追記23 OWARI-HAJIMARI~地下ギャンブル②~

「え〜!また『ションベン』〜!?」

 ムラサキの放ったサイコロが、碗の外に零れ落ちた。アリスとムラサキのチンチロ勝負が始まってから、既にこの女は5度、同じ失敗をしている。

 戦場がVR空間であるため、ムラサキがどんな表情を浮かべているのかは分からない。だが、相当に苛ついていることは間違いない。『ションベン』という、女性にはまあまあ恥ずかしいであろうワードを躊躇いもなく口にしてしまうあたりに、その余裕のなさが現れている。 

「ヘタクソねえ。アリスが初めてやった時でも、こんなに失敗はしなかったわよ」

 ムラサキがサイ振りに失敗するたび、こうやってアリスが煽る。これも私達の作戦だ。ムラサキから冷静さを奪い、イカサマを隠すための。

「今度こそ~!えい!」

 ムラサキが再びサイコロを振る。今度はゆっくり慎重にサイを投じた彼女だが、サイは椀の縁にぶつかって、あらぬ方向へと飛んでいった。これで6度目の暴投である。

『今のところ上手く行ってますね』なとりからのテキストメッセージ。

『ありがとう。問題は、いつまで気付かないか、だが』




 VTuber・名蜘蛛ムラサキの異能アノマリー

 FPSでは敵に見つからず潜伏し続け、ギャンブルでは強運を発揮し続ける、一見無関係そうに見えるイカサマの共通項。

 それは「テクスチャを張り替える」力だ。


 バトルロイヤルFPSゲーム『NarrowDown』で私が敵の姿を捕捉できなかったのは、背景に溶け込むようにテクスチャを書き換えていたから。

 要するに「ステルス迷彩」である。

 ただしカムフラージュ率が100%になるような便利能力ではない。あくまで一方向からの見た目を誤魔化すものであって、同時に別の方向から見られてはバレてしまう。つまり混戦では力を発揮しないのだ。ムラサキが最終盤まで芋に徹していたのは、このイカサマが最大限力を発揮する、一対一の状況を狙っていたからだろう。

 ちなみに『Narrow Down』はTPSではなくFPSであり、自分の画面に自分の姿は映らない。だからこんなイカサマを白昼堂々とやりながらも、ゲーム配信が可能だったわけだ。

 このカラクリをアリスに話した時には、「馬鹿な女」と嘲笑していた。

 「勝つ時もあれば負ける時もある。その結果にアリス達が大袈裟に反応する。だからこそ、ゲーム配信って見てて面白いのよ」「必ず勝つゲーム配信なんて、見ていてつまらないでしょう。ムラサキは何も分かってないわね」と。

 期せずして、ゲームに負けられない呪いを背負った私にも突き刺さる言葉だった。

 

 さて、バトルロイヤルFPSでは限定的な講師だったこの異能アノマリーは、オンラインカジノでは極めて汎用的で強力なイカサマとして機能する。

 何しろ絵を書き換えられるのだ。牌の表面を削り取って白にする、といった次元では無い。どの牌でも作り放題、極端に言えば中一色だろうが發一色だろうが思いのままだ。

 他にも、例えばポーカーではカードを、丁半博打ではサイコロの目を、手本引きでは繰札が公開された後で張札を、ルーレットではリールの図柄を書き換えることで、確実に勝つ、あるいはアタリを出すことができる。

 ルーレットやパチンコといった書き換えられない博打に対しては無力、という欠点もあるにはあるが、沢山のギャンブルから得意な種目を選べる地下アンダーグラウンドカジノでは何の問題にもならない。

 普通に戦っては勝ち目はない。


 だから私は、戦わないことにした。


「もしかして……!」

 ムラサキの3Dモデルがサイコロを手に握ったまま動かなくなった。

『どうやら勘付かれたみたいです。コントローラの接続が切れました』

 ムラサキは「欲しいものリスト」でモーションコントローラーを欲しがっていたが、ゲームに関心のないムラサキらしく、どこの国で作られたかもわからない怪しい商品まで、こだわりなくリストに加えていた。

 その中からセキュリティが脆弱なゲーミングデバイスを送りつけて、なとりがハッキングでセンサーを狂わせて、サイ振りを失敗させたのである。

 サイの目をコントロール出来たとしても、そもそも目自体が出なければ意味がない、という訳だ。

 しかし、その手が使えるのもどうやらここまで。


「コントローラーが故障してたみたい~。前に使ってきたコントローラーに繋ぎ直したから、ここからが本当の勝負よ~!」

 場に緊張が走る。

 親のムラサキのサイ振り。サイコロは正しく椀の中に収まり、そして停止する。


 出た目は……4・4・6。


『目は6ですか。強い目ではありますけど、目を書き換えられるにしては大したことないですね』

『書き換えるタイミングが無いからな』

 例えば半丁博打であったならば、ツボにサイコロが隠されている間に目を偶数か奇数に書き換えてしまえば、誰にバレることなく当てることが出来る。

 しかしチンチロでは、投げられたサイコロは常に場に晒されているため、目を書き換えるタイミングが無いのだ。

 それでもムラサキが勝負に乗ってきたのは――某ギャンブル漫画よろしく――サイコロを4・5・6だけの所謂「シゴロサイ」に書き換えてから振ることで、高確率で強い目を出せるから。

 これなら、目は4から6、あるいはシゴロとアラシしか出ない。

 逆に言えば、それ以上に強い目は出せないということでもある。


「この目を超えられるかしら~?」

「甘いわね。アリスが本物のタレントの運ってものを、見せてあげるわ!」

 子のアリスのサイ振り。アリスがサイコロを握り込んだのを見て、依神がポツリと呟く。

「ついに私が力になれる時がきたな……!!」

 そう、こちらには依神の異能アノマリー『確率操作』がある。

 ゾロ目を出すなら1/36、ピンゾロでも1/216。狙ったSSRを単発で引き当てられる依神には造作もないことだ。

 それに、ロイヤルストレートフラッシュを揃えたり、国士無双十三面待ちを揃えたりするのに比べれば、確率はずっと常識的で、運の消費も省エネである。


「これが、人気VTuberの運の力だ!!!」

 アリスの出した目は……当然ピンゾロ。

 その後の依神も、なとりも、呉藍も、そして私も、たまたま参加した野良プレイヤーも、揃ってピンゾロ。五倍付け×9回。

 暴投続きでそもそも種銭を減らしていたムラサキが、残りの金を吐き出した。


 コントローラーと、確率操作による二段構えの作戦。

 チンチロ勝負に乗ってきた時点で、ムラサキの命運は尽きていたのだ。

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