第十一章

 オーブから少しでも離れた場所に移動したくて、朝から晩まで休むことなく歩き続けた。

 流石に二日連続で徹夜するのは難しく、夜も遅いし休む事になった。そして私は、何故か目が覚めてしまった。疲れているはずなのに……。

「はあ」

 特に意味のない溜息と共に身を起こした。

「あ」

 思わず声を出してしまった。シュウと目が合ったから。すぐに反らしたけど。

「……寝ないの?」

 シュウをチラッと見ると、シュウは頷いた。

「少し休んだ方がいいと思うよ?」

「誰かが見張ってないと危険だからいい」

「もしかして一睡もしてないの?」

 また頷いた。

「見張りは私がするから休んで」

 私はシュウに近付いて小声で言った。リカ達を起こしちゃ悪いから。

「いい」

「この先何があるか分からないんだよ?だから体力の回復は大切だよ」

 必死に説得した。

「座るだけでも回復する」

 なんて言うか、シュウって無口なだけじゃなくて頑固?私だって頑固なんだから。

「それだけじゃ駄目。寝ないと駄目。みんなシュウを頼りにしてるんだから休んでよ。急に倒れたら困るんだからね」

 しばらくお互いに睨み合って沈黙が続いた。

 そしてシュウの口が動いた。

「分かった。その代わり、何かあったら直ぐに俺を起こせ」

「うん。分かってる」

 ようやくシュウは横になってくれた。

 にしても、私何やってんだろ。睨めっこだなんて……。

 急に顔が熱くなった。そして両手を頬に当ててシュウの顔を見た。

 やっぱり私、ハルの言う通りシュウが好きなのかも。



「!!!」

 私は悪夢でも見ていたのかのように急に目が覚めた。『目が覚めた』って事はつまり、眠っていたみたい。もう、すっかり辺りは明るい。いつの間に眠ったのか、自分でも気付かなかった。

「あ、やっと起きた。涎を垂らしながら気持ち良さそうに寝てたから、起きるまで待ってたの」

「嘘!?」

 私は思わず口の周りを袖で拭いた。

「冗談よ」

 リカって……時々恐ろしい冗談言うよね。

「それより、これからの事なんだけど」

 最終目的地は私達の村。ここからだとかなり遠い。地図を見ながらリカが説明してくれてる。地図を見ると私が異世界人っていうのがよく分かる。



「ねぇねぇ」

 村へ向かって歩き出してすぐ、リカが話し掛けてきた。

「ユリって、シュウの事好きなの?」

「ぐはえぇっ!?」

 リカが躊躇う事なく、サラッと思いがけない事を口走ったから、つい変な声を出してしまった。

「な、何言ってんの!?どーしてそんな事訊くの!?」

「昨日の夜、シュウにくっついて寝てたから。私の知らない間に二人はそう言う関係になったのかなぁ?って思ってね」

「え!?何言ってんの!?違うっ!てか、くっついて寝てたぁ!?嘘!冗談はやめて!」

 リカが言うには、私がシュウを眺めてしばらくすると眠気に誘われてシュウに寄り添って眠り始めたらしい。私の記憶にはそんな憶えないけど、眠りに就く瞬間は憶えていないから、リカの言っている事が真実な気がした。

 自分でも分かるくらい急に体温が上がった。きっと顔は真っ赤だ。

「ふふ。ユリって素直な反応するから好きよ。やっぱり好きなのね」

「そ、そんなんじゃないっ!!」

 私は全身を使って否定した。

「嘘が下手ね。その真っ赤な顔が言ってるわよ。『シュウが好きで~す、はぁ~と』って」

 リカは笑いながら言った。私は仕方なく下を向いた。

「でも、良かった」

「え?」

「もしユリもトウナの事好きだったら、どうしようって思ってたの。でも、ユリはシュウが好きなんでしょ?だから、『良かった』って。安心したのよ」

「リカ……」

「これからお互いに協力して頑張ろうね」

 協力……。こう言うの初めてかも。なんか嬉しい。

「うん」

「やっぱり好きなのね」

「はえぇっ!?」

 また変な声を出してしまった。

「今、『うん』って言ったでしょ?うふふ」

 満面の笑みで私を見ている。

「リカー!もぉ!そう言うのはやめてよ!」

「なんか楽しそうじゃん。何の話?」

 私とリカが騒いでいると、前を歩いていたトウナが話し掛けてきた。

「秘密。そぉーだ。トウナ、話があるの」

 そう言ってリカはトウナの腕を引っ張り、私の耳元で囁いた。

「さっそくチャンスよ。お互いに頑張ろ」

 そう言って私の肩を軽く叩いてウインクした。



 で、今、私の隣にはシュウがいて、前ではリカとトウナが騒いでいる。

 ハルが亡くなったばかりで心の傷は癒えていないけど、だからこそ暗い雰囲気にならないようにとリカとトウナは気を遣って明るく振舞ってくれている。無理矢理にでも明るく振舞わないと、落ち込んだ空気は心をダメにすると何となく分かっているんだ。

