第十一章

 目の前にはトウナとハルが買ってきた食べ物が広げられているが、ハルの真剣な表情に手を出す事は出来ず、ハルが口を開くのを三人は待っていた。

 一度深く深呼吸をし、ハルは全てを話した。

 ハルは幼い頃に両親を亡くし、孤児となった。生きる為に盗みもし、生きるのに必死だった。だが、盗みが毎回上手くいくはずもなく、失敗すればボコボコにされ捨てられる。トールウ国ではそのような子供が沢山居る。ハルもそんな子供の一人だった。

 ある日、ボロボロになったハルが道で倒れていると偶然通り掛かった当時の皇太子――後のトールウ皇、ジンに拾われた。ジンはトールウ国の状況をどうにかしたいと思っており、状況を把握するために自ら城下へ降り、御忍びで国を回る事もしていた。そんな時に今にも死にそうに倒れているハルを見つけ、放っておく事も出来ず、城まで連れてきてしまった。

「その頃の陛下は凄く良い人だったんだ。だから僕の事を歳の離れた弟みたいに扱ってくれた。本当に幸せだった」

 皇太子として国の為に尽力するジンにハルも何かしたいと思うようになり、知識と知恵を付ける事に力を注いでいた。そんなハルにジンは信頼を寄せ、補佐として近くに置くようになっていた。

「そんな時、僕は書庫で気になる書物を見つけたんだ。それをどうしても調べたくて……陛下にお許しを貰って城を出たんだ。そして、国外で『神の御告が聞ける少女』の存在を知った」

 反射的にユリカの身体がビクついた。

「そう。ユリカの存在だよ」

 ハルはユリカに向かって告げ、再び話に戻る。

「僕が気になっていた事を解明するのにとても重要な事だと思った。これで解決するんだ、って。だから陛下に報告したくて急いで城に戻ったら……」

 ハルの顔色が急に変わった。

「……先帝陛下がお亡くなりになられていた。元々、身体がよくないのは知っていた。だから皇位も早々に息子に譲っていたし。でも、こんな早く亡くなられるなんて……。皇后様は陛下を産んで直ぐにお亡くなりになられたから支え合ってくれる人もいなくて……。陛下にも子供が居るけど、訳あって傍にいる事は出来なかったし、傍に居たとしても皇太子はまだ幼く、死を理解できる歳じゃない」

(そう言えば、ハルと皇様、皇太子がどうとか話していた……)

 ユリカは、ハルがジンに子を作るのならユリカを后として迎え入れてからにした方がいいと提案している時の事を思い出していた。

(今思えば、それは時間稼ぎだったんだろうな……)

 ハルの話はまだ続いている。

「だから、陛下は独りで悲しまれていて……。僕が国を出て嬉々としている間、ずっと独りで……。凄く居た堪れなくて……陛下の為なら何でもしようと思った。けど、気付いたんだ。これは傷を舐め合っているんじゃない。度が過ぎているって。所詮、僕は赤の他人だしね……。それから人が変わってしまったんだ。弟の様に接してくれていたはずなのに、いつの間にか僕は陛下の“玩具おもちゃ”になっていて、絶対皇制なんて事も言い出してさ……。誰も止める事は出来なかった。そんな時に『神の御告が聞ける少女』の事を思い出した。それが本当の事なのか、僕が知りたかった事が解決出来るものなのか、もうどうでも良かった。陛下と距離を置きたい一心で、陛下の為に僕が調査しに行きたいと懇願したら承諾してくれてね。だから、このまま逃げる事も考えたけど……陛下にはお世話になったし、僕の中に優しかった頃の陛下もいる……。このまま一生会わないって事は出来ないって思った」

 例え、酷い目に遭わされても、ハルにとってジンは大切な存在だった。

「もし、『神の御告が聞ける少女』が本当なら、その少女を突き出せば“玩具”としての役割はその少女になって僕はただの側近として傍に居られるんじゃないか?っていう思いが過ぎって……。ごめんね、ユリカ。僕、元々君を攫うつもりだったんだ。陛下の傍には居たいけど、もう痛いのは嫌だったんだ……本当、最低な人間だ」

