第九章

 嫌がる私を無視してハルは、私を昨日寝た部屋に入れた。扉は外から鍵がかかっていて出る事は出来ない。あの態度からしてハルは敵みたい。

 何であんな簡単に人を信じてしまったのか、今となっては後悔しか残らない。あんなに他人は信じないって決めてたのに……。結局、みんな私の事裏切るのに。こんな気持ちになる事を一番恐れていたのに。

「ハルのバカ!死んじゃえぇぇぇぇ!」

 手の届くところにある物を投げまくっても抑えられない怒りを思わず声に出して叫んでいた。しかし、それでも抑えられそうにない。

「あ゛ーもー!」

 ドサッ

 私はベッドに横になった。

 トウナとシュウはどうなったのかな?衛兵に担がれて途中で別の方向に連れて行かれたけど……。あの二人は嘘ついてないよね?

 私は布団に顔を埋めて泣いた。

 もう誰も信じられない……。

 コンコンッ

「?」

 今、ノックする音が聞こえた気がするんだけど……気のせい?

 キィィ

 気のせいではなかった。扉はゆっくりと開けられた。

「誰?」

「さっきはごめんね」

 そう言ってハルが入ってきた。

「何しに来たの?」

 私は警戒した。

「そんなに警戒しないでよ。確かに、さっきの態度は酷かったかもしれないけど。でも、仕方がなかったんだよ。今はもう陛下は眠っているし、起きているのは見張りだけ。だから逃げるなら今だよ」

 ハルは私に手を差し出したが、私はそれを払った。

「あなたが何を考えているのか分からない」

 ハルは困った顔をしている。

「今のあなたを信じてあげられる程、私の心は広くない」

 そうだよ。私はもう人を信じたくても信じられなくなってるんだ。

「本当のあなたはどっちなの?」

「え?」

 なんだか自分でも理解出来ない質問をしてしまった。

「本当に……どっちが本当の僕なんだろうね……」

 そう言うとハルは語り始めた。

「僕は幼い頃に両親を亡くしずっと独りで生きてきたんだ。生きる為に盗みもした。でも、毎回上手くいくはずもなくて……道で倒れた所を陛下に助けられたんだ。その頃の陛下は凄く良い人だったんだ。だから僕の事を歳の離れた弟みたいに扱ってくれた。本当に幸せだった」

 とても、安らかな顔をしている。あの皇様も最初から悪い人という訳でもなかったみたい。

「その頃、僕は書庫で気になる書物を見つけたんだ。それをどうしても調べたくて……陛下にお許しを貰って城を出たんだ。そして、国外で『神の御告が聞ける少女』の存在を知った。僕が気になっていた事を解明するのにとても重要な事だと思った。これで解決するんだ、って。だから陛下に報告したくて急いで城に戻ったら……」

 ハルの顔色が急に変わった。

「……先帝陛下がお亡くなりになられてた。元々、身体がよくないのは知っていた。だから皇位も早々に息子に譲っていたし。でも、こんな早く亡くなられるなんて……。皇后様は陛下を産んで直ぐにお亡くなりになられたから支え合ってくれる人もいなくて……。陛下にも子供が居るけど、訳あって傍にいる事は出来なかったし、皇太子はまだ幼く、死を理解できる歳じゃない」

 え……子供居るの!?

「だから、陛下は独りで悲しまれてて……。僕が国を出て嬉々としている間、ずっと独りで……。凄く居た堪れなくて……陛下の為なら何でもしようと思った。けど、気付いたんだ。これは傷を舐め合っているんじゃない。度が過ぎてるって。所詮、僕は赤の他人だしね……」

 一体何があったんだろう?それ以上は話したくないみたい。想像出来ないくらいの何かがあったの?気になったけど、突っ込んで訊ける雰囲気ではなかった。

「それから人が変わってしまったんだ。弟の様に接してくれていたはずなのに、いつの間にか僕は陛下の“玩具おもちゃ”になっていて、絶対皇制なんて事も言い出してさ……。誰も止める事は出来なかった。そんな時に『神の御告が聞ける少女』の事を思い出した。それが本当の事なのか、僕が知りたかった事が解決出来るものなのか、もうどうでも良かった。陛下と距離を置きたい一心で、陛下の為に僕が調査しに行きたいと懇願したら承諾してくれてね。だから、このまま逃げる事も考えたけど……陛下にはお世話になったし、僕の中に優しかった頃の陛下もいる……。このまま一生会わないって事は出来ないって思った」