 ちらりと横を見てみる。シュウは前だけを見つめている。前に進むことだけを考えているかのように。

「……あ、あの。昨日の夜はごめんね。見張り、私がするって言ったのに……」

「…………」

 返答なし。怒ってる?……よね。ごめん。

「ごめんなさい」

「別に」

「そう……」

 これで話は終了した。でも何でだろう?別に気まずいとか感じない。寧ろ安心する。再び一緒にいられると思ってもいなかったから。

 今は話せなくてもいい。傍にいられるだけで幸せだから。



「この調子で進めれば一週間くらいで村に着くかもね」

 そう言いながらリカは地図を見ている。

 私はふっとハルから預かった朱い紐を手に取り見た。

「それ。ハルの……」

 いつの間にかトウナが私の目の前にいてハルの朱い紐を見ている。

「あぁ。うん。ハルから預かったの。『いつでも僕が傍にいるから』ってね」

「…………」

 トウナは私の手元を見たまま動かない。そして、何かを思いついたかのように私の顔を見た。

「ちょっと来て」

「ふへ!?」

 急に腕を引っ張られ、変な声を出してしまった。そのまま木の向こうへ進んでいった。リカの顔が見えなくなる寸前、リカが不安そうな顔をした。

 しばらくするとトウナは止まって私の方を振り向いた。

「俺、考えたんだ。シュウが言ってただろ?『ハルの分まで生きろ』って。だから俺はハルの分までユリを守る。村に戻ったら俺と……」

 嘘!?また!?

「ごめんね。私、トウナとは――」

「やっぱり金持ちじゃねーとダメなのか?だったら俺、一生懸命働いてユリには何不自由なく暮らせるようにするから」

「いや。あのね。確かにそんな事言ったけど、あれは違くて……お金の問題じゃなくてね――」

「じゃあ何がダメなんだよ!俺がユリを想う気持ちが足りないってーのか!?」

「そうじゃない……」

 ドンッ

「きゃあ!」

 トウナは私を木に押さえ付けた。

「俺はユリを必要としている。守りたい。ずっと傍にいたい。それじゃダメなのか?」

「トウナの気持ちは嬉しいけど……」

 トウナは顔を近付けてきた。

「ちょ、ちょっと!私の話を聞いてよ!」

 私は両手でトウナの肩を押した。が、それに気付くとトウナは片手で私の両手を押さえた。トウナの手の大きさには驚いた。男の子の手ってこんなに大きいの!?

「どうしたらいいか分かんねーんだよ。ユリがどっか遠くに行っちゃいそうで、怖いんだ。こうやって捕まえておかないと、一生戻ってこなくなりそうで。俺自身も何かが崩れ落ちてくみたいで。自分でも、どーしたらいいのか。どーしてこうなったのか分かんなくて。ユリの言った通り、作られた気持ちだとしても俺は!」

 トウナの顔がより一層近付いてきた。

 まさか、キス!?

「ん!!」

 思わず下を向こうとしたが、トウナのもう片方の手で顔を固定されてて動かない。

 やだ!どうしよう!このままじゃトウナと!?

 …………。

 ……って、あれ?この間は何?いくら待っても唇が触れる気がしない。

 私はゆっくりと目を開けて見た。

「!!!!!!!!」

 もの凄く近くにトウナの顔があった。

「あ、……れ?」

 トウナが私から少し離れた。

「どうしたんだ?俺。何か躊躇ってるのか?」

 小さく呟いてる。

 ガサガサガサ

 風もないのに草が揺れたから私は思わず音のする方を見た。

「リカ!?」

 顔を見た訳じゃないけど、あの金髪はリカだ。

「見られた!?……嘘!?」

 私はトウナを押してリカを追い掛けた。

「違う!!私は何も……っ!!」

 してないって言えるの?本当に私は……。



 ――こんな事ならトウナ達三人の中の誰かとした方が全然いいよ!――



 そうだ。私、そんな事考えてた。だからだ。

 私は座り込み、地面の草を握り潰すように掴んだ。

 私、この世界知らないって言ったけど、心のどこかでは知っていたんだ。この世界の仕組みも何もかも。

「危ない!!」

 トウナが私を包み込むように乗っかってきた。

「だ、大丈夫か?」

「え?何が?」

 急な事で何も理解出来ず聞き返してしまった。

 そんな私にトウナは苦しそうに笑った。

「そんな事を言うって事は大丈夫だな。とにかく逃げろ!」

「な、何で!?」

 私は疑問に思いながら、ふっとトウナがお腹を押さえているのに気付いた。だんだんそこが赤くなって……!?

「どうして!?」

「『どうして』じゃねーよ!トールウの兵が追い掛けてきたんだよ!あれだけ騒がしけりゃ分かるだろ!?」

「え?」

 確かに騒がしい。今まで気付かなかったのが嘘みたいに。

「今はシュウが一人で応戦してるけど、いつまで持ち堪えられるか分かんねーし。一刻も早くここから逃げねーと。って、あれ?リカは?」

 そーだ!私、リカを追ってきたんだ!

