第九章

 トウナ、ハル、シュウ、ツツジの四人は皇の部屋の前まで来ていた。

 扉は鍵が掛かっていて開かない。

「クソ……此処まで来て……」

 トウナは握り拳を扉に当てる。

「こうしている間にもユリカが……」

 横を見ればしゃがんで何かをしているハルが見えた。

 この扉の向こうではユリカが危険な目に遭っているというのに冷静なハル。トウナはイラつきを抑えられなかった。

「何でそんなに冷静なんだよ!この向こうではユリカが……っ!お前、ユリカの事好きなんだろ!?何でそんなに!!」

 思わずハルの胸倉を掴むトウナ。ハルは冷静に答える。

「トウナが心配している事は起きてないから大丈夫」

「はあ?」

 ハルはトウナの腕を自分の胸から剥がし、作業に戻る。

「僕だって、流石に黙っていられないから、そうならないように対策は取ってある……よし!これで開く。ちょっと手伝って」

 そう言って、ハルは扉を少し持ち上げ、トウナとシュウも手を貸す。

 扉は蝶番の方から外れ、開いた。

「トウナ達を地下牢に入れてから何もしてないわけじゃない。色々手を回しているんだからね」

 どうやらハルは此処まで見越して扉に細工をしていたらしい。

「ユリカ!!」

 トウナはユリカの安否確認を最優先とし部屋の中に駆け込む。

 部屋の中は不気味に静まり返り、トウナが心配していたような行為が行われているとは思えなかった。

 真っ先に寝台に向かったが、布団が乱れているものの二人の姿はない。あるのはユリカのものだと思われる髪が散らばっている。

「ユリカの髪?」

 トウナは思わず寝台に散らばる髪に触れ、部屋の奥へと進んだ。

 部屋の中のあらゆる扉が開け放たれた状況から、ユリカが逃げようとしたのが伺い知れる。最深部まで行くと、皇が倒れているのを発見した。

 トウナとシュウは思わず構えるが、皇は動かない。

 そんなトウナとシュウに構わず、ハルは歩みを進め、皇の下にユリカが居るのを発見した。

「ユリカ!」

 トウナもすぐさま駆け付ける。

 皇の下から救いだしたユリカは動かない。

「ユリカ!ユリカ!」

 慌てるトウナにハルは冷静にユリカの脈を確認する。

「大丈夫、眠っているだけ。暫くすれば起きるはず」

 ユリカの服は逃げ回った事で多少着崩れていたものの、一線を越えられたようには見えなかった。皇も服を着たまま倒れている。おそらく大丈夫だろうとハルは思った。

 ハルはユリカの口に血が付いていることに気付き、何処か切ったのかと確認してみたが切れている様子はない。まさかと思い、皇の顔を確認してみると皇の口が切れていた。

「そういう事か……」

 ユリカには申し訳ないが、接吻けはされてしまうと覚悟していた。儀式の時も、ただ接触するだけ。別に意味などないと自分に言い聞かせていたが、実際に目の当たりにすると精神的に来るものがあると、ハルは思った。

「それにしても、何でユリカは眠ってアイツもぶっ倒れてんだ……?」

 眠ったままのユリカを背負いながらトウナは呟いた。

「それは、僕が御神酒に毒を盛ったから」

「そうか……はあ?!毒を盛った?!じゃあ、ユリカは!?」

 さらっと物騒な発言をしたハルにトウナは遅れて反応した。

「大丈夫。ユリカには事前に解毒薬を飲ませている。体内で中和されて只の睡眠導入剤になっているはずだから」

 儀式の前に果物と一緒に持って行ったものの、周りに勘づかれてはマズイとユリカにその事を伝えられず、更には渡した湯飲みを落とすと言うアクシデントに見回れたが、脈は動いているのでちゃんと飲んでくれていたのだとハルは安堵していた。

「とにかく、此処を出た方がいい。陛下は毒で倒れているように見えるけど、幼い頃から毒物を少しずつ摂取して毒に対する耐性をつけているから、暫くしたら目覚めてしまうはず。それに、先程の騒ぎで城内の警戒体制は厳しくなっているから一刻も早く城を抜け出さないと出られなくなる……と言いたいところなんだけど、一ヶ所寄ってからでもいい?キキョウを……」

 その言葉に一番反応したのはツツジだ。

「キョウちゃん……」

「一緒に村に帰してあげたい……」

 ハルの言葉にトウナとシュウは頷き、部屋を出た。

 ハルの先導の元、一つの部屋に入った。綺麗に整理整頓された部屋に血が垂れた痕が続いている。それを追うと寝台に寝かせられているキキョウがいた。必死に応急処置をしたのだろう。寝台の周りには包帯や血で染まった布などが散らばっていた。

