第五章

 次の日はトウナの傷を考えて、ゆっくり進んだ。

 そして今は休憩中。

「ユリ。ちょっといいか?」

 トウナだ。

「何?」

「こっちに」

 トウナは森の奥を指した。

「私も行く」

 今度はリカだ。私とトウナが二人きりになるのが嫌なんだと思う。

「皆と一緒の方が安全だし……ここじゃ駄目?」

 リカを落ち込ませたくないから……。

「直ぐに戻るからいいだろ?」

 そう言うと、私の腕を怪我していない方の手で掴み、森の奥へ入って行った。



 休憩場所から充分距離をとると止まった。

 しばらく沈黙が続いた。なんか気まずい。

 何か話題がないか辺りを見渡した。幸運な事に私が巻いた包帯が解けている。よし。これを話題にしよう。

「あ。包帯解けちゃってるね」

 自分の演技力の無さに泣きたくなった。話の切り出し方がわざとらしいよ……。

「リカに直してもらおう?」

 今度は私がトウナの腕を掴んで歩こうとした。しかし、根を張ったように動かなかった。

「俺はユリに直してもらいたい」

「でも私下手だよ?リカにやってもらった方が……」

 トウナは私の話を聞かずにその場に座ってしまった。まるで、おもちゃ屋さんで駄々をこねる子供みたいだ。

「はぁ。仕方ないなぁ。でも次はリカにやってもらってよ」

 私は包帯を巻き直した。



「よし。出来た。早く皆の所に戻ろう」

「ユリ」

「何?」

 トウナは私の目の前で信じられない行動をとった。頭に巻いてある『アリスの朱い紐』を取り、それを私に差し出した。

「今まで“好き”ってのがよくわからなかった。リカと一緒に居ると楽しいし、これからも一緒に居たいと思った。でも、ユリが気になって……。ハルの為にも俺はリカを好きになろうと思った。けど、無理だった。昨日、気付いたんだよ。ユリがクマに襲われた時、命を賭けて守りたいのはリカじゃなくてユリなんだって。俺はユリが好きだ」

 ガサガサッ

 近くの草が揺れた。誰か居るのかと思ったけど……風かな?

 私はトウナの差し出した手を抑えて言った。

「トウナの気持ちは嬉しいけどこれは受け取れない。ごめんね……」

 トウナには悪いけど、私、リカが大切だから。リカの悲しい顔はもう見たくない。

「リカが俺の事、好きだからか?」

「へ!?」

 思わず口を押さえた。図星をつかれて声が裏返ったからだ。

「し、知ってたの?」

「皆気付いてる。俺達、長年連るんでるからな」

「じゃあ、私じゃなくてリカに……」

 ドンッ

 私が全てを言い終える前にトウナが近くの木に私を押さえ付けた。

「他人なんて関係ない!俺が好きなのはリカじゃなくてユリだ!他人の気持ちに俺は縛られたくない!」

 トウナ、怒ってる?ごめんなさい。ごめんなさい。

 今にも泣きそうな私を見てトウナが言った

「ごめん。つい……。とにかく、他人がじゃなくてユリが俺をどう想っているのか知りたい。俺はハルの気持ちを知っててユリにこれを渡した」

 トウナが私に無理矢理紐を渡した。

「だからユリもリカの気持ちを気にしないで答えてほしい」

 そう言うとトウナは休憩場所に戻って行った。私はと言うと、リカの言葉を思い出していた。

『朱い紐はプロポーズする時に渡すの』

 とか言ってたよね?プロポーズ?えぇ!?結婚ってこと!?私まだ十六歳なんだけど!結婚出来なくはないけど……えええ!!?

 私の頭は混乱していた。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 気まずい……。

 あの後、しばらくして先に進む事になったんだけど、トウナの頭に巻いてあった紐がない事に気付くと、皆不機嫌になっちゃって……。シュウは変わってないけど。リカなんて怒ってて近寄り難い……。どうすりゃいいのよ!!



 また野宿だ。今夜は眠れそうにない。今までも寝付きが悪かったけど、今夜はいつもと違ってピリピリした感じが眠りを妨げる。

「ちょっとトウナいい?」

 ハルが言った。話すの?よし。これで少しはピリピリ感がなくなるかも。

 しかし、ハルはトウナを連れて森の中に入って行った。

「…………」

「…………」

「…………」

 き、気まずい……。シュウもいるけど、シュウはいないのと同じような感じだから、ほぼリカと二人きりだ。もう無理!