 例え、酷い目に遭わされても、ハルにとって皇様は大切な存在だったんだ……。私がリカに嫌われても、私はリカが好きなのと同じように。

「もし、『神の御告が聞ける少女』が本当なら、その少女を突き出せば“玩具”としての役割はその少女になって僕はただの側近として傍に居られるんじゃないか?って思いが過ぎって……。ごめんね、ユリ。僕、元々君を攫うつもりだったんだ。陛下の傍には居たいけど、もう痛いのは嫌だったんだ……本当、最低な人間だ」

 そんな事ない。誰だって、痛いのは嫌だよ。

「ユリを攫う為、暫くは村の近くに潜んでいたんだけど見つかっちゃって……。自分の正体バラす訳にもいかないからトールウ国のある村で兵士に殺されそうになって逃げて来たって嘘を吐いたらみんな信じてくれてね。で、ユリのお母さんが養子として家に迎え入れてくれたんだ。それが皆との出逢い。暫くはシュウにかなり怪しまれたけど。シュウってさ、人の心が読めてそうなくらい些細な事で色々と気付いちゃうんだよね。だから僕がユリの事好きになったのも次の日には、もろバレ。話戻すけど、攫う為に来たのにユリの事好きになっちゃったから、陛下には渡したくないってね。それに、絶対皇制の肩を持たせるのも嫌だったし。それで僕は陛下を裏切って、出来ればユリと一生ここで暮らせたらなぁってね。でも、結局ここに戻って来ちゃった……」

 そうだったんだ……。私なんかよりずっと辛い経験してきて、それでもハルは頑張って生きている。私は辛い状況から逃げたい一心で自分の胸にカッターを刺したのに……。

「ユリと一緒になるなんて、ただの夢物語だったんだ……。ユリってシュウの事好きなんでしょ?」

「……え?ち、違うよ!?」

 急に変な事言われて声が裏返ってしまった。

 ハルはこっちを見ている。私は思わず視線を逸らした。

 確かに気になって眠れない時もあったけど、別に好きとかそんなんじゃなくて……。ただ、変な事言うから……。時々見せる優しい所にドキドキしただけで、好きとかそんなんじゃ……。

「今もシュウの事考えてるでしょ?」

「っ!?」

 図星を突かれた!?

「やっぱり好きなんだね」

「ち、違っ!」

 ハルは笑って言った。が、直ぐに真面目な顔になって言った。

「とにかく今は僕を信じてほしい。ここから逃げないと。そろそろトウナ達も牢から逃げ出す頃だと思うから」

「え?」

「さっき、トウナは確かに気絶させたけど、シュウには振りをしてもらっただけなんだ。牢から抜け出すルートをこっそり教えてね」

 あんな一瞬でそんな事をしていたの!?

