追記25 Someday~ゲーミングドラッグ~

 地下アンダーグラウンドでのチンチロ勝負から一週間ほど過ぎたある日。

 週イチの自室の大掃除を前に気合を入れようと、昼食を食べに純喫茶サーカスを訪れ、そして⇒驚愕した。

 いつも閑古鳥が鳴いていたというのに、この日は人で溢れんばかりだったのだ。

「いらっしゃい。2、3日前から急に客が増えだしたんだよ。一体何があったんだ?」

「インフルエンサーがネットで宣伝したみたいですけど、まさか宣伝効果がここまでとは……」


 蓬莱アリスは、協力者である私達に全力で報いた。

 依神が『シオン』の中の人ということは勿論黙ってくれているし、私の口座にもそれなりの謝礼金が振り込まれていて、呉藍にもイベントの関係者席のチケットが送られてきたと聞く。更に作戦の功労者である川代なとりがこの純喫茶サーカスの孫娘と知ると、SNSで店を宣伝する律儀っぷりまで見せた。


 その結果がこれだ。いつ来ても閑散としていた店が、今日はアリスのファンで溢れ、どのテーブル筐体にも食欲を萎えさせる――アリスはインスタ映えすると紹介した――虹色の料理やドリンクが並んでいる。明らかに人数よりも多い皿が並んでいる卓もあるが、ちゃんと完食されるのだろうか。

 おそらくはインベーダーブーム以来であろう繁盛ぶりに玄爺も上機嫌だが、常連としては複雑な気分だ。

 玄爺こだわりのゲームBGMも、客の声と、カメラのシャッター音――写真は各種SNSや飲食店レビューサイトに拡散中――に半ばかき消されてしまっている。名曲『Vector to the Heavens』に誰も耳を傾けないとは、無粋な連中だ。


 それにしても、これから会う人物には悪いことをした。怒って帰っていないと良いが。

「見ての通り満席だ。しばらく開きそうに無いな」

「大丈夫です。今日は待ち合わせなんで」

「待ち合わせ?今日はみりあちゃんも、麻雀好きの娘も来てないぞ」

「今日会うのはネットの知り合いで……ああ、あの人かな」

 店内を見渡すまでもなく、待ち合わせていた人物はすぐに見つかった。

 薄暗い店内でサングラスをかけた女性が、麻雀のテーブル筐体を前に俯いている。桜の季節も終わってそろそろ初夏だというのに、リクルートスーツの上にダッフルコートを着込むという季節不相応な厚着だ。変装のつもりなのかもしれないが、Tシャツ姿の男性ばかり――着ているのは蓬莱アリスのイベントグッズだ――が集う店内にあっては、目立ちようである。

 スマートフォンのアプリを開き、予め知らされていた特徴と一致することを確認して、そして声をかけた。


「南雲さんですね」

 錦糸町のサウナで見たテレビで、ゲーミングデバイスについてやる気なさげに訪ねていたインタビュアー。

 そして――名蜘蛛ムラサキの中の人である。


 正体を知って、先ず私は彼女の経歴を調べた。

 南雲なぐもゆかり。テレビ局のアナウンサーだ。かつてはアイドルのような人気ぶりで、全盛期にはゴールデンタイムのバラエティの司会も任されていた。

 しかし「遊んでいるだけで有名になれて羨ましい」といったニュアンスでプロゲーマーを小馬鹿にし、その後の発言も火に油を注いでSNS上で大炎上。それ以来、メディアへの露出が目に見えて激減した。干された、というヤツである。

 私が錦糸町のサウナで見たゲーミングデバイス特集を彼女が担当していたのには、好感度回復の目論見があったのだろう。しかし早朝の情報番組のワンコーナーでしか無かったので、残念ながら露ほども話題にならなかった。仮に話題になったとて、あのやる気のない取材態度では焼け石に水、ツボツボにつつくといったところか。

 落ちぶれてもなお、アナウンサー時代に膨れ上がった虚栄心を捨てられなかったのだろうか。

 結局は自ら遊んでいるだけで有名になろうとVTuberに身を落とした訳だが――異能のおかげでFPSの勝率だけは高かったものの――根本的にゲームの楽しさを理解していない彼女の配信に人は来なかったし、更にはその無知さを突かれて、ギャンブルでも我々にも敗北した。