「ちょ、ちょっと私、薪になりそうな枝、探してくる」

 そう言って森の中へ入った。普通、夜に枝探さないよね。まぁ、いっか。

「……に告白したの?」

「ああ」

「リカが好きだったんじゃないの!?」

 なんか、トウナとハルの声がする。こっちの方?……あ!いた。

 私は木陰に隠れて二人の様子を伺った。雰囲気的に殴り合いとか始まりそう。

「僕、トウナのこと信じてたのに。親友だって思ったから相談にも乗ってもらってた……。なのに裏切って……。僕だけじゃない。リカまで裏切ったんだよ!」

 ガシッ

 ハルはトウナの胸ぐらを掴んだ。

 ちょ、ちょっと本当にヤバそうだよ?

「俺は自分の気持ちに正直になっただけだ」

 お互いに睨み合ってる。

 ボガッ

 信じられないことにハルがトウナを殴った。えぇ!?

「テメー!!」

 トウナも殴り返した。てか、実況してる場合じゃないよ!二人を止めなきゃ!

「ちょっと二人共!やめなよ!」

「ユ、ユリ!?」

 ハルは私に気付き、殴ろうとしていた手を止めた。その隙にトウナがハルを殴った。

「トウナ!」

 トウナを止める。

「なんで二人共喧嘩するの!あんなに仲良かったのに!」

 二人共黙った。落ち着いたみたいだね。とりあえず殴り合いは止まったから良かった。

 私が一人で安心していると、トウナが口を開けた。

「選ぶのはユリだ」

 そう言うとトウナは寝所の方へ向かった。

 選ぶって何を?

「ユリ」

「ん?」

 ハルはゴソゴソと何かをしている。どうやら腰に巻いてある紐を取ろうとしてるみたい。って、えぇ!!?それ、アリスの朱い紐でしょ!?

「これ、受け取ってほしい」

 ハルは私に紐を渡して続けた。

「ずっと前から好きだった。僕はこれからもずっとユリと一緒にいたい。ユリと一緒なら何もいらない。たとえ……」

「え?」

「とにかく、僕もトウナも真剣なんだ。だからユリも真面目に考えてどちらか選んでほしい」

 そう言うとハルも同様に寝所へ向かった。私は考えていた。こんな短期間に二人に告白されたのが信じられなかった。でも、よく考えてみると、ハルは私に気があったのかも。って、思えなくもないようなあるような……。嫌じゃないのは確かだよ!むしろ嬉しいし。この先の人生で告白されるチャンスなんてないと思うから……。ただ、返事に困る。どうしよう……。

 ガサッ

「!!」

 私は草が揺れた方を見た。

「いい気なものね」

 リカが出てきた。でも、なんか変だ。

「二人から告白されて。舞い上がっちゃって馬鹿みたい」

 嘘!?私、そんなに嬉しそうな顔してた?

「でもね。一つだけ教えてあげる。二人共、本当の気持ちじゃないんだよ。誰かさんに作り替えられた気持ちなの」

「……え?」

「『誰かさん』って言うのは誰なんでしょうね」

 リカは薄笑いして言った。やっぱり様子が変だよ。怒ってるから?本当にそれだけ?

「ごめん。私なぞなぞとかって苦手で……」

「ふざけないで!!」

 いや。リカの方がふざけてるでしょ。

「あなたはこの世界の住人じゃない!!私の居場所を取っておきながらトウナまで取らないで!!あんたなんか来なければよかった」

「え?」

 そう言うとリカは森の中へと消えていった。

 私、やっぱりこの世界の住人じゃなかったんだ……。私……



 ――本っ当にウザイ!私だって疲れてんのにさ、自分だけ疲れてるみたいな言い方で。いちいち文句つけんなら帰ってこなくていーし。

 ――彩椰夏あやか!その髪はなんなの!?

 ――うっさい!!

 ――ちょっと待ちなさい!



 ……なんで私が……



 ――ちょ、ちょっと■■■?やだ!!何する気!?はぁぁ……いやあああ!!!



 な、何!?今の。

 私は立っていられないくらいの立ちくらみに襲われた。木に寄りかって地面に座る。鼓動が速まり、呼吸が乱れる。

 思い出したくないのに、いろんな言葉を思いだす。



 ――■■■。お願いだからそれをちょうだい。

 ――本当にウザイし。

 ――私達だけでしょ?

 ――見たぁ?あの子の顔。

 ――今更なに?



 はぁ。はぁ。はぁ。

 全て思い出したわけじゃないけど、大体は思い出した。



 私、皆に嫌われてたんだ。

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