第6話
お盆も終わり夏休みも後半に差し掛かってきている。
そして今日からまたメイドのご奉仕が始まる。場所はもちろん早見君の家だ。そしてその早見君の家に向かう。
夏休みの最初、早見君の家に行ったときは憂鬱な気持ちがしていたのに
今は全くそんなことは思わない。早見君に会えることを楽しみにしている。短い間だったけど会えなかったことに寂しさを感じていた。
早く早見君に会いたい。
早く着かないかなぁ。
私はいつもより早歩き気味に歩く。
そして10分ほど歩くと早見君の家に着いた。
……やっと着いた。
そしてすぐに玄関を抜け、早見君に夏休み中限定で借りた合鍵で家の扉を開けた。
「おじゃましまーす」
颯爽と家の中に入る。そこには誰もいなかった。
「あれ? 誰もいないのかな? でも、早見君のらしき靴はある」
「そりゃあるだろう。ここにいるんだから」
この声は玄関の近くの階段から聞こえてきた。
そこには、私の初恋の相手にして私のご主人様(夏休み限定)である人がいた。
どうやら、早見君は二階の自分の部屋にいたみたいだ。
「なんだあ、居たのなら返事しなさいよ」
「だからこうして、来ただろう?」
「まあ、それもそうか。でも」
「でも?」
「久しぶりだね」
久しぶりに早見君の顔を見ることができた。今はそれだけで嬉しい。その顔を見るとなんだか心が落ち着く。癒される。目の保養になる。
「ああ。そうだな」
「なんだろうね。よくわからないけど、これからメイドをするというのに楽しみで仕方ないのどうしてかな?」
「それは……あれだろ? お前は、メイドになるっていうのに慣れて好きになったんじゃないのか?」
「うん。多分そうだと思う」
まあ、それは事実だけど、他にもっと好きなのがあるんだよね。
だけど、それはまだ、早見君にはまだ言えない。というか言いたくない。いつか告白しなくてはならないとは思っているんだけど……まだこの気持ちのままでいたい。
早見君に片思いの状態のままでいたい。だって今、私、すごく幸せだから。時に胸が苦しくなったりもするけど、その分、胸があつくなることもある。その瞬間が一番心地いい。
「そうか。……じゃあ、さっそく始めるか」
「うん」
私のメイド生活。後半戦が今、始まる。
「それじゃあ、しばらく家を空けていたから少々埃っぽくなっているだろうし掃除からだな」
「かしこまりました。ご主人様」
夏休み前半の時はほとんど毎日言っていて言いなれたセリフだが、これを言うのも久しぶりだ。
「とりあえずどこから始めればいいのでしょうか?」
「ああ、そうだなあ……じゃあリビングだな」
「かしこまりました」
早速、リビングのほうにむかい掃除機をかける。
それから部屋には掃除機の音だけが鳴り響いている。その音を除けば、静寂なのではないかと感じる。
部屋中にかけたら次は、テレビの裏の埃など一般的にあまり見ないところに掃除機をかける。
あとは、窓を雑巾で拭いたり、リビングの本を整理したりする。
…………あれから何分経っただろう。リビングの掃除は終了した。
壁にある時計を見ると十時ぐらいだ。
思ったより早く終わってしまった。さて、早見君を探すか。
最初のころ、早見君は私の掃除するところを見ていたけど、ある時から見なくなり、リビングや、自分の部屋に居ることが多くなった。
だから多分部屋にいるだろう。
いったいどうしてかと興味本位で以前尋ねたことがある。確か、その時には
『いや、ずっと見守るのも面倒くせえよ。大体、こういうのって主人の方は、メイドに干渉しないもんだろ? それに、俺が見なくてもどうせお前、きちんとやってくれるだろ?』
と言っていた。どうやら私のことを信頼してくれたらしい。
信頼してくれるのは嬉しいけど……できれば見てて欲しかったなあ。好きな人に見られるとドキドキできるのに……いや、やっぱ無理だ。そんなの私が耐えられないし、メイドどころじゃないや。引き受けた以上、真面目にやらないと。
階段をあがり部屋に近づくと人の気配がする。ここでなら泥棒の可能性があるかもしれないけどたぶんないだろう。そして一応ノックをして扉を開けると予想通り早見君の部屋に早見君はいた。
