第五章
「ちょっと!!此処から出してよ!!」
ツツジとキキョウはトールウ城の一室に無理矢理入れられていた。部屋の鍵は外から掛けられ開かない。
キキョウは部屋の中を見渡し他に外に出られる方法はないか探したが、空気を入れ替える為の小窓が天井近くにあるだけで人が通れそうな窓などはない。
キキョウは共に閉じ込められたツツジに視線を向けた。ツツジは膝を抱えて床で震えていた。キキョウは膝を付き、ツツジの肩に手を乗せる。
「ツツジ、大丈夫!大丈夫だからね!」
「キョウちゃん……っ!」
ツツジは嗚咽を漏らしながらキキョウに抱きついた。
「お父さんもお母さんも目の前で殺された!私達、これからどうなるの!?」
キキョウは震えるツツジの背中を擦る。
自分達を連れ去ろうとしていたトールウ兵から二人を守ろうとしたばかりに二人の両親は無惨にも目の前で殺された。
キキョウもツツジと同様に泣きたかったが此処で泣いても仕方ない。自分がしっかりしなくては、ツツジが精神的に立ち直れなくなってしまうと思った。
「ツツジ、おそらく奴らの目的はユリカよ」
「……うん」
此処に来る間、ずっと“神の御告が聞ける娘”がどちらなのか訊かれていた。
「このままユリカの存在は言わずに二人のどちらかって事にしておくの。いい?」
「……わかった。でも、何も言わなければ酷い目に遭わされるんじゃないの?あんなに躊躇うことなく人に刃を向けられる人達だよ?」
「それこそ、私達がユリカじゃないってバレたら殺されるわ」
「!?」
「大丈夫!きっと村の皆が助けに来てくれるから!」
「本当に来てくれるのかな……?此処が何処だかよく分からないけど、凄く遠い場所みたいだし……小さな集落の農民ごときが戦える相手じゃない事は明白……っ!」
ツツジは話ながら目の前で親を殺されたシーンがフラッシュバックしていた。
「だから大丈夫!!村の皆が私達を見捨てるような酷い奴らじゃないってツツジも知っているでしょ?」
「それは分かってる。分かってるけど……」
中々震えが止まらないツツジにキキョウは最後の手段を取った。
「それに!白馬に乗ったハルくんが助けに来てくれるわよ、きっと!」
「ハルくんが……?」
「そう!それはまるで囚われの姫を助けに来た王子様のよう!」
キキョウはこの状況を逆手にとって、村の中でも一番夢見がちなツツジに少しでもワクワクさせる夢を見せようと必死だった。
想像を膨らませるツツジ。引きつってはいるが少し笑顔を浮かべてくれた。
「ハルくんが助けに来てくれるとか、本当に王子様みたい!」
たとえ引きつった笑顔でも、先程までの絶望的な表情より断然マシだとキキョウは思った。
(お願いだから誰か助けに来て……)
今、四人の目の前には塀がそびえ立っている。
塀の周りには定期的に見回り兵が通っていた。見付からないように身を潜め、侵入する機会を伺っている。
「あの塀を越えた先に城へ侵入するにはうってつけの裏通路がある」
ハルが塀を越えた先に何があるのか説明してくれた。
「排水路に繋がっているんだけど、そこから城内へ入れるはず」
「なあ、何でそんなに詳しいんだ?」
此処まで割りとスムーズに来られたのもハルが誘導してくれたからだ。トウナだけでなくユリカやシュウも疑問には思っていたが、それよりもツツジとキキョウの奪還が最優先だと思い、今まで敢えて訊かなかった。
「僕、元々トールウ出身だって話したよね」
トウナ、ハル、シュウの三人は元々村で生まれた子達ではない。それぞれが別のところで生れ育ち、それぞれ訳あって孤児となり、ユリカの生れ育った村に引き取られた。
ハルはトールウ国で生れ育ち、内戦で親を亡くし命からがら国を逃げ出したところ辿り着いたのがユリカ達の村だった。その話は勿論、皆知っている。
「実はね、トールウ国を抜け出す前に親を殺された復讐で城に侵入した事があるんだ。そりゃまあ、子供ひとりで侵入したところで何も出来やしなかったけど……」
苦笑いを浮かべるハル。
「当時と造りが変わっていなければ、そこから侵入出来るはず」
