第十章

 門の外でリカと合流して直ぐに街を出た。

 そして、今は森の中でリカがハルの手当てをしている。

「皆……僕の事はいいから逃げて……」

「何言ってんだよ!!」

「僕のせいで足止めくらってたら皆見つかって殺されちゃうよ……」

 元気なくハルが言った。

「どうせもう永くは……生きられないと思うし……」

「そんな事ねぇーよ!!俺達皆でまた村で暮らそうぜ。なあ?」

 トウナはハルを励まそうと元気に振る舞っている。

「『皆で』か……。無理だよ……。だから皆だけでも……村に帰って……平和に……」

「そんな事言うなよ!!」

 トウナは堪えていた涙を流して言った。リカや私だってもう涙を堪えきれない。シュウは下を向いたまま動かない。

「もう……いいんだ……皆だけで……」

「嫌だ!!俺は絶対にハルを置いて行かねー!!村には五人で帰るんだ!!」

「そんな……駄々をこねないでよ……」

「嫌だ!!嫌だ!!」

 トウナはハルの服を強く握って放さない。そんなトウナの手にハルが触れて言った。

「じゃあ……お願いがある……」

「ん?何だ?」

 トウナはハルの『お願い』に耳を傾けた。トウナだけじゃない、私やリカ、シュウもだ。

「ユリと二人に……してくれないか?……話したい……事があるから……」

「わ、わかった。でも、あんまり無理するなよ。怪我人なんだからな」

「わかってる……」

 そう言うとトウナはシュウとリカを連れて離れて行った。ついでに見回りしてくるとも言っていた。

「ユリ」

「ん?何?話したい事って……」

 私はさっきトウナが居た位置に移動した。

「リカと……喧嘩した?」

「え?」

 予想外の事を訊かれた。

「トウナと僕が……ユリを助けに行くって……言ったら反対……してね……」

 やっぱりまだ怒ってるんだ……。

 俯く私を見てハルは続けた。

「リカはトウナの事で……怒ってるんだろうけど……大丈夫だよ……仲直り出来るよ……リカは……本当はトウナ以上にユリの事が……大切だから……げほげほ」

「だ、大丈夫!?もう話さなくていいよ。無理しないで」

 私はハルの背中を摩りながら言った。

「まだ、伝えたい事がある……から……まだ……」

「怪我が治って元気になったら嫌って程聞くから。だから今は……」

 私が全てを言い終わる前にハルが言った。

「これ……持っていて……ほしい……」

 そう言って『アリスの朱い紐』を私に渡した。

「求婚……とかじゃなくて……ただ、持っていて……それが僕だと……思って……」

「な、何言ってんの?まるでもうダメみたいな事言って……」

 そう言いながらも私は気付いていた。ハルはもう永くないって事を。

 朝から水分をあまり取っていないのに何でこんなに出るのかと不思議に思う程、涙は止まらなかった。

「たとえ……僕の身体は……なくなっても……ずっと傍に……いるから……ずっと……」

「ハル!何言ってんの!そんなのやだよぉ」

「ユリ……」

「やだ……一緒に村に帰るんだ……」

「……忘れないで……いつも僕がいる事……僕だけじゃない……ュリカやトウナ……シュウだって……ずっと傍に、いる事を。……この先……どんな事が……あっても……思い出して……逃げないで……立ち向かう勇気が……出ない、時は……僕達が……傍に、いるから……」

 ハルの言葉にずっと耳を傾けていたが発するスピードがどんどん遅くなっていくのや、声量がどんどん小さくなっているのに気付いて言った。

「ハル!やだ!そんな事言わないでよ。ずっと一緒にいるから。ねえ?」

「……泣かないで……笑顔の君が……すき……だか、ら……」

「やだ!ねえ!死んじゃやだよぉ!!」

 私は必死に逝くのを引き止めようとした。

「……陛下……裏切って……ごめん……な、さい……」

 ハルは最後にそう言って目を閉じた。

「こんなの……嘘だ……嘘だと言って……」

 ガサガサッ

「大変だ。近くに兵士が!」

 トウナ達が戻ってきた。

「おい。どうしたんだよ」

「…………」

 私は今の状況を受け入れられず、ただ呆然とハルを見ている。

「おい。ユリ!まさか!?」

 トウナはハルに近づいて口元に手を近づけた。

「……息、してない!?」

 次に首に手を当てた。

「っ!!……脈が……」

 一時停止していた涙が一気に流れ出た。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 私はハルに縋り付いて泣き叫んだ。トウナも私と同様に泣いている。

