということもなく、大平技建を経営していた甥含めた親族も、現時点での警察の聴取では、心当たりはない模様だった。


 また、事件のタイミング的にはかなり疑わしいものがあったが、ここまでタイミングが良すぎると、今度はどうやって松島が北村を呼びつけて話そうとした情報を、犯人が入手したのかという疑問が出てくることも事実だった。少なくとも、担当看護婦の百瀬由紀恵は、殺害されてしまったのだから、口封じということならともかく、常識的には事件に関与はしていないと見るのが筋だ。


 こうなってくると、他の病院勤務者も情報提供者として疑わしいのだが、松島孝太郎自身がかなり死にそうな状況であり、病院関係者、特に医師や看護婦であれば、もっと簡単な「殺し方」があるはずで、ここまで大掛かりな事件にする意味がないことも「読み」を難しくしていた。こういう点から、むしろ清掃や事務などの、医療に直接関わらない職員について更に念入りに聴取を行うこととなっていた。また、何らかの情報収集行為、おそらく病室内での盗聴がされていたのではないかという疑惑も出たが、事件直後の病室内の捜査では、その痕跡は見つかってはいなかった。そのため、盗聴説はあくまで仮説と言う枠内に留まっていた。


※※※※※※※


 取り敢えず、向坂は佐田の殺害事件との関係も深いことから、佐田殺害事件絡みの筋を西田と共に担当することになった。向坂自身はそれに初期段階の8年前に関わり、今回も途中まで捜査していたが、強姦殺人で心ならずもそちらに掛からざるを得なかったため、ある意味敗者復活戦的な側面もあった。こちらのグループの捜査指揮については、暫定的に北見署刑事課長の楢橋ならはしが取ることになっていた。


 まずやるべきことは、前日の時点で既に着手はしていたが、病院勤務者への徹底した聞き込みだ。情報が欲しいと同時に、この筋での捜査を前提にすれば、話の最中に誰かが「ボロ」を出すかもしれない。かなり重要な捜査だ。


 しかし、12日から13日に掛けての大掛かりな聴取では、具体的に何か怪しい点はまだ見出だせなかった。また、松島の甥の大平技建の社長である、松島瑛太にも更に詳しく話を聞いてみた。「確かに村山組には汚いやり方で入札には負けたが、それ以前に公共事業削減で経営状態がかなり悪化しており、ヤクザ使って銃弾打ち込むなんてやってる場合ではなかった」と、偉い剣幕で否定された。そもそもヤクザとの関係も、自分の代では問題になるようなものはなかったと主張。この点はマル暴からの情報とある程度一致していた。警察からも銃撃事件以降しつこくマークされており、不渡り阻止も不可能になったと、これまたお冠だった。


 ただ、本人も実際にはそれが影響して不渡りになるようなものではないと自覚しているはずだった。既に経営破綻は覚悟しており、その最中での世話になった叔父の死に、ヤクザが関わっているとすれば、そちらの方が余程許せないとも言っていた。そして、誰かが自分達をはめようとしているのではないかと、陰謀論すら語っていた。


※※※※※※※


 13日には、北見市内の慈想寺で、検死から戻った北村の通夜が行われた。遠軽からも沢井が、捜査本部に缶詰になっていた西田と吉村と共に出席した。西田と吉村は喪服を北見で借りる羽目になっていたが、遠軽へと取りに戻ることすら、疲労から負担になっていたのだ。


 若い刑事も含めた3名が病院で銃撃されるという事態は、当然、全国規模で社会的な関心を持たれており、特に事実上「殉職」である北村の通夜には、多数の道警関係者がやって来ていた。道警副本部長も、捜査本部への激励も兼ね、札幌から参列していた。他にも道警OBらしきメンツも来ていたが、参列者から漏れ伝わった話を聞く限り、父親も警察官だったらしく尚更のことだったろう(作者注・この部分は2018年3月2日追記しました)。


 ただ、2階級特進で警部になったとは言え、死んでしまっては元も子もない。西田は涙をハンカチで拭う両親と兄弟らしき2人の男性、及び恋人だった「百瀬 茜」と見られる、号泣して今にも倒れそうな若い女性の姿を見ながら、その思いを強くすると共に、最近まで溌剌としていた、元相棒との別れを表向きは特に感情に出すこともなく、内心で強く惜しんだ。


 当然、「悲劇のヒーロー」の通夜を、マスコミも寺の外から遠巻きに取材していた。大げさに言えばそんな「人の群れ」の中、見覚えのある顔を西田は境内で発見した。以前捜査においてかなり世話になり、重要な情報を幾つも提供してくれた奥田老人の姿がそこにあった。


※※※※※※※


「奥田さん!」

西田は周囲に気を使いながらも、許される範囲内で声を張り上げ、焼香を終えて去りゆく奥田を人混みを縫うように追った。奥田は声に気付いて立ち止まると、振り返って西田を確認した。

「ああ、西田さんかい……。この度はこんなことになって……」

いつもの年を感じさせない威勢の良さ、笑顔は何処へやら、力なく手を挙げると消え入りそうな声で西田に応えた。

「こんな形で再会するとは、夏に情報を入れてくださった時には、露ほども思っていませんでしたが……」

西田は数珠を握りしめながら、それ以上言葉にならなかった。

「全くだ……。数ヶ月前まであんなに元気だった働き盛りの若いモンが、こんなことになっちまうなんてなあ……。昨日の朝、ニュースで見て、名前に何か聞き覚えがあると思って、新聞で確認してみたら……。取り急ぎ、道報のお悔やみ欄で調べて、線香あげるぐらいはしないとと言う気持ちでね……」

言葉を選ぶようにゆっくりと喋る。

「警官という職業柄、こういう事もあり得るとは日頃から覚悟してはいるんですが、具体的に身近にこういうことが起きると、やっぱり色々と考えてしまいます……」

「やっぱり、あんた方が夏に追っていた事件の関係なのかい?」

奥田は相変わらず勘が鋭い。

「そこはまだはっきりとはわからないんですが、そういう可能性も排除はしてません」

「そうか……。もしそうなら、必ず解決しないとな……。それにしても、この老いぼれより先に前途ある若者が死ぬんだから、世の中理不尽だべさ? そうは思わんかい?」

ここに来て、やけに力を込めて奥田が言ったので、西田はその思いを汲んで、そのまま肯定するにはやや失礼な内容だったが、敢えて黙ったまま頷いた。

「とにかく、こういうことになったら、西田さんも気をつけないとな。そして絶対に北村さんの敵を討ってくれよ。それが1番の供養になるべ! うん、それじゃ、あんたも色々忙しいだろうから……。俺も汽車の時間があるし」

奥田はそう言うと、軽く会釈をした後、背を向けてトボトボと境内を門へと向かって歩き出した。西田はそれをただ見送りつつも、事件解決への思いを新たにしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る