「そんな事ない。誰だって、痛いのは嫌だよ!」

 ユリカは首を振る。

「ありがとう……」

 ハルは苦笑いを浮かべ、続けた。

「ユリカを攫う為、暫くは村の近くに潜んでいたんだけど見つかっちゃって……。自分の正体バラす訳にもいかないからトールウ国のある村で兵士に殺されそうになって逃げて来たって嘘を吐いたらみんな信じてくれてね。それからは知っての通り、ユリカのお母さんが養子として家に迎え入れてくれた」

 それがハルとユリカ達との出逢い。

「その後も陛下に色々報告入れていたりしたんだけど……村での暮らしが幸せすぎて、自分が陛下に報告している全てが今後この暮らしを壊す事なんだと思ったら連絡する事が怖くなって……」

 それから定期的に連絡する事は止めた。

 ハルはユリカに向き合い、口を開く。

「村が襲われたのは自分の所為だってユリカは思っているかもしれないけど、全部僕の所為。僕が陛下への連絡を途絶えたから。だからユリカは負い目を感じる必要ないんだよ」

 村を襲撃された夜、ユリカは眠れず、犠牲になった村人達が眠る墓に来ていた時にハルに言われた事を思い出した。

 ――ユリカの所為じゃない。本当に、ユリカは何も悪くないんだ――

 その後、続けて何かを言おうとしていたが、続けず口を閉じたハルに違和感があったのはそういう事だったのか、とユリカはようやく理解できた。

(ハルこそ、自分の所為だと思い込みすぎてる……)

 ユリカはそう思い、ハルの手を掴む。

「ハルの所為でもないから、もうこれ以上自分を責めないで……」

「ユリカ……」

 ハルの中で捨てようと思っていた感情が再び湧き上がってきている事にハルは気付いた。この感情がこれ以上大きくならないようにと、ハルはユリカの手を離し、視線を逸らし話題を戻す。

「僕が間者だって知って幻滅したでしょ?僕は村の皆を殺した奴らの仲間だったんだ……だから、今までみたいに一緒に暮らす事は出来ない。ツツジとキキョウを村に帰したら、僕は村を出ていくよ……」

「何でだよ!」

 それまで黙っていたトウナが声を出す。

「確かに、嘘吐いてユリカに近付いたのは許せねぇし、城の中でも俺らに相談もせず自分一人で色々やって、自分一人で背負い込んで……何でもっと俺らを頼ってくんねぇんだよ!って怒りしかねぇけど、ハルが出ていく必要ねぇだろ!」

「やっぱり、トウナは優しいね……」

(僕には眩しすぎて見られないや……)

 言葉に出せず、心の中でそう思った。

(このままじゃ本当にハルが出て行っちゃう……)

 ユリカはそう思い、ハルに離された手を再び掴む。

「私とハルは兄妹なんだよ!血の繋がりなんて関係ない!家族なの!出て行くなんて言わないでよ!これ以上、大切な人を失わせないでよ……」

 ハルの手を掴む手に力が籠る。

「家でお母さんだって待ってる。ハルの帰る場所は此処なんだから……お願いだから、一緒に居てよ……」

 ハルは何も答えられず、俯くユリカの頭をただ見つめていた。



 見覚えのある道。見覚えのある景色。数日掛けてようやく村までもう少しの所までユリカ達は来ていた。

 ユリカとトウナが乗った馬は自然と早足になる。それを追うようにシュウも速度をあげる。だが、ハルだけは速度をあげる事なくゆっくり進む。

(トウナはああ言ってくれたけど、やっぱり僕は村に戻れないよ……)