「早見君、リビングの掃除終わったよ」
「え、早くね? まだ一時間ぐらいしかたってないけど……ちゃんとやったのか?」
「もちろん」
「うーん」
早見君は、考え事をしているようだ。
いったい何を考えているのだろうか。そんなに考えるほどのことだったっけ? いつも適当にあそこ掃除してとか頼んでいたのに……
どうやら、早見君は思いついたようなそぶりをして私に言った。
「何かお前って成長したよなあ」
「え?」
この驚きは早見君にセリフの内容ではない。実際成長している実感はあるし。私が驚いているのは、考えて思いついていたことがそのセリフであったことだ。そこまで考える必要ないし……
「……なんでそんなポカーンとしてるんだよ」
どうやら、思っていたことが顔に出ていたみたいだ。
「いや、次の命令の内容を考えていたのかと思って……」
「え? いや、それ考えていたんだけど……」
「は? じゃあ、命令しないの?」
「ああ、まあするけど、ちょっとした世間話がしたくてな。そういうのよくあるだろ?」
「ああ」
確かによくある。一学期の時、美紀と話する内容が世間話だったからな。それが多かったのは互いにしたかったからだろう。振り返ってみるとそういう感情があったなというのを思い出す。
「で、成長した……だっけ? まあ、確かにそうかもね。最初なんてリビングの掃除で午前全部使っていたもんね」
「そうそう、細かいところをやらないんだもんお前」
「うっ、確かにそうだったけど……」
「でも、今はそういうのもなくなってきたな。しかも速いし……今となっては一時間で終わるとは」
「い、いやあそう言われると、て、照れるなー」
「いや褒めたつもりは……まあいいや、それより命令だったな。じゃあ次は洗濯とか頼む」
「かしこまりました。ご主人さ——」
「あ! ちょっと待って!」
急に返事を遮られてしまった。
せめて最後まで言わせて欲しかったのに……全く。
そういえば、今まで早見君は私の言うことを遮ったことはないな。どうしたのだろうか? 命令を間違えたのか? それとも緊急事態でも発生したのだろうか。
「何?」
私は早見君に問う。
「緊急事態だ」
やっぱり緊急事態か。
一体なんだというんだ? もしかして急に誰かが家に訪ねてきたりするとかか?確かにそれは緊急事態だ。なんせ私はこうしてメイド服を着てここにいるわけだもしそこに第三者の人が見たら間違いなく変に思われるはずだ。
早見君は少々慌て気味に私に向かって言った。
「背中が
「…………は?」
背中が痒い? そんなことが緊急事態? 何を言っているんだ。
「そんなの掻けばいいでしょ。素手で」
「そんなことできねぇよ。肩関節硬い方だし」
「じゃあ孫の手とかそういうのがあるでしょ?」
「ないよ。そんなの」
ほう。孫の手がないのかこの家は、誰の家にでもあるものだと思っていたのにないのか……
仕方ないな。おとなしく従うとしよう。
「かしこまりました。で、どこらへん?」
「ああ、ここらへんだ」
早見君は、私に背中をむけて痒い場所を示した。
改めて早見君の背中を見てみると、やっぱり男性なんだなあということがわかる。
女性と違って、大きいし、筋肉もあるからたくましく見える。
そんなこと思いながら早見君がさしていたところを掻く。
かきかき…………
ううっ、なんだろう。この状況、めっちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……ただ背中を掻いているだけなのに……しかも気まずい。
「ど、どう? 痒いの取れた?」
この気まずさを紛らわそうと声をかける。
「いや、全然とれねえんだよ。……はあ、しょうがねえ」
その瞬間、早見君は、半袖のシャツを脱いだ
「きゃあああ!!」
思わず、私が大声をあげてしまい、手で顔を覆った。我ながらはしたない。
だが、そんなことはわたしにとってはどうでもいいことだ。
今、目の前には私の好きな人が上半身裸で座っている。
これは、喜ばしいことなのか……?
