第十章

「此処まで来ればとりあえずは安心かな?」

 ハルの先導の元、城から脱出したユリカ、トウナ、シュウ。そして、ツツジとキキョウは皇都を抜け出し、更にトールウ国を抜け、ナルーン国まで足を踏み入れた。

「皇が居なくなった今、皇命なしに国を越えて兵を動かす事はないだろうから……今日は此処で休もう」

 ハルの言葉に四人は馬から降りる。

 城を抜け出してから休む事なく馬を走らせ続け、四人の疲労は限界だった。

 近くの木に寄り掛かり座るユリカ。無意識に息が漏れる。そんなユリカにハルは近付く。

「ごめんね……本当は宿でゆっくり休んでほしいところなんだけど……」

 ツツジとキキョウを連れた状態で街の中に入るのは誤解されかけないと、人目を気にして森の中で野宿だ。

「私なら大丈夫!それより、皆の方が疲れているのに……」

 ハルとシュウはそれぞれツツジとキキョウを抱え、トウナは自分を乗せて馬を走らせ続けた。自分はただトウナに掴まっていただけだとユリカは気にしていた。

 重い空気が流れる。

 トールウ城での一件で多くの血を見たのだ。重い空気になるのも当たり前だ。

 そんな空気に耐えられず、トウナは頭を掻きむしり声を発する。

「あーもー、そういうのやめようぜ。確かに色々あって暗くなんのも分かるけど、起きてしまった事は仕方ねぇ。いつまでも暗いまんまじゃツツジとキキョウが浮かばれねぇ。俺らは二人の分まで生きなきゃなんねぇんだろ!なあ、シュウ?」