「とにかく、騒ぎが大きくなる前に早く城を出よう」

 そう言うと、ハルは再び私に手を差し出した。

 ここまでしてくれたハルを信じたい反面、また裏切られるんじゃないかという不安でいっぱい。そんな私の気持ちを知ってかとても優しい顔をする。

「ユリ」

「…………」

 こんなに優しい顔をする人が裏切るなんて信じたくない……。

 もう一度だけ信じてみる事にした。これが本当に最後。次裏切られたらもう信じない。

 私はハルの手を取り、部屋を出た。



 私達は見つからないように静かに走った。だが、城の出入口には当然見張りがいて……。

「少しここで待ってて」

 そう言って、ハルは飛び出し見張りに何かした。

 ドサッ

「殺したの?」

 私が質問したらハルは首を振って言った。

「気絶させただけだよ。さあ早く。他の衛兵に見つかる前に城を出よう」

 私達はとても重い扉を開け、外へと出た。あとはあの門を抜けるだけ。

 ドンッ

「きゃ」

 ハルが急に止まったからハルの背中に思いきりぶつかってしまった。

「急に止まらないでよ」

 うぅ……鼻、痛い。

「陛下……」

「え?」

 私はハルの視線を追った。そこには皇様がいて門からこっちに向かって歩いている。

「ハル。やはり裏切り者だったか」

 ゆっくりと声を発しながら近付いてくる。私達は思わず後ずさった。

「朕に背いたのは魔が差しただけで、本心ではないと信じてやったのに……」

 そう言いながら皇様は刀に手を掛け、鞘から出した。私達の距離はもう数メートル程しかない。

「裏切り者にはそれなりの罰を与えないといけないからなぁ。お前を殺すのは色んな意味で悲しいが……。まあ、仕方ない事か」

 そう言うと、もの凄い速さで近付いてきた。

 ドンッ

「ひゃあ」

 ドサッ

 私はハルに思いきり押され、尻餅をついてしまった。

「ユリ!早く逃げて!この街を出るんだ!後からトウナ達も来るから!」

 ハルは弓で刀を受け止めていた。

「あの二人か?ここには来られないと思うぞ。今頃死んでいるかもな。朕の下僕を甘く見られては困る。ハルなら朕の兵力がどれ程のものか分かるだろう?」

「陛下こそ。あの二人を甘く見ない方がいいですよ。それにシュウには助言してありますしっ!」

 ハルは刀を振り払い、回し蹴りをした。が、皇様は後ろへ数メートル飛び、交した。

「ユリ!早く!」

「ハルを置いて行けないよ!」

「僕なら平気だから。信じて!」

 でも……。

 ハルは皇様の攻撃を交わしながら私に言っている。

「ハル。朕に勝てるとでも思っているのか?唯でさえ朕の方が有利だと言うのに、ユリが気になるのか?大丈夫だ。ユリは朕が大切に扱ってやるからっ!」

 そう言って皇様は勢いよく突いた。ハルは弓で受け止めようとしたが皇様の力に弓が耐えられず裂け――



 グサッ



 私は目を見開いた。だって、目の前にある光景が信じられなかったから。

 ハルの胸には刀が貫通していて、背中から出ている刃を伝って血が流れ出している。

「いやあぁぁぁぁぁ!!!」

 嘘でしょ?そんな事って……。

 皇様はハルに刺さっている刀を抜き、血を拭って鞘に収めた。そして私に近付いてきた。

「ユリ。さあ戻ろう」

 そう言って私の腕を掴もうと手を伸ばしてきたが、私はそれを振り払った。

「いや!」

 しかし、もう片方の手で捕まれた。

「ヤダ!放して!」

 数メートル先にハルは倒れていて、周りは血で赤く染まっている。

 早く止血しないと死んじゃうよ!

 ハルに近付こうとしたが、皇様の力が強くて振り解く事が出来なかった。

「放してよ!このままじゃハルが死んじゃう!」

 思いきり腕を引っ張ったがビクともしない。

「ハルの事、弟みたいに思ってたんでしょ!だったらなんであんな事したの!あのままじゃ死んじゃうんだよ!それでも良いの!?」

 私はなんとしてでも手を解こうとした。

「そうだな。とても大切にしていたから居なくなるのは残念だが……敵になってしまった今は仕方ない」

 そんな、酷い……。ハルは皇様に酷い事されても、離れたくないって思っていたのに!

「ふざけないでよ!!」

 ガッ

 私は怒りに任せて皇様の顔面を思いきり殴った。同時に手も離れた。私に殴られる事は皇様にとって予想外の出来事だったんだと思う。

「やっぱり貴方は最低だ!ハルは貴方の事信じていたと言うのに!」

 私は向きを変え、ハルの元へ走り出した。

「ハル!しっかりして!」

「貴様ァァァ!」

 ぐいっ

「あぁ!!」

 ハルまであと少しの所で皇様に髪を引っ張られた。

「痛……いっ」

 そのまま後ろへ引っ張られ、私は仰向けの状態で倒れた。

「よくも朕の顔を……」

 皇様は倒れた私を上から覗き込むように見ている。

 今更後悔してもしょうがないけど、なんで今日に限って髪縛ってなかったの!?いつもは後ろで一つに集めてアップにしてるのに……。しかも、今日は女官が綺麗に結ってくれたのに……。きっと部屋で暴れた時に解けたんだ。

