第4話 「自傷」
「ふられた」
「え?」
夏の日差しがまぶしい正午。
お昼休みになり、にぎやかな教室ではいくつかのグループが机を合わせ、お弁当を食べている。
「またふられちゃったぁ、私。なんでだろう」
すずが唐突に言った。
この前まで彼女は大学三年生の男性と交際していた。相手は理系のわりと有名な大学に通っていて、医学部で親も医者。将来有望なお坊ちゃんだ。
「大丈夫?」
買ってきた購買のパンに口も付けず机に突っ伏している彼女に、私は言った。
すずの恋愛が長続きしないのは以前から知っていた。
本人もそれは承知の上らしかった。それでもだれかと付き合っていなくちゃ落ち着かない。きっとそうなのだと思う。
彼女はとても、さびしがりやだから。
七月に入り、一気に気温が上がってきた。
この紺色の暑苦しい制服も、ブレザーを脱ぐ季節がやってきたのだ。
制服が完全に夏服へ移行するにはまだ日がある。それでもこの暑さに耐えかねて、ほとんどの生徒が腕まくりをするか、半袖開襟シャツになっていた。私も、そのひとりだ。
それでも、すずはいつも長袖のブラウスを着ていた。
半袖を着ているところなんて、一度だって見たことがなかった。
私はそのわけを知っている。
ある時、彼女の二の腕に、無数の傷を見た。
「自傷行為」
頭に浮かんだ言葉だった。
普通は手首なんじゃないかって思ったけれど、そのほうが目立つし、まわりにばれる確率だって高いのは歴然だ。
そのことに気がついたのは偶然だけれど、体育の着替えもいつもさっさと終えてしまう彼女を見るあたり、私やほかのひとたちには知られたくないのだと思い、彼女には言っていない。
彼女らしいと思った。
やり場のない想い。
行き場のない膨大な感情。
彼女を取り巻くそのあまりにも壮大な環境が、きっと彼女をそうさせているのだろうと思う。
今だって彼女は長袖のブラウスの袖を手の甲半分まで引っ張って、その自分の腕を枕にしている。別れた悲しみに暮れているというよりは、ふられたことに対する不満が大きいようだった。
「なんかね、もう私のことなんとも思わなくなっちゃったんだって。少しでも大人っぽくなろうと頑張ってたのにさぁ」
私は拗ねた子どものようにそう言ったすずの頭を、ぽんぽんとなでた。
「すずはすずのままで良いんだよ。きっと、そんなすずを認めてくれるひとが現れるよ」
目の前の孤独な少女に心を痛めながら、私は言った。
彼女はふにゃりと頬をほころばせた。
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