追記28 After Burner〜博麗新とエアレース〜
嗚呼、飛行機が行く……。
博麗新が操る深紅の航空機が、東京湾の海面スレスレを飛び、ハンマーヘッドクレーンを旋回し、観覧車のスポークの間を突き抜けていく。
まるで映画のワンシーンのよう。
いや、これほどの曲芸飛行は、トムクルーズ主演のハリウッド映画でも観られないだろう。
そのゲームの名は『エア・リアルV2』。
いま全国のゲームセンターで絶賛稼働中のレースゲームだ。
このゲーム最大の特徴は、操縦するのが車でもバイクでも無いこと。
エアレース、すなわち航空機レースのゲームなのである。ちなみにシリーズナンバーの「V2」も、「安全離陸速度」を示す航空機用語だ。
エアレースはモータースポーツに比べると幾分かマイナーな存在だが、エナジードリンクのメーカーが主催となって開催しているシリーズがあり、これは日本でも開催されたことがあるから国内でそれなりの知名度を得ている。
ファンから「無印」と呼ばれているシリーズ第一弾は、実際に開催された大会コースの再現を至上命題としていた。結果としてこのゲームは、良く言えばリアルな、悪く言えばマニアックすぎるゲームに仕上がった。エアレースという題材、そして久しぶりにゲームセンターに現れた大型可動筐体の珍しさから、ロケテストこそ盛況に終わったものの、可動筐体が場所と金、そしてメンテナンスの労力を食うこともあって、資金とスペースに余裕がある大型ゲームセンターチェーンが各2台程度を購入するに留まり、あまり盛り上がらなかった。
前作の失敗を踏まえ、シリーズ第二弾こと『V2』ではテコ入れが図られた。オリジナルコースを多数収録することで、ゲームでしか出来ない体験を提供する方向へ舵を切った。マンハッタンの摩天楼を縫って飛んだり、万里の長城を城壁に沿って飛んだり、飛行機でトンネルをくぐったりといった、見た目にも派手なゲームへと変貌した。
体感ゲームに偏りすぎていた反省から、あくまでレースゲームであることをプッシュして、可動機能をオミットしたコンパクト筐体を開発し、稼働店舗の拡大も図られている。
そして時を同じくして到来したeスポーツブームが、本作にとっての
他ゲームのプロゲーマーをプロモーションに積極的に起用し、賞金制大会の開催も早々にアナウンスされた。前作の熟練プレイヤーとプロのエアレーサーが本作で対決するという企画は、本作の大きな宣伝効果を生んだ。
かくして本作はヒット作になり、折角作られたコンパクト筐体より、多少無理してでも可動筐体を導入する店舗が増えると言う逆転現象を生んだ。奇しくも、同じく航空機を題材とした名作体感シューティングゲーム『アフターバーナー2』を思い起こさせる売れ方である。
さて、本作には大別して二つのゲームモードがある。
一つは「エアロ」。飛び回ることの楽しさを重視したモードだ。ライバル機や地形に衝突しても弾かれるだけで、某カーレースゲームよろしく加速ギミックやアイテムの要素もある。大半のプレイヤーがプレイするのはこちらのモードだ。
そしてもう一つが「リアル」。「無印」のリアル路線を踏襲した、エアレースの過酷さを体現するモードである。ライバル機や地形に衝突すればかなり手前まで戻され――当初は即リタイアだったが、流石に不評だったのでアップデートで変更された――上級者同士の対戦ともなれば、接触ペナルティは敗北を意味する。故に、安全マージンをどこまで取るか、という独自の駆け引きがレースでは重要になる。
本来はそんなゲームなのだが……。
そんなシビアなゲームを、博麗新という男は華麗に乗りこなしてみせるーー例え酒を飲んできた後でも、だ。
博麗のプレイに惹かれたのは私だけでは無かったようで、いつの間にやらギャラリーが集まってきて、辺りが騒めき始めた。
「プレイヤーネーム『RTA』って、もしかして国内ランカー1位の人?」
「もしかしなくてもそうだろ……だってほら、来るぞ……!?」
博麗が操る航空機がロール角を合わせ、イルミネーションで刻々と色を変える観覧車目掛けて突っ込んだ。これが実際の飛行機だったなら自殺行為だ。
しかし機は爆発四散することはなく、真っ直ぐ夜空を駆けていく。
「今、当たってたよな!?なんで墜落しないんだ?」
「当たり判定が見かけ通りではないらしい。バグに近い仕様って奴だな。難易度が高すぎて実用的なショートカットでは無いから、修正されず意図して残されてるんだ。何しろ、この技を3周連続でやってのけるようなプレイヤーは、国内ではこの人しか居ないって話だからな」
解説どうも、野次馬の諸君。それにしても、そんなウルトラCを、神田のビアバルでクラフトビールを10杯煽った後にやってのけるのか。腹立たしいまでに天才である。
博麗新。RTAにおけるかつての私のライバル。
今戦えば負けることはない。私には『時間遡行』――ゲームでの敗北と同時に、私の意志とは無関係に時を巻き戻す呪いが備わってしまったから、負けることはあり得ない。
それはつまり、博麗新との真剣勝負が、もう叶わないことを意味している。
博麗新が大型稼働筐体から降りてきた。自己ベストの更新までには届かなかったものの、ゲームセンターの最高記録を軽く更新して、満足げな笑みを浮かべている。
「楽しかった!気分がいいからもう一件飲みに行くか」
勘弁してくれ。翌日が休みの日に一度博麗にとことん付き合ったところ、『八次会』という秘境に突入し、結局昼頃まで連れ回されたことがある。
私が帰る口実を探していると、丁度よくスマートフォンが震えた。丁度良い。用事があるってことにして引き上げよう。
画面には「呉藍みりあ」と表示されていた。
呉藍みりあは芸術系の大学に通うジャズドラマーで、私と同じく秋葉原の純喫茶『サーカス』の常連なのでよく顔を合わせる。重度のセガマニアで、プロ級の音ゲープレイヤーで、そしてとにかくよく喋る。
お喋りなことは本人も自覚していて――自覚しているからと言って自制できないのだが――呉藍との連絡はテキストメッセージやスタンプで済ませるのが常だ。電話をかけてくることは随分と久しぶりのことである。
「もしもし、電話なんて珍し……」
「良かった!!繋がった!!」
呉藍は泣いているらしい。発する言葉の一つ一つに濁点が付いてる感じだ。
「何かあったのか?」
「それが!それが!シオンちゃんがドタキャンして!家に行ったんだけど!ドアに手紙があって!それで……」
呉藍みりあは普段から落ち着きなく、そしてよく喋る奴だ。しかしこの日の彼女はいつにも増して連合弛緩ぶりが著しい。
「ちょっと落ち着け。全く意味が分からない。何があったんだ?」
「落ち着いてなんていられないよ!だって、だって……!」
呉藍が黙った。
呉藍とは長い付き合いだが、彼女が静かになるというのは、夏に雪が降るような、クルーがインポスターをキルするような、『ドラクエ3』が50秒でクリアされるような、そんなあり得ないことだ。
余程の緊急事態があったに違いない。
そして絞り出された呉藍の言葉に、私も声を失うこととなる。
「維織ちゃんが……誘拐されちゃったんだよ!!」
理解が追いつかない私の口から、この言葉がこぼれた。
「冗談じゃねえ……」
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