 グッ

「ぁあぅぁっ」

 皇様は思いきり力を込めて私の首を絞めた。助けを呼ぼうと叫びたかったが、空気が通らない。

 ギリギリ

 皇様の手にどんどん力が加わる。このままじゃ死んじゃう!誰かっ!

 私の願いが神様に通じたのか、急に息が出来るようになった。

「げほげほっ」

 私は苦しくて開けられなかった目を開けた。そこには……うわっ!み、水!?

 顔に何か液体がかかった。一瞬雨かと思った。液体を拭ってもう一度目を開けてみると、ハルが私に跨った状態でいる。

「ハルぅぅぅぁああああ!!!」

 皇様が叫んだ。私は急に大声を出されてビックリして、思わず声のした方を見てしまった。

 皇様の胸に矢が三本束になって刺さっていて、それをハルが握っている。そこから血がどんどん流れ出ている。液体の正体は皇様の血だった。

 そして、ハルはもう片方の手を振り下ろした。

「うわあぁぁぁぁ!!!」

 グザッ

「あぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!」

 皇様はそのまま後ろへ倒れ、ハルは矢から手を放して私の方へ倒れてきた。

「ハル!!」

 私は倒れ込んだハルを受け止めた。

「ハル。今、止血するから!!」

 服の裾を破いて包帯代りにしようとしたがハルが私の手を抑えて、

「大丈夫。それより早くここを出なきゃ。唯でさえ脱走してきて不味いのに、陛下を殺したなんて知られたら……」

 皇様はまだピクピクしている。けど、出血の量からしてもう助からないと思う。胸に矢が三本。その他に、顔にも二本刺さっている。さっきハルが振り下ろしたやつだ。

「でも、止血しないと!出血が酷いし……」

 裾を握る手に力を込めた。

「心臓には刺さってないから大丈夫。押さえておけば平気だよ。それよりユリ。肩、貸してくれる?」

「う、うん」

 私はハルの腕を肩に回して支えてあげた。

 進むスピードはかなり遅いが、確実に門へ近付いている。歩いてきた所には点々と血で道が出来ている。

 ズシッ

 急に肩にかかる力が重くな……って……。

「ひゃあ!」

 ドサッ

 重さに耐えられず、倒れ込んでしまった。

「うぅ……っ」

「ハル!?ごめん!ごめんね!大丈夫!?」

「大丈夫。僕こそごめんね。ユリに寄り掛りすぎて……」

「そんなの……っ!?」

 ハルの目は虚空を彷徨っているかのようだった。顔色もあまりよくない。

「どうしよう……」

 とりあえず止血した。けど、血は全然止まらず、どんどん包帯代りにした服の裾が赤く染まっていく。私のやり方が下手なせいかもしれない。焦りが募るばかりで頭が上手く回らない。この次はどうすれば良いのか全く解らない。

「やだ。死なないでっ」

 今は泣く事しか出来ない。

「誰か……」

「ユリーーー!!」

 後ろから私を呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だから誰だか直ぐに分かった。そして、今頼れるのはその二人だけだから。

 私は振り返ってその人の名前を叫んだ。

「トウナ!!シュウ!!ハルが!!」

「ハルが?」

 こっちに向かいながら下を見て、今の状況が理解出来たようだ。

「まさか!?」

 二人は急いで私達の所まで来た。

「大丈夫か!?」

「…………」

 トウナの質問にハルは答えなかった。

「こりゃヤバいな」

 トウナはハルを背負いながら言った。

「とりあえずここを出よう。外にリカもいるし。あれに気付かれたら不味いだろ?」

 矢が五本刺さった皇様を見て言った。

「走れるか?」

 座り込んでいる私を見てシュウが言った。

「うん」

 私達は門の外へと走った。

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