第八章

「此処から出せー!!」

 ハルが地下牢を出た後も暫くトウナはそう叫び続け、仕舞いには見張りの衛兵にも声を掛けていた。

「そこで暇そうにしてんなら此処から出せー!!」

 トウナの声に反応するはずもなく、トウナの声だけが虚しく響く。

 打つ手がなくなったトウナは牢の壁にもたれ掛かり座る。

「ユリカが大変な状況だってのに何も出来ねぇのかよ……」

 思わず声が漏れる。

 こうしている間にもユリカは皇の妻にされ子供を身籠らされると考えると居ても立っても居られなくなるのだが、何も出来ない。そんな自分にトウナは歯を食いしばる。

 横を見れば、泣き腫らして声が出ないツツジ。反対側には何かを見つめるシュウ。

「何見てんだ?」

 思わず声を掛けていた。

 シュウの視線の先には不自然に置かれた二つの小瓶。どちらにも液体が入っている。今にも二つの液体が混ざり合いそうな絶妙なバランスで置かれている。

「何だあれ」

「ハルが置いて行った」

「ハルが?何でまたあんな微妙な感じに置いてったんだ?」

「ずっと見ていたが、徐々に二つの液体の距離が近付いている」

「それがどうかしたのか?ただの水だろ?」

 シュウには何か引っ掛かるものがあるようで、考え込んでいた。

 ――ユリカの準備が整い次第、城の中心部にある神聖な場所で儀式が行われる――

 ハルのその言葉が妙に引っ掛かる。何故、わざわざそれを言いに来たのか。

 シュウはハッとし、トウナとツツジの頭を抱える。

「!!?」

 ドオォォォォォン

 それと同時に何かが爆発した。

 砂埃が舞い視界が悪い中、シュウは腕の中に居る二人に声を掛ける。

「大丈夫か?」

「一体何が起きたんだ!?」

 トウナは周囲を確認しようとシュウの腕から離れる。

「けほけほ」

 ツツジも砂埃を吸い込んでしまったのか咳込んでいるが無事のようだ。

 砂埃でまだ遠くは曇って見えないが、目の前にあったはずの格子が大破していた。

「これは……」

 トウナは思わず呟き、シュウを見る。

「何かよく分かんねぇけど、ユリカを助けに行くぞ!!」

 牢を出たトウナは倒れている衛兵を発見した。

「うおっと?!」

 先程声を掛けまくっていた衛兵のようだ。トウナは衛兵を足で突いてみたが反応はない。

「爆発に巻き込まれて気絶しているようだな」

 トウナを追って、シュウがツツジを連れて出てきていた。

「武器の調達はしておいた方がいい」

 そう言ってシュウはしゃがみ、倒れている衛兵の刀を拝借していく。

「ユリカは城の中心部に居る。行くぞ」

「おう!」



 婚礼の儀式は順調に進んでいた。

 ユリカの神々しい姿を見た皇はハルと同様に言葉を失い、次に笑みを浮かべていた。ハルの思惑通り、身分の高い者以外を皇族に入れたがらない華族も、良い所のお嬢さんだと思い込み納得する程だった。

 儀式も終盤を迎え、ハルが御神酒を持ってくる。

 ハルはユリカと皇が持っている盃に御神酒を注ぎ、皇はそれを口に含む。ハルに促され、ユリカもそれを口に含む。次に、ユリカを皇族へと迎え入れる為の戴冠。頭に載せられた慣れない重みにユリカはよろけそうになるが堪える。そして、神へ誓いを立てる接吻くちづけ。

 ユリカと皇は向かい合い、ユリカは思わず後退りそうになったが皇が腰に手を回し、それを許さない。

 思わずユリカは視線をハルに向け、助けを求めてみるが、ハルの表情は変わらず、冷たい瞳で見られていた。

(うぅ、ハル……)

 皇の唇が近付き、ユリカは少しでも距離を取ろうと頭を引く。

(助けて……トウナ……)

 ドオンッ

「何!?」

 ユリカの祈りが届いたのか、接吻けを中断させるように物凄い音と同時に襖が倒されていてた。その場に居た者は皆倒された襖の方へ視線を向ける。そこにはトウナとシュウ、そして隠れるようにツツジがいた。

