第五章 「この世界は」
住宅街やビルの間を交互に走り、最早どこへ向かっているかわからなくなってきた。ある日―あの日から、ずいぶん経っただろうか―の事だった。
周りは工事が中途半端に進んだ空地ばかりが目立ち、川か用水路かわからない流れの先には、かの有名な白い橋がかかっていた。なんだか、もう感動も覚えない。ああ、あれか○○か、と思うだけになった。
「2020年 東京オリンピック」と書かれた看板をよく見る。この辺りは競技場の建設予定地かなにかだろうか。
車通りが少なくただ幅が広いだけの道路を走る。大分出せるようになったスピードも、まだ原付の最高速にも及ばない。
横と後ろに乗っている女子二人は、かつては頻繁にあった、ここはどこ?といった類の会話をすることもなく、ただぼんやりと外を眺めているだけだ。
更地に囲まれただだっぴろい道路に、軽自動車のエンジン音だけが鳴り響く。
*
最近、気になっていることがあった。
いや、私自身もあり得ないことを言っていると分かっている。
でも、気になっているもの。
「砂」だった。
思い出せば、一番初めに見たのはこの車を見つけて、この車で旅をすると決めた時。
運転席の座面に、少量の砂が残っていたのを見た。
その時は、この車の元の持ち主のせいだろうと思っていた。
本当に、その時はそれだけだった。
けど、気になり始めたのは、吉川と別れてからだった。
窓を開けていると、砂が目に入ってくる。海沿いでもないのに、だ。
車から降りる時も、靴の裏に、じゃりっ、とした感触を感じることがある。やはり海沿いでもないのに、だ。
風で公園とかの砂が舞い上がったにしては量が多い。靴底に感触を感じるくらいというと、意図的に撒いたりしないかぎりあり得ない量だと思う。
そしてその回数は、東京に近づくにつれ多くなっていた。
新宿の辺りでは、歩道が一面真っ白になっているところすらあった。
高山や咲ちゃんは気づいていないようだが、私の中では、それらは形を持った疑問となって燻りつづけた。
しかし、疑問はいぜん疑問のままであり、正体がわかるはずもなく、ただ日々は過ぎていった。
「お、人か?」
高山の声で、現実に意識が引き戻される。
座席の間から前を見ると、真っ直ぐ続く大通りの向うに、なるほど、人影のようなものが見える。
しかし、なんだろう?今までと違って少し違和感がある。
今の世界で人に会うのはまれだ。思わず駆け寄りたくもなるだろう。まあ、自分がそうであったからそう思うだけかもしれないが。
でも、あの人影は違う。駆け寄るでも逃げるでもなく、まるで立て看板のようにそこにいる。本当に看板でした、なんてオチは、全員がその影を人だと認識したのでナシだ。
「んー、なんだろうあの人?」
咲ちゃんも、疑問を感じたようだ。
見た目は、三十代くらいの男だ。残り数メートルの所で高山が車を止める。
「とりあえず、話だけでもしてみよう」
と、高山が車を降りる。
咲ちゃんと車を降りて、高山についていく。
男に近づくにつれて、違和感が一層強くなり、最早違和感と化している。
男は普通の会社員のようにスーツをぴちっと着こなし、なぜか荷物は一切持っていない。
目の前に三人も人が立っているというのに、こちらには一切の関心を示さず、眠そうに、瞼は半分くらいしか開いていない。
にらみつけられているわけでも無いのに、足がすくむ。
生気が感じられない目だけをこちらに向け、ただただそこに立っている。
「あのー、こんにち、わ?」
高山もどう対応したらいいか迷っているようだった。
「―あ、どうも……」
意外にも返事早かった。見た目と違わず、気怠そうな返事だった。
「どうしましたか?困っていたら、できる範囲でお手伝いしますが……」
なぜか、今度はすぐに返事が来ない。
「……いやぁ、困っては、ないですよ?むしろ、困っているのは、あなた方の方ではないですかねぇ…」
何だろう。
気怠そうな返事の中に、なにか高圧的なものを感じる。
殺気、とは違う。じゃあ、何だろう?この胸が押し潰されそうになる感じは……。
「まあ…、僕のせいでもありますか…、仕方ないですよねぇ、こんな状況じゃあ…」
「ねえ、あんた何者?」
無意識に、問いが口をついて出てきていた。
いつもと違い、ケンカ腰な私の口調に、二人が驚く。
「すぐ聞いてくださると助かりますよ…。―児玉さん」
「っなっ、なんで私の名前を―」
男は私の言葉をぶった切って続ける・
「何者。そうですねぇ、『この世界を終わらせた存在』とでも言っておきましょうかねぇ…」
男の言葉は
―まるで、「神」のようだった。
*
何なんだこいつは?
