追記27 Shattered Skies~ゲーマーという生きもの~
ゲームが『eスポーツ』という別称を獲得し、スポーツの仲間入りをして久しい。
プロゲーマーは子供達の憧れの職業と化し、様々な企業や自治体がプロチームを立ち上げ、ゲームの塾やら専門学校やらの広告を街で見かけることも珍しくなった。
「体を動かさないのにスポーツを名乗るのか」という批判はいまだに多いが、徐々に理解を得られつつある。要求される動作の精密さ、そしてそのために求められる集中力は、卓球やバドミントンといったスポーツに勝るとも劣らない。
トッププレイヤーの鬼気迫る表情を見れば、その過酷さはゲームをやらない人間にとっても自明なのである。
では、eスポーツに携わるゲーマーの精神性――つまりメンタルの強さまで、果たしてスポーツマン達に迫っているだろうか。
例えば、格ゲーコーナーをうろついているそこの男。
ついさっき、2D格闘ゲーム『戦国の拳』で私が下した相手である。
ここは秋葉原の中央通りに面した『Hex』という名の老舗ゲームセンター。純然たる『表』の店で、懐かしのレトロゲームから最新ゲームまでを揃えたラインナップの豊富さを売りにしている。
名作弾幕シューティングゲームがひとしきり揃っているから、かつての私もここに通った。高校生の頃の私の小遣いが、ほとんど『_@-zv_@』と『陰蜂』に消えたのは苦々しくも懐かしい思い出だ。
そんな訳で格闘ゲームだけに注力している店では無いが、何しろアクセスが良く知名度があるので、プレイヤー層は厚く、大会や交流会も盛んに開催されている。
男もまた、プロ級とまではいかないものの、猛者の一人と言えるだろう。
しかし、所詮は『表』のゲームセンターだ。昨年末から私が通う『ワイルドドッグ秋葉原店』――『裏』のプレイヤーが鎬を削る、ゲームセンターの名を借りた「賭場」と比べてしまうと、やはりプレイヤーの実力は全体的に劣る。表のプレイヤーから見たら、裏のプレイヤーはみんなパキスタン人のように映るに違いない。
私が本来得意とするのは、アクションゲームのRTAや、2Dシューティングのような、パターン化の研究と再現が求められるゲームジャンルだ。アドリブ性の高い2D格闘ゲームは、どちらかというと苦手な部類に入る。
しかし『戦国の拳』に限ってはまた話が違う。かつての強敵との戦いで、文字通り必死の研究と研鑽を積んでいるから、表のゲーマー相手であればそうは負けないと自負している。
実際、彼を下すのにイカサマの必要はなかった。初戦だけはファイナルセットまでもつれ込んだものの、そこまでで十二分に相手の癖を把握できたので、その後で相手が連コインしてきた時には一貫してストレートで下した。
ではその負けた相手が何をしているのかと言えば……どうやら対戦相手を物色しているようだ。
彼とランクの近いプレイヤーが数人、CPU戦を回して乱入対戦を待っているが、男は興味も示さない。その一方で、見るからに立ち回りの甘い相手を見つけるやいなや、嬉々として乱入していった。
つまるところ、初心者狩りである。
私に連敗を喫してダウン寸前となったプレイヤーランクを、勝てそうな相手を探して倒すことで、なんとか維持しようとしている訳だ。
実力を定量化したものがプレイヤーランクのはずだが、プレイヤーランクにしがみつくことで実力を示そうとする矛盾。一度落ちたランクを戻すには試合回数を重ねる必要があるし、アーケードゲームは金もかかるから、ランクを維持したい彼の気持ちは分かる。ゲームやゲームセンターのルールに反している訳でも無い。
しかし、スポーツマンシップ――すなわち公正公平さとは程遠い立ち回りであることは間違いない。
とはいえ、私とて彼を非難できるような立派な人間ではない。
私こと霧雨祐は、『裏』プロゲーマーである。
ゲームの勝敗に金を掛け、意図せず身についてしまった
その異能を手に入れてしまったのも、ライバルとの勝負を前にして、『ゲーミングドラッグ』に手を出す心の弱さが招いたことであるから、ランクダウンを恐れる彼となんら変わりない。
オンライン協力ゲームなどでは、敗北の原因を作ったプレイヤーを晒し上げるような書き込みや呟きが、探すまでも無いほど漂っている。『表』のプロゲーマーが八百長やチートを使ったなんて話も珍しくない。
勝敗にこだわるのは、必要なことだ。真剣に遊ぶからこそ、勝った時の喜びはひとしおとなるし、観客も魅了される。
だがこだわり過ぎることは時に、ゲーマーを苦しめる。楽しいはずのゲームで「辛い」と感じ、そして時に人格すら歪めてしまうこともあるのだ。
しかしそんなゲーマーという生き物を、勝敗というストレッサーから解放してくれるのもまた、やはりゲームなのだと思う。
アベンジャーズタワーの天辺から、ニューヨークの夜景を眺めた時。
『FF9』や『チョコボレーシング』のEDを聞いて癒された時。
バーガーに豆腐の唐揚げを三段挟んで、その売上の悪さに大笑いした時。
あるいは、真に優れたプレイヤーを見た時。
どう足掻いても追いつけそうにない天才の、美しさすら感じるプレイングを目の当たりにし、感動した時だ。
16:9に区切られた青空に浮かぶ、深紅の飛行機。
その鮮やかな挙動に、ただ私は見惚れていた。
機を操縦しているのが、かつての私のライバル――博麗 新であることすら忘れて。
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