いや、それよりも。
「な、な、な、何脱いでいるのよ! 急に!」
「え? いやだって服の上からじゃあ、全然掻けねえんだもん。だから直接掻くしかねえだろ」
「ああ、そういうことね……」
だったら仕方ないか……ってそんなわけないよ!? 別に脱ぐ必要性なんてないじゃない。なんなら服着たままで、私シャツの中に手を入れて直接掻くっていう手も……
「って何考えているのよ私!」
「うわっ! 急にどうした!?」
「ああ、いや、何でもない。気にしないで」
思わず声に出してしまった
どうしよう。直接掻くってことは、つまり早見君の背中を触るということで……触りたいけど、触るのはちょっとは、恥ずかしいし。ああでも、触りたい。いやいや、でもやっぱり、いやでも……
そんな葛藤が頭のなかでループする。結局、やらなければならないんだしどっちの欲求が勝とうと関係ないのだが……本を言うと触りたかった。
「じゃあ、やるから、あっちむいてて」
「お、おう」
あっち側を向いた早見君。
……さて、どうしよう。
いざやろうとなると羞恥で手が止まってしまう。でも、やらなければならない。
早見君の背中をチミチミと掻く。
「お、おい。それじゃあ全然掻いてる感じがしないんだが……」
「ご、ごめん。これが限界。恥ずかしさでもうこれ以上は無理」
ううっ、早見君の体温が感じる。前に花火大会で手をつないだときよりも熱い。しかも、こっちもだんだん熱くなってきた。き、気づかれてないよね?
見た感じだとむこうは私のことを気にせず窓の向こうの景色をみている。
私はほっとした。どうやら気づいている様子ではなさそうだ。
「ど、どう?」
「ああ。とれたよ。っていうか少し前からとれてたんだが……」
……え? とれてた?
「い、いつからよ!?」
「えっとだから少し前だよ。具体的には、服を脱いだあたりから」
つまりそれって……さっきもあれはやらなくてもよかったということ?
「じゃあ、なんでその時に言わないのよ! 言ってくれれば、あ、あんな恥ずかしいことしないですんだのに」
「いやだって、もう頼んじゃったし……ああ、でもさっきのは気持ちよかったぞ」
その言葉を聞き、顔が赤くなった。それを早見君に気づかれたくなかったので部屋を立ち去ろうとした。
「おい、どこにいくんだよ?」
「ご主人様に言われた通り、洗濯しにいくんです」
そう言って部屋を出て、洗濯機のある洗面所へと向かった。
だけど、洗濯をするためではない。もちろん洗濯もするけどその前に考えたいことがあった。
……ったくなんであいつは……き、気持ちいいだなんて。こんなこと言われたら嬉しいに決まってるじゃん。
それだけでもあの恥ずかしいことに耐えた価値はあるだろう。
そして、あの時のことを思い出す。あの時の早見君の体温まで鮮明に。
……暖かかったなぁ。できたらずっと感じていたかった。あの温もり。
「……何考えてるんだ!? 私はず、ずっとって……それじゃあまるで一緒にいたいと思ってるみたいじゃん! あ、いやそれはそれでいいかも……っていやいやそこまでは流石に考えられないし。まだ付き合ってるわけじゃないんだから」
あの時のことを思い出すとまた、熱くなってくる。
ああ、駄目駄目、こんな状態じゃあ、メイドに集中できない。切り替えなきゃ。
それから洗面器を使い、顔を洗って頭を冷やし、洗濯に取り掛かった。それからもメイド作業に集中することができた。
洗濯とか終わり、リビングで早見君と夏休みの宿題をやっていたら夕方になったいた。
時計を見ると午後六時━━つまり今日のメイドは終わる時間になった。そろそろ帰宅するわけだ。
……はあ、もう終わりか。もうちょっと早見君といたいなあ。いや、今日だけでも十分なんだけどね。でもそれってわがままか。仕方ない今日は帰ろう。考えたら明日も会えるんだし。
「じゃあ、早見君私はこれで帰るよ」
メイド服を着替えようと着替え部屋にいこうとする。
その時だった。
「……あれ?」
さっきまで明るめだったのに突然と暗くなっていた。普通なら夜になったとか思うのだろうけど季節は夏。夜になるのにはまだ少し早い。ではなんで暗くなるのだろうか。
「停電かな?」
「え? まじ? ちょっと待ってろ」
早見君がリビングを出て、ブレーカーが落ちているか確認に行った。それから一分ほどして戻ってきた。
「どう? やっぱ停電?」
「いや、ブレーカーは落ちてなかったよ。この通り」
早見君は部屋の電気をつけた。光のなかった部屋に明かりが生まれた。つまり、停電ではなかったということだ。とりあえず明かりがあればなんとかなりそうだ。それはよかったがではじゃあ、なんで急に暗く……