ただのサラリーマンだと思っていたらどうも違う。
しかも、なんだ、「世界を終わらせた存在」だとまで言う。
普通なら、何も言っているんだ、気でもフれたか、と笑うところだ。
でも、この男から発せられる高圧的な雰囲気、生気を感じない人ならざる何かのような、そんなはっきりとしない何かが、男の言葉を肯定しようとする。
いや、そんなことは無い。あってたまるものか。
こいつの手で、こいつ一人の手で世界が一瞬にして消えたなんて、そんな、そんな…。
「―ふざけてんじゃねぇぞ?」
自分の脳は理解することをやめ、ただ体の奥から発せられる激しい嫌悪感に似た怒りに身を任せる。
「言っていいことと悪いことくらい、あんたにも区別つくだろ!?」
怒りをぶつけても、男の瞳は揺らぎもしない。
「いやいや…、ふざけてなんかかんですよ…。あくまで僕は真実を伝えに来ただけで…」
「―はぁ?真実だと?」
今にも男に飛びかかりそうなほどの激しい怒りが、「真実」という言葉聞いてかろうじて自制を保つ。
「ええ、真実です…。まあ、皆さんがはなから信じる気が無いのでしたら、面倒くさいので帰らせていただきますが…、どうしますか?」
どっちみち信じることは出来なさそうだが
「わかった、話だけは聞いてやる」
「そうですか…、では手短に…。―皆さんは、「砂」を見たことがありますか…?」
「砂……?」
砂なんて、そこらじゅうにあるじゃないか?それがどうしたんだ、と言おうとしてところで、
「あの砂が?あんたの仕業なの?」
「ああ…、やはり児玉さんはご存知でしたか」
「砂って?なんのこと優ちゃん?」
黒田が、混乱気味に聞いてくる。
「―高山君、最初に車に乗った時の事、覚えてる?」
「……あ、ああ」
高山は児玉の勢いに若干気圧されたように返す。
「その時に、運転席に白い砂が残っていたの、覚えてる?」
「……確かにあったな。でもそれが―」
「……それが『人だったもの』です」
は?
一瞬で自分たちの理解の範疇を超えられて、脳がフリーズする。
「何を言って―」
「……児玉さんが車内で見た砂は、おそらくその車の持ち主です……。僕はあの日に『風』を吹かせましたし……」
つまりなんだ、こいつの言う『風』が吹いて、人が砂となって消えたのか?
でも、さ
「その『風』で人が砂になったってこと?じゃあなんで私達生きてるの?」
「……たまにいるんですよねぇ、影響を受けない人が。何故でしょうか?」
つまり、今自分たちが生きているのは、偶然にも『風』の影響を受けなかったからなのか。それでも、世の中の大多数の人間が消えているのに変わりはない。
それにしたって。
「なんでそんな事したんだ」
至極当然な疑問だった。
家族が、クラスメイトが、皆の顔が浮かんでは消えていく。
なぜ彼ら彼女らは消えなければならなかったのか。
「さあ、何故でしょうねぇ……」
男の返事は、当事者意識のかけらもない、簡単なものだった。
湧き上がってきた怒りを抑え、もう一度聞く。
「……今のは聞かなかったことにしよう。何故こんなことを、人を消すようなことを、したんだ?」
今度は返事までに間があった。
「さあ、よくわからないですねぇ……。しいて言えば、なんとなく、でしょうか?」
限界だった。
「テメェのなんとなくで人類消してんじゃねぇよ!!自分がなにしたのか分かってんのか!!」
もう怒りで脳が支配されていた。
人が今まで犯した罪の清算だとか、環境を荒らし過ぎたとか、そんなことを言われたらここまで怒り感じなかっただろう。
怒りに身を任せ、男につかみかかろうとする。
つかみかかろうと、した。
透明な膜のようなものが見えた瞬間、
「ごぁっ!?」
全身に何かにぶつかった様な衝撃と痛みが走り、思わずその場にうずくまる。
「高山君大丈夫!?」
「カズっち大丈夫!?」
二人が駆け寄ってくる。
