第四章
次の日、私達はエルスを後にしてザフリイ国に向かった。ここからだと、ザフリイ国まで三日程歩けば着くらしい。都に行くには、もっとかかるみたいだけど。
にしても、昨日の夢はなんだったの?『私が作った世界』?一体あの黒い影は誰だったの?それに必ず、人の名前の部分だけ聞き取れない。
「どーしたの?」
「え?」
リカが私の顔を覗き込んでる。心配そうな顔で。
「何かあったの?」
「何にもないよ。ただぼけ~っとしてただけ」
「そう?何かあったら言ってよ」
「うん」
そう言うと、リカはトウナとハルの所に向かった。二人は前で何か話していた。その間にリカが割り込んだ。
あの立ち位置、羨ましい。でも、私があの位置に立ったら……。ちょっと恥ずかしいな。……とか思ってても、やっぱり羨ましい。
そんな事を考えてたら後ろから声をかけられた。
「思い出した」
「え?」
一番後ろを歩いてたシュウが話しかけてきた。あの無口なシュウが自分から話しかけるなんて思いもしなかったから、かなり驚いた。
「記憶」
どうやら、何か思い出したか訊いてるみたい。
「何にも思い出せないよ。みんな一生懸命やってくれるのに」
「……そ」
「ん?」
今、シュウ何て言った?文が短すぎて聞き取れなかった。いや、あの短さは文じゃないか。
「昨日から様子が可笑しい」
「そ、そんな事ないよ?」
私、可笑しいの?
「みんなの前で明るく振る舞って、一人になると極端に暗くなる」
そう言えば、よく同じような事を言われた気がする。そう、あれは学校で……
「怒ってる?」
「え?怒ってないよ」
「でも、なんか暗いから怒ってるのかと思った」
「私、これが普通なんだけど……」
「そうなの?」
みたいな会話をよくしたな。
……あれ?学校?私達学生でしょ?学校はどうしたの?よく考えたら可笑しい事が沢山ある。
まずは服装。なんて言うか、民族衣装みたいだよね。洋服と言うより、和服に近い感じ。でも和服じゃないし……
二つ目に髪の色。リカは金髪。普通、想像する金髪じゃない。アニメとかで言う金髪。つまり黄色。トウナは緑だし、ハルは水色。シュウは赤みがかった茶色って感じ。これは髪を染めたと考えても可笑しくないけど。普通に考えて、黄色や緑、水色って……ヴィジュアル系バンドでもないだろうし。
三つ目に、今まで当たり前にあると思っていたものが、白い花が咲く丘で目が覚めてから一度も見てない。それは、電車や車、自転車など、移動するのに欠かせないものだ。いくら田舎だと言っても一度も目にしないは可笑しい。
四つ目に国の数。確か、四つって言ってたよね。いくら私が馬鹿だからって国が四つ以上あるのは知ってる。日本、アメリカ、中国、ロシア、フランス……。もう五つも例をあげたよ。しかも、ナルーン国やらボルク国やら聞いた事がない。それは、ただ聞いた事がないだけで実際にはあるのかもしれない。もし、そうだとしても、四つというのは可笑しい。
今まで可笑しいなんて思わなかったけど、今考えれば可笑しい事ばかりだ。どうして気付かなかったの?じゃあここはどこなの?私はこの世界とは別の世界の住人?
そんなの嫌!だってやっと私のこと大切にしてくれる人達に逢えたのに……嫌だよ!そんなのって……。
隣にはシュウがいて、前にはリカ、トウナ、ハルがいる。もう、可笑しくたってどーでもいい。私は皆と一緒に居たい。
「シュウ。私、ここに居ていいんだよね?私、皆と同じだよね?」
今にも泣きそうな声しか出なかった。
「…………」
返事が来ない。
そんな。酷いよ。私、ここに居ちゃ駄目なの?こう言う時、嘘でも肯定するでしょ?