その時、部屋の電気とは、違う別の光が外から差しかかった。夕陽のオレンジ色の明かりではない。この光は白く、一瞬で部屋を包み込むような感じだった。
こ、これってもしかして……
それから数秒後辺り一体に耳がつんざくような轟音が響き渡る。これは、まぎれもなく雷の音だ。
「きゃあああ!!」
耳をふさぎその場に立ちすくむ。雷の光、そして音が私の恐怖心を引き起こす。
そしてまた、光が現れる。
「きゃああ!!」
今度は光に反応してしまい、思わずしゃがんでしまう。それから間もなくしてさっきよりも大きく、耳の鼓膜を大いに刺激する音が鳴り響く。さらに雨の音がポツポツと降り始める音が聞こえる。
ちらっと早見君のほうを見ると、早見君は私の悲鳴と雷の音のどちらかまたはともに驚いているような様子を見せている。
この雨の音だけが鳴り響く状況に早見君が口を開く。
「……もしかして速水さん雷が?」
「い、いや違うよ? ただ単に急に来たから驚いただけでそんな雷なんかが怖いわけ……きゃああ!」
またもや、雷が発生する。
「いや、どうみても怖がっているように見えるんだけど?」
「うう。そ、そうよ。私は雷が苦手よ。悪い?」
私は昔から雷が苦手だ。あの光と音には驚かされるし、万一私の頭に落ちたらと思うとぞっとしてしまう。
だが、なぜか周りの人は平気らしい。だから、恥ずかしく思ってしまう。自分だけ無理だなんてきっと馬鹿にされるに違いない。きっと早見君もきっと……
「いや、別に」
早見君は特に馬鹿にする様子もなく、ただ、単帳に答えた。
「え?」
私は疑問に思った。
「な、なんでよ?」
「いや、だってなあ。誰にだって苦手なものはあるだろ。だっきだってただ、意外だなあぐらいにしか思ってないし」
「そ、そうなの?」
「ああ。俺にだって苦手なものぐらいあるし。それを馬鹿にしてもしょうがないだろ。苦手なものは苦手なんだからもうしょうがないでしょ」
しょうがない。か。確かにそうかもしれないな。誰にだって苦手なものはある。
私だって逆の立場なら馬鹿になんてしない。
そう考えるとなんだかさっきのことがあほらしく思えてくる。
「……で、どうする?」
「どうするって?」
「だって外は雨だぞ?」
「いや、傘ならなくても全力で走ればなんとか」
「いや、傘なら貸すしそれはいいんだよ。でも、お前雷が駄目なんじゃあ帰れないだろ?」
「ああ、でも、早見君に悪いし。やっぱり帰る—」
立ち上がり帰ろうとしたところにまた雷が発生する。
今度は、悲鳴を発することはなかった。しかし恐怖はなかったというわけもなくつい、早見君に抱きついてしまった。
そのことを自覚したとき、私の頭は沸騰しそうになった。
「~~~っ!」
わ、わ、わ、私なにやってるのよ、こ、こんなことして、早見君が驚いちゃうじゃないのよ!
「あわわわ、ご、ごめんなさい!いますぐ離れるから!」
しかし、早見君のほうから私のことを抱きしめてきた。さっき背中を掻いている時よりも体温を全身で感じられた。今私の好きな人に抱きしめられ羞恥と喜びその両方の感情が生まれている。
「……え? 何してるの?」
「速水さんから抱きついてきたんでしょ? やっぱり怖いんじゃん」
「そ、そうだけど……でも、もういいよ。放しても。は、恥ずかしいし……」
できればずっとこうしていたい。でも、さすがにそれはできない。さっきから心臓が鳴る音が速くなっておかしくなりそうだ。
「ああ、そうか。悪い。抱きしめちゃって。嫌だったか?」
そんなの嫌じゃないに決まっている。むしろずっとしていたかった。
でも、そんなこと言ったら変に思われる。かと言って嫌と言って早見君が傷つくのも嫌だ。だから、なるべく、好意的にかつ好意的過ぎないていどに
「ううん。嫌じゃないよ。おかげで落ち着いてきたよ。ありがとう。あと、こっちもごめん。急に抱きついちゃって」
落ち着いているということはない。むしろさっきよりもドキドキしてる。このドキドキはさっきのとは違う。私がここ最近感じる心地いいやつ。
「そうか、よかった。落ち着いて。でも、この調子じゃあ帰れそうにないな」
「うーん。確かにそうかも。どうしようか?」
「じゃあ、家にとまるか?」
「え?」
それは衝撃的な発言だった。さっきのことを忘れるぐらいの。
泊まるって、早見君の家に? 私が!? しかもこの家には早見君しかいないんだよ!? それってつまり、ふ、二人きりってことだよね?
