第二話.「美少女転入生と運命」

 一ヶ月振りに登校した教室は、賑やかで在った。というか騒がしかった。

 それは、春休み何してた?といった話も勿論なのだが、それだけでは無かった。

 転校生が来る。

迅雷高校二年B組は、その話題で持ちきりであった。

「お前ら席に就けー」

担任が、気だるげに声をかける。担任は、去年と同じ天城だ。

天城の気怠気な声を聞き、クラスメイト達は席に着いた。

 さて、ここでちょっとした説明を。うちの高校の始業式は、些か変わっている。

 まず、行われない。……いや、違うな。始業式自体は行われている。問題はその形態というか。

 うちの理事長は、多忙だ。何なら校長も多忙である。その為、普段は副校長が殆どの仕事を任されているのだが、式典に関してはそうはいかない。

 流石に理事長や校長が休んではな。格好がつかないという奴だろう。

とはいえ、完全に行われないという訳にも出来ない。

 そこで使われたのがビデオ通話。理事長、校長、そして職員室とを回線でつなぎ、ネット上で式を行う。

 オンライン始業式。恐らく、こんな事をしているのはうちの学校くらいじゃないか?

——閑話休題。

 ということで、俺達は教室で、モニターに映る始業式を眺めていた。天城が今ここにいることから考えるに、この始業式は録画なのだろう。

 クラスは、勿論騒がしい。勿論というのもおかしな話ではあるが、やっぱり騒がしい。騒々しい。

 チラチラと聞こえてくるのは、やはりというべきか、転校生の話。新しい級友が出来るというのは、確かに同級生達の気を引くものでは在ろう。僕だって気にならないと言えば嘘になる。僕に話しかけて来る奴がどこぞの物好きくらいしかいないだけだ。

 その物好きは、クラスの左前に固まった女子の中で、楽しそうに話をしている。

 何だ、いたのか葵。

 下らないことを考えているうちに、始業式は終わりを迎えていた。時間は約3分。流石に適当過ぎだろ、と思ってしまうのはきっと僕だけではないだろう。

 クラスの騒乱がより強まる。始業式が終われば、いよいよ転校生との御対面だ。

「よし、じゃあお前らが期待している転校生だ。超可愛いから期待しとけ」

「「おお!!」」

クラスの男子共が大声で叫ぶ。女子は半分呆れ顔。葵がチラチラとこちらを見ているのは何故だろうか。

 ガラガラ、と扉を開けて入って来たのは、茶髪のセミロングの女の子。なるほど、確かに顔立ちが整っている。胸も大きい。如何にも、美少女といった少女だった。

「望月美鈴です。よろしくおにゃ……お願いします!」

噛んだな。

転校生が、顔を赤らめる。その姿を見たクラスメイト達が「可愛い!」とか、「やべぇ、萌える!美鈴ちゃんって呼んでいい?」とか「ウェーイ」だとか、口々に叫ぶ。最後のは全く意味がわからないけれど。

 そしてこちらの様子を伺う葵。一体何なんだよ。視線が気になって落ち着かないからやめて欲しい。転校生でも見とけ。

「うるせーぞお前ら。あとは休み時間にやれや。席は宇賀神の隣が空いてるな。色々分かんねえだろうから、教えてやってくれ。お前なら変なテンションで困らせることも無いだろうし」

「宇賀神さん……?」

 その瞬間、クラスがほんの少しだけ静まった。

「あの根暗かよ」とか「ずるっ」だとか、「神和住さんだけに留まらず……」とか。明らかに僕に対するヘイトが高まって居る。先程と違い、ボソボソ、といった風ではあるけど、担任の前でこれはどうなのか。

天城は、噛み殺すようにして笑っている。

 本当に殺してやろうか……?

「琥珀さん、どうぞ、よろしくお願いします!」

いつの間にか隣に座っていた転校生が、笑顔で挨拶する。

下の名前で呼んだことにより、周りの男子からの圧力がやばい。

引き攣った笑みを浮かべる僕に対して、首をコテンと倒す。可愛いけど、確かに可愛いけれどそうじゃない!

「よ、よろしく……」

一時間目が終わると同時に、殺されてしまうのではないか?

 夜道には気を付けよう。盛大に溜め息を吐きながら、僕は思った。


 結論からいくと、僕は死ななかった。ただし、もっと困る状況には遭遇した。

「……というわけで、わたしは琥珀さんの、正式な婚約者なのです。関係ないあなたに口を挟まれたくはないです!!」

「いきなり出てきて何なのよ!幼馴染として、そんなの絶対認めない。ハクも何か言ってよ!!」

 目の前では、二人の少女が口論を繰り広げている。葵と望月さん。

 正直こちらに振らないで欲しい。怖い。

クラスメイト達は、遠巻きにこちらを観察している。願わくば、僕も仲間に加えて貰えないだろうか。

 昼休みの教室。その中心には葵と望月さん。少し離れて僕。そして教室の隅にクラスメイト。騒ぎを聞きつけたギャラリーで、廊下やら出入り口やらは封鎖されていた。完全に囲まれてるな……。


 少し、遡る。

一時間目、二時間目。それから三時間目と四時間目。彼女は沢山のクラスメイトに囲まれていた。彼女とは、勿論転校生、望月美鈴のことである。

そうなるのが目に見えていたため、その間、僕は葵の席に逃げていた。

 そして、昼休み。他のクラスメイト、そして僕が動くよりも早く、彼女は動いた。

「琥珀さん。一緒にご飯を食べませんか?」

言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。

「は?」

「ですから、一緒にお昼を食べませんか?」

ザワザワ、と周りで繰り広げられる会話。クラス中の視線を集めながら、彼女は僕を誘った。

頭が回らず、黙る僕。

「おい、どういうことだよ宇賀神」

クラスメイトの一人が、僕の肩を掴んだ。

いや、僕に聞かれてもね……。

「わたしと琥珀さんは、RBGですよ?」

RBGとはRedline’sBoy&Girlの頭文字を取ったもので、運命の関係、という意味である。

んん?

「誰が誰の運命の相手だって?」

「わたしが、貴方の運命の相手で、貴方が私の運命の相手ですよ、琥珀さん?」

周りの騒めきは、いつの間にか途絶えていた。その事が僕により強い緊張を、恐怖を与えた。

「そんなの、認めないわよ?」

僕の後ろには、鬼神のような女の子が立っていた。


 そして。

「もぐもぐ、運命って言われて、そんな風に受け入れられるものなの?」

「わたし、運命とか、少女漫画みたいなの好きなので……もぐもぐ」

彼女らはいつの間にか、仲良さげにお昼を食べていた。

 よく見れば、いつの間にか廊下のギャラリーが消えている。

 一体全体、僕が回想に逃げていた間に何があったんだよ。


「いやお前らいつの間に仲良くなったんだよ」

僕は目の前で弁当をつついている二人にそう尋ねる。

「「え?」」

そしてこの見事なシンクロである。

「いつの間にとか言われても…」

「話しているうちに気が合うなあって…」

「いつの間にか…って感じよね?」

「ですね」

「あ、そういえばさ…」

「へえ〜…」

二人は再び仲良さそうに話し始め、いつの間にか僕は蚊帳の外になっていた。

……女という生き物は本当にわからない。

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