そう言って、塀の先にあるはずの裏通路を見つめる。
トウナ達も納得したのか頷いて同じ方を見つめた。
「よし、行こう!」
ガラ
「!!!」
突然扉を開けられツツジとキキョウは驚き、身構える。
「陛下がお呼びだ」
そう言われ衛兵に無理矢理引かれる。
あれ程此処から出たいと思っていたが、何だか嫌な予感がして部屋から出される事に恐怖を感じていた。
「ほら、早く歩け!」
恐怖から足も上手く動かせず、何度も躓きそうになる。
「キョウちゃん……」
震える声でツツジはキキョウの名を呼ぶ。
「大丈夫、大丈夫だからね」
衛兵に引っ張られる中でも、キキョウはツツジの手を離すことはなかった。
そうこうしているうちに一際立派な扉の前に来ていた。重々しいその扉が開け放たれると部屋の奥に一人の男性が玉座に座っていた。
「陛下、お連れ致しました」
豪華な服装に、『陛下』と呼ばれる男性。内装の所々に龍を施された装飾。そこからキキョウは此処が何処なのか判断した。青龍を守護神にしているのはトールウ国だ。という事は、目の前に居る男性はトールウ皇。
衛兵は一礼し、ツツジとキキョウを連れて玉座の前まで行き、跪く。
「で、この娘のどちらかが神の御告が聞けると言う娘か?」
皇のその言葉にツツジとキキョウは繋いでいた手に力が籠る。
「左様でございます。この娘達、中々口を割らず……どちらがそうなのか、まだ分からず、申し訳ございません」
何故、トールウ皇が他国の民を殺してまで神の御告を聞ける娘を攫ったのか分からないが、唯一分かる事は、神の御告が聞ける娘じゃないとバレたら殺される。その恐怖から汗が噴き出る。
「娘達よ、名は何と申す?」
「…………っ」
恐怖で声が出ない。
「ほら、名乗れ!」
衛兵に促され、キキョウは必死に声を出す。
「……キ……キキョウです……。こっちは、ツツジ……」
ツツジが喋れる状況でないと判断したキキョウが代わりに名乗る。
「『キキョウ』に、『ツツジ』か。花の名を持つ娘か……。良い名だな」
花の名前に思い入れがあるのか、一瞬懐かしそうな顔をした。
「お前はもう下がってよい」
衛兵は皇の命によりその場を離れた。
「さて、キキョウにツツジとやら。朕は神の御告が聞ける娘を欲している。正直にどちらがその娘か白状するのであれば身の安全は保障しよう。だが、このまま黙りを決め込むというのであれば命の保障はないと思え」
その言葉にツツジは尋常じゃない震え方をした。そんな姿を見たキキョウは考えを巡らせる。
(此処で私が巫女だと名乗ればツツジを無事に解放してくれるだろうか?いや、それはない。不要と分かれば殺すに違いない)
キキョウはトールウ皇が帯刀しているのをしっかりと確認した。
(じゃあ、逆にツツジが巫女って事にすれば殺される事はなくなるかもしれない。けれど、後々バレたらどの道殺されるし、バレる前に助け出せるかは分からない……)
「さあ、早く申せ!」
皇が催促する。
(どうしたらツツジを助け出せる?どうしたら……)
いくら思考を巡らせても、殺される結果しか出てこない。
「あ、あの……一つ、聞いてもいいでしょうか?」
キキョウは少しでも考える時間を作ろうとした。
「ん?なんだ?」
「わ、私達のどちらが、神の御告が聞ける娘か知って、どうするのでしょうか?」
「それを知ってどうする?お前達には関係ない。さっさと言え!」
時間を引き延ばそうとした作戦は失敗した。
「で、では!本当に、どちらが神の御告が聞けるのか、正直に言えば、私達二人の身の安全は保障してくれますか?」
「ああ、約束しよう」
先程、一瞬ではあったが、懐かしむ優しい顔を見せていた。少しは信用してもいいのかもしれない。なら、ここは自分が巫女という事にすればツツジは解放されるかもしれない。
キキョウは覚悟を決めて口を開いた。
「神の御告が聞けるのは、わ――」
ドオンッ
「何!?」
もの凄い音がして、その場にいた者は同じ方向を向いていた。扉が倒されていてトウナ、ハル、シュウの三人が部屋に入って来た。
皇は思わずキキョウの腕を掴み、抱き寄せる。
