追記24 imprinting~地下ギャンブル③~

「わたしの負けです、アリス先輩」

 ムラサキの敗北宣言により、決着はついた。アリスからの勝ち分を全て吐き出し、ついにはタネ銭も尽きたようだ。

 私もほっと胸を撫で下ろす。この作戦が成功して良かった、と。


 今回の作戦は、コントローラーのハッキングでサイ振りを失敗させる第一段階と、依神の確率操作で勝ち切る第二段階からなっていた訳だが、この第一段階でどこまで金を巻き上げられるかが焦点だった。

 ムラサキがコントローラーの異常に気付くのが早ければ、その後は依神の『確率操作』だけで戦うことになるし、それで依神の豪運を使い果たしてしまえば、後はムラサキの『テクスチャ改変』になす術もなくなる。かなり綱渡りな作戦だったのだ。

 そんな訳で、数十回は『時間遡行』でやり直す羽目になった。まあ疲労は酒とサウナと睡眠で取れる可逆的なものだし、依神が不幸に見舞われるよりはずっと良い。


 しかし、そもそもムラサキが送られてきたコントローラーを馬鹿正直に使ってくれなければハッキングどころでは無かった。ムラサキがチンチロリンでの勝負に乗ってこなければ作戦どころでは無かった。これらに関しては上手くいかなかったからと言って、勝負が始まる前だから『時間遡行』でやり直しも効かない。

 私達は、あくまで勝率を上げただけ。

「タレントとしてネットを渡っていくには、運が必要よ。ただ運だけで殴り合いましょう」――勝負が始まる前にアリスはそう言っていた。

 その言葉の通り、結局はアリスがムラサキに、その運の力で勝利したのである。


「これでアリスがあんたの言いなりになる理由は無くなったわ。後は自分の力で頑張ることね」

 握られていたアリスの弱みは無くなった。もう地下アンダーグラウンドにいる必要もない。バトルロイヤルの時ほどでは無いが、『時間遡行』の繰り返しで私も眠かった。

 ログアウトして寝よう――そう思ってメニューを開こうとしたその時。

 ムラサキの放った一言に、目が覚めた。


「……この違法カジノのことと、アリス先輩がここでギャンブルしてること、SNSにリークします」


 アリスの3Dモデルが硬直したように動かなくなった。いや、その場にいる誰もが同じ反応だった。中の人に相当な緊張が走った現れだろう。

「そ……そんなことしたら、アリスだけじゃなくて、この場にいるみんなが終わりよ!?勿論、あんただって!」

「私は底辺VTuberですもの〜。失うものなんて何もないわ~♪これからもよろしく末永くよろしくお願いしますね、セ・ン・パ・イ♪」

 やられた。こればかりは、そもそもギャンブルに手を出したアリスの落ち度だ。残念ながら、私にも依神にもなとりにも、出来ることは何も無い。

 勝負に勝って試合に負けた、そんな気分だった。


 そんな時、呉藍みりあがボソリと呟く。

「ねえねえ、この声なんだけど」

「声って……ムラサキのか?」

「うん。どっかで聞き覚えない?」

 ジャズドラマーである呉藍は、非常に耳が良い。

 『GAMBOL』でパーフェクトを出せるリズム感と、ファミコンソフト『シルバーサーファー』のBGMを容易く耳コピしてしまうレベルの絶対音感を有している。幼少の時には、ピアノで私が適当にならした音を、寸分違わず再現するという特技を魅せられ、驚かされたものだ。

 それと関係あるのか分からないが、声優の声を聞き分ける「ダメ絶対音感」という無駄な能力まで備わっている。「ガヤ」――街中の雑踏や学校内の音など、ガヤガヤした効果音のこと――に混ざった声ですら、それが知っている声優であれば言い当ててしまうのだ。

 呉藍の言うことは、それがSEGAか音に関するならば、まず間違いがないと言っていい。

「俺には分からないな……でも、聞き取りやすい声だとは思ってた。名蜘蛛ムラサキの中の人はプロの声優か?」

「声優さんじゃないと思うな。でもテレビで聞いた声……」

 呉藍なりに、推しのために役立ちたいのだろう。頑張って思い出そうとしているようで、いつもうるさい呉藍が珍しく黙り込んだ。

 しばしの静寂の後、再び呉藍が口を開く。


「えーっと、名前は分からないんだけど、ニュース番組のアナウンサーだと思う」


 霧雨祐に電流走る。我、天啓を得たり。

 呉藍に言われてピンときた。私は名蜘蛛ムラサキの中の人を知っている。声を聞いたことがあるどころか、見たこともあったのだ。

 あれは……錦糸町で、90℃の熱に触れていた時だ。

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