第八章

「兵士が彷徨いてるから当分ここから出られねーな」

 私達は今、物が沢山置いてある倉庫に隠れている。

「ユリ、大丈夫だったか?」

「うん。そう言えばリカは?」

 ここにはトウナとハルとシュウしかいない。襖を倒して部屋に入って来た時もリカの姿はなかった。

「リカなら外にいる」

「そう……」

 きっと私と会いたくないんだ。そりゃそうだよね。好きな人が私に求婚してきたんだもんね。私だって……って、何考えてんの!?そ、そうだ。紐返さなきゃ。

 私は二本の朱い紐を取り出した。なんとなく手の届かない所に置いておくのは嫌だったから、ずっと持ち歩いていたんだ。

 これは私が貰っちゃ駄目。これはリカが貰わなきゃ……。

「トウナ、ハル」

「ん?」

 二人がこっちを見た。

「二人の気持ちは凄く嬉しいけど、やっぱりこれは受け取れない」

 私は二人に『アリスの朱い紐』を返した。

「それと私、皇様のところに戻るよ」

「え?」

 トウナとハルは疑う様な顔をした。

 私がこのまま皆の元に戻ればリカが嫌がる。これ以上リカに嫌な思いはさせたくない。

「皇様は私を必要としてくれてるの」

「俺だってユリが必要だ!なんであんな奴のところに戻るんだよ!」

 例え、リカに嫌われているとしても、私にとってリカはとても大切な存在な気がするから、私は皆と別の道を選んだ方がいい。

「私、ずっと私の事を必要としてくれる人を捜してたの。それがやっと見つかったの。だから私は皇様のところに行く」

「必要としてるのは俺だって同じだって言ってんだろ!?なのにあいつの方に行くのかよ!?」

 トウナは怒鳴った。

 私も皆と一緒に居たい。でも、それは駄目。リカの為にもここに残るのが一番良い選択肢。その為なら酷い人間にならなきゃ……。

「ごめんね、トウナ。ハルもごめん。私、皇様といれば何不自由なく暮らせると思うの。それって夢みたいな事じゃない」

「でも、本当に必要なのは――」

「“私の力”でしよ?そんなの分かってる。“私の力”だって私の一部だよ。それを必要としてくれてるって事は、力を引き出す為の媒介も必然的に必要となるの。その媒介が私。つまり私も必要なの!」

 私はハルの言葉を遮って言った。

「つまり、ユリは俺よりあいつの方が良いって言うんだな!?」

「そうだよ!だってそうでしょ?あの人は皇様なんだよ?国で一番のお金持ちなんだから。結局のところお金があればいいの」

 トウナとハルは信じられないと顔で訴えている。

「じゃあ、そう言う事だから」

 私はドアに向かった。

 バンッ

 壁を叩く音がした。私は思わず音のした方を見た。トウナとハルも見ている。そこにはシュウがいた。

「嘘を吐くな」

「う、嘘なんてついてないよ」

「嘘だ。ユリ。何か隠してるだろ」

「か、隠してなんか……」

「嘘だ」

 シュウに睨まれた。私は今にも泣きそうだ。

「嘘なんか……」

 私は泣いた。

「……皆だって嘘ついてるじゃない!ずっと昔から一緒にいたなんて嘘なんでしょ!?私、記憶取り戻したんだから!」

「本当か?」

 トウナが嬉しそうに聞き返した。私は頷き、続けた。

「私の過去にあなた達は居ない。私の記憶にあなた達との思い出なんかない!あの村だって記憶にはなかった。あるのは日本の東京で育ったって記憶だけ!」

「トウキョウ?どこだよそこ。ハル知ってるか?」

 トウナの問いにハルは首を振った。

「知ってるわけない……。だって、私はこの世界とは別の世界で生きてきたんだから!」

「どう言う事?」

 ハルが訊いてきた。

「そんなの知らないよ!何かのきっかけでここに来ちゃったんだから!」

 今の私はやつあたり状態だ。自分でも今の状態がよく解らなくてムシャクシャしてる。

 本当は皆と一緒がいい。でも、リカには嫌われてるし、私はどこから来たのか分からないような異物な存在。一緒に居たくても、皆とは違う。

「でも僕達は本当にユリと暮らしてきた記憶があるよ?」

 嘘だ!だって私にはない。

「もうやめてよ。そう言う嘘は。リカは言ってたよ。『あなたはこの世界の住人じゃない』って……」

 私は座りこんで泣いた。

「そんな事言われてもずっと一緒に暮らしてきたのは本当だよ」

 ハルが言った。

「やめてって言ってるでしょ!!」

 私は叫んだ。

「ハルの言ってる事は本当だ」

 シュウまでハルの味方をするのか。

「だから!!」

 私はシュウに反論しようと顔を上げた。シュウと目が合ったまま動けなかった。

 私にはシュウが嘘をついているようには見えなかった。あの無口な人がわざわざ口に出して嘘をつくとは思えないから。

 私は急に恥ずかしくなって目を反らした。

「じゃあユリの言った事はどうなんだ?」

 トウナが言った。

「ユリも記憶に関しては嘘を吐いていない」

 冷静になってみると無茶苦茶な事を言っている私をシュウは信じてくれるの?