 キキョウの姿を発見したツツジは一番にキキョウへ駆け寄る。

「キョウちゃん……」

 キキョウの手を取る。手は冷たく、もう亡くなっている事が一瞬で分かったが、ツツジはそれを認めたくなかった。

「キョウちゃん……」

 ツツジは何度もキキョウを呼ぶが返事が来るはずがない。

「キョウちゃん……」

 枯れ果てていたはずの涙が溢れ出る。

「ツツジ、キキョウを助けられなくてごめん……」

 ハルはツツジの震える背中に声を掛ける。

「キキョウは最後までツツジの事を心配していて……。僕がかならず無事に村に帰すと約束したんだ。だから一緒に帰ろう」

「……うん」

 ツツジもここでずっと泣いていてはキキョウが村に帰れない事を理解していた。

 ハルがキキョウを寝台から抱き起こすと、ツツジはシュウに視線を向け、口を開いた。

「シュウくん、お願いがあるの。キョウちゃんを村まで連れて行くの、シュウくんにお願いしたいの。……ダメ?」

 シュウは何か思い当たる節があったのか直ぐに頷き、ハルからキキョウを預かり背負った。

「シュウくん、ありがとう。きっとキョウちゃんも嬉しいと思う」

 これで城を出る準備が整った。

 部屋を出ようと振り向いた時だった。

「危ない!!!」

 ドンッ

 ハルはツツジに押され後ろへ一歩下がった。次の瞬間、視界が赤く染まりツツジの体重がハルに掛かる。

「!!?」

 キキョウの時とあまりに同じ状況だった。

 倒れ込むツツジを支えつつ、ハルは目の前に視線を向ける。

「毒を盛るなど、よくも朕を謀ったな……」

 焦点が合っていない皇がそこにいた。

「命を狙われる立場上、毒に耐性を持つ修行していること、知らぬわけではあるまい……」

 確かにハルは知っていたが、こんなにも早く起き上がれるとは思っていなかった。

「陛下……」

 トウナとシュウはそれぞれユリカとキキョウを背負っている状況で、とても応戦出来る状況ではない。

 そんな中、動き出したのはハル。

 帯刀していた刀をすぐさま抜き、その勢いのまま皇の腕を斬る。

 カラン

 皇の腕は力が抜け、ツツジを斬り付けた刀が床に落ちる。まだ毒の影響が残っているようで動きは鈍かった。

 腕を失った皇は成す術なく、膝から崩れ落ちる。

「ハルぅぅぅぁああああ!!!」

 皇は叫び、ハルと視線が合う。ハルは視線を逸らす事はせず、刀を持ち直しそのまま腕を振り下ろす。

 グザッ

 振り下ろされた刀は皇の頸椎から首を貫通し、皇はそのまま前に倒れる。

 あまりにも衝撃的なハルの行動にトウナとシュウの思考は止まっていた。

 ハルは皇の首から刀を抜き、振り向く。ツツジと視線が合った。キキョウの時と同じく、口が微かに動き何かを伝えようとしていた。

 ハルはツツジの元へ膝を付き、抱き寄せる。

「ツツジ!絶対に助けるから!」

 そう告げ、ハルは床に散らばっていた包帯や布で止血し始めた。そんなハルの姿にトウナとシュウは漸く今の状況を把握し、ツツジの元へ膝を付く。

 ツツジは脇腹を斬りつけられ、傷口は深く広範囲に渡っていた。血は中々止まらず、もう助けられないと思える程だった。

 必死に応急処置をしてくれているハルの頬にツツジは最後の力を振り絞って手を伸ばす。

「!?」

 頬に触れる柔らかな感触にハルの動きは止まり、視線を止血していた場所からツツジの顔へと移す。

「えへへ……ようやくハルくんと、目が合えた……」

 そう言うツツジは力なく笑う。

「私の為に、必死になってくれるハルくん……ユリカちゃんには敵わないって、分かってるけど……最後に、ハルくんが私の為に、必死になってくれて……嬉しい……だいすき――」

 ツツジは最後にそうハルに告げ、腕が床に落ちた。

「ツツジ!!」

 ハルは頭を垂れ、必死に嗚咽を抑える。

 トウナも涙を浮かべ、シュウも眉間にシワを寄せる。

(僕が、僕が!僕が村に来たせいで死ななくてもいい命が奪われた!僕の所為!僕の!!陛下も、村の皆も、キキョウもツツジも!)

