第三章

 昨日のお風呂は一人で静かだったけど、今日はリカも一緒に入っていて少し賑やかだ。

 それにしても、この宿に他の客は泊まってないのかと疑いたくなる程、お風呂に人がいない。と言うか、私とリカだけだ。まあ、私としては人が来ない方がいいんだけど。

 私は、お湯に浸かりながらまだ身体を洗い終わっていないリカを見ていた。

 なんて羨ましい身体付きをしてるんだ。出る所は出ていて、くびれる所はくびれている。おまけに可愛いし、髪だってサラサラで綺麗な金髪。しかも超ロング。前に髪を切ったのはいつなのかな……?

 それに比べて私は……。

 自分の身体を見下ろしてみた。

 …………。

「はぁ……」

 溜息しか出ない。

「どうかしたの?」

 気付けばリカはもう洗い終わっていて、私の隣に居た。

「あ!もしかして恋!?」

 へ?

 急に思ってもいない事を訊かれて変な顔をしてしまった。

「だったら私に何でも相談して」

 リカは私の手を握って言った。

「いや。あの……」

「恋と言えば、“アリスの朱い紐”って憶えてる?」

 人の話聞いてよ。てか、何それ。

「村に伝わる神話なんだけどね、昔アリスが朱雀の羽根を拾って、綺麗だったからそれを恋人にあげたんだって。すると、病気がちだった恋人が元気になって、結婚した後は何の病気もかからず、二人は平和で幸せな一生を送ったの。それから、村では好きな人に朱いものを贈るようになったの」

「ふ~ん。つまり、私に好きな人へ朱いものを贈れと?」

 その前に、好きな人いないんだけど。

 隣を見るとリカがクスクス笑っていた。

「違うわよ。朱いものを贈るのは男性よ。それに、ただ朱ければいいってものじゃないの。朱雀ってどういう生き物か知ってる?」

 不死鳥で火山の中で生まれ変わるとか、変わらないとか……?伝説上の生き物でしょ?合ってるかは分からないけど、そのくらいなら知ってる。

「朱雀が普通の鳥と違うところって言ったら、あの朱い色と長い尾羽根でしょ?だから朱い“紐”になったのよ。で、紐の先には人それぞれ違うものが付いているの。似ていたとしても同じものはないと思うわ。トウナだったらシンプルな模様が刻まれてある石が付いてるの」

 お湯に浸かってるせいかな?リカの頬が赤い気がする。

「男性は、それを必ず二本身に付けておくの。で、プロポーズする時に一本渡してOKなら女性もそれを身に付ける。私もいつか……えへへ」

 なんか笑ってる。何を想像しているんだか。なんとなく予想は出来るけど。

「ちょっといい?アリスが渡したんでしょ?なのになんで男性が渡すの?」

 私が質問したら、またクスクス笑われた。

「もぉ。アリスって男性よ。それに、プロポーズって言うのは男性がするものよ?」

 そうなの?てか、アリスが男?私はてっきり、ワンピースを着てエプロンを付けた女の子で、白いウサギを追いかけたり、トランプに追いかけられたりする子だと思った。

 私はそろそろお風呂を出ることにした。リカはまだ入ってるみたい。あんまり長く入り過ぎない様に言っておいた。



 部屋に戻ると、男子三人組が既に居た。

 トウナを見ると頭と腰に朱い紐が巻いてあった。その先にはシンプルな模様が刻んである石が付いていた。あれがリカの言っていたアリスの紐だろう。

 チラチラとトウナを見ていたら、誰かの視線を感じた。私の行動を怪しむ人がいるのかと思った。誰だって人の事をチラチラ見てる人がいたら怪しむよね。

 ハルと目が合った。どうやらハルの視線だったみたい。目が合った瞬間ハルは目を反らした。ハルも朱い紐を付けてる。一本はトウナと同じで腰に巻いてあって、もう一本は髪を結うのに使ってる。ハルのアリスの朱い紐には玉が三つ付いてて、吉祥結びがしてあって糸端は房になってる。簡単に言えば中国風って感じだ。

 そう言えば、さっきからトウナとハルがコソコソ話してる。トウナはニヤけて、ハルは赤面している。どーせ変な事を話してるんだろうね。

 シュウはどんなものが付いてるのか気になって、シュウを見た。シュウは私に見られているのを気付いていない……のか分からないけど、そっぽを向いたまま動いてない。時々、窓から入ってきた風で前髪が揺れるだけだ。

 どれくらいの時間、シュウを見ていたのだろう。全身見て探したけど、アリスの朱い紐らしきものがない。アリスの朱い紐って必ず身に付けるんでしょ?なのに、朱い紐なんて付いてない。まさか、シュウは女の子!?流石にそれはないか。と言うか、男の子であってほしい。

 一瞬、シュウの眉が動いた気がした。

「あーーー!もう、ユリはどっちに気があんだよ!」

 え?

