新たな殺人事件発生

第54話 明暗33 (176~178 カラオケ店での突然の展開)

 11月10日、本橋の殺人での起訴(死体遺棄については、直接行っていないことと、実際に行った喜多川と篠田が既に死亡していたこともあり見送られた)により、6月から追ってきた事件の全てにおいて、捜査が「事実上」終結した。そういうこともあり、慰労会を開こうという発案が吉村からされた。しかし、実際には慰労会というより、黒幕まで辿りつけなかった「残念会」の側面と、大島海路追及の急先鋒として捜査に当たったものの、最終的に「敗北」した竹下個人への激励会という側面の方が大きかった。


 実際のところ、ここ数日の竹下は覇気もなく、沢井や西田、部下の問いかけにも反応が鈍いような状態であり、西田も少し心配になっていた。そういう意味で吉村の提案は渡りに船でもあったわけだ。


 結局、大阪での気晴らしよろしくカラオケにしよう(酒席は、建設会社銃撃事件が頻発しており、今のところ遠軽では無関係とは言え、この件で緊急呼び出しの可能性があったので、敢えて控えることにしていた)と吉村が言い出し、沢井も発起人に任せるということで、刑事課全体で出席出来るメンツでのカラオケ大会ということになった。


※※※※※※※


「北村も呼びたいんだがいいですか?」

西田は、夏場の伊坂組専務・喜多川の張り込みの際に、北村と「いつか遠軽でカラオケに行こう」という話をしていたことを思い出し、沢井に許可を求めた。

「こっちは全く問題ないが、今北見方面は結構忙しいんじゃないの?」

と返された。


「それもそうですね。こっちよりは切迫してますから、銃撃事件……。まあ一応聞いてみますよ」

そう言って北村に電話を掛けた。業務中だったかその場では出なかったが、1時間程して折り返し掛かってきた。

「北村ですが。西田係長、何か用事ですか?」

「忙しいところくだらないことで申し訳ないんだが、今度遠軽の刑事課でカラオケ大会やろうって話なんだ。11日土曜日の午後6時前後からやろうと思ってる。場所はまだ決めてないんだけど……。今そっち大変なんだろ?」

西田は気遣うように尋ねてみた。


「捜査一課はあくまでサポートという形なんで、暇ではないですが、大変というところまでは言ってませんよ。それに運が良いことに11日はたまたま非番なんですよねえ。そういう意味で全く問題ないです! 以前西田さんともカラオケ行こうって約束してましたしね。急に何か入らない限りは絶対参加させてもらいます!」

北村らしく、歯切れの良い返事を西田にした。

「そうか、わかった! じゃあ参加ということでみんなに伝えておく。北村の歌は楽しみにしてるからな。それじゃあ前日の夜に詳しいことはまた電話するから、よろしく」

西田はそう言うと電話を切った。


※※※※※※※


 11月11日当日の夕方、遠軽のカラオケボックス「カラオケスタジオ・ガンボウ」は土曜日ということもありかなり混雑していた。予約はしていたので待つこともなかったが、おそらく遠軽駐屯地の自衛官らしき、若い短髪の大量のいかつい男性と、合コン目的なのか若いギャル風の女性が大量に居て、ギャアギャアと騒いでいたこともあり、何となくイライラしていた西田だった。単純に男しかいない自分達の集団と比較して、嫉妬していただけなのかもしれないが……。


 一方竹下は相変わらずどうも目に力がない、覇気のない顔をしているのが西田も気になっていた。やはり事実上の捜査終結が気力を萎えさせたのだろう。


 予約していた部屋はかなり広い部屋で、刑事課の10名以上の人数でも余裕はあった。西田は本来ならもう来ているだろう北村が、まだ来ていないことが気になってはいたが、運転中だといけないので電話を掛けるのは止めていた。


 しかし、そろそろ課長がトップバッターとして歌おうかという段階になって、西田の携帯が突如鳴った。他のメンバーが一斉に西田に視線を集めた。西田は部屋を出ようとしたが、沢井はそのまま出て構わないと言ったので、その場で電話に出た。


「もしもし、西田係長? 北村ですが」

「おい、今どこだよ?」

「すいません。今、留辺蘂なんですよ」

「まだ留辺蘂かよ! 出発するのが遅かったのか?」

「それがですね……。一度生田原まで入ったんですが、北見へ向けて戻ってる最中で」

「?」

西田は意味がわからず、言葉が出てこなかった。

「ホントすいません。実は例の松島……。松島孝太郎がですね、色々話したいことがあるから、すぐにでも会いたいということで、例の彼女の義理の姉さんの看護婦から、自分の彼女に連絡が突然入って、それが自分にも回ってきて、今大急ぎで共立病院へとUターンして向かってるところなんです!」