 バッ

 私はリカが走って行ったと思われる方向に走った。

「お、おい!どこに行っ――」

 トウナが叫んでいたが、今は気にしている場合じゃない。この世界が何なのか気付いて……いや。思い出してしまったからにはリカが誤解している事を一刻も早く解きたかったから。

「リカー!どこにいるの!?近くにいるなら返事してー!」

 私は辺りを見渡した。そこには同じような木が沢山生えてて……。

 完璧に迷いました。

「いやあぁぁぁ!!ここどこぉー!!」

 はあ。少しふざけてみたけど……。どうしよう。とりあえず前に進んでみた。

 ガサガサッ

「ん?」

 少し離れた所から音がした。

 ガサガサッ

 音はどんどん近付いてくる。普通はトールウ国の兵士だと思うところだけど、今の私にはリカが出てくると思った。

 ガサガサッ

 やっぱりリカが出てきた。けど、何か様子がおかしい。しかも服や手、顔などに血が付いてる。そして、血だらけの刀を持っている。

「リカ?どうし――」

 ヒュンッ

 一瞬の出来事だった。リカが私に向かって刀を振り下ろした。一瞬の間を置いて、もの凄い激痛に襲われた。

「んああぁぁぁ!!!」

 右の肩から胸を通ってお腹まで斬り付けられていた。

「リカ……どうして!?」

 私は傷口があまり深くない事を確かめながら後ずさった。

「どうして……トウナを置いていったの?トウナは背中に矢が刺さっていたのよ?」

 じゃあ、あの血は矢が刺さっていたから?

「あのままにして置いたら殺されてしまうって事ぐらい分かるでしょ?」

「ち、違う!」

「何が違うのよ!ユリ、やっぱり私、ユリの事……」

「あれは!」

「この期に及んで言い訳するつもり!?ユリは仲間を見捨てて逃げたんじゃない!」

「!!!」

 私は唇を噛み下を向いた。

 確かに私は見捨ててしまった。例えどんな理由があろうとも、裏切る事は一番嫌っていた事なのに。私はそれをしてしまった。

「ごめんね。私にとって貴女は大切な存在だって分かっているけど、貴女が許せない」

 そう言ってリカは大きく振り被り……

「あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 私は思わず避けてしまった。てか、あんな雄叫び上げられたら誰でも避けちゃうよ。

 バッ

 その場を逃げた。リカに殺される恐怖から身体が勝手に動いたみたいに。

 走りながら私は考えていた。

 どうして?なんで私を殺そうとするの?確かに私はトウナを見捨ててしまった。けど、リカはこの世界が何なのか知ってるのに。私が死ねばどうなるのかも。それに、私はそんなの望んでない。物語が暴走しているの!?

「きゃあっ!!」

 ドザッ

 私は草に足を取られ転んでしまった。

「痛い……」

 転んだ衝撃で傷口が尚更痛む。

 ガサガサッ

 私はすぐ後ろで音が止まったのに気付き、振り向いた。

「リカ。どうしてこんな事を!?」

 私は必死に『死』とは別の結末を考えた。

「元はと言えば、貴女が来たから。だから、全てが狂ってしまったのよ。内側から手を加えたから」

 リカが言った事は、今の私なら全て理解する事が可能だった。

「ごめんなさい」

 私は謝った。

「でも、私が死んだらこの世界はどうなるの?リカなら分かるでしょ?どこにも記していない物語は作者が死ぬのと同時に消えるって事を」

 私は死ぬのが怖かった。

 ハルに助けられた命。ここで死ぬわけにはいかない。

「そう。全て思い出したのね。それは良かったわね。でも、もう終わり。貴女が手を加えたお陰で私にも少しだけ世界を支配できる力を得たのよ。つまり、遊理夏ゆりかが死んでもこの世界は消えない。第一、ここでは貴女も登場人物の一人でしかないんだから」

 嘘!?私の知らない所で何かの力が加えられてしまったみたいに、私にはもう結末を変えられない気がした。それでも、出来ると信じれば出来るはず。

「じゃあ……」

 そう言ってリカはまた大きく振り被った。

 自分を信じるんだ!

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 リカは刀を振り下ろした。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 パリーーーーーーーンッ



 今、どんな状況なのか分からなかった。分かるのは、まだ私に意識があるって事と、私が叫ぶのとほぼ同時にガラスが割れたような音がしたって事だけ。他は、辺りが真っ白で何がなんだか分からない。

「……ぃょ……」

 え?

 微かに声がした気がした。

「……して……」

 リカ?

 おそらく、リカの声だ。

「どうしてよぉぉぉぉぉぉ!!!」

「きゃあぁぁぁ!!!」

 バッ

 急に大音量でリカの叫び声が聞こえた事に驚き、思わず起き上がった。……って、起き上がった?私、寝てたって事?

 辺りを見渡すと白っぽい部屋でベッドと棚があって、水道もある。ドラマとかでよく見る病院の個室だ。

 ガラッ

 ドアが開いて女の人が入ってきて目があった。

「遊理夏、目が覚めたのね。良かった」

 ママだ。

「ずっと昏睡状態に陥っていて……心配したのよ」

「ここ、病院?」

「そうよ」

 ママは洗って来たんだと思われる花瓶を棚の上に置き、私に抱きついてきた。

「とにかく、良かった」

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