第二章

 村に戻ったユリカは母と合流し、村長に無事だった事を報告しに村長の家を訪ねていた。

 横になっていた村長は起き上がろうとしたが、苦痛に歪める顔があまりにも痛々しく、そのままでいいとユリカは伝えた。老体での負傷は身体に多大な負担を与えていた。

「迷惑を掛けてすまない……」

「村長さんの所為じゃないよ!私が!私が……私がもっと早く皆に忠告しておけばこんな被害に遭わなかったのに……」

「ユリカの所為ではない。だから泣くでない」

 村長は俯くユリカの手を握り励ます。

「…………」

 ユリカは何も言えず、自分の犯した重大な出来事に唇を噛んだ。

 ガラッ

「村長、皆の埋葬終わりました」

 数人の大人達が部屋に入ってきた。亡くなった村人達をそのままにしておくわけにもいかず、せめて安らかに眠れるようにと生き残った者達で埋葬してきたのだ。

「ご苦労じゃった。儂も動けるようになったら皆に会いに行く」

 最後に入ってきたシュウが扉を閉め、村長のすぐ傍に腰を下ろす。

「トウナとハルはどうしたのじゃ?」

 二人の姿が見えず、村長はシュウに訊ねた。

「トウナは後から行くから先に戻ってくれ、と。ハルも一緒に」

「そうか……」

 その言葉で皆理解した。

「……わ、私、トウナの所に行ってくる!」

 ユリカは今にも泣き出しそうな顔で出て行った。

 ユリカが家を出た事を確認した男達は次々に口を開いた。

「トウナの気持ち、俺にも分かる。俺だって大切な家族の命を目の前で奪われた……」

「俺も妻を……」

「ああ……」

「アイツら許さねぇ……」

 兵士の目的は若い娘だった。目的の娘を捜すのに邪魔な者は容赦なく切り捨てていた。犠牲になった殆どが抵抗の出来なかった女や子供。中には抵抗した者もいたが相手は兵士だ。戦う為に鍛えられた者と単なる村人では勝ち目など最初からない。今、ここに居る者はただ単に運が良かっただけなのだ。だからと言って大切な人を無惨に殺されて許せる話ではない。

「ユリカの前でその話をするでないぞ」

 憎悪に満ちた男達の表情を見た村長は宥めるように告げる。

「大切な人を殺されて復讐したい気持ちも分かる。だが、それをユリカに見せてはならん。自分の所為だと責めるに違いない」

「…………」

「ユリカは村の巫女で重要な存在である前に普通の娘だ。不思議な力を持ってはいるが、普通の娘なのじゃ。ユリカに責任を負わせるのは酷というもの。辛いのは分かるが、分かってほしい……」

 村長の言葉に男達は何も言えなかった。

「それと、ツツジとキキョウはいたのか?」

「それが……村中捜したのですが、やはり何処にも居ませんでした」

「そうか……」

 村人で安否の確認が未だ出来ていないのはその二人の娘だけだった。

「村の周りも少し見て回ったが居なかった」

 付け加えるようにシュウが言った。

「やはり、ユリカと歳が近い二人をユリカと勘違いして攫って行ったか……」

 村長の表情が更に曇る。

 目的の娘というのはユリカの事というのは明白だった。攫うのに邪魔な者は迷わず斬っていた状況で村人は逃げ回っていた。あの混乱の中では、誰がユリカなのか分からず歳が近い娘をとりあえず攫って行ったとしか思えない。