シュウを睨みつけてやろうと横を向いた。
「っ!!」
驚いた事にシュウが私を見ている。思わず立ち止まってしまった。
「存在してはいけないものなんて存在しない。何か理由があるから存在している」
自分の耳を疑った。シュウがこんなに長い言葉を発するなんて思わなかったから。
その後もしばらくシュウと目を合わせたまま動かなかった。けど、急に恥ずかしくなってきて、私は目を反らし歩き始めた。シュウもそれに続いて歩き出した。
前にいる三人と、かなり離れてしまった。三人は離れた事に気付いてないみたい。まあ、気付かれてない方がいいけど。おそらく、今の私はリンゴのように真っ赤になっていると思うから。
今夜は野宿だ。それぞれ薪を拾いに行ったり、水を汲みに行ったり、寝所を作ったりしていた。私は何もしなくていいと言われて木に寄りかかっていた。
そう言えば、シュウに『ありがとう』って言ってない……。
寝所を作っているリカに断って、水を汲みに行ってるシュウの元へ走って行った。
「シュウ。さっきは……」
なんか恥ずかしい。『ありがとう』なんて簡単なのに、喉から声が出ない。
「あの……その……」
シュウの後ろでもじもじしていた私に呆れたのか、シュウが私に言った。
「それ持って」
竹の水筒だ。
「あ、うん」
シュウは私の横を通り、私が走って来た道を戻り始めた。私もそれについて行く。
「あの……」
言わなきゃ。言いたいのに喉が詰って言えない。
「俺は『それを持ってくれてありがとう』なんて言わない。だから、これでお互い様だ」
「え?」
そのまま何事もなかったかのようにシュウは歩いて行った。私はと言うと、突っ立っていた。今日、二度も信じられない事が起きたから。地球が逆回転して太陽が地球の周りを回っていると言う嘘と同じくらい信じられない事だ。そこまで言ってしまうと酷いかもしれないけど、そんな感じだ。てか、さっきから心臓がバクバクしてる。走ったせいかな?
戻ると皆がもう集まっていた。
「もう。どこに行ってたのよ。心配したのよ」
リカだ。
「シュウ!一人でさっさと戻って来ないでよね。ユリがクマにでも食べられちゃったらどーするのよ」
リカがシュウを叱ってる。てか、『クマに食べられちゃったら』って……。可愛い顔して恐ろしい事言うね。リカなりの冗談のつもりなんだろうけど、冗談に聞こえない。だってここ、森のド真ん中だよ。クマの一匹や二匹、いても可笑しくないし……。
その夜、なかなか眠れなかった。べ、別にクマが恐いんじゃないからっ。
今夜は明るいね。空を見上げると、月が綺麗に見える。少し横を見るとシュウが木に寄りかかって寝てる……よね?男の子の顔をこんなに、まじまじと見たのは初めてかも。
てか、何やってんだろ、私。顔が熱いよ。顔洗ってスッキリしよう。川までは、さっき行ったから道はわかるし、月明かりで明るいから迷う事もないだろう。
バシャバシャ
川の水は冷たくて気持ち良かった。逆に言えばスッキリし過ぎて眠れそうにない。川に映った私の顔は、ほんのりと赤みを帯びている。
やっぱり可笑しい。
顔を洗ってスッキリしたはずなのに、赤いままだ。今日一日を振り返ってみた。
『存在してはいけないものなんて存在しない』
シュウの顔が浮かんだ。
『だからこれでお互い様だ』
なんでシュウなの!シュウの顔しか浮かばない……。これって、まさか……。
そんな事あるわけないよ!!うん!!そうそう!!
私は、また川を覗き込んだ。今度は私の他に誰かいる?
最初は木かと思った。いくら月明かりで明るいとは言え、夜だから昼間のようにハッキリとは映らない。でも、水に映っているものは私の後ろで確かに動いた。
まさか!!
私は後ろを振り向き、目を見開いた。
クマだ!!