興奮気味に北村がまくし立てた。

「おいおい、それを早く言えよ!」

西田はそれを聞いて、北村がカラオケどころではない理由に納得する以上に、当然その想定外の出来事を素直に喜んだ。


「そろそろ危ないんですかねえ……。とにかくわざわざ呼び出すんですから、多分佐田の事件について何か話してくれるんじゃないかって期待してますが……」

北村も西田と同じことを考えていた。常識的に考えれば、佐田の事件でわざわざ知り合いになった刑事に何か話したいことがあるというのだから、それについての新情報を入れてくれるだろうと思うのは当然の帰結ではある。

「松島は状態が悪いのか?」

「どうなんでしょうか……。死にそうだから何か話しておくってのはあり得ますが、特に電話ではそういうことは聞いてません。それに本当に死ぬ間際だったら、刑事呼んでる場合じゃないような気もするんですよね、自分で言っておいて何ですけど……」

「そりゃそうだな。肺がんだったっけ? まあとにかく何か新しい情報を掴める可能性は高いはず。もうちょっと早ければ良かったんだが、それは今更言っても仕方ない」

「大島に繋がる何かが出てくるといいんですが……」

「ああ、その期待は正直持ってるぞ俺は!」

西田は力強く言った。


「とにかくそういうことなんで、カラオケは今回は無理ということで。もし捜査に進展がありそうな情報を聞き出せたら、今度は祝勝会でやりましょう!」

「そうだな。そっちがいいに決まってる! 聴取終わったらすぐ電話入れてくれ。後、北見方面の方には知らせたのか?」

「いやまだです。現時点では余計なことを言わない方がいいかなと……」

西田はそれを聞いて、相手が北村を指名してきた以上、変に警察全体で介入させない方が真実を得られる公算が高いと北村が思っているのだと考えた。一方で北村1人に任せるのが無難なのか、少々迷いが生じていたが、北村の判断に文句を付ける義理もないと、それについてはとやかく言うことをや止めた。


「そうか。とにかく聴取が終わったら、倉野課長なり上司にきちんと連絡してくれ。俺はその後でいいから」

「わかりました。じゃあ急ぎますんで、また後で」

北村は急ぐように電話を切った。


※※※※※※※


「北村はどうした?」

沢井が尋ねてきたので、西田は概要を話した。

「そいつは、タイミングこそ遅いがビッグニュースだな!」

沢井の顔がほころんだが、それ以上に竹下の表情が喜色満面として先程とはまるっきり違うことに西田は気付いた。朗報がここまで人を変えるかという程の変貌だ。竹下は西田に詳細を教えてくれと頼み、西田はありのままを部下に伝えた。聞き終えると、

「まだ最後のうっちゃりがあるかもしれません。これは最後のチャンスかもしれない!」

と今度はむしろ表情を引き締めていた。


「どうも今日のカラオケ大会の趣旨が、予定とは違って良い方向に変わってきたみたいだな」

課長はそう言うと、トップバッターとして「お立ち台」に上がり、いよいよカラオケ大会の火蓋が切られた。部下達が注目していると、大きなモニターには、「人生劇場」のタイトルが現れた。

「人生劇場って、例の村田英雄の奴ですか? あれ確か金華かねはな(地区)の常紋トンネル慰霊塔の前で、爺さんがラジカセを大音量にして掛けてた奴ですよね?」

と吉村が西田に喋りかけてきた。実際、北見屯田タイムスに聞き込みに行った後、たまたま寄った常紋トンネル殉難追悼碑の前で、そういう老人に会ったことを西田も思い返していた。

「言われてみればそんなこともあったな……」

遠くを見る様な目線で、数ヶ月前のことを懐かしんだ。


「あの爺さん、おそらく70超えてましたよね? 課長はまだ50代前半でしょ? それが村田英雄じゃ余りにも爺臭いじゃないですか……」

若い部下にそう言われているとは露とも知らず、課長は気持ちよく歌い始めた。


「♪やると思えばどこまでやるさ それがケイジの魂じゃないかー」

モニターに映っていた歌詞は、「それが『男』の魂じゃないか」だったが、課長は自分で勝手に変えて「刑事」にしたらしい。


 個人で「やると思って」も、組織の都合次第で「どこまでもやれない」警察組織に居るからこそ(否、それは何も警察に限ったことではないが)の皮肉と言うか悲哀を込めた、課長なりの「改変」なのだろうが、つい最近まで追っていた「事件」を振り返ると、身につまされる部分が西田にもかなりあった。


「♪義理がすたれば この世は闇だー」

鶴田浩二主演の、いわゆる任侠モノ映画「人生劇場‐飛車角」の主題歌としての歌詞である。しかしそういう見方をしなければ、「道理が通用しなくなればこの世はロクでもない世界になる。だからこそ社会正義のためにどこまでも生きる」という、警察官としては、ある意味理想的な生き方の決意表明とも取れないことはない内容の1番の歌詞を、課長は気持ち良さそうに歌い上げていた。何か警察内部の現実から逃れるように……。


 因みに義理とは、ヤクザ映画や義理チョコのせいで、現代においてはマイナスイメージのある言葉となってしまっているが、本来の意味は「物事の正しい道筋、あり方。対人関係、社会関係において守るべき道理」という、至極真っ当な言葉であることは言うまでもない。


