終幕 ―青栄―
ハルが旅立つ当日、俺は気がかりな事があり、ハルの部屋を訪れていた。
「随分荷物が少ないな」
「セイエイ様、いらっしゃっていたのですね。はい。必要最低限、あの村までの旅費さえあれば十分です。巫女の事を調べるにはあの村に溶け込む必要があります。あまりにも荷物が多いと怪しまれてしまいますので。『着の身着のまま逃げてきた』そんな雰囲気で行く為です。この服も、所々ボロボロに解れさせた方が良いかもしれませんね」
ハルは笑顔で答えた。
健気なものだ。ジンの為に、それとユウの為に、危険を冒して他国へ行くというのに笑顔でいられるとは。
「その村はナルーンにあるのだろう?前回は運良くバレずに済んだのかもしれないが、今回も上手く行くとは限らない。官吏が勝手に国を跨いだ事がバレればナルーンの奴らが黙っちゃいない」
「それなら恐らく大丈夫です」
そう言って、ハルは自分の身分を表す手形を取り出した。
「これさえ持っていなければ、僕はただの子供です。周りが大人ばかりで裏で舐められていた事も知っています。だから早く大人になりたいと思っていた時もありました。けど、今は子供で良かったと心から思っております。だって、どう見てもただの子供で、官吏には見えない」
こんな子供に頼らなくてはならない状況まで悪化させてしまった自分が情けなく感じた。
「さてと、出掛ける準備が出来ました。陛下に手形を一旦お返しして行って来ます」
そう言ってハルは部屋の扉に手を掛ける。
「セイエイ様……」
「ん?何だ?」
「前回、僕が城を離れている間に不幸が重なって陛下が変わってしまいました。僕が再び城を離れるのは、また同じ事が繰り返される危険性があります。でも、今あの村に行けるのは僕しか居ません」
ハルは跪き、頭を垂れる。
「どうか、陛下を……陛下を、お守りください」
自分がこれからする事は危険な事だと分かっていながら、自分よりもジンを心配するのか。やはり、ジンの傍にお前を置かせて正解だったか。
ハルがユウの事で怒るのも無理はなかった。それでも、そこまでしてでも、ハルを傍に置かせる事がジンの為だと思ったからだ。今となってはもっと良い選択肢を探してやればこんな遠回りする事もなかったかもしれないと多少の後悔もある。
本当にすまなかった……。
「ああ、出来る限りは守ってやる。だから無事に帰って来いよ」
僅かに残っている守り神としての加護を掛けるようにハルの頭に手を載せた。
「ありがとうございます」
ハルは再度深く頭を下げ、部屋の扉を開ける。
俺が此処まで穢れに蝕まれていなければ、ナルーンの守り神である朱雀に会いに行く事も出来たはず。そうすれば多少の後ろ楯が出来たかもしれない。朱雀が手を貸してくれるとも限らんが……ん?
そこで気付いた。
「ハル、ちょっと待て」
「何でしょうか?」
「その『神の御告が聞ける巫女』の『神』とは誰の事だ。ナルーンに居る時点で朱雀が一番可能性ありそうだが、そんな娘に御告を与えているなんて聞いた事ない。ましてや、朱雀に予知能力なんてないぞ?」
朱雀本人が言っていないだけで、実際にはそんな力があったりするのか?いや、流石にあいつとも長い付き合いだ。もし、予知能力があったとしたら今まで気付かないというのも可笑しな話……。
「では、他の神と繋がっているという事ではないのでしょうか?」
「確かに、世の中には八百万の神が居る。神は四神だけではない。だが、この先起きる事を予知出来る程の力を持った神ともなれば四神と同等かそれ以上の神しか考えられない」
「セイエイ様、この世界には四神以上に力を持った神は存在するのでしょうか……?」
「いや、俺達四神がこの世界を纏めている以上、それ以上の神は居ないはずだが……」
「では、一体、誰と繋がっているのでしょうか……」
そんなの俺が一番知りたい。
もし、その『神』が朱雀ならば、皇ではなく何故村娘に御告を与えているのか。意味が分からない。
朱雀ではない別の神ならば、四神と同等の力もしくはそれ以上の力を持って居ながら何故我々の前に現れない。
これは、トールウの危機を救うだけでなく、再び世界の均衡を保つ何かになり得るのでは?
そんな気がして仕方なかった。
トールウだけでなく、世界をも救ってくれるかもしれないこの機会に期待して、ハルが城を出て行くのを見送った。
それから何日が経ったのだろう?いや、何ヶ月?
正直、人と俺とでは時の流れる速さが違う。人の感覚でどれくらい経ったのか分からない。
ガッシャ―ン!!
部屋の中に物が割れる音が響く。
「まだか!!まだ来ないのか!?」
ジンが暴れるのも無理ない。
頻繁にハルと文のやり取りがあったのが、ここ最近返事が来ない。
「上手い事、村には溶け込めたんだろう?巫女の力も確かなようだって書いてあった。あとは巫女を連れてくるだけだ。だが、国を跨ぐんだ。きっと、そこに手こずっているだけだろう?」
ジンを宥めるように、今まで届いたハルからの文を広げて内容を確認する。
「では、何故!一言も連絡を寄越さない!?」
「きっと、村人を信用させる為に不審に思われる行動は控えているんだろう?万が一、トールウに文を送っているのが見付かれば危険を冒して潜入した意味がなくなる」
「もう一年以上音沙汰ないのだぞ!?」
そうか、人の時では最後の連絡からもう一年以上経っていたのか。という事は、ハルが出て行ってから数年経っているのか……。
「とにかく、ハルを信じてやれ。あいつもあいつなりに頑張って連れて来ようとしているんだと思うぞ」
こうやっていつまでジンを抑えていられるかも分からない。
「信じる?朕は信じていた!信じて送り出した!だが、裏切られた!」
ああ、もう駄目か……。
「もう、待ってなど居られぬ!」
「何をする気だ?」
部屋を出ようとするジンの腕を思わず掴んだ。
「触るな!!」
振り払われた衝撃で頬に小さな傷を負ってしまった。
「ああ、すまない。お前を傷付けるつもりはなかったんだ……」
ジンが俺の頬に触れる。
ほんの小さな掠り傷だが、多少の傷でも歪んでいくのを感じた。
俺達四神が傷付けば国が危ない。四神と国が繋がっているのと同じように、国と皇も同じように繋がっているようだ。国が傾けば、皇にも影響が及ぶ。ジンの精神がどんどん歪んでいっているのが分かる。俺が穢れに蝕まれる事、即ち、ジンが崩壊していく事。今までの皇も何かしら欠陥があったのは俺に問題があったからか。国だけでなく、皇ともそういう関係性があった事に今更気付いても遅い。
ジンがこんなになってしまったのは、やはり俺の所為だ。俺が穢れてしまったばっかりに……。
俺にはもう何も出来ないと、ジンが部屋を出て行くのを目で追っていくしかなかった。
「今すぐ兵を集めろ!」
部屋の外でジンの声が響いた。
ハル、すまない。守ってやれなかった……。
せめて、最後まで一緒に居てやろう……。
ジン、お前を独りにはさせない……。
フィクション~春夏秋冬~ 香村 @R_kamura
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