二メートルぐらいあるクマがそこにいた。次の瞬間、クマが襲いかかって来た。私は思わず川に飛び込んだ。クマの爪が服の袖に引っ掛かり破けたが、私にそんな事を気にしている余裕はなかった。とにかく前に進んだ。
幸運な事に、この川は浅かった。とは言え、水の中を走るのは大変だ。向こう岸まで少し距離がある。しかし、戻る事は出来ないから岸に向かって頑張って走った。
クマのひっかき攻撃を交わしながらやっとの思いで岸に辿り着いた。岸を上がり、全力疾走しようとした瞬間、私は気付いた。
ここの土は泥濘んでいる。
しかし気付くのが遅かった。私は泥濘に足を取られ、転んでしまった。転んだまま後ろを見ると、クマが『俺の腹の中で仲良くしよーや。イヒヒヒ』とでも思っていそうな顔で、私を見下ろしていた。てか、私、何考えてんの!?そして、ゆっくりと手を上げて……。私は思わず目を閉じて頭を抱え込んだ。
「ガァァァァァ!!」
ドシャッ
バシャッ
「ガァァァァァ!!」
クマの鳴き声と土を蹴るような音や、水の中を走るような音など、いろいろな音が聞こえた。
しばらくすると静まりかえり、誰かがこっちに近づいてくる音がした。私は恐怖で目を閉じたまま動けなかった。
誰かの手が私の肩を軽くたたいた。
「ひっ!!」
「大丈夫か?」
この声は……。
恐る恐る目を開けてみた。そこにはトウナがいた。ニッコリ笑っている。私は思わず泣いてしまった。
「おい!大丈夫か!?どこか怪我でもしたのか!?」
私はとにかく泣いた。安堵感がそうさせた。
「小便してたら急に何かの雄叫びとユリの叫び声が聞こえてビックリしたよ。でも、まあ無事で良かった」
私、知らない間に叫んでたみたい。自分でも気付かなかった。
「立てるか?」
トウナが手を差し出した。私はその手を取ろうとして気付いた。
「……手、洗った?」
「こんな時に何言ってんだよ。俺が手なんか洗ってたらユリは今頃クマの腹ん中だせ?」
「まあ確かにそうなんだけど……って、つまりは洗ってないの!?」
私がトウナの手を眺めて困っていると、何かがトウナの手から流れてきた。
「?」
最初は何か分からなかった。流れてきた所を目で追っていくと……
「!!!」
腕に大きな傷があった。そこから血が流れていた。トウナが手を差し出した時に気付くべきだった。トウナの服は肩から引き裂けていた。それってつまり、さっきのクマに引掻かれたからでしょ?
私は片方だけ残っている袖を引き千切って濡らした。既に濡れていたけど、今の私はそれどころじゃなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
震える手でトウナの腕の傷口を拭きながら、何度も謝った。
「いいよ。別に」
「でも、私のせいで……」
「ユリのせいじゃねーよ。クマの野郎がやったんだから」
トウナは笑ってるけど、あの傷はかなり痛いと思う。
「ユリー!大丈夫ー?」
向こう岸からリカが叫んでる。
「私は大丈夫だけど、トウナが……」
リカ、ハル、シュウの三人が川を渡ってこっちに向かってる。
「本当にごめんなさい……」
「もういいから泣くなよ」
「トウナ!その傷!さっきの叫び声と何か関係あるの!?」
リカ達も叫び声を聞いて来たらしい。
リカは、私を押し退けてトウナの傍に来た。
泣いてる。
そっか、リカはトウナが好きなんだよね。リカから聞いたわけではないけど、今までの事を考えたら好きなんだと思う。
「ごめんなさい。私のせいなの」
「どう言う事?」
リカは『信じられない』って感じの顔で私の顔を見た。
「私が……」
「ユリのせいじゃねーよ」
理由を話そうとしたらトウナが遮って言った。
「クマが急に襲って来たんだよ。でもまあ、俺が蹴散らしてやったけどな」
勝ち誇ったように笑ってる。
「とりあえず戻ろう。早く傷の手当てをしないと」
ハルが声を掛け、シュウがトウナを担いで寝所まで戻る事になった。
今はハルが傷の手当てをしている。
「傷はそんなに深くはないみたいだからすぐ治るよ」
「良かった」
小さい声で思わず呟いた。
「全然良くないよ!!」
リカが大きな声で言った。
確かに全然良くないけど……。
「トウナ、無理しないで。辛かったら言って」
私『良かった』なんて、何言ってんだろ。トウナは私のせいじゃないって言ってくれてるけど、実際には私のせいだもん……。
「ごめんなさい……」
皆私を見ている。
「もういいって言ってんだろ?罰として包帯巻け。これで何もかも無かった事にしてやる」
トウナは右腕を差し出して言った。
「わかった」
私とハルは場所を入れ替えた。包帯の巻き方は知ってるけど、上手く巻く自信は全くない。
やっぱり上手く巻けなかった。
「ごめん……」
「ユリったら不器用なんだから」
リカの言う通りだ。反論する気はないが、反論のしようがない。
「トウナ。腕かして。巻き直してあげる」
リカがトウナの腕を取ろうとした。が、トウナは避けた。
「いいよ。これで」
「そ、そう……でも!それじゃ解けちゃうよ?」
「いいんだよ。ありがとな。ユリ」
「う、うん」
なんか……私、悪い事しちゃったかも。リカは落ち込んでる。私だってシュウにああ言われたら……って何考えてんの!?とにかく、次から気を付けなきゃ。
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