 いい加減に彼女も学ぶだろうか。

 ゲームを作る人も、支える人も、遊ぶ人も、みな本気なのだということを。

 本気でなければ人の心は動かせないということを。

 

 さて、呉藍が中の人の正体を見破ったことで、アリスは期せずしてムラサキの弱みを握ることとなった。

 これが抑止力として機能しているようだ。

 あれからネットニュースを見張っているが、今のところ件の違法オンラインカジノは話題になっていないし、蓬莱アリスがギャンブルに手を出していたことも明らかになってはいない。


 この日南雲を呼び出したのは、アリスとは無関係の完全な私用だ。

 SNSを通じて話がしたいと呼び出したところ、「なるべく人が居ない場所を」と返信が返ってきたので、選んだのがこの喫茶店サーカスだったのだが、まさかこうも繁盛してしまうとは。

 しかも周りは誰も彼もアリスのファンだ。居心地は最悪だろう。


「あの……ちょっと待ってもらえますか」

 名蜘蛛改め南雲はそう言って、震える手でカバンからプラスチック製のピルケースを取り出すと、中に入っていた錠剤を2錠、アイスコーヒーで飲み干した。

「すみません、人混みが苦手で」

 ということは、内服したのは抗不安薬なのだろう。

 しばらく待つと薬が効いてきたのか、体の震えが治まっていった。

「……アリス先輩のことは誰にも喋ってないし、書いてません。今日はなんの御用ですか」

甘えたような喋り方はテレビ出演やVTuber用の作り物であったらしい。穏やかで、聞き取りやすく、そして冷たいながらも怒りを感じる声だった。

「それとは別件です」

 私は当然の疑問を、躊躇することなくぶつける。


「テクスチャを改竄する力、どうやって身につけたんですか?」


「テクスチャ……?」南雲が首を傾げる。ああ、ゲーム用語だから分からないのか。

「ゲームのグラフィックのことです。FPSの自モデルの見た目、ポーカーのカード、チンチロのサイコロ……書き換えてイカサマしてたでしょう」

「……っ!!なんで私の『テクスチャを書き換える程度の能力インヴィジビリティ・クローク』のことを知ってるんですか!?」

「いんゔぃ……なんだって?」

「すみません、能力のことを自分ではそう読んでるんです。インヴィジビリティ・クローク」

 南雲がサングラスの位置を直しながら、恥ずかしげに顔を逸らす。Invisibility cloak――透明マントのことか。

「なんで超能力のことを知ってるんです?」

「実は私も似たような力を持っていましてね」

「……!?もしかしてあのピンゾロ連続は……!」

 それは依神の異能の仕業なのだが、黙っておいた。そもそも私の『時間遡行』は私以外に発動を知覚できない。

「人間の限界を超え、電子機器や物理法則に鑑賞する異能。その正体を調べてるんです」


 かつては普通にゲームを遊び、普通に負けることもあったから、負けることが許されない『時間遡行』の異能が後天的に身についたことは間違いない。

 だが、その原因が何であったかが分からない。思い出せない。

 ある日を境に身についたことは間違いないのに、どういう訳か私も碓氷もその記憶が曖昧なのだ。『当たり判定を改竄する程度の能力セメタリー・オブ・アラモゴード』を行使していた碓氷についても――その交際相手の夜光を通じて――探りを入れてみたが、結局何も分からなかった。

 私は異能の正体を突き止めねばならない。

 この呪いを解き、そして普通にゲームを楽しむために。


「何故その力が手に入ったのか、聞かせて貰えませんか」

 一応疑問形で聞いてはいるが、南雲アナに拒否権は無い。こちらはあちらをその表も裏も知っている一方で、あちらはこちらを知らないのだから。

「オフレコでお願いできますか?」

「約束します」当然だ。異能の存在が世に知られたら、大混乱が目に見えている。

 南雲は少し躊躇い、残りのアイスコーヒーを飲み干してから、再び口を開いた。

「……薬を売ってもらったんです。能力を活かせる『アンダーグラウンド』のことも、その売人から教えてもらいました」

 やはり薬物を飲まされたか。私にもかすかだが、誰かが直前に訪ねてきた記憶はあったのだ。

「その薬について、知ってることは他にありませんか。薬の名前とか、薬品名とか」

「赤い錠剤だったような……そういえば、売人は薬のことをこんな風に呼んでました」

 

「ゲーマーの人生を虹色に彩る薬。『ゲーミングドラッグ』と」

2nd Game 完

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