第七章
私は自分の胸にカッターを刺した。
気が遠退いてその後は覚えていない。
思い出したのはここまでだ。
皆が私を呼ぶ時だけ声が切れて何て呼んだかわからない。でも、ニックネームからすると『ユリ』でいいんだと思う。
気付けばもう空は夕陽で赤くなっていた。
涙が溢れた。あの時は勢いに任せてあんな事言っちゃったけど、やっぱり辛い。胸が苦しい。
私、存在しちゃいけないの?誰も私の存在を認めて必要としてくれないの?ねえ。誰か教えてよ。
そこには木が沢山あるだけで動物すらいない。だから返事が返ってくるわけがない。
時間だけが虚しく過ぎていく。お腹が空いたな。一日中水すら口にしてないから。でも眠気の方が強いみたい……。
このまま眠りについてどこか遠くへ行ってしまいたいと思った。
ん?
規則正しく揺れる感じがして目が覚めた。まだ何が何だか解らない。私は思わず背伸びをした。
「んんーーー」
後ろに九十度倒れ、地面に寝転がると思っていた。しかし、九十度どころじゃなかった。
「ひゃあっ!」
ドンッ
何かから落ちたんだと思う。私は反り返って頭から落ちた。かなり痛い。
ぶつけた頭を摩ろうと手を頭に持って行こうとして違和感に気づいた。
両手を紐で縛られてる!?
「お、おい。そいつを押さえろ。逃げるぞ」
男の声が聞こえた瞬間、首に冷たいものが触れた。何日か前に男が私の首に短剣を突き付けてきた時と同じ冷たさだった。
「動くな。騒ぐな。言う事を聞けば殺さない」
このセリフも前に聞いた気がする。
この人達の目的は何?もし、この人達がこの前の兵士達と同じなら……私に生きる意味を与えてくれる?私を必要としてくれている皇様の元へ連れて行ってくれる?
「あなた達、トールウ国の皇様の手下?」
そこには男が三人いたが、皆驚いた顔をした。そして剣を突き付けている男が言った。
「そうだ。判っているなら話は早い」
その後、三日かけてトールウ国に着いた。
殆ど馬は休む事なく走り続けたから、一週間ぐらい休暇をあげたい。しかし、その後も休む事なく走り続け、オーブと言う所に着いた。オーブとはトールウ国の都らしい。
辺りはもう、すっかり暗くなっていた。おそらく日にちも変わっていると思う。夜のせいなのかもしれないけど、なんかこの雰囲気……とても重い。エルスと比べるとすごく重い。
気付けば大きな門の前にいた。ゆっくり門が開く。中には大きな城があった。
兵士に連れて行かれるまま、建物の中へと入って行った。
「で、この娘が神の御告を聞けると言う娘か?」
「左様でございます」
で、あの人が皇様?見た感じは二十代後半。『おやじ』って歳でもないだろうけど、若い女性を侍らせている辺り、ただのエロおやじにしか見えない。
「本当か?朕が想像していたのとは大部違うが……。朕は、もっと綺麗でロングヘアーで胸がこう、もっとデカい娘を想像していたのだが……」
悪かったね。ブスでペチャパイでセミロングで。
初対面の相手にも遠慮せずに言う辺り、偉いひとなんだなぁと思ったのと同時になんか一発殴りたい気にもなった。
「娘。名は何と申す?」
「ユリです」
「『ユリ』か。花の名を持つ娘か……。良い名だな」
花の名前に思い入れがあるのか、一瞬懐かしそうな顔をした。
「で、ユリ。お主が本当に神の御告を聞けると言うのなら朕の未来を当ててみろ。もし、当たったら信じてやろう」
やっぱり、皇様の目的は私の力。でも、私は神の御告を聞いた覚えがない。
私が困っていると皇様が、
「ほら、早く言わぬか。早く言わねば首を斬るぞ」
皇様は腰に提げている刀に手をかけた。私は咄嗟にリカが言っていた事を思い出した。
「お、御告は聞く事が出来るけど……こちらから訊く事は出来ないんです」
何だかんだで生きたいと思ったのか、皇様に殺されるのを回避しようとした自分に、自分でも驚いた。