キキョウはこのままツツジと手を繋いだままではツツジも捕まってしまうと瞬時に判断し、手を離した。
「っ!?キョウちゃん!!」
手を離されたツツジは、キキョウの手を掴もうとするが、ハルに腕を引かれた事によりその手は宙を掴んで終わった。
「ハルくん」
キキョウが言った通り、ハルが助けに来てくれた。本当に王子様のように助けに来てくれた。嬉しいはずなのに、キキョウと離れてしまった手が寂しくてツツジは喜べなかった。
ハルは後から部屋に入ってきたユリカにツツジを預けた。
ユリカの存在に気付いた皇はニヤリと笑った。
「そうか、そう言う事か……」
キキョウにしか聞こえないくらい小さい声で呟いた。その呟きに、キキョウはユリカが神の御告が聞ける娘だと気付かれたのだと判断した。
「早く!!ツツジを連れて逃げて!!」
キキョウはシュウに視線を送る。シュウなら視線だけで考えを読み取ってくれると知っていたから。
「行くぞ!」
シュウがユリカとツツジの腕を掴み、その場を離れようとした。
「は?!何言ってんだよ!キキョウがまだ!」
トウナが阻む。
(あの鈍感!こんな時くらい察しなさいよ!)
キキョウはそう思い、ハルに視線を向ける。
「ハルくん!早く!」
その言葉にハルは頷き、トウナの腕を掴みシュウの後を追う。
「『ハル』?そうか……お前が……くくく……」
「え?」
皇は再び呟き、今度は大きな声で叫んだ。
「衛兵!!逃がすな!!ハル!!貴様は朕が殺してやる!!」
その言葉は逃げる五人にも聞こえていた。
「兵士が彷徨いてるから当分ここから出られねーな」
五人は城を抜け出す事に失敗し、とりあえず倉庫に隠れていた。
「それより、なんでキキョウを置いて逃げたんだよ!」
トウナはシュウに突っかかる。
「あの場でキキョウも助けるのは無理だったからだ」
淡々とシュウは答える。
「無理でも何でも助けに来たのが目的だろ!?助けなきゃ意味ねぇだろ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……キョウちゃんは私を庇って……」
膝を抱えて座り込むツツジは鼻声で小さく呟く。そんな姿を見たハルが口を開く。
「トウナ、あんまり大きな声で話すと気付かれるし、今のこの状況で怒鳴るのは良くないよ……」
ツツジを責めているわけではないのだが、今のツツジの精神状態に怒鳴り声はあまり良くないと、トウナも理解できた。
ユリカはツツジの前に膝を付き、優しく抱きしめる。
「ごめんね、ごめんね……怖い思いさせて……ごめんね……」
自分の代わりに攫われてこんな状態にさせてしまった。ユリカは心の中で、絶対にツツジとキキョウを無事に村に返すと誓った。
「皆、一つ提案があるんだけどいい?」
ユリカは、トウナ、ハル、シュウの三人を見て続ける。
「皇様の目的は私。私が出ていけばキキョウに用はないはず」
「は?何でユリカが自ら危険なところに行かなきゃいけねぇんだよ。そもそも、向こうが一方的に悪いのに、何でアイツの元にわざわざ名乗り出るんだよ。そんな必要ねぇよ」
「このままじゃキキョウが危ないでしょ。少なくとも、私が目的なら皇様に殺される心配はないと思うの」
倉庫から出ようとするユリカをトウナは引き止める。
「そんなの分かんねぇぞ!ユリカを攫うために村の皆を躊躇わずに殺させた奴だぞ?何しでかすか分かったもんじゃねぇ」
「でも、それ以外にキキョウを助ける方法なんてないじゃない!トウナだって言ったでしょ。助けに来たのが目的だって。此処で私が出なきゃ、何の為に私が此処まで来たのか、意味が分からないじゃない」
「別に、ユリカを差し出してキキョウを助け出すつもりで俺はユリカを連れて来たんじゃねぇ!」
言い争うユリカとトウナ。それを黙って見つめるシュウに、膝を抱えて震えるツツジ。この状況で何が一番いい選択なのか、ハルは瞳を閉じて考えていた。
(僕が出たところで信用してもらえるか……裏切ったのは僕の方だ……。でも、万が一、信用してもらえるのなら隙ができるかも……でも、どうやって信用させる……?)