「いや、やっぱ駄目だよ。そんなの早見君に悪いし……」
「え? なんで? 別に俺は構わないんだけど。家にメイドがいるのは当たり前なんだから不思議じゃないしな」
そうだった。そういやメイドなんだっけ私。本来なら二十四時間奉仕するもの。
今までそうじゃなかったのがおかしかった……いや待て、もしかして下手すれば夏休み中ずっとこの家に泊まりこみでやることになっていたのか……? それはちょっと……
でも、雷のせいで断れないし……い、一日ぐらいなら
「うん。じゃあ、そうしようかな?」
「ああ。そうしろそうしろ。部屋ならあのいつも着替えてるところを使えばいいし」
「ああ。そうだね」
やった。早見君の家に泊まれる。嬉しい。
「ん? どうした? そんな嬉しそうな顔して」
「ううん。なんでもない」
急に大雨が降ってよかったあ。もっと居たいという願望が神様に通じたのかな?
「きゃあああ!」
またもや、雷が鳴った。
私、雷を発生させてほしいなんて頼んでないよ!?
夕御飯は、今のお前に作れそうにないだろう。だから俺に任せなと早見君に言れてしまい返す言葉もないので早見君に任せてしまった。
本来ならメイドの私がやるべきなのに申し訳ない。ちなみに私はまだメイド服を着ている。
「ほら、できたぞ」
早見君の作ったご飯は、オムライスだった。
「なんかこれ久しぶりに見たね。確か、私が初めてメイドをした日に作った時以来じゃない?」
「そうだっけか? いちいち食った飯のことなんて覚えてねえや」
うっ、確かにそうかもしれないけどさあ、できれば覚えていて欲しかったなあ。一応私が初めて早見君に作ったものなんだから。
「まあ、いいや。食べよう。早見君」
「ああ、そうだな」
「「いただきます」」
スプーンをとって食べ始める。赤いチキンライスと黄色い卵。その色は鮮やかでいい香りを放っている。それが鼻孔をくすぐり、美味しそうだということがわかる。
「……美味しい」
定食屋のような料理は、3口で美味しいと思わせるのがベストだと聞いたことがあるが、これはその類のものようだ。そして、私の作ったやつよりも美味しい。早見君は一人暮らしだから自炊もするだろうだからか。さすがといったものだ。
……私も一人暮らしで料理もするし、しかも男の子の方がうまいだなんて……複雑。
「ん? そうか?」
「いや、美味しいから。これ。本当に」
「うーん。こんぐらい普通と思っていたけど……」
うわー、何でもできる人によくある発言きたー。ほあんとそれ、嫌味にしか聞こえないから。
「でも、こうして言われると嬉しいもんだな」
花火大会で見せたような笑みを浮かべて言った。
その笑顔やめてよまじで。かっこいいからドキドキしちゃうじゃない。
私の心臓がまた、激しくなる。体中が熱くなっていく。
「おい。どうした? スプーン止まってるぞ。冷める前に食っちまえよ」
「わ、わかってるよ。今、食べるから急かさないで」
スプーンを進めていく。その度に、オムライスの味の良さが身に染みていった。そしてあっという間に食べ終わった。
「……ふう。ごちそうさまでした」
「お粗末さま」
早見君もすでに食べ終わって━━なかった。
「あれ? なんで食べてないのよ? さっき言われたことだけどそっくり返すよ。冷めちゃうよ?」
「いや、そういえばやって欲しかったことを思い出してね」
「ん? 何?」
「それは……」
早見君はケチャップを取り出した。
ああなるほどね。あれか。
「わかった。貸して」
「ほい」
私は、ケチャップを使ってオムライスに字を書いた。前にも書いた『LOVE』という文字を。
「はい、できたよ」
「いや、今回はそれだけじゃなくてだな、食べさせてもらおうかな」
「…………」
た、食べさせるってそれってあ、あーんさせるってこと!? そ、それは
「む、無理だよ! そんなの!」
「なんで? 花火大会の時だってやったじゃん」
「あ、あれは、早見君からだったじゃん! わ、私からだなんて……」
「じゃあ、やれ。ご主人様からの命令で