 トウナが頭を掻きまわして騒いでた。

「ハルか、シュウか!」

「ちょっと、トウナ!」

 暴れるトウナをハルが落ち着かせようとしていた。私の耳が悪くなければ、『どっちに気があんだよ。ハルか、シュウか』って聞こえた気がするんですけど?気のせい?

「ハルはなぁ!」

「トウナ!」

 トウナが何か言おうとした時、ハルがトウナの口をおさえて途中までしか言えてなかった。ハルは、やけに必死にトウナをおさえていた。私に聞かれちゃ不味い事でもあるのかな?

 トウナは何かを言おうと、ハルはそれをおさえる。お互いに必死そうだ。従業員が注意しに来そうなくらい激しい。それはもうプロレスだ。

「ずっと前から」

「いいんだよ!」

「そんな訳にはいかねー!」

 そんな言葉が飛び交う中、

「ハッキリしろ!!」

 トウナのその言葉がやけに耳に残る。プロレスのきっかけになった言葉と合わせると、『好きな奴は誰かハッキリしろ』って事?

「私は……」

 そんなに大きな声で言ったつもりはなかったが、二人はプロレスを中断して耳を傾けてくれた。

「どちらかなんて選べない。だって好きなんだもん。リカやトウナも、ハルやシュウも。みんな大切な友達だから」

 トウナとハルは、口を開けてアホ面をしていた。シュウは見なくても分かる。仮面の様に顔色一つも変わってないと思う。その前に、私なんか見てないかもしれない。

「私が……私が?」

 あれ?何か言おうとしたのに、何を言おうとしたのか忘れた?そんな、まだ認知症になるには若すぎるよ?でも、本当に何を言おうとしたのか自分でも分からない……。

 急に自信なさそうになった私を見て、二人は言った。

「ありがとう。ユリ。僕もトウナもシュウそれにリカも、みんなユリのこと好きだよ。だって友達だもんね。ね、トウナ」

「お、おう。自信なさそーな顔すんなよ。みんなユリのこと好きなんだからな。……っ!?」

「ユリ!?」

 皆が急に驚いた顔をした。

 なんか……目の前が見辛い。何かが邪魔して……。水?……っ!?私泣いてる!?

「お、おい!泣くなよ!」

 トウナとハルが心配して近付いてきた。

「僕、何か傷付けること言った?だったらゴメン!だから泣かないで」

「違う。私……」

 涙のせいで声が上手く出せない。

 二人は本当に心配してくれてるみたい。シュウはこっちを見てるだけ。でも、心配してくれてる――と思いたい。よくわかんない。だって意思表示がないんだもん。

「ちょっと、どうしたの!?」

 リカがお風呂から戻ってきたみたい。でも、涙が止まらなくてそれどころじゃなかった。

「まさか、トウナ達が!?」

 リカは三人を見た。もしかしたら、睨んでるのかも。本当にそうだったのか分からない。だって私は、それどころじゃなかったから。

「ユリ。大丈夫だよ。三人に何をされたか知らないけど、私はトウナ達みたいな酷い事はしないよ」

 リカも心配してくれてる。

「こんな私でも心配してくれるの?」

 思わずそう言っていた。

「当たり前だろ」

「僕達親友だもん」

 トウナとハルが頷いてくれる。

 どこにこんな大量の涙が潜んでいたのか不思議に思う程、どんどん涙が出てきた。

「ありがとう……。私の傍にこんなにも心配してくれる人がいたなんて……。凄く嬉しい」

 どんどん涙が出てくる。悲しいわけじゃないんだから、そろそろ止まってほしい。

「私、誰かに心配してほしかったのかも。上辺だけの心配じゃなくて、本当に心から心配してくれる人に逢いたかったのかも」



 その後も、しばらく涙は止まらなかった。でも、涙にも限界がきたみたいで、今は落ち着いた。

 この世界の温かさを噛み締めつつ眠りについた。



 夢を見た。

 今までは声しか聞こえなかったけど、今回は黒い人影が見える。その人は机に向かって何かをしている。


 ――■■■は、私のこと解ってくれるよね。

 ――■■■や■■、■■■も。

 ――みんな私のこと裏切らないよね。

 ――そりゃそうよ。

 ――だってあなた達は、あいつらとは違うもん。

 ――その場のみの偽りの友情なんて要らない。

 ――私が欲しいのは、どんな事があっても、途切れる事のない本当の友情。

 ――だから、あなた達がいる。

 ――絶対に裏切る事はしない。

 ――何もかも、私の思い通り。


 ――私が作った世界だから。


 ――■■■や■■■、■■や■■■。

 ――みんな私が作ったの。

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