幕間 ―秋鹿―

 トールウ国が鎖国状態になってまもなく三年が経つ。

 昔は文を送れば返してくれていた。それが鎖国状態になってから返ってこない。賄賂を渡し、トールウ城には確かに届いているはずなのだが……。

 そもそも、あの外交に積極的であったジン様が鎖国など信じられない。きっと何か訳があるはず。だが、それを調べる術が私にはない。只でさえ、皇族で他国へ行くには規制が掛かるのだ。それが鎖国状態の国へ行けるはずもない。

 すがる思いで私は白虎廟へと来ていた。

 目の前には白虎を祀る社がある。その扉の向こうは何人たりとも人が立ち入る事が出来ない神域だ。そこから他の四神の廟へ向かえるらしい。その事を知った私はザフリイの守り神である白虎――ビャクレンに頼み込み、トールウ国の状況、そしてジン様の状況を見てきてほしいとお願いした。

 神に使いを頼むなど前代未聞だ。

 それでも、ビャクレンは私の願いを叶えてくれた。

 ――カエンには内緒だからね?!――

 ビャクレンはそう言ったが、言われずとも父上に言えるはずがない。他国へ干渉しようとしているこの行為は外交問題に発展する危険性が高い。ましてや、鎖国している国に干渉する行為は戦へと発展する可能性が非常に高い。

 この白虎廟からトールウ国の青龍廟までどれくらいの時間で着けるのか私には分からない。ビャクレンが戻ってくるまでただ待っている事しか出来ない事にもどかしさを感じていた。

 ガタガタ

「!!」

 ガタンッ

 社の扉が揺れたと思ったらビャクレンが倒れ込むように出てきた。

「ビャクレン!?大丈夫か!?」

 私は慌てて駆け寄り、膝を付くビャクレンを支える。

「アイカ……」

 顔色が悪い。それだけで状況が良くなかったのだと理解出来た。

「トールウに近付くのはやめた方がいい……」

 そう言うビャクレンの身体は震えていた。

「ジン様にお会いしたのか?」

「ううん。会ってないけど……青龍には会ってきた……」

 咳き込みながらビャクレンは続けた。

「穢れが酷かったの……一瞬触れただけでコレ……」

 そう言って掌を見せる。指先が黒く穢れていた。

「お城の最深部にある廟に血の臭いが届いているくらいだから……多分、トールウ城は血で穢れている状態。あのままじゃ青龍が死んじゃう」

 国の守り神が死ぬという事はその国が滅びるという事だ。

 冷や汗が垂れる。

「ここ最近、神域で青龍を見掛ける事がなかったから嫌な予感はしていたの。もし、穢れてしまったら他の神に穢れが移らないように神域に立ち入らなくなるから……。だから、万が一の事も考えて、玄武にお願いして聖水を貰って行ったのだけど……あの量で穢れが落とせる程、軽い状態じゃなかった」

 涙を流すビャクレンの穢れがこれ以上広がらないよう、御神酒で黒く穢れた部分を洗い流す。水の神である玄武の聖水に比べれば劣るが、神の力が少しは宿っている。何もしないでいるよりはマシだ。

 多少穢れは薄れたが、まだ少し黒い。一瞬穢れに触れただけでこの状態ならば、ずっと穢れに触れ続けると完全に落とすのは不可能になるのでは、と思った。

 ビャクレンは僅かに穢れが残った手で社の前に祀ってある金の白虎像に触れた。白虎は金を司る神だ。金に触れる事で多少回復するのだろう。

「青龍はね、適当そうな振る舞いをするけど本当は面倒見の良いお兄さんなの。だから、穢れが私に移らないよう『関わるな』って怒鳴ったけど、それは私を心配しての事で……。痛くて苦しくて本当は助けてほしいはずなのに、青龍は『助けてほしい』って言わないの……。自分の事より、周りを優先するの……」

 鼻をすすり続ける。

「私にはザフリイの守り神としてザフリイを守っていかなきゃいけない。でも、同じ神の仲間がこんなにも苦しんでいる時に国が危険に晒されるからって放置出来ない……。“国”は大切だけど、“仲間”も大切なの……」

 金に触れていた掌を見てみると、黙視で分かる程度の穢れは消えていた。

 そして、ビャクレンは私の服を掴み、頭を下げてきた。

「アイカ、ごめんなさい……私は“仲間”の為に“国”を捨ててしまうかもしれない……」

 その言葉は守り神としての役目を捨てて穢れが酷いトールウ国へ向かうという事。つまり、国を滅ぼすと言う事だ。

 私だってトールウ国へ向かいたい。だが、私は国を背負う皇族だ。トールウ国へ向かうという事は、国民を見捨てると言う事と同じだ。

 それはビャクレンも同じ事。

 本来守らなくてはならない国を危険に晒してでも青龍を助けようとしている。

 私にもその覚悟があればこんなところでもどかしい思いをする必要もなかった。

 覚悟があれば……。

 再び社へ向かおうとするビャクレンの腕を私は掴んだ。

「ビャクレン、私もジン様を助けたい」

 そう言葉が出ていた。

「私も一緒に!」

「アイカ……ありがとう。凄く心強い」

 ビャクレンは今にも泣き出しそうな笑顔を向けてきた。

 ビャクレンは神だ。人とは違う時間の流れの中で生きている。私なんかより遥かに長い年月を生きている。その中で何度も人の死を見てきたはず。それが同じ神に起きると思えば首を突っ込まずにはいられなかったのだろう。だが、関われば自分にも苦しみが掛かると理解しているからこそ、心の何処かで恐怖も感じていたのだろう。

 そうと決まれば私がすべき事はただひとつ。

 コンコンコン

 父上の部屋を訪れていた。

「父上、お話がありまして御伺い致しました」

「ん?アイカか?入れ」

「はい」

 私は扉を開き、部屋の中へと足を進める。

「先日お話しておりました婚姻の件ですが、お受けしようと思います」

「そうか!そうか!」

 とても嬉しそうな父上。

「では、アイカの気が変わらぬ内に日程調整をせねばな!」

 父上、大丈夫です。私の気が変わる事はありません。

 世継ぎを早く作り、私に何か遭っても大丈夫なようにする。それが今私に出来る事。


 ジン様、必ず助けに参ります。それまでどうかご無事で――

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