 ハルは馬から降りた。

「ツツジを村までよろしくね」

 そう言いながら馬の鬣を撫で、乗っているツツジが落ちないようにと、紐で馬に縛り付けていた。

「どうした?」

 後を付いてこないハルに気付いたシュウが戻ってきた。馬に縛り付けられているツツジを見てシュウは続ける。

「村に戻らないつもりなのか?」

「……僕は元々トールウの人間。村を襲撃した奴らの仲間なんだよ?どんな顔して皆に会えばいいの?やっぱり無理だよ……」

 俯くハル。騎乗したままのシュウには表情が見えない。

「別に、ハルが襲撃するよう指示したわけではない。だから気にする必要ない」

「…………」

 黙り込み、馬に乗る気配がないハルにシュウは近付き、馬から降りる。

 ぽん

「!?」

 ハルは頭に手を乗せられた事に驚き、俯いたまま目を見開く。

「ハルも、ユリカも、本当の兄妹みたいに似ている部分があるな。ハルはそう言われたら複雑だろうが……」

 ハルがユリカに好意を寄せているのはシュウも知っていた。

「二人とも、自分の所為だと責めすぎだ」

 そう言ってシュウはハルの腕を掴み、村に向かって歩く。

「ハルは一人じゃない。ユリカやトウナ、それに血の繋がりがなくても母がいるだろ。皆が笑顔で暮らせるよう、一緒に居てやれ」

「シュウ……」

「おーい!!どーしたー?」

 後に付いて来ないハルとシュウに気付き、トウナとユリカが戻って来た。

「気付いたら二人が居なくて心配したんだよ」

「何かあったか?」

 ユリカとトウナも馬から降りる。

「ううん、何でもない。村に帰ろう」

 笑顔で答えるハル。

「ユリカ!?」

「!!?」

 聞き覚えのある声にユリカは驚き振り向くと、道の先にユリカの母が居た。

 畑へ向かおうとしていた母はユリカ達が居る事に気付き、持っていた荷物を落としてしまった。

「本当に……?」

 母はユリカの存在を確かめるようにユリカの元へ駆け出し、抱きしめる。

 ガシッ

「お母さん……」

 抱きしめられたユリカは抱きしめ返す。

 母の温もりに今までの緊張が解け、ユリカは涙を流す。

「お母さん!お母さん!!」

 何度も母を呼ぶユリカ。

「どれだけ心配したと思ってるの!もう戻って来なかったらどうしようかと思ってたんだから!」

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 母は泣き出すユリカが落ち着くまで抱きしめ続けた。

「ハルも!」

「!?」

 母に名を呼ばれ身体を強張らせるハル。右手でユリカを抱きしめたまま、左手を広げハルの方を向いている。

「母さん……」

 ハルも母の胸に飛び込んだ。

(温かい……。これが家族の温もり……。僕、此処に居てもいいの……?)

 ハルは母の温かさを確かめるように抱きしめ返す。

「本当に無事で良かった……」

 一頻り抱きしめると母はユリカとハルを離し、トウナとシュウに顔を向ける。

「トウナくんとシュウくんも、無事で良かった……」

「おばさん……」

「勝手に村を出て行った事について説教しなくちゃいけないんだけど、その前に……」

 馬に乗せられているツツジとキキョウに気付いていたのだろう。母の視線がそちらに向く。

「ツツジちゃんとキキョウちゃんをご両親の元へ連れて行ってあげましょう?」

「うん」

 鼻声でユリカは頷いた。

 村に戻ったユリカ達に気付いた村人達は皆、ユリカ達の元へ駆け寄り、ツツジとキキョウの状況にすぐさま気付く。命は助けられなかったものの、村に戻せた事は感謝された。

 村人総出でツツジとキキョウの埋葬が行われた。二人はそれぞれ両親の近くに、二人が隣り合わせになるように埋葬された。

「ツツジ、キキョウ……。二人に助けられた命、大切にするから」

 ユリカはそう誓い、合わせていた手を離す。

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