【書籍化】平安時代にタイムスリップしたら紫式部になってしまったようです
中臣悠月
序章
私がモテるなんて、天地がひっくり返ったってありえない!
17年間そう思って生きてきたのに、いま私の目の前で繰り広げられているこの逆ハーレムな状態。これをいったい、なんと説明すればよいのだろうか。
まるで乙女ゲームで、掛け持ち攻略して複数にフラグを立てたまま、終盤を迎えてしまったときに目にするようなこの展開。いや、展開だけではなく、目の前に広がる光景もゲームの中のものだと説明された方がまだ納得できる。
すぐ側にいる男性たちの姿も衣装も、そして部屋の中の調度品も、すべて21世紀の日本の現実とはかけ離れているのだから。
「
そして、現代の日本ではほとんど嗅いだことのない香りがその男性たちからは漂ってくる。しいていえば、おばあちゃんのタンスに入っていた匂い袋の香りに近いのかもしれないけれど、目の前から漂ってくる香りの方がよっほど高級で品があるというのは、素人の私ですらよくわかった。
そんな見慣れぬ男性たちが、次から次へと私に対して甘い言葉を囁いていく。そう、まるで乙女ゲームの中で好感度が上がりきった後の攻略対象キャラたちが主人公キャラに囁く台詞のごとく、非常に糖度の高い言葉を何の恥ずかしげもなく私に投げかけるのだ。
私から見て一番左側に座っている男性が、
「御簾越しでもよくわかります。あなたのその透き通った玉のような白い肌が。ああなんと美しいのでしょう。その白魚のような美しい御手を思い切り握りしめてみたいものよ」
と言いながら、御簾の下からおのれの手をそっとこちらに伸ばしてくる。
いやいや、私のこの白い肌は単に運動が嫌いで、スポーツとかまったくやっていなかったから。帰宅部でオタクで、家に籠もってゲームやったりマンガ読んだりしかしていなければ、これくらいの肌になりますって。
別に、美容を気にして日焼け止めとかいつも塗っていたわけではないんです。
しかも、いままで褒められたことすらない。幽霊みたいに白い肌だって、からかわれたことはあっても。
そんなことを思い出していると、先ほどの男性のすぐ右横にいる男性が、自分の扇で隣の男性の伸ばした手をぴしゃりと叩く。
「
と、注意をするものだから、私を救ってくれたのかと思いきや、先ほどの男への単なる牽制にすぎなかったようだ。
叱ってくれた男の台詞の方こそ、おふざけが過ぎる糖度なのだが、これでいいのだろうか。
「いやいや、その玉の肌が映えるのも、式部殿のその見事な黒髪があってこそ。闇のように艶やかな髪にいつか触れてみたいと思うものよ」
と、今度の男も歯の浮くような台詞を囁いてくる。
この髪も、面倒で美容院に行かなかったら伸びただけ。オタクのコミュ障にとって、美容院がどんなに怖いところかわかりますか? と小一時間目の前の男に説いてやりたい。あなたたちのようにしじゅう話しかけてくるんですよ、ペラペラと。それが結構な確率でイケメンだったりするんだから。返事するのも鏡見るのも怖いに決まってる。
つまりは、いまの状況も私にとっては苦痛だということを伝えたいのだが、もちろん面と向かって言うことはできない。
これが、ゲームの世界なら、選択肢を選んでボタンを押すだけだから簡単なのに。
「どうやらお二方は、式部殿の外側しか評価しておられぬようだ」
今まで黙っていた一番右側に座っていた男が口を開く。
「式部殿のことを褒めるのであれば、やはり彼女のその才知をこそ褒めるべきではなかろうか。先日、中宮様に差し上げられたという、あの『源氏の君の物語』のなんと素晴らしかったことよ。どうせ女子どもの読むものよと侮っていた愚かなかつての私をなじってやりたい、もっと早く読むのだったといまの私は激しく後悔しているのです。なにしろ、お
あああ、とうとうその話ですか!
そもそも私は『源氏物語』なんて、現代において読んだことはなかった。単に、“跳ばされて”しまったこの世界で、私を救ってくれた恩人が困っていたから、少しでも力になれればと思って同人ノリで自分の好きな妄想を語った、というか垂れ流したものが文章になっただけなんですってば!
そんな真実を暴露してしまいたい衝動に駆られるが、もちろんその恩人のことを考えると、ここは静かに黙って微笑んでおくしかないのだ。
なにしろ突然、右も左もわからない、こんな過去の、おそらく平安時代に“跳ばされて”しまった私。ふつうだったらのたれ死んでいたところを助けてくれた人がいたら、その人のためになんだってしたくなるじゃない?
それがまさかこんなことになるだなんて……。
私の妄想をその恩人と語らっていたときには、こんな展開を迎えるだなんて思いも寄らなかったのだ。
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