 腰に手を回され今にも接吻けを落とされそうな体勢のユリカを見つけたトウナは刀を構え一直線に皇の元へ向かう。

「ユリカを返せぇぇぇぇぇ!!!」

 雄叫びを上げながら腕を振り上げるトウナ。

 ガキィィィィン

 トウナが振り下ろした刀に対して、ハルは刀で応戦する。

「ハル!!邪魔するなぁぁぁぁ!!!」

 皇を庇うように入って来たハルにトウナは叫ぶが、ハルは退かない。

「陛下!此処は僕に任せて御下がりください!」

 その言葉に皇はユリカを連れて部屋を出る。

「待て!!」

 トウナが皇を追いかけようとするが、ハルがそれを遮る。

「悪いけど、此処は通さない」

「邪魔するってんなら、例えハルでも容赦しない!」

 そう言って、トウナはハルに斬りかかる。

 ハルも負けじとトウナに斬りかかるが力は互角。勝負がつくはずがない。

 周りに居た参列者はこの場に居れば被害が及ぶと思い、次々に逃げ出して行く。

 気付けば部屋にはハルとトウナ、そしてシュウとツツジのみになっていた。

 中々勝敗のつかない斬り合いにハルとトウナは距離を取り、一旦状況を確認していた。

(何で……何でハルは敵に回ってんだよ!?何で!?)

 トウナが息を整えながらそう思っていると、ハルは構えるのを止め、刀を鞘に納める。

 突然のハルの行動にトウナは戸惑った。

「は?!何、仕舞ってんだよ?!」

 そんなトウナの肩にシュウが手を置く。

「もう充分って事だ」

「はあ?」

 シュウの言葉にトウナは混乱する。

「言ってる意味、分かんねぇんだけど!」

「別にハルは敵じゃないって事だ」

「はあ?」

「シュウ……やっぱりシュウには伝わっていたみたいで良かった」

 先程までの冷たい表情が嘘のように、ハルの表情はいつも通りの柔らかさが戻っていた。

「敵を欺くには先ず味方からって言うでしょ?」

 今の状況が全く理解出来ていないトウナにハルが言った。

「トウナが単純なお陰で僕が完璧に味方になったと陛下は思ってくれたはず……」

 そう呟き、ハルは皇が駈けて行った方を向く。

「儀式は中断されたものの、ユリカの存在を認めさせた今、次にやる事は決まってる」

「次?……って、おい!まさか!」

 ハルの言葉にトウナは青褪める。

「陛下の向かう先は分かってる。こっちだ!」

 ハルの先導にトウナ、シュウ、ツツジの三人は後を追う。



「きゃあ!」

 ドサッ

 ユリカは強引に寝台へ投げ飛ばされた。

 皇に引かれるまま連れてこられたのは一際豪華な装飾を施された一室。一度に数人が横になれそうな程、大きな寝台にユリカはこの部屋は皇の寝室だと悟った。

 後退るユリカを逃がすまいと皇はユリカの上に乗る。

「邪魔が入ったが、まあ奴らにお前の存在を認めさせる事は出来た」

 そう言って皇はユリカの長い髪を一束掴む。

「髪には霊力が宿ると言う。お前が長い髪の持ち主で良かった。キキョウとやらがもし力の持ち主だったとしてもあの髪の長さではこうも上手くいく事はなかった」

 キキョウも昔はユリカと同じように髪を伸ばしていたが、ある日突然短くするようになっていた。

(キキョウ……)

 スッキリしていいとキキョウが言っていた事をユリカは思い出していた。

(もう、キキョウに会えない……)

 暴れるユリカを大人しくするように、皇は掴んでいたユリカの髪を引っ張り、顔を近付ける。

「あんな回りくどい儀式はもういい」

 皇はもう片方の手でユリカの顎を抑える。この先、何をされるのかユリカにも想像が付いていた。

(此処で大人しくしていれば、全ての元凶であるこの力も私から消えて無くなる。でも、キキョウは戻って来ない!)

 皇の唇がユリカの唇と重なる。

(戻って来ないんだ!)

 ユリカは己の服の中に手を回し、何かを掴む。それを皇が掴んでいる自分の髪に向けて振るう。それと同時に自分の唇に重ねられている皇の唇を思い切り噛む。

「っ!!」

 皇は突然の痛みにユリカから離れる。皇の口からは血が流れ、それを押さえる手からも血が流れていた。

 何をされたのか確認するように、皇は即座にユリカの姿を確認する。ユリカの長かった髪は一部が短くなっていた。そして、手には小刀が。それで自分の髪と一緒に手まで切り付けられたのだと把握する。