「とにかく、ユリカにツツジとキキョウの事は言ってはならんぞ。こんな状況でユリカが知ったら変な気を起こしかねない。これ以上大切な村人かぞくを失いたくはない」



「トウナ、大丈夫?……じゃないか……ごめん……」

 襲撃によって命を落とした村人達の墓の前で座り込むトウナにハルは声を掛けた。

「何でハルが謝るんだよ……」

「ごめん……」

 生存者はユリカ達以外に数人の男だけ。その中にトウナの育ての親はいなかった。トウナの親もまた襲撃により亡くなった。

 トウナは手を伸ばし、両親が眠っている土に触れた。

「実の親も山賊に襲われて死んだって話、昔しただろ?」

「え?うん……」

「当時は小さかったし何が何だか分からなくて『ああ、もう会えないんだ』って思っただけでさ……確かに、悲しくて泣いてたんだけどさ……」

 トウナの声が徐々に震えていくのをハルは静かに頷いて耳を傾けた。

「あー……ごめん……俺、すげぇダセェ……けど、こんな姿他の奴らに見せらんねぇし……今だけ許してくれ……」

 トウナは深く俯き、土を湿らせていく。

「トウナ……今は僕しかいないから大丈夫だよ」

「ああ……」

 トウナは嗚咽を必死に堪えていた。

「血が繋がってなくても……俺にとっては大切な家族だったんだ……」

「そうだよね……ごめん……」

 トウナのあまりにも悲壮な姿にハルは思わず謝り、自分の胸を貸す事しか出来なかった。

 そんなハルの優しさに、トウナは堪えきれず嗚咽を漏らした。

 共に涙を流す二人の姿にユリカは木の影から出られず、その場を後にした。



 陽が暮れ、村長の家に集まっていた村人達はそれぞれ自宅に戻って行った。

 村長と二人になったシュウは口を開いた。

「脚、大丈夫なのか?」

 元々あまりよくなかったのだが、今回の襲撃で尚更痛むようになり暫く安静にしていないといけなくなった。動かなくなる事で他の筋肉が衰え、関節も固まり、傷が治っても動けなくなってしまう。だからと言って痛みが増す中、歩き回る事は出来ない。悪循環だ。

 そんな状況に、シュウは顔には出さないものの、今まで見た事がないくらい声を掛けていた。

「心配を掛けてすまない……」

 村長もそんなシュウに申し訳なさを感じていた。

「でも、儂はまだ死ねないから心配するな」

 横になっていた村長は身を起こし、シュウの頭に手をのせる。

「こんな可愛い息子を一人になど出来んて」

 村長は優しく頭を撫でる。

「まだまだ楽しみにしている事だってあるんじゃ。孫の顔を見るまでは死にたくても死にきれん。何が何でも生きる。だから、そう心配するな……」

 シュウが村長に引き取られる前、シュウの身に悲惨な出来事が起きた。それにより、実の両親も仲間も皆失い、心を閉ざしてしまった。それを知っているからこそ、もう二度と大切な家族を失わせる思いなどさせないと強く心に誓っていた。いつか自分の家族を持つまでは決して一人にさせないと。

「そんな事言ったらいつまでも死ねないな……」

 シュウは苦笑いを浮かべる。

 村には十五歳になった男が“アリスの朱い紐”と呼ばれる紐を二本作るしきたりがあった。夫婦となる際に一本は妻となる相手に贈るのだが、シュウはそれを作らなかった。それは、明らかに自分は誰かと夫婦になるつもりはないと言っているようなものだ。それも過去の悲惨な出来事が原因だった。

「そう言うでない……。紐なんぞ、ただの見せかけじゃ」

「村長が村のしきたりをそんな風に言っていいのか……?」

「そうでも言わんと嫁を連れて来んじゃろ。そう言えばユリカとはどうなんだ?」

「は?」

 村の巫女であるユリカとはよく会わせていた。何となく、ユリカならシュウの閉ざされた心を開かせる事が出来そうな気がしたから。予想した通り、シュウは他の村人には話していない過去の悲惨な出来事をユリカにだけは己の口から話していた。

