幕間 ―檜―
ジンが城に居ない事に気付き、賊に攫われた可能性もあると兵を出そうとしたあの日から
今も時折城を抜け出しているのは知っている。
皇太子としての仕事はしっかりと務めている故、見て見ぬふりをしてやっているのだが、ここ数日何だか様子が可笑しい。
コンコン
「陛下、只今参りました。ハルにございます」
「待っていた。入るがよい」
呼び出していたハルが私の部屋を訪れた。
部屋に入るなり、跪き頭を垂れるハル。
ジンが連れて来た時は薄汚れた子供だと思っていたが、随分と成長したものだ。
「陛下、僕にお話とは一体何でしょうか……?」
私からの呼び出しに怒られるとでも思って居るのか、怯えているのが声色で分かる。
「最近のジンについて訊きたい」
「で、殿下でしょうか?ええっと……」
自分の事ではなく、ジンの事を訊かれて予想外だったのだろう。
ハルは少し考え、再び口を開いた。
「以前に増して政に精を出しているように見えます。きっちり時間を決めて、その時間内で仕事を終わらせようと、規則正しい生活を送る事を心掛けておられます」
ハルが言うように、ジンは朝早く外廷へ赴き仕事を始め、夕刻には仕事を終わらせて内廷へと帰っている。規則正しい生活は健康を保つ上で好ましい事ではあるが、城を抜け出す時間を作る為にそうしているとしか思えない。城を抜け出して何をしているのか知らないが、もし遊び惚けているのであればそれは正さなくてはならない。
ジンも年頃だ。そろそろ世継ぎの事も考えてもらわなければ困る。外で遊び惚けているくらいなら、後宮で世継ぎを作ってもらわねば。
その為、一番近くにいるハルにジンの監視を頼む事にした。
「ハル、暫くジンの動向を探ってくれ」
「え?」
「最近のジンは何だか様子が可笑しい。何か良からぬ事に首を突っ込んでいないか探ってほしいのだ」
「ええっと……僕に諜者になれという事でしょうか?」
「ああ、そうだ」
ハルは複雑そうな顔をしている。ジンがハルを信頼しているように、ハルもジンを信頼している。だからこそ、間諜行為に抵抗があるのだろう。
それは分かっている。だからと言って、この件は野放しに出来ない。
「最近の殿下は以前よりもずっと国を良い方へと導こうと頑張っておられます。何も心配するような事はないと思われますが……」
どうにかして諜者の役割をないものにしたいのが見ていてわかる。
ジンがどんなに政に精を出していようと、皇太子として一番重要な世継ぎを作る事が出来ていないのであれば意味がない。
優先すべきはジンの事であって、ハルの気持ちなど関係ない。
「私の命令が聞けぬか?」
「え!?いえ、そのようなつもりは一切ございません!」
皇命として言ってしまえば逆らえないのは知っている。
「畏まりました!僕に出来るか分かりませんが、殿下の動向を探ってみます」
ハルは深々と頭を下げ、部屋を出て行った。
ハルが今官吏として頑張っているのはハルが努力した結果なのは分かっているが、そのきっかけを与えたのはジンだ。これは国がハルを特別視しているものと見なされても不思議な事ではない。トールウにはハルのような孤児が沢山居る。その中で、ハルを城に置くことは一人を特別視している事になってしまう。
「それなりの仕事はしてもらわねば示しがつかぬのだ……ゲホゲホッ」
咳込む口を押えた手には血が付いていた。
「ジン、私もそう永くないのだ……」
私が死んだ時に世継ぎがいないのではこの国の先が不安で仕方ないのだ。
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