 トールウ城で自害しようとしたハルに言ったシュウの言葉を思い出し、トウナはシュウに視線を向ける。

 シュウが頷くのを確認したトウナは再びハルとユリカを見る。

「だから、いつまでもウジウジすんなって!ほら、ハル!近くに街とかあるんだろ?」

「え?少し馬を走らせればあると思うけど……?」

 突然のトウナの質問にハルは戸惑った。

「じゃあ、買い出し行くぞ!」

「え?!」

「皆、腹減ってっから暗くなんだって。旨いもん食って寝りゃ元気になる!そういうもんなんだから、ちょっくらハルと行ってくる。シュウはユリカの事頼むぞ」

 トウナはハルの腕を掴み、馬の手綱を取る。

「え、ええ?!ちょ、トウナ?!」

「ほら、早く乗れって。行くぞ」

「ま、待ってよ、トウナ!」

 さっさと行ってしまったトウナをハルは慌てて追いかけた。

 トウナの勢いに言葉を挟む余裕もなく、ユリカとシュウはその場に残されていた。

「ええーっと……行っちゃったね」

 苦笑いを浮かべるユリカ。

「暗い空気に耐えきれず、どうにかしたかったんだろうな」

 シュウは無表情で答える。

「トウナらしい」

 ユリカの顔にようやく笑顔が浮かんだ。

「ねえ、シュウ……。私が眠っていた時、何があったのか教えてくれる?」

 ユリカは皇の寝室で意識が途切れ、目覚めた時にはトウナに背負われていた。前を向くとツツジが横になっており、その先にはハルとシュウが不穏な雰囲気を纏っていた。

「あの時は、このまま此処に居るのは良くないと思って咄嗟に『帰ろう』って言ったけど……一体何があったの?」

 シュウはユリカに話すべきか悩んだが、無関係と言い切れない。ましてや、ユリカとハルは義兄妹だ。知っていた方がいいのかもしれないと、重い口を開いた。

「ハルがトールウ皇を倒した」

 詳しい事はシュウも訊いていないが、村を襲撃された事も、ツツジとキキョウが殺された事も、全て自分の所為だと責め、ハルが死をもって償おうとしていた事を話した。

「死ぬのは簡単だ。だが、ハルを助ける為にツツジが庇って命を落とした。あの場で死ねば、ツツジの死が無駄になる。そう思ったから、俺はハルに『生きろ』と言った」

 シュウは瞳を閉じ、眉間にシワを寄せる。

「ハルにとってトールウ皇は特別な存在だったんだろうな。そんな存在を殺して“生きろ“か……」

 シュウは瞳を開け、己の手に視線を向ける。

「“殺した感触が残っている”か……」

 その言葉にユリカはハッとし、シュウが見つめるその手を掴む。

「シュウ!」

 名を呼ばれ、シュウはユリカを見る。

「シュウは一人じゃないよ!トウナもハルも居る!村長さんだって、シュウの事本当の息子だと思ってる!一人じゃないんだからね!?」

 シュウの過去を知っているユリカは必死に訴える。

「……そうだな。ハルにも、そう言ってやれ。今のハルは昔の俺と同じ状況だ。誰かが傍にいてくれると分かるだけでも違う」

 ユリカはシュウが自分の過去を自ら話してくれた時の事を思い出していた。

「うん。戻ってきたらそう伝えよう」



「トウナ、やっぱり買いすぎじゃないかな?」

 買い物を済ませ、街を出たトウナとハル。ユリカとシュウの元へ戻る道中、食べ物を大量に買い込んだトウナに対してハルが言う。

「皆、腹減ってるし、こんなん余裕だろ」

「まあ、村までもう少し掛かるし、しばらくは食べ物に困らなそうだけど……」

「それより、こっちの方が問題だろ?」

 そう言って、トウナは風呂敷に包まれているものに視線を注ぐ。

「うーん。どうだろう……?」

 ハルも微妙な表情を浮かべている。

「いや、でも女物って分かんねぇし、男二人で買いに行くにはハードルが高いし、しょうがねぇよな?」

「う、うん……。ユリカなら文句言わないだろうけど、申し訳なさはあるよね……」

 着替える暇などなく城を抜け出してきた事もあり、ユリカは皇が用意した衣装のままだった。胸元が大きく開き、腹や脚も出る衣装。城を抜け出す際に咄嗟に外套は持って出て来たものの、目のやり場に困るのは変わらない。そして、夜は冷え込む。流石にあのままではユリカが可哀相だと思い、服を買って帰る事にしたのだが、女物の服を男二人で買う勇気は出ず、男物の服を買ってきたのだ。

「なあ、ハル……」

 突然真剣な面持ちで声を掛けてきたトウナに、ハルは構える。

「な、何……?」

 トウナは言い難そうに口を開いた。

「俺、ハルに謝んなきゃいけない事がある……」

「謝らなきゃいけない事?」

「城での一件で俺……」

 トウナは言い淀み、頭を掻き乱した。

「あー、やっぱ、何でもねぇ!忘れてくれ!それより、村に帰ったらハルはユリカに想い伝えろよ。色々あったけど、ユリカの為に色々根回ししてたのは分かったし、ユリカの為にここまで出来るハルと一緒になった方がユリカも幸せだって俺は思う」

 トウナの言葉にハルは止まった。

「ハル?どうした?」

「皆を裏切って、危険を承知でユリカを皇の元へ連れて行ったのは僕だよ?それでも僕がユリカの傍に居る事を許してくれるの?」

「は?ハルは裏切ってねぇだろ?救うために講じた策だろ?」

 純粋な瞳を向けてくるトウナにハルは聞こえないくらい小さい声で呟いた。

「……トウナはそうやってすぐに人を信用してくれる」

「ん?何か言ったか?」

「ううん。何でもない」

「そうか?」

 トウナは再び馬を走らせ、ハルもそれに続く。

(トウナに僕がユリカを好きな事を相談していたのだって、トウナがユリカを好きになったとしても想いを伝える事はしないようにする為の策だったっていうのに……。僕なんてこんなに真っ黒なのに、本当に君は眩しいくらい真っ白だ……)

「本当は自分の気持ちに気付いているくせに……」

「どーした?早く行くぞー!ユリカとシュウが腹空かせて待ってるぞー!」

 少し前を進んでいるトウナが顔だけ振り返り声を掛ける。

「うん」



 そうこうしている内にユリカとシュウが待つ場所まで戻って来た。

「あ!おかえり」

 ユリカが出迎える。あまりの荷物の多さに驚くユリカ。

「えっと……凄い量だね……」

「男三人いるし、こんなん余裕だって!」

 はにかむトウナ。

「それより!ほら、ハル」

 トウナはハルをユリカの前に出させる。手には先程の風呂敷が。

「その……その服だと寒いだろうと思って買って来たんだけど、流石に女物買う勇気なくて……男物でも良ければ!」

 そう言ってユリカに風呂敷を渡す。

 風呂敷を開けると中には服が入っていた。そこでユリカは自分の着ていた服が露出の激しい服だと思い出し、一気に顔が赤くなる。

(色々必死過ぎて忘れていたけど、こんな服で馬に跨がって、トウナにしがみついていたなんて……っ!)