「そうか。つまらんなぁ。やはり、ただの娘か」
皇様は深い溜息をついた。
ママと同じ溜息……。私を見捨てないでよ……。
何か言わなきゃと思いを巡らせ、思い出した。適当に言った事が現実になった事を。
「でも、皇様……。階段には充分気を付けて下さいね」
「階段?」
「詳しくは分かりませんが、階段のような段差に悪い気が見えます」
後で階段のような段差がある場所に何か仕掛けておかなきゃ。
私は、とりあえず大きな部屋に連れていかれた。今夜はここに寝ろって事らしい。
部屋の外には衛兵がいて部屋から抜け出るのは難しそうだった。仕掛けに行けない……。
にしても、この部屋、無駄に広い。私の家より広い気がするのは気のせいじゃないよね。
私は横になって天井を見た。
天井がとても高い。それに畳の香りがとても心を落ち着かせてくれる。
私の居場所はここなんだ、きっと。
元の世界に戻りたくないと言えば嘘になる。けど、戻ったところで私の居場所なんてない。第一、どうしてこの世界に居るのかも解らないし、戻り方だって解らない。
確か、ハルによるとこの国って絶対皇制の国なんだよね。国民の意見なんて聞こうとすらしないって事ぐらい解る。それがどんなに酷い事なのかだって。それに手を貸そうとしている事だって。でも、それしかないの。リカにすら言われちゃったんだもん。私の存在が許されるのはこう言う所しかないんだ。
仕掛けに行けなくなった今はそれすら危ういけど。
「……ぅうん……寒い……」
どうやら布団も敷かずにあのまま眠ってしまったみたい。そもそも、布団なんてどこにあるのか知らないんだけど。
バタバタ
「早くタオルを!」
「包帯は?」
「何やっているの!」
「そんなのは後。今はこれを」
バタバタ
外が騒がしいな。
私は襖を開けて外を見た。女性が何かを持って走り回っている。昨日は居た衛兵が居なくなっていた。何か緊急事態でも起きたのかな?
とりあえず、何があったのか通りかかった女性に訊いてみると、
「皇帝陛下が足を滑らせて階段から落ちてしまったのよ。それで腰を強く打ったみたいで……。とにかく今は忙しいから」
そう言って女性は走り去って行った。
適当に言った事が本当になってしまった……。やっぱり、適当に言った事が本当になってる……ん?
人影に気付き上を見上げた。衛兵に見下ろされている。
「皇帝陛下がお呼びだ」
衛兵に連れられて皇様がいる部屋に入った。
「お主は本当に神の御告が聞けるようだな」
昨日とは違う女性が皇様の腰を摩ってあげてる。
「ユリ。朕の后になれ。そして朕と共にこの国を思うがままにしよう」
私は悩んだ。このエロおやじと結婚するのは嫌だけど居場所は欲しい。
「少し訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「もし嫌と言ったらどうしますか?」
「その時は仕方がない。殺す」
「!?」
私は一瞬目を見開いたが、すぐに元に戻った。そしてまた質問した。
「なんで私なんですか?神の御告なんて占い師にでも真似は出来ますよ」
「それは、やはり若い娘の方が良いからだ。絶対に当たる占い師となると歳をとった奴ばかりだからな。若い占い師は経験が足りないから信じられん。でも若い娘が良い。だからお主を選んだのだ」
何て理由だ……。
「でも私が神の御告を聞けるかなんて、本当か分からないですよ?」
「当てたではないか。朕が階段から落ちると」
適当に言ったら本当になっちゃっただけなんだけど……。
「でも普通の占い師だったらこのくらい言い当てられるんじゃないですか?もしかしたら私はただの占い師かもしれませんし……」
「それはない。三年もかけて調査したから」
え?調査?どう言う事?