やっぱりこういう展開になるのか。なんでこの人は、私の恥ずかしがることを命令するかなあ。しかもいつもこういう時の早見君の目は生き生きとしているし……絶対楽しんでいるよ。
「も、もう。仕方ないですね。ご主人様は。はい、どうぞあーん」
「……お前なんか楽しんでない?」
そりゃあ、そうだ。好きな人にあーんだなんて幸せに決まっているじゃあないか。
「そう? 早見君に言われたくないんだけど……まあ、いいやほら、あーんですよ♪ ご主人様♪」
「あーん」
大きく口を開ける早見君。そえが意外にも色っぽくてドキっとさせられてしまう。
その口にスプーンを入れる。オムライスをもぐもぐと食べている。その姿がさっきと違いかわいく見えてまたドキッとさせられた。
なんで、この人は私をこんなにドキっとさせるのよ! ますます、好きになっちゃうじゃない! いや、嫌じゃないんだけどね。
「あーん」
もう一口と要求するように口を開ける。
多分、なくなるまでやるんだろうなあ。
それから、オムライスを食べ終わるまでずっとあーんし続けた。
時間的には長かったが、私としてはあっという間だった。幸せな時間というものはあっという間に過ぎていくものだと改めて思い知らされた気分だ。
……もっとやりたかったなあ。
少し憂鬱な気分になる。だけどそれもつかの間。ポンッと私は閃いた。
あ、普段の昼ごはんでやれるじゃん! じゃあ、これからできるだけやっていこう♪
「……なんか嬉しそうだな。お前」
「え? いや、そんなことないよ。さあ、片付けようか」
「あ、ああ。まあ、お前が言うならそうかもな」
早見君は皿をとってキッチンの流しに持ってった。
「おい。ちょっと待て。俺が作ったんだから俺がやるよ」
「えっ、で、でも……」
それだとメイドである私が何もやらないということになる。それは個人的にやるせない。
そんな姿も見て、早見君は
「……はあ、しょうがなねえな。じゃあ間をとって一緒にやるでどうだ?これなら文句はないだろ?」
「うん。それならいいよ」
私は早見君と皿洗いをした。この共同作業は個人的にとても有意義なものであった。
皿洗いも終わり、これから何しようかと考えながらリビングで居座っている。
相変わらず雨は止む気配もなくさっきほどではないが雷も鳴り響いている。
その度に私はビクビクしている。
「……はあ、退屈だ」
早見君が無感情に強調も何もなくただボソッと呟く。
「確かにそうね」
本当にやることがない。雨の音が部屋にポツポツと聞こえてくるだけでそれ以外の音はない。時々雷の音が聞こえるが雷の発生するところもだんだん遠くなっていき音も光も弱まってきている。
おかげで私の恐怖心もそれに同調するかのように弱まっている。
「とりあえずテレビでも見る?」
「ああ、そうだな」
テレビのリモコンのスイッチを入れ適当にチャンネルでを回し、良さげだと思ったチャンネルに回す。そして会話も終了する。
「……って、さっきまであんなに盛りあがっていたのに何この状況!?」
思わず思ったことを口にする。この状況はまずい。前にもこういうことがあったけどあれとはまた別だ。あれは単に私が変に緊張してたからだし早見君としては特に何も感じなかっただろうけどこれは確実に気まずい。
「うわ、何だ急に?」
「あ、急にごめん。つい本音が……」
「それは言うな。本当にやることないんだから。宿題も終わっちゃったし……」
「ああ。そうだったね。今日で夏休みの宿題全部終わらせちゃったものね。他に何も持ってきてないし……」
他にあるのは財布とスマホぐらいだ。スマホを弄って暇をつぶすことも可能だが早見君がいる状況で弄るっていうのはますます気まずくなりそうなのでやることはない。
「はあ、しょうがねえか。ちょっと部屋までとってくるから待ってろ。安心しろ多分雷も鳴らないだろうしすぐ戻るから」
「う、うん?」
とってくるって何をとってくるんだろう。
それから約5分後ぐらいして早見君が戻ってきた。
「……何持ってきたの?」
「ああ。これ」
「あ、それって」
早見君はどうやらゲーム機を持ってきたみたいだ。世間では結構有名なやつだ。