 その歌唱中に吉村とは逆隣に座っていた竹下が、

「さっきの係長と吉村のやりとり聞いて思い出しましたけど、自分と向坂さんも、北見での聞き込みから遠軽に戻る途中、一度金華の慰霊碑に寄ったんです。それで丁度その時、その人生劇場の爺さんに会いましたよ。おそらく同一人物だと思います。ラジカセで人生劇場を流してましたから」

と話しかけてきた。

「竹下達も出会ったのか? 有名なのかな?」

「いや、少なくとも留辺蘂出身の向坂さんは知らないって言ってましたから、地元で有名とかそういうこともないんじゃないですかね」

竹下は元気が出て来たか、にこやかだった。

「それもそうだ。あの過疎地じゃ、有名人になるなんてこともないよな、そもそもが……」

西田も自分で最初に言っておきながら、呆れたように笑った。


 そんなやりとりをしている間に「人生劇場」を課長は歌い終えた。上手いとは言えないまでも、なかなか腹の底から響く歌唱ぶりを発揮し、壇上から下りた課長を西田達は拍手で迎えた。

「課長お見事です!」

小村が褒めたが、単純に「おべっか」というだけではなく、実際良い感じは持っていただろう。他の連中も、「いやさすが課長!」などと持ち上げた。


 ただ、吉村は、

「課長! まだ50代なんだから、もうちょっと若い奴の歌でいいでしょ? 課長の世代ならフォークやらグループサウンズぐらいはあったでしょ? せっかくの歌唱力がもったいないですよ!」

と半ば茶化すように言った。すると沢井は、

「あのな吉村! どんなに若ぶっても、人間40半ばを超えた辺りから、演歌みたいなもんがしっくり来るようになるんだよ……。俺もお前の時ぐらいは、先輩刑事なんかの考えを『古臭い』と思ったもんだが、この年になるとやっぱり変わってくるんだよなあ……。今のお前がそれを年寄りの言うこととして相手にしないのは構わん。ただ、必ずお前もそれがいずれは自然とわかるようになるぞ、良きにつけ悪しきにつけだ……」

とたしなめた。そして、

「この歌は俺が警官になったばかりの頃、水上(2018年4月3日 元の水上に戻しました)っていう退職間近の上司が、飲みに行って愚痴りながらよく口ずさんでたもんだ。その数年前に映画の主題歌になってた歌だが、たまに今みたいに一部変えて歌ってたよ。当時は俺も爺臭いと思ってたが、今や俺が当時の岡田さんと近い年齢になっちまって、やっぱり同じことやってるんだよなあ……」

としんみりと口にした。強く説教するでもなく、若手の戯言を受け流すわけでもない沢井の発言は、吉村にそれ以上の反論をする余地を与えなかった。時として、隙のない理屈以上に説得力のある言葉は、人生経験からこそ生まれるということは、西田にも思い当たるところがあった。


 その後2時間程皆で歌いまくり、それでもまだ盛り上がりかけていたところで、沢井の携帯が鳴った。沢井は部下の足とテーブルの間を縫うように抜けると、部屋の外へと出て行った。が、大して間も置かずに血相を変えて飛び込んできた。


「おい! 残念だがカラオケはここで打ち切りだ!」

沢井の表情から、ただ事ではないと、和気藹々(あいあい)とした室内の空気が一瞬にして緊張感に変わった。

「北見で発砲事件が発生して、複数の死傷者が出てるらしい! 犯人は複数で逃亡中ということだ。北見方向からの車に検問掛けるから、ウチも協力態勢に入る!」

まくし立てた課長の台詞に、刑事達は一斉にコートを手にして立ち上がった。すぐにフロントに連絡して課長が精算し、刑事達は近場にある遠軽署へと駆け足で向かった。


※※※※※※※


 署内へ入ると、あらゆる課の職員にも動員が掛かっているようで、いつもとは違う意味での「活気」に満ち溢れていた。署内はやや混乱の様相も見せていたが、検問に駆り出された警官は、それぞれの担当する「持ち場」へとパトカーで次々と出動していく。今日は非番だった警官も呼び出されているようだが、刑事課は非番の連中もカラオケに来ていたので、わざわざ呼び出す必要がなかった。


 刑事課は全部で6名が検問へと出かけていた。強行犯係からは竹下、黒須、澤田が動員された。全員拳銃携帯命令の下での緊急出動だ。パトロール中の警官と違い、刑事は常に拳銃を所持するわけではない。それなりに危険な任務の時だけである。


 刑事課で待機、情報収集していた残留組に、北見方面本部の比留間管理官から詳細が報告されたのは午後8時半過ぎだった。しかし、沢井を通して伝えられたその内容に西田は驚くというより、愕然とした。電話を受けていた課長の受け答えと表情の曇りから見て、深刻な事態は想像出来たが、課長が口にした知らせは、想像以上にショックだったからだ。沢井は電話を切らないままで、その場に居た部下というより、ピンポイントで西田に語りかけてきた。

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