 思わず、胸元を隠すように渡された服を抱え俯き、口を開く。

「あ、ありがとう……ちょっと着替えてくるね」

 そう言って俯いたまま、ユリカは森の中へ入って行った。

 頬を染めるユリカの姿にハルは忘れようとしていた感情がまた湧き上がってきている事に気付いた。

(僕の所為でこんな事になっているのに都合良すぎるよ……)

 ハルはユリカが入っていった森からトウナとシュウに視線を移し、口を開いた。

「ユリカが戻ってきたら皆に話しておきたい事があるんだ」

 真剣な表情のハルに、トウナとシュウは重要な話なのだと察し、頷く。



 「これでいいのかな?」

 着替え終わったユリカは己の身体を見下ろしていた。

 先程まで着ていた衣装より露出していない分恥ずかしくないはずなのだが、男物の服を着るのは初めての事で別の恥ずかしさがあった。

「多分、大丈夫!」

 ユリカは自分に言い聞かせていた。

「あとは……髪が……」

 トールウ皇に襲われかけた時、ユリカは逃げようとして掴まれていた髪を自ら切ってしまっていた。長さが左右で違う髪を手櫛で整え、三人の元へ戻る。

「ねえ、何か切るもの持っていたりする?」

 そう言いながら現れたユリカの姿に男子三人は一瞬動きが止まった。

 小柄なユリカが着られるようにと割と小さめのサイズを買ったつもりだったが、まだ少し大きかった。袖が長すぎて手が出なかったのだろう。袖を少し巻くっている姿も愛らしい。色は男物なので華やかさはないのだが、それが逆にユリカの愛らしさを際立たせていた。

「あ、ああ!切るものだっけ?短刀でいいか?」

「うん、ありがとう」

 妙に焦る感情を抑えつつ、トウナがユリカに短刀を渡す。

「にしても、何に使う――っておおい!?」

 トウナの問い掛けを聞く間もなく、ユリカは短刀を自らの髪に当て、バッサリと切ってしまった。

「え?」

 あまりに驚く周りの反応に、逆にユリカが戸惑った。

「『え?』じゃ、ねぇよ!髪!いいのかよ!?」

 慌てるトウナ。

「え、だって、長さバラバラだったし……」

「いや、そうだけど……躊躇いもせずよくもまあ……」

 尻まであったユリカの髪は肩に付くくらいの長さになってしまった。

 衝撃的なユリカの行動にハルとシュウは声が出せなかった。

「まあ、少し勿体ない気持ちもあるけど……いいの。それに、髪には霊魂が宿るってトールウ国の皇様が……」

 その言葉にハルの身体が一瞬ビクついた。

「そんな迷信の所為で皇様との結婚を認められて――」

 ――接吻けされた――

 ユリカは声に出して言う事は出来ず、唇を噛む。

「と、とにかく、嫌な思い出も髪と一緒にバッサリと、綺麗さっぱり忘れようと思うの!」

 妙な空気になったのをどうにかしようと、ユリカは言い切った。

「それに、もう少し短く出来たらハルと同じくらいの長さで双子みたいになるなーって。後ろが見えないから流石に怖くてこれ以上短く出来ないけど、家に帰ったらお母さんに切ってもらおうかな」

 笑顔を浮かべるユリカ。

 そんなユリカを見ていられず、ハルは思わず視線を逸らしてしまった。

(僕の所為で髪を切らせてしまった……)

 罪悪感しかない。

「さあ、ご飯にしよう!折角トウナとハルが買ってきてくれたんだから食べよう!ほっとしたのか、私すごくお腹すいちゃった」

「そ、そうだな!」

 明るく振る舞うユリカに、買ってきたご飯を広げるトウナとシュウ。

 ハルは思わず手に力が籠り、重い口を開けた。

「皆に言わなきゃいけない事があるんだ!」

 再び見せた真剣な表情のハルに、トウナとシュウは先程言っていた事かと直ぐに理解した。

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