「おい!あそこだ!」

 遠くの方から声がする。

「二人共。逃げるぞ」

 シュウが言った。だが、私は聞く耳を持たなかった。

 ガサガサッ

 草の擦れる音がどんどん近づいてくる。

「何やってる。早く逃げるぞ」

 シュウが私の腕を掴んだ。

「嫌!放して!」

 だが、シュウはトウナの腕も掴んで走り出した。その後をリカがついてくる。

「ハルはどうするの!?」

 シュウに訊いてみたが返事はなかった。ハルからどんどん離れていく。

「放して!ハルを置いてなんか行けない!せめて村まで一緒に……」

「そうだ!仲間を置いていけねぇーよ!」

 私とトウナは必死でシュウに戻るよう言ったが止まろうとしなかった。そして、私は止まってほしいと願いながら言った。

「私のせいでハルは死んじゃったの!!それなのに置いて行くなんて出来ない!!だから放して!!」

 私の願いが届いたのか、シュウは止まった。そして私の方を向いて、

「ハルの死を無駄にするのか!?」

「!!!」

 私は目を見開いて驚いた。私だけじゃなくトウナも驚いている。あんなに感情を剥き出しにして発言するのは滅多にないから。

「ハルはユリや俺達を逃がす為に本来の仲間を裏切って、命まで落としたんだ。今、戻ったら確実に俺達は殺される。俺達はハルの分まで生きる義務があるんだ!!」

 そしてまた走り出した。

 私もシュウの後を追って走った。今度は自分の意志で。

 シュウの言う通り、私達は生きなきゃいけないんだ。ハルの分まで。



 私達は散々逃げ回ってなんとか兵士を撒くことが出来た。皆疲れきっている。そりゃ、あれだけ走れば疲れて当然か。

 そう言えばリカと全然話していない。私、リカに謝りたい。そして、前みたいに仲良くしたい。リカには信頼してほしいし、私も信じたい。

「リカ。話があるんだけど……」

 私がそう言うとリカは立ち上がり、その場を離れた。この場では話し辛いと言う事を察してくれたみたいに。

「おい。離れると危ねーぞ?」

 トウナだ。

「すぐに終わるから大丈夫」

 そう言って私はリカを追いかけた。



 しばらく歩いてリカは止まった。

「で、何?」

 リカの声はトゲトゲしかった。やっぱり怒ってる。

「あ、あのね。私、リカに謝りたいの」

 リカは『何よ、今更』って顔をしていた。

「私、急に現れて、二人の邪魔して……。ごめんなさい」

 ガシッ

 リカは私の肩を掴んで言った。

「何よ!今更!謝って済む問題じゃないわ!この気持ちが作られたものでも私はずっとトウナが好きだったのよ!これだけは本物!」

「ごめんなさい……」

 今の私にはそれしか言えない。リカに言いたい事はいっぱいあるけど、それを言う資格は、今の私には全くない。

 肩を掴む力が緩まった。

「私、どうすればいいの?この先どうすれば……」

 へたり込んでそう言った。絶望しか見えていないようだ。思わず私も涙が出た。

「私が消えれば、皆の記憶は戻る?私が死ねば……」

「え?」

 リカは私を見上げている。

「誰が記憶を作り替えたのか、どうやったのか分からないけど、私が消えれば皆の記憶から私は消える?」

「何言ってるの?」

 何を言ってるのかなんて自分でも解らない。でも、リカの悲しい顔は見たくなかった。そして、今自分のしていることも解らなかった。

「ちょっとやめて!」

 リカが叫んだ。

「死んじゃ嫌だよ!」

 また叫んだ。

「謝るのは私の方。そこまで苦しんでるなんて気付いてあげられなくて……。本当なら気付いてあげなくちゃいけないのに、自分の事ばかりで……。トウナは好きだけど、今は恋よりもユリカを支えてあげなくちゃいけないのに……。とにかく、死のうとしないでよ!!」

 私はその言葉で我に返った。同時に自分のしていた事に気付いた。

 私はハルから預かった朱い紐で自分の首を絞めようとしていた。

 ガサガサッ

「おい!大丈夫か!?」

 トウナとシュウが出てきた。リカの叫び声が聞こえて来たんだと思う。

 リカは安心して力が抜けたのか、座り込んだ。

 私は……

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 何度も謝った。ハルに。リカに。トウナやシュウに。

 そして私も座り込んだ。そんな私をリカは抱きしめ、耳元で囁いた。

「ごめんね。ユリカ。これからはしっかり支えてあげるから。ずっと一緒にいてあげるから」

「ありがとう」

 私もリカを抱きしめた。

 ……あれ?リカ、私の事何て呼んだ?声が小さくて聞き辛かったけど、『ユリカ』って聞こえた気がしたんだけど……。気のせい?



 ようやく私とリカは落ち着きを取り戻し、私はリカに質問した。

「さっき私の事何て呼んだの?」

「え?」

「お互いに泣いてたからよく聞こえなくて……。『ユリカ』って聞こえた気がするんだけど……」

 リカは少し困った顔をした。

「いや。あのね。もしかしたら聞き間違えただけかもしんないから……」

 私は慌ててそう付け加えた。

「……そうだよ。聞き間違え。だってユリは『ユリ』なんだから」

「そうだよね」

 お互いに変な笑い方をした。

 なんて言うか、何かが引っかかる感じがする。それにリカも何か変だ。

「そうそう。もう一つ訊きたい事があるんだけど」

「な、何?」

「私、記憶が戻ったんだけど、皆の記憶と私の記憶に違いがあるんだけど……どうしてかわかる?」

「え!?な、なんで私に訊くの!?」

 やっぱり変。

「この前、『作り替えられた気持ち』とか、言ってたでしょ?それにさっきも……。だから何か知ってるのかなぁ?って……」

 皆リカを見ている。

「あ、あの……」

 リカは困った顔をして言った。

「あれは嘘よ。口から出任せってやつよ。ごめんね。つい、怒りに委せて口走っちゃったの」

 リカは顔を伏せた。

 やっぱり何か引っかかる。でも、リカの事は信じたい。だからリカの言った事は信じようと思った。

「そっか……。もう、いいや。過去なんてどーでもいいよ。大切なのはこれからをどう生きるかだよね」

「そーだな。過去も大切だけど、未来があればどんどん過去が作れるしな」

 トウナが珍しく良さ気な事を言った。

「な、なんだよ。その目」

 トウナによると私は意外な事を言われて驚いているような目をしていたらしい。まあ、その通りなんだけどね。



 ハル、私生きるよ。貴方から貰った勇気、絶対に忘れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る