「ハル……」

 目の前でツツジが息を引き取り、ハルは泣き崩れる。どう声を掛ければいいのか分からないトウナはハルの背をさする事しか出来なかった。

(トウナ……)

 そんなトウナの行動に、ハルは村を襲撃され犠牲になった村人達を埋葬した時の事を思い出していた。

 トウナの里親も犠牲になり、埋葬された場所で涙を流していたトウナ。自分の胸の中で嗚咽を漏らすトウナ。

(僕が余計な事をしなければトウナのお義父さんもお義母さんも死なずに済んだ!全て僕が起こした事!)

 無意識にハルの拳に力が籠る。

 コツン

 近くに置いた刀がハルの甲に触れ、視界に入ってきた。刃は皇の血で赤黒く照り返している。

(陛下を助けたくて始めた筈なのに……)

 ハルは刀を掴み、立ち上がった。

「ハル?」

 静かに皇の元へ向かうハルにトウナとシュウは視線を向ける。

「陛下……。本当は、僕が陛下の味方だと思ったまま最後を迎えてほしかった……。こんな事になったのは全て僕のせい。僕が陛下の傍を離れて一人にさせたから……」

 ハルはトウナとシュウに背を向けたまま腕を上げ、刀の刃を己の首に当てる。

 トウナとシュウは目を見開く。

「ハル!?何を!!?」

「もう一人にはさせません」

「ハル!!!」

 トウナが叫ぶよりも先に、シュウが動いた。

 ガキィィィィン

 カラカラ……

 ハルが持っていた刀はシュウにより振り飛ばされ床に転がった。

「シュウ……邪魔しないで。全て僕がいけないんだ。陛下がこんなになったのも、村が襲撃されて、皆殺されて、キキョウもツツジも殺されて……ユリカがこんな危険な目に遭ったのも……全て僕が引き起こした事……」

 視線を合わせる事なくハルは続ける。

「死をもって償わないと……」

 飛ばされた刀を拾いに行こうとハルは一歩踏み出すが、シュウがそれを引き止める。

「死んだからといって何も変わらない」

「…………」

「償いたいと思うなら生きろ」

「……こんなにも人を殺した僕に生きろって言うの?」

「ああ」

 ハルはシュウの表情を一度見ると、再び視線を逸らして口を開く。

「シュウは残酷だ……。『皆無事に村に帰す』って言ったのにキキョウを失って、キキョウには『ツツジは無事に帰す』って約束したのに……それすら守れなくて……。そんな僕に『生きろ』だなんて……」

 ハルは首から大量の血を流し倒れている皇に視線を向け、続ける。

「陛下を殺した感触が残っているんだ……。この感触を覚えたまま生き続けなきゃいけないなんて……」

 シュウは今のハルの姿が過去の自分の姿と重なって見えた。ハルの気持ちは痛いほど分かる。大切な人を自分の手で殺した後、ひとり生き続けるつらさ。死んだ方が楽だと思う気持ちも。

「死ぬのは簡単だ。でも、ハルを死なせない為に犠牲になったツツジはどうなる?そんなツツジを生かせようと必死になったキキョウは?二人を助けようと危険を覚悟の上で此処まで来たユリカは?ハルが此処で死ねばそれら全てが無駄になる。ハルには生きる義務がある」

 ハルは床で横になっているツツジに視線を向ける。そして、シュウに背負われているキキョウ、トウナに背負われているユリカを順番に見た。

「皆をこんなにしたのは僕……。どんな顔してユリカに会えばいいって言うんだよ……」

 ハルは俯く。

「ハル……」

「!?」

背負っていたユリカから声が発せられ、トウナは驚いた。

「大丈夫なのか!?」

「……うん、大丈夫。ちょっとまだクラクラするけど……。ありがとうトウナ、重かったでしょ?」

「い、いや、別に……」

 トウナの背から降りたユリカはハルに近付き、ハルの手を握る。

「帰ろう。お母さんが待ってる」

 どうしてこんな状況になっているのか分からないが、皇が倒れ、キキョウもツツジも此処にいるこの状況、ユリカはもう此処にいる必要はないと思いそう言った。

 握られた手が温かく心地良いと感じてしまったハルは自分に憎悪した。

(せめて、この手の温もりだけは守らなきゃ……)

 ハルは握られた手を握り返し、瞳を閉じた。

(生き続ける事が僕に科せられた罪だとするなら、これ以上の犠牲は増やさない……)

 瞳を開けたハルはユリカの手を離し、ツツジを背負う。

「早く城を出よう」

 遠くの方でドタドタと騒いでいる音が聞こえた。儀式に乱入してきたトウナ達を捜し回っているのだろう。衛兵に見つかるのも時間の問題だ。

 トウナとシュウに己の表情を見せる事なく、ハルは立ち上がりその部屋を出て行った。シュウはキキョウを背負ったまま、トウナはユリカを守るようにしてハルの後を追う。

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