私が不信に思っていると皇様が言った。
「とにかく朕はお主が良いのだ。朕にはユリが必要なのだ」
「私が……必要!?」
「ああ。そうだ」
――私が必要――
どんな理由だって構わない。とにかく誰かに必要としてもらいたかった。だから皇様のその言葉に頷いてしまった。
「そうか。なら、事は早く済ました方が良いな。明日、婚儀を行う。早急に準備をしろ」
皇様は近衛兵や女官に命令した。
私は女官に連れられ、さっきよりも豪華な部屋に入った。さっきと同じくらいの部屋だと思う。けど、家具があってさっきより狭く感じる。狭いと言っても充分広い事には変わりないけど。
とりあえずベッドに座った。ダブルベッドって言うのかな?この大きさは。天蓋も付いて、まさにお姫様ベッドだ。
ふと見ると、目の前には全身が映るサイズの鏡があった。
「あ!!」
思わず大きな声を上げてしまった。無くさないようにと持っていた二本の朱い紐に気付いたからだ。
私は二本の朱い紐を眺めて呟いた。
「どうせ結婚するなら、エロおやじじゃなくて同い年くらいの人の方が良かったなぁ」
すっごい後悔した。あの二人だって私を必要としてくれていたじゃない。なんでOKしちゃったんだろう。誰か結婚式を妨害してくれないかな。なんてね。もう、どうでもいいや。相手は皇様だし、贅沢し放題じゃない。それに彼だって私を必要としてくれているんだし。何も悩む事なんかないよ。
次の日、私は女官に連れられお風呂に入った。普通、お風呂と聞いたらお湯を想像するだろう。しかし冷たかった。水風呂だ。『清めの儀式』と、女官は言うけど、これはちょっと……。お腹壊しちゃいそう。
その次は着替え。まず半透明の布を着て、その上に青い服を着て……って何これ!へそ出し!?
私の目がおかしくなければ、胸の下で服が途切れて腰から下にまた同じ素材の布がある。しかも、胸の谷間が丁度見える様にVの字になってる。谷間なんて無いのにね……。で、スカートにはスリットが入ってる。こう言うものは恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだよね。恥を捨てれば恥ずかしくない。……でもやっぱり恥ずかしい。なんで、もっとスタイルよく生まれてこなかったんだろう……。神様は残酷だ。
諸々の準備は整い、遂に結婚式が始まった。人が沢山集まっている。一応、このエロおやじは皇様だから集まっている人達は貴族なんだと思う。皆欲深そうな顔してる。
私的には、結婚式は教会でやりたかった。白いウェディングドレスを着て。でも、この結婚式はキリスト式ではない。形式とかはあまり詳しくないからよく判んないけど、ウェディングドレスじゃないからキリスト式ではないって事くらいは判る。じゃあ……これは何式?
…………。
エロおやじの趣味に走っていると私は確信した。
「緊張しているのか?」
エロおやじ――もとい、皇様が小声で訊いてきた。
スリスリ
ひぃ!!
「朕の傍にいれば大丈夫だ」
そう言いながら私のお尻を摩る。世間で言う痴漢だ。って冷静に実況してる場合じゃないよ!!
「ユリ」
「へ?あ!何でしょう?」
私は痴漢に気を取られていて、今まで何をしていたのか、状況が掴めなかった。ただ、頭に何かが乗ってて重かったのだけ分かった。冠?
皇様は私の肩に手を置き、目を瞑った。
これってまさか……うそでしょ!?
私はこの事を忘れていた。結婚式の最後に必ずやるものを。そう。『誓いのキス』だ。
ちょっと待ってよ!私、キスした事ないんだよ!ファーストキスがこんなエロおやじとだなんて……。こんな事ならトウナ達三人の中の誰かとした方が全然いいよ!
そんな事を考えていたら、皇様の顔がどんどん近付いてくる。
やだ!本当にどうしよう!
私を必要としてくれるのなら誰でもいいと思ったけど、誰でもいいわけじゃなかった事に今更気付いた。
誰か助けて!
ドオンッ
「何!?」
もの凄い音がして、その場にいた者は同じ方向を向いていた。襖が倒されていてトウナ、ハル、シュウの三人が部屋に入って来た。
何で三人がここに!?
「ユリ、逃げるぞ!」
トウナが私の手を掴んで走り出した。が、もう片方の手を皇様に掴まれた。
「痛っ!!」
思わず叫んでいた。
「逃して堪るものか!コイツは朕の物だ!」
尚更引っ張られた。
「腕が裂ける!!」
ドガッ
急に楽になった。ハルが皇様に体当たりした拍子に手が放れたからだ。
「早く!今のうちに!」
「ああ」
そう言うとトウナは私の手を掴んだまま走り出した。
「逃すな!」
王様が近衛兵に命令していた。
「ハル!貴様は朕が殺してやる!」
そう、皇様が叫んでいた気がした。
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