Red Line Girls !

迅雷学園文芸部

第一話.「思うに、運命なんて馬鹿馬鹿しい。」

 僕こと、宇賀神琥珀うがじんこはくは思うのだ。

 人間の本質は個だ。社会動物なんて言葉にして誤魔化そうと、その事実は何ら変わらない。

 不変で不平で不完全。集団には必ずといって良い割合で溢れ者が居るし、大昔は魔女裁判に始まり、昨今では虐めと呼ばれる行為まで。迫害は時代を問わず行われてきた。

 俺達、友達だよな?なんて口にした所で、裏でどう思われているのか何を言われているのか。それは僕らには知る由も無い事だ。

 むしろその言葉によって薄っぺらさが増している気もするが、それはここでは良いとしよう。

 つまりだな、僕が何を言いたいかというと。内心でどう思ってるかなんて、所詮他人には分からないという事だ。

 ほら、やっぱり孤独じゃないか。

 個人にして孤独であり虚な存在である僕ら。そんな僕らに「運命」に繋がれた相手など、いる訳が無い。

 在り得ない。僕はそう断ずる。

 僕は手紙をそれの入っていた茶色い封筒に仕舞い、勢い良く縦に裂いた。細長くなった封筒を横に持ち、再び裂く。

 裂いて。

 裂いて。

 やっぱり裂いて。

 粉末と化した物をその場に捨てた。少しだけ、スカッとした。

「ゴミを路上に捨てちゃ駄目だよ、ハク?」

手に付いた塵芥を払った……って。

「何だ、いたのか葵」

「いたよ!さっきから一緒に歩いてたよ!」

そこにはコイツが居た。朝から、今日も神和住葵かみわすみあおいは元気で在った。

「そうか。悪い、知らなかった」

「最初っから居たよね?家から歩いて居たよね挨拶したよね!?」

葵が、物凄い勢いで詰め寄って来た。その勢いで、彼女の特徴とも言えるポニーテールが揺れる。

「気にして無かった」

「猶更悪いよ?」

何が悪いというのか。相変わらず不思議なことを言う。

 そうそう。さっき僕は人間が個であると云ったが、僕は別に、完全に途切れて居るとまでは思って居ない。

 例えば家族。生まれてからこれまでずっと一緒に生きて来た相手なら、多少なり分かっているといえると思う。情も湧くだろう。

 そして、もう一つ。小さい頃からの友人……所謂幼馴染と云う存在だ。

幼馴染も、家族と同じように、その人と成りを見て来ている筈だ。

 だからって、全ては分からない。けれど、ある程度は分かる。

 だから僕にとって信用に値するのは家族と幼馴染だけで、つまるところ、神和住葵は僕の幼馴染である。

「それで。さっきから見てた、その破られた封筒って何だったの?」

駅に向かって歩いて居たところで、葵が訪ねて来た。

「別に大した物じゃないぞ」

「えー、いいから教えてよ」

拗ねたように言う葵。どうでもいいけど、なんだかバカみたいだぞ。

「悪戯みたいな物だ」

僕は短くそう伝えた。

「何でも、運命の相手が見つかったんだと。公的機関を名乗ってそんな手紙を送られて来たもので、中身は見たが。本当に馬鹿らしかった……っておい。どうしたんだ?」

葵が、文字通り電柱に突き刺さっていた。それはもう、見事なほどに。

 まあ良いけど。

「良くないっ!」

あ、生き返った。

 僕は構えたスマホのカメラアプリを閉じた。葵はジッとこちらを見ていたが、無駄だと悟ったのか話を続けた。

「その機関ってさ……総務省運命委員会って名前じゃないよね?」

僕は驚いた。だって、それは先程破った封筒の送り主の名前だったから。

 何故葵が知っていたのか。その疑問が顔に出ていたのだろう。葵が続けた。

「だってさ、それ。実在する機関だもん。運命法って聞いた事、無い?」

その言葉には聞き覚えがあった。というか見憶えがあった。主に2ちゃんで。

「あれって、都市伝説じゃ無かったのか?」

「違うよ、本当にあるの。といっても実在するだけで、ほとんど都市伝説みたいなものなんだけどね」

 葵は苦笑した。昔から変わらない、優しげな苦笑だった。

 さて、それでは運命法について語ろうか。……とはいえ、噂話程度の事しか僕は知らないのだけれど。

 二十一世紀になって、少子高齢化は留まることを知らなかった。

 子供は減り、老人が増える。この事は、言葉ほど軽くは無い。

 それはもう、国家として終わっている程に。終わっているというのは、終焉という事だ。

 勿論、簡単に終わる訳にはいかない。国は新たな研究に乗り出していた。それが運命法則の解明であった……らしい。

 その内容は……何だったか。あぁ、思い出した。

「えっと、運命で繋がれた人間同士を無理矢理くっ付けるとか、そういう話だったか?」

葵は苦笑した。

「言い方が酷いよ……。まあ、間違ってはいないんだけどね。性格、趣味、住所、血統、DNA、後はなんだったかな。まだあった気がするけど憶えてないや。それらの情報を基に出しているらしいけど、詳しいことは公開されてないらしいね」

「それでも、他人に押し付けられた運命なんて、受け入れられる訳無いだろうに」

「あはは……ハクらしいね」

俺の言葉を聞き、葵は再び苦笑した。先程と変わらず、いつも通りの苦笑であった。

「あったばかりの他人と結婚とか、何時代だよ。政略結婚に近いものを感じるぞ」

「あー。子供を産ませて国力をつけるための?中々上手いこと言うね」

クスクスと笑う葵は、数歩僕より先を行き、体ごと振り返った。

 その瞳からは不安の色が見て取れた。

「ハクはさ……その、運命の子と会ったら、どうするの?」

 葵の瞳が、揺れた。

僕には、葵が何を不安に思っているのか分からなかった。その質問の意味も、意義も。

やはり、分からなかった。

 だから僕は、思った事をそのまま口にした。

「別に、何もしねーよ。何時も通り、お前と一緒に登校して、つまらない授業を受けて、適当にグダグダな毎日を送るんじゃねーの?」

「そっか」

本当に、思った事を口にしただけであった。

この言葉が、良かったのか、悪かったのか。それはやはり分からない。

 それでも葵は笑顔になった。その顔には、もう不安は見えなかった。

だからきっと、これで良いんだ。

「そうだよ」

「もう、そういう恥ずかしいこと。他の人には言っちゃダメだよ?」

葵は口を尖らせた。

 けれどそこにはやはり喜びが見えて、俺は笑ってしまった。それにつられたのか、彼女も笑った。

 その後は特に大した話はしなかった。

 昨日見たアニメの事とか、その程度の話だった。

駅に着き、電車に乗って、また駅から歩いた。

 二年生になって初の登校は、この様な平凡なものだった。

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