ハルは閉じていた瞳を開け、言い争うユリカとトウナを見た。
(差し出す、か……。最低だな、僕……)
再び瞳を閉じ、心が落ち着くのを待った。
(大丈夫。ユリカにはトウナが居る。全ては僕が蒔いた種だ。僕が何とかする)
覚悟を決めたハルは瞳を開けた。
「シュウ……」
視線はユリカとトウナに向けたままハルはシュウに話しかけた。
「これから僕は勝手な行動を取る。でも、信じてほしい。必ず、皆無事に村に帰すから」
そう言うと一歩踏み出した。ユリカの元へと向かい、ユリカの腕を掴む。
「え?ハル?」
何だか様子の可笑しいハルに、ユリカとトウナの言い争いは止まった。
「どうしたの?ハル?」
ユリカの問いかけに答えず、ハルは倉庫の扉を開け放ち外へ出る。
予想外の行動にトウナとシュウは固まった。
「……って、お、おい!?ハル!出たら危ね――」
「居たぞ!!!」
トウナの制止の声は遅く、衛兵に見つかってしまった。
「やっば!!逃げるぞ!!」
トウナに続き、シュウがツツジの腕を掴み倉庫から出たが、ハルは動かず衛兵へと向かっていく。
「ハル?ねぇ、どうしたの?」
明らかに可笑しい。確かに、自分が名乗り出れば代わりにキキョウが助かるとは言ったが、皇の元へ行くにしても衛兵に捕まってはこちらが不利になる。ハルならそう思うはずなのに逃げようとしない。
「ハル!何やってんだ!早く行くぞ!!」
トウナの呼ぶ声にも振り向かず歩みを進める。
逃げずに向かってくるハルに対し、衛兵は不気味がったが皇の命令には逆らえず、ハルとユリカを捕まえた。
「ユリカ!!ハル!!」
捕まった二人に気を取られ、トウナ、シュウ、ツツジも捕まった。
「離せよ!!コノヤロー!!」
トウナは暴れるが、相手は一国を守る兵士。その為に鍛えられた男達だ。敵うはずもなく、地面に押し付けられる。
「く、ユリカー!!」
せめてユリカだけでも助けようと視線をユリカに向ける。
抵抗する気がないハルの姿が視界に入る。
「何で……何で抵抗しないんだよ!!」
トウナはハルに向かって叫ぶ。
ハルは尚も振り向かず、瞳を閉じる。
(ごめん……)
心の中でそう呟くと、ハルは瞳を開け、振り向く。
「私の名はハル!皇帝陛下の懐刀と呼ばれたハルだ!」
「ハ、ハル様!?」
ハルの腕を掴んでいた衛兵は怯み、思わず手を離す。
「皇帝陛下の命により、この娘を陛下の元へお連れする!お前達は城に侵入した彼奴らを地下牢へ連れていけ」
「は!」
ハルの威圧的な態度にその場にいた衛兵は従うしかなかった。
「ハル!!どういう事だよ!!なあ!!ハル!!!」
連れていかれながらもトウナはハルに向かって叫んだ。
ハルの表情は冷たく、何を言っても変わる事はなかった。
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