「とりあえずこれで遊ぶか」
「そうだね」
テレビのチャンネルを変えてテレビゲームができるような状態にしてゲームを起動させた。
「速水さん。何やる?とりあえずいくつかあるけど」
「うーん。あ、じゃあその狩りゲーで」
「……意外とそういうのもやるのね」
「うん。私も持ってるからこのゲーム。暇なときによくやるし……」
「ほう。そうなんだ」
さっきの沈黙はなくなり料理の時のような雰囲気になりつつある。
いかにも狩りげーっていう感じのオープニングが流れ、ゲームをプレイする。
それから、数十分後。私たちは時が流れるの忘れ、ゲームに熱中していた。
「そこ、敵出てくるよ」
「わかってる。あと、一応回復しといたほうがいいかもよ」
「いや、まだいけるよ。きちんと間合いさえ取っておけばなんとかなるから」
とこんな風な会話を続けながらゲームしている。
敵はもうすぐ倒れそうっというところいまで追い込みそこで捕獲に成功した。
「……ふう、やっと終わった」
「二十分ほど使っちゃったね。でも知らなかったわ。協力プレイって結構楽しいんだな。俺、ソロプレイでしかやったことなくて……」
「あ! それ私も! 周りにこういうゲームやる人いなくてずっとソロでやってた。本当、楽しいもんなんだね」
「ああ、速水さんもか」
楽しそうに会話をしている。早見君もさぞ、楽しそうだ。その笑顔にまた私はドキッとさせられるが、その空気に水を差すかのように別の意味でドキッとさせられるものが現れた。
「きゃあああ!」
雷の光が現れてその直後に今日一番の轟音が部屋に鳴り響く。
「うおおっ! 今のはびびったあ。どっかに落ちたんじゃないのか?……ん? やっぱり怖いのか?」
「う、うん。……って、え?」
なんで私、早見君の袖をつかんでるの? ……もしかしてこうしたかった……?
なら、その欲求に忠実になろう。これならなんとかなりそう。
「は、速水さん?」
「ご、ごめん。しばらくこうさせて」
「あ、ああ。別にいいけど」
こうしていると心が落ち着く。さっきは抱きついてしまい余計に動悸が激しくなってしまったがこれなら直接、早見君に触れることがないから安心だ。
数分ほど、この状態でいたとき、早見君の口が開く。
「どう?」
「うん。大丈夫。多分」
部屋に沈黙が続く。それはさっきのとは違がって心地いい。
……ん? 沈黙?
「あ」
「どうしたの?」
「ああいや、雨が止んでてさぁ」
「え!?」
外を見ると確かに雨は止んでいた。さっきまでごろごろと雷が響いていたのがうそのようだ。
何だよそれ。せっかくいい感じだったのに……これも神様の
「どうやらさっきのは夕立みたいだったな」
「うん。そうみたいだね」
「……で、どうする? このまま泊まってく? 時間もこんなだし」
時計を見ると午後九時をさしていた。これなら、泊まろうと思えば泊まれるだろう。だけど
「ごめん。帰るよ。この時間なら帰れない時間帯じゃないし。雷ももうさっちゃったしね」
「……そうか。じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
できれば引きとめて欲しかったけど、
……でも、そういう積極的な面もあるしやって欲しかったなあ。
そんなことを思いながらいつもの着替え部屋で私服に着替えた。家に出る前に早見君に挨拶してから帰ろうと思い、リビングに顔を出した。
「じゃあ、私これで帰るから」
「おう。またな」
「あと……あ、ありがとう」
「おう」
単調な返事をして早見君は、ゲームを再びプレイしていた。
「じゃあ、これで」
早見君の集中を削がないように自分にだけ聞こえるように言って家を出ていった。
今日は、なんというか色々あった。とりあえず色々あった。ある意味有意義な一日だったといえるだろう。
そう考えると一気に疲れが全身にまわってきた。
……今日はなんだかよく眠れそうだ。
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