 ユリカは先程ハルが果物と一緒に持ってきた果物用の小刀を護身用にと忍ばせていた。

「この期に及んでお前は状況を分かっていないようだな」

 口を押えて睨みつける皇。

 ユリカは皇が離れた隙をみて寝台から飛び降りた。向かう先は部屋の出口。

 扉を引いてみるが開かない。鍵が掛かっている。

 後ろを振り向けば皇が急ぐ事はせず、ゆっくり近付いてくる。

「ようやく見つけたのだ。此処からは逃がさない」

 皇の呟きにユリカは他の逃げ道を探す為、部屋の奥へと駆け出す。

 扉という扉を開けてみるが、何処も外へ出られる扉ではない。そうしている間にも皇はユリカの元へと歩みを進める。

「朕が欲しいのはお前の力。その力さえ朕のものになれば後に残ったお前などに興味はない。その先は好きにすればいいと言っているのに……分からぬのか?」

(私だって、こんな力、要らない。あげたいくらい。でも、あげるために私は……)


 ――皇と繋がらなくてはならない――


「お前が大人しくしていればお前の仲間は無事。抵抗すれば、また死人が出る。それが何故分からない」

 皇の声が近付いてくる。

(それは分かってる。分かってるけど……)


 ――トウナが好きなのだから出来るわけがない――


 先程皇に接吻けされたところが気持ち悪い。接吻けだけでこんなにも気持ち悪いのにそれ以上の事が出来るわけがない。

 ユリカは部屋の最深部まで来ていた。もう逃げ場はない。

 振り向くと皇が不気味な笑みを浮かべ立っていた。

「鬼ごっこはもう終わりだ。なぁに、すぐに終わる。身籠ってからは十ヶ月もすれば産まれる。そうすればお前も、お前の仲間も自由だ。村に帰るなり好きにすればいい」

 そう言って皇は一歩を踏み出し、同時にユリカは後退るが後ろには壁。

 壁に掛けられた飾り布に手が触れる。ユリカは思わずそれを掴む。

 そうしている間にも、皇は一歩また一歩とユリカに近付く。

(此処までなの?)

 ユリカは脚に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。飾り布もユリカに引っ張られ壁から外れる。

「マツリカ……」

「え?」

 皇の視線が自分ではなく上の方に向いている事に気付き、ユリカは見上げる。

 そこには女性の絵が飾られていた。

 皇はその絵に向かって言葉を続ける。

「もうすぐ。もうすぐ、マツリカが望んだ力が手に入る。この国を災厄から守る大いなる皇族となる。見ていてくれ」

 そう告げると、皇はユリカに覆いかぶさり、抵抗できないようにとユリカの両手を抑える。

 ユリカは抵抗しようとするが手足に力が入らない。

(何?これ……?)

 視界も徐々にぼやけ、ユリカの記憶はそこで飛んだ。



 ユリカは森の中で胸から血を流しているハルの手当てをしていた。

 周りにはトウナ、シュウ、そしてあの女の子もいる。またあの夢だった。

『皆……僕の事はいいから逃げて……』

『何言ってんだよ!!』

『僕のせいで足止めくらってたら皆見つかって殺されちゃうよ……』

 元気なくハルが言った。

『どうせもう永くは……生きられないと思うし……』

『そんな事ねぇーよ!!俺達皆でまた村で暮らそうぜ。なあ?』

 トウナはハルを励まそうと元気に振る舞っている。

『『皆で』か……。無理だよ……。だから皆だけでも……村に帰って……平和に……』

『そんな事言うなよ!!』

 トウナは堪えていた涙を流して言った。ユリカも涙を堪えきれず流す。シュウは下を向いたまま動かない。

『もう……いいんだ……皆だけで……』

『嫌だ!!俺は絶対にハルを置いて行かねー!!村には五人で帰るんだ!!』

『そんな……駄々をこねないでよ……』

『嫌だ!!嫌だ!!』

 トウナはハルの服を強く握って放さない。そんなトウナの手にハルが触れて言った。

『じゃあ……お願いがある……』

『ん?何だ?』

 トウナはハルの『お願い』に耳を傾けた。トウナだけでなく、女の子やユリカ、シュウも耳を傾ける。

『■■と二人に……してくれないか?……話したい……事があるから……』

『わ、わかった。でも、あんまり無理するなよ。怪我人なんだからな』

『わかってる……』

 そう言うとトウナはシュウとユリカを連れて離れて行った。

 その場を離れた三人は周囲の見回りをしていた。

 何故ハルがあんな状況なのかユリカは分からなかったが、もう永くない事は見れば分かった。そんな限られた残りの時間をあの女の子と共に過ごしたいと願ったハル。


 ――あの子は一体誰?

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