「ユリカもシュウの事頼っておるじゃろ?今朝だって、朝早くに来ていたじゃないか」

 悪夢から目覚めたユリカは真っ先にシュウの元へ相談しに来ていた。そして、他の村人が外へ出てくる時間になる前に村を抜け出し、丘へ行っていた。

「やっぱり気付いていたのか……」

「老人の朝は早いんじゃ!なめるでないぞ!」

 自慢げに話す村長。

「まあ何にせよ、ユリカから目を離すでないぞ?今回の襲撃は自分のせいだと責任を感じている状態だ。何をしでかすか分からん」

「ああ、分かっている」

 そう言ってシュウは立ち上がった。

「トウナ達にもユリカに気を付けるよう言ってくる」

「よろしく頼むぞ」

 シュウが部屋を出ていくのを目で見送り、村長は溜息を漏らした。

「もう少し、自分の幸せも願ってくれればいいのじゃが……」

 村長はシュウとユリカをくっ付けようとしていたが、ユリカがトウナを好きになっている事は知っていたし、シュウもそれを応援しているのも知っていた。それでもユリカとくっ付けようとしたのは、他の村娘には未だに心を開いていない部分があったから。もし孫の顔が見られるとしたらユリカとの子だけなのかもしれないと、最後の望みを掛けていたのだが、結局シュウはユリカの気持ちを優先した。シュウがユリカをどう想っているのかは分からないが、友達以上である事は確実だっただけに村長の思惑は玉砕し、溜息しか出なかった。

(シュウにはああ言ったが、いつまでこうして生きていられるか……)



 その夜、ユリカは眠れなかった。眠れるわけがない。

 自分が躊躇わずに御告の事を言っていれば被害は抑えられたはず。トウナの両親も死なずに済んだかもしれない。

 目を閉じれば浮かんでくるのは、ハルの胸の中で泣くトウナ。

(いつでも明るいトウナがあんなにボロボロに泣くなんて……)

 自分はトウナをあんなにも傷付けた。言いたくないと我が儘を言った結果がこれだ。

(もうトウナの顔、見れない……)

 皆を傷付けたくないと思っていたはずなのに、心に大きな傷を負わせた罪悪感から居ても立ってもいられず、家を抜け出した。

 向かう先は犠牲になってしまった村人達が眠る墓。



「トウナのお父さん、お母さん……」

 途中で摘んできた花を供える。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 その言葉しか出ない。

 もっと早く言っていればこうはならなかったかもしれない。トウナの両親も、村の人達も、皆死なずに済んだかもしれない。自分の行動一つで多くの命を奪ってしまった。

 そこに埋まっている村人達の顔が浮かぶ。

 数時間前まで元気でいた。それを自分が壊した――

 そこで違和感に気付いた。

「……合わない……」

 犠牲になった村人を埋めた事で盛り上がっている地面。

「生き残ったのは……」

 生き残った人数から犠牲になった人数も分かるはずなのだが、生存者と犠牲者の数が合わない。

 ガサガサ

「!!?」

 物音がしてユリカは振り返った。

「やっぱり、ここにいた……」

 そこに居たのはハル。部屋にユリカが居ない事に気付いたハルは捜しに来たのだ。

 ハルなら人数が合わない理由を知っているだろうか。ユリカはそう思い、ハルに駆け寄った。

「ねえ、あと二人……」

 その言葉でハルは全てを理解したが、口を開かない。

「ねえ、どういうこと?」

 ユリカが催促する。だが、本当の事など言えるはずがない。ユリカの代わりに攫われたなど。

「……暗くて危ないし、帰ろう?今日は色々あったから休んだ方がいいよ」

 ユリカの問いには答えず、ハルはユリカの腕を掴み家に戻ろうとした。

「ねえ!何で!?」

 ユリカが声を張り上げるが、ハルは答えない。

「私が言わなかったせいで殺されてしまった!私が殺したようなもの!私には全てを知る義務がある!」

 ハルは歩みを止め、振り向いた。

「ユリカのせいじゃない」

 月明かりでうっすら見えるハルの表情は真剣そのもの。

「本当に、ユリカは何も悪くないんだ……」

 ハルは続けて何かを言おうとしたが、口を閉じた。

「……ハル?」

 様子が可笑しいハルを心配し、ユリカは声を掛けた。すると、ハルはいつもの柔らかい表情に戻り再び口を開いた。

「とにかく、家に帰ろう」

 それ以上訊くなと言われているような気がしてユリカはハルに引かれるまま歩みを進める事しか出来なかった。



 次の日、ユリカは部屋から一歩も出ず、再び引き込もってしまっていた。そんなユリカを思って、トウナ達は少しでも村の状態を元に戻そうと立て直し作業に勤しんでいた。

 皆、昨日の今日で辛くないわけがない。それでも何かをしている事で少しは気が紛れているようだった。

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