ぶつかっただけ(?)なので、幸い怪我などはしてないようだ。が、触った額は熱を帯びて腫れており、体中のいたるところがしびれるように痛んだ。
「あ…、言っておきますけど、無駄な抵抗はしないほうがいいですよ…。これやるのすごく面倒なので……」
男は平然と言い放つ。大概チートじみている。
「……では、用がないのであればこれで失礼します」
「ちょっと待て」
言うだけ言って去ろうとする男を呼び止める。
「『風』で、今後俺達が消える可能性はあるのか?」
「……ありますねぇ」
もう驚きはしなかった・
「消えないといっても、いつかは消えるので…」
それだけ言って、男は歩み去っていった。
*
男の影が豆粒ほどの大きさになっても、私たちは動かなかった。
たぶん、あの男の言ったこと―主に最後の方―が原因だろう。
あまりにも現実離れしたことが多すぎて、脳が理解を拒否している。
でも、完全に拒否するにはその事はあまりにも重大すぎて。
「……ねぇ、高山君?」
「……」
「あの男の話が本当ならさ、私達も―」
「行くぞ」
優ちゃんの言葉を遮るように、高山は冷たく言い放った。
無言のまま、車の方へ歩いていく。
「私達もいつかは消え―」
「黙れっっっ!」
突然の怒気に気圧されて、優ちゃんが口をつぐむ。
「…そんな先のこと考えたって、どうしようもない」
そう言い放つと、そのまま車に乗り込んだ。
私たちはエンジンのかかる音でふと我に返る。
おいてかれまいと、急いで車に乗り込んだ。
いつもより荒く発信した車は、これまたいつも以上にスピードを上げていく。
まるで、何かから逃げるように。
*
あの時以来、気まずい雰囲気がゆるむ事はなかった。
ただでさえ普段の会話が多いわけではない私達だ、こんな状態になってしまった以上、予想できた状況なのかもしれない。
結局、ほとんど言葉を交わさないまま就寝となってしまった。
いつもどおり助手席の背もたれを倒し、毛布をかぶって眠りにつく。
そういえば、ひとつ、気になったことがあった。
夕飯の時、ランタンの明かりに照らされて見えた高山の横顔が、何かをこらえているような、はたまた悩んでいるような、そんな風に見えた気がしたのだ。
何を考えているか、大体は想像がつく。
そりゃ、だって、自分達だって考えていることは一緒だろうから。
そして、こういう日の高山は決まって、寝つきが悪い。
*
明かりを消してからも、ぐるぐると色々なことを考え続け、ふと児玉の時計に目をやるともう丑三つ時というような時間になってしまった。
仕方ない、少し外で頭を冷やすか。
いつもやっているように、ゆっくりとドアを開けて外に出る。
少し寒いと感じるようになってきた夜風吹かれながら、近くにあった背の低いブロック塀に腰掛けた。
……
あの時からずっと、あの男の一言が耳にこびりついて離れない。
―消えないといっても、いつかは消えるので…
そうだ。
認めなくてはならない。
自分は、自分達だけは消えない。
心のどこかでそう思っていたことを。
人が消えた時は、そんなことを考えている余裕はなかった。
ただ、目の前の日々を生きるのに精一杯だった。
意識して考えたことはなかったが、自分達はほかの人とは違う、そんな謎の優越感が心のどこかにあったのだろう。
だから、今日あの男が言ったことにショックを受けたのだ。
だけど、自分達は他の消えた人たちとなんら変わりはなかた。
あの時、そして今まで消えなかったのは、ただの偶然。
自分達、いや、今この世界で消えずに残っている人達全員は、この世界の現実に直面し、苦しみながらも生きて、そして「風」により―死ぬ。
死ぬ?
いや、消えるの間違いだろう?
でも、消えたら砂になって、つまりそれは人ではない何かになって、それはまるで遺灰のようで……。
それじゃ、つまり
消える=死って事じゃないか?