「でも、そうするとお互いの記憶に矛盾が生じるよ?」

 シュウの言った事にハルが反論した。

 確かに矛盾してる。私がこの世界で過ごしてきた十六年と、東京で過ごしてきた十六年。どちらかが偽りの記憶?まさか!?

 私はある事に気付いた。

「今、ここにある世界はこの瞬間に誕生したとしたら?」

「はぁ?」

 トウナが声を出したが気にせずに続けた。

「私達はここで暮らしてきたって言う記憶を植え付けられているだけで、実際に誕生したのは今この瞬間」

 トウナが理解不能って顔で表現していた。

「つまり、簡単に言えば漫画のキャラクターと同じ感じ。そのキャラクターは赤ちゃんから成長して出来たわけじゃないでしょ?『十六歳の女の子』として誕生して、その後に生まれた月や日、過去に何があったか付け加えられるでしょ?それと同じように私達も……」

 よく、架空の人物を考えたりするから、こんな突拍子もない事を言ってしまった。

「もし、そうだとしても、矛盾させる理由がないよ」

「なぁ。俺には理解出来ないんだけど」

 トウナが私とハルの話にまた入ってきたが、さっきと同様に気にせず続けた。

「リカが何か知ってるかもしれない。私と最後に話した時、『誰かさんに作り替えられた気持ちなの』って言ってた気がするから」

「なぁ」

「それはちょっと気になるね」

「うん」

「俺にも……」

「とりあえず、今はここから出る事が先だよね」

 私は辺りを見渡した。そう言えばここは倉庫だった。敵の陣地だ。気を付けないと見つかっちゃうよね。てか、さっき大声とか出してたけど大丈夫かな?今、ここに敵が入り込んでないから気付かれてはないんだろうけど気をつけなきゃ。

「もおぁあ!無視すんな!俺だけ除け者にすんじゃねーよ!」

「ちょっと大声出さないでよ。見つかったら――」

 バンッ

 私が最後まで言う前にドアが開いた。

「ここかぁ!」

 皇様だ。

 ぐいっ

「きゃあ!」

 私は皇様に腕を掴まれ引っ張られた。思っていた以上に力が強かった。

「ユリ。今度朕から逃げたらどうなるか解るよな?」

 そう言うと皇様は刀を抜き、私の首に突き付けた。

 いや、違う。突き付けられると思ったが、私ではなくハルに突き付けた。

「ハル。死にそうなお前を助けてやったのは誰だと思っているのだ」

 え?何?どう言う事?

 ハルは突き付けられた刀を眺めたまま動かない。

「おい。どーゆー事だよ?」

 トウナがハルに訊いたが返事がない。

「ハル。今、朕の元に戻れば今までの事は綺麗サッパリ忘れてやろう」

 『戻れば』って、二人は仲間?でも、私達ずっと一緒にいたって言ったよね?それに、あんなに私がトールウ国に行く事を嫌がってたよ?なのに仲間なのは可笑しいよね?

「ねぇ。ハル……っ!?」

 私はハルに直接訊こうとしたが止めた。さっきまで動く気配が全くなかったのに、ハルは手を動かしている。そして、素手で突き付けられている刀を掴んだ。ハルの手から血が流れて出ている。

「陛下。あの時の御恩は忘れません。だから僕はこの計画に参加したんですよ」

「計画って何だよ!」

 トウナが訊いた。それ、私も訊きたい。

 ハルは目だけでトウナを見て言った。

「ユリを后にする計画だよ。三年前から計画していたんだ。でも、その力が本当なのか分からなかったから僕が調査員としてあの村に来たんだよ」

「ハル!それ以上言うな!」

「分かっていますよ、陛下」

 そう言うとハルはトウナとシュウの方を向き、

「そう言う事だから」

 そう言って目にも止まらぬ速さで二人の鳩尾を突いた。ってぇえ!?

「ハル!何やってんの!?」

 私は皇様の手を振りほどき、二人の元へ走った。

 息はしてる。ハルは二人を気絶させただけみたい。

「どうしてこんな事を……」

「ごめんね、ユリ。僕、トールウ皇の下僕しもべだから」

 下僕しもべ?つまり仲間って事?そんな……嘘でしょ?だってあんなにトールウ国に来ること嫌がってたし、さっきだって助けに来てくれたのに。全て嘘だったの?



 やっぱり、他人なんて簡単に信じるんじゃなかった……

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