突然湧き上がってきた得体の知れない恐怖に、体が震えだす。
今までなかったようで、それは全ての人間に等しく存在する。
そんな「死の恐怖」が、広大な闇を伴って覆いかぶさってくる。
震えはさらにひどくなり、涙まで滲んでくる。
嫌だ!死にたくない!
救いようのない恐怖に襲われながらも、心はわずかでも救いを求めようとする。
誰か……!
*
少し微睡んでいたようだ。
いくら心に不安を抱えていようと、夜は寝てしまうのが人間の生理的欲求ってやつのようだ。
ダッシュボードに置いてある時計に目をやると、、フロントガラス越しに高山の姿が見えた。
寒いのだろうか、背中を丸めて小さくうずくまっている。
秋とはいえ、夜はそれなりに冷え込む。あのままじゃ、風邪をひいても文句は言えない状況だ。
隣の運転席から毛布をとり、自分も冷えないように毛布を体に巻き付けると、私はそっと車のドアを開けた。
外に出たとたん、予想以上の冷気が身を包んだ。思わず毛布を握る手に力が入る。
「カズっち、外に出るのはいいけど、毛布かけないと風邪ひくぞー」
そう声をかけて、高山の背中に毛布をかけようとした。
その時初めて、高山が震えているのに気が付いた。
震えている?
確かに外は寒いが、震えが止まらなくなるとどではない。
じゃあなんで?
とりあえず、高山に毛布をかけてから、聞いてみることにした。
「どうしたの?カズっち」
「……」
暗くて、聞いているのか反応を見ようにも表情がよく見えない。
「はぁ・・・」
なんとなく放っておけなくて、結局、高山の夜更かしに私も参加することにした。
とは言うものの、高山本人としても、したくてしてるわけじゃないのだろう。きっと今日のことで悩んでいるのだろう。
まあ、私も一緒だけどね。
三人とも、か。
なんとなく、高山がどんなふうな考えを持っているのか、気になった。
でも、どう切り出せばいいか、私にはわからなくて。
「どうしたの?」
さっきの問いかけを繰り返すことしかできなかった。
ただ、ちょっと口調が真面目っぽくなっただけ。
でも高山は、沈黙を保ったままで。
―ここまで完璧にスルーされると、流石に堪えるなぁ・・・。
でも、
「……なぁ、黒田」
問いかけた意味は、あったのかもしれない。
「俺たちは―」
気づいたら高山の震えは止まっていて。
膝の間にうずめていた顔を上げて言った。
「俺たちは、死ぬのか?」
*
死。
私達の年齢では、事故か病気にでもならない限り関わりの薄い言葉だ。
今を生きていることを、半ば自然な事だと思っている。
でも、今は違う。
「風」のせいで人が消える。砂となる。
今まで私たちは消えずにここまで来れたが、あの男が言うように、これからもそうである確証などないのだ。
もしかして、明日にも、私たちは砂と化すかもしれないのだ。
でも、と思う。
「そうかもしんないね。事実消えた人は戻ってこないし」
「……」
「そして、私達もその瀬戸際にいると」
「……」
「でもさ、いつ死ぬかわからないから、可能性があるからって、毎日それに怯え続けてこれからを過ごすのってなんか嫌じゃない?毎日毎日、自分が、仲間が消えてないか確かめて、消えないように願いながら寝る夜。そんなのやだよ。今まで通り楽しく過ごそうよ。ね?」
そう言い切って、私は口を閉じた。
気づかぬうちに、言葉を紡ぐのに必死になっていたのか、私は、こちらを見ていた高山の視線に気づかなかった。
私が視線に気づいて、こちらを向くのを待っていたかのように、高山は言った・
「なあ」
「ん?」
「お前は、消えるのが、死ぬのが、怖くないのか?」
*
―消えるのが、死ぬのが、怖くないのか?
……そうか、こんな状況であんな言葉を聞いたら、誰だってそう聞きたくなるか。
―消えないといっても、いつかは消えるので…。
と、何故か他人事みたいに考えている自分に気づく。
私は、私自身はどう思ってる?
そもそも、私はここまで生きてこれた事自体が奇跡みたいなもので。
あの日―周りの人が突然消えてしまった日―、家族が心配で無我夢中で学校を飛び出した。通学にはそこそこ長い間列車に乗ってなくちゃいけないから距離はけっこうあるはずだけど、その時はそんなことは気にしていられなかった。
そんな無謀な徒歩帰宅はあっけなく行き詰まり、気づいたら車の後部座席で横になっていた。
そんな私の命は、高山と優ちゃん、二人に見つけてもらえなければあの陽炎に霞む道路で干からびて、とうに無くなっていたはずのものだった。
本来は、もうこの世には存在しないはずのものだった。
だから、だけど。
「……怖いよ」
そんな過去は、今胸の内に巣食う恐怖を消し去るには、まったく意味をなさなくて。
突然涙声になったことに驚いたのは高山だけではなかった。
「……確かに、死ぬのは、消えるのは、怖いよ」
こみ上げてくる嗚咽を抑えながら、必死に言葉を探して、口にする。
まるで、何かを言わねばならない、そんな根拠のない奇妙な義務感のようなものに突き動かされているように。
「私は、一度本当に死にかけてるからかもしれないけど、けっこう自分の命に対して悲観的なんだよ。たまに、なんで私今生きているんだろうって、なんで今生きているのが私なんだろうって、二人に対してすごく申し訳ないことしょっちゅう思ってる」
え…、と高山が驚いたように言った。
こんな黒い胸の内を当事者に向かって吐き出したことに、今更ながら罪悪感に胸が痛む。
「でもさ、なんだかんだ言っても、やっぱり死ぬのって怖いんだよ。嫌なんだよ、私だって。でもさ」
でも、それでも、
「どうせ死ぬんだ、って思って、これからの旅を続けるのって、嫌じゃない?」
「―え?」
「私達は死ぬために、消えるために、旅をしてるんじゃない。生きるために旅をしてるんだよ」
「生きるための旅、そんな旅のゴールが死かもって怯え続けるの?冗談じゃないよ!」
何を偉そうに、あそこまでこっ酷く言っておいて。
心のどこかで、そう言う声が聞こえる。
でも、これが本心だ。
さっきまでの涙が嘘のように、まくしたてるように話している自分に少し驚きつつも、勢いにのったまま続ける。
「それだったら、消えるとか死ぬとか、そんなこと考えないで前向きに旅を続けようよ!ほら、なんだっけ、病は気から?って言うじゃん。病じゃないけどさ、全ては気の持ちようだと思うんだよ。でもー」
「そうだな」
今まで沈黙を貫いていた高山が、唐突に口を開く。
「死ぬかどうかなんて気にしてたって仕方ないよな」
さっきまでの弱々しさはどこへやら……とまではいかないが、高山の声には幾分か力が戻っていた。
「俺、前に考えたことがあるんだ。いったいこの旅はなんのためにしてるんだろうってな。どこに向かって旅をしてるんだろうってな。そして思ったんだ。この旅は、生きる意味を見つけるための旅なんだって」
自分の勢いに任せた言葉よりずっと、重い、想い。
「そうだよな、生きる意味を見つけるためなのに、死んだらどうしようとか考えてる場合じゃないよな。そう簡単に割り切れるものじゃないと分かっていても」
そういえば、と高山が付け足す。
「さっき何か言いかけてたよな、何だ?」
あの、でも、の続きを高山が聞いている。
でも、そんなこと、言えるわけがなくて。
「……ううん、なんでもない」
「そうか……。まあ、とりあえず車に戻ろう。早く暖かい毛布にくるまって寝たい」
大きな欠伸をかます高山と一緒に車内に戻る。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
寝ている(寝てない気もするが)児玉を起こさないように小声で言って、目を閉じる。
*
高山に言えなかった、でも、の続き。
それは、自分のささやかな願いだった。
もう二度と、自分の前で誰かに死んでほしくない。誰かに消えてほしくない。
親しい人を失う痛みを、味わいたくない。
願いというより、エゴに近いそれは。
「でも、もし消える時は……、三人一緒がいい」
*
二人が眠りにつくまで、長くはかからなかった。
途中起きていた児玉も、今はすっかり眠っている。
寝返りを打つ微かな衣擦れの音と、寝息以外の音が聞こえない静かな夜に、さらさら、と砂が風に吹かれる音が混じる。
死の予感すら感じないその無機質なそれは、どこへ行くでもなく、ただ、もうこの世にいない人を弔うように、さらさら、と風に吹かれている。
高山達三人がその一部になる時は、そう遠い先の話ではないのかもしれない。
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