追記22 Make or Break~地下ギャンブル①~

 二人の少女が、スクランブル交差点で向かい合っていた。

「あんたとの関係も、今日で終わりよ」

「また負けに来てくれたんですね、アリス先輩。怖い顔しないで、今日は楽しみましょ~」

 蓬莱アリスと、名蜘蛛ムラサキ。

 二人の関係を精算するためのリベンジマッチが、いよいよ始まろうとしている。

 アリスが前戦の負け分を取り返せば、二人の関係はこれで終い。アリスは後腐れなくVTuberを続けられる。

 しかしアリスが再び負けたならば、ムラサキに弱みを握られたままだ。引き続き所属企業とムラサキとの板挟みに苦しめられ、もしかしたら契約を解除されるかもしれない。収入源と、そして生き甲斐を失うことになるのだ。

 アリスという名前も、可愛らしいその姿も、架空の存在に過ぎない。

 彼女が立っているこの渋谷も、VR空間上にポリゴンで再現された虚像に過ぎない。

 だけれど、アリスはこの勝負に「現実」を賭けている。

 その本気さ故だろうか。私の現実の体は秋葉原の自室にあるというのに、熱風が吹き荒れているような気さえした。

 

 対峙する二人のVTuberを、私たちは少し離れたところで観察していた。

「ついに私が役に立てる日が来たな!」

 そう言って私の隣に立つのは依神だ。VTuber『シオン』の3Dモデルを所持している彼女だが、アリスの仲間と悟られないために、今回は私と同じく出来合いのアバターで参加し、ユーザー名も偽っている。

 奇跡を起こす代償に己の運をすり減らす依神の異能アノマリー――『乱数を調整する程度の能力サクラバシステム』にはなるべく頼りたくなかったが、依神が力を使わせてくれとせがむのと、やはり強力は強力ということで、最後の切札として使うことにした。

 そして、同じくカスタマイズをしていない初期アバターがもう二人。

「……」

 動かず、喋らず、静かな方は川代なとりだ。対人コミュニケーションの苦手ななとりは、VR空間の中であっても肉声で喋るのには抵抗があるようで、先程から黙ったままだ。

 あるいは、うるさい方の多弁さに圧倒されて、言葉を失っているのかもしれないが。

「渋谷の再現度すっごい!クラブセガがあった頃にはよく通ったな~。そうそう!このVRセット、『あらかた⭐︎ダンシングショー』用に揃えたものなんだ!使い道がなくて埃を被ってたけど、まさかアリスちゃんを応援するのに使えるとは思わなかったよ!」

 なとりのアバターとは対象的に、もう一人は聞いてもいないことをベラベラと話し続けている。

『この方は誰ですか?』と、なとりからテキストメッセージが届いた。

『呉藍みりあだ。俺と同じく、お爺さんの店の常連だよ』

 所属しているバンドのライブ準備で忙しくしていた呉藍だが、推しであるアリスに協力したいと内心ウズウズしていたらしい。あまりにしつこく、そしてうるさく頼まれるものだから、私も遂には根負けして、この場所アンダーグラウンドのことを教えたのだった。

「みりあさんの参加は計画に無かったですが、問題ないですか?』

『呉藍はアリスのファンだから、足を引っ張るようなことはしないはずだ。それに、人手は多い方が良い」

 これから戦うゲームでは参加者がいればいるほど、ムラサキから多額を踏んだくれる公算だ。呉藍みりあが居る方が得でこそあれ、邪魔にはならないに違いない。

「アリスちゃん、何のゲームで戦うのかな!?花札だったら負けないよ!なんてったって、帝国華劇団相手に鍛えられたからね!アリスちゃんに助言して来ようかな!?」

 前言撤回。邪魔かもしれない。


「勝ったら今度は何して貰おうかな〜!それで、何で勝負するの〜?」

 ムラサキにそう言われて、アリスは最終確認とでも言わんばかりに私を一瞥する。

 それに応えて私が頷いてみせると、アリスは再びムラサキへと向き合い、そして宣戦布告した。

「チンチロリンで勝負よ!」


 チンチロリン。チンチロと略して呼ばれることもある。

 サイコロ3つと茶碗1つがあれば出来るシンプルなゲームだ。サイコロが碗を転がる時の音からその名がつけられたと聞く。

 器に投じられた3個のサイコロのうち、2個の出した数が一致した際、残りの1個が「目」となる。例えば、4・4・6 と出た場合は「6」が、4・6・6と出た場合は「4」が目となる訳だ。

 参加者のうち一人が順に「親」となり、子は金を賭け、親と子で目の大きさを争い、より大きい目を出した方が金を得ることが出来る。

 特殊役として、4・5・6と出る『シゴロ』、1・2・3と出る『ヒフミ』、サイコロ3つの数が全て一致した『アラシ』がある。地下アンダーグラウンドチンチロでは、シゴロなら賭けた金の倍、アラシなら三倍、そして目が全て1と出る『ピンゾロ』の場合は五倍もの額が得られるレートとなっていた。逆にヒフミの場合は、賭けた額の倍が取られる。

 また、サイコロが器の外に出てしまった場合は『ションベン』と呼ばれ、無条件に負けとなる。物理演算が導入されているこの世界ワンダフルワールドでは、サイコロはモーションコントローラを使って振らなければならないから、多少の慣れが必要である。プレイヤーの技術が問われるのは、せいぜいこの時くらいだ。

 このゲームにおいて、プレイヤーの能力は全く問われない。サイコロを溢さないように器に振って、強い目や役が出れば勝つ。ただそれだけのゲーム。全てが運否天賦次第のギャンブルである。


 とあるギャンブル漫画で、多額借金を負って地下の強制労働施設に追いやられた主人公が、地上への復帰を賭けて戦ったのがこのチンチロリンであった。まさしく『アンダーグラウンド』で戦うには相応しいゲームだ。しかし、これから戦うのは、脂ぎったおっさんたちでは無い。

「え〜?チンチロ〜?地味すぎない〜?この前みたいにポーカーにしましょうよ〜」

 ムラサキが不平を鳴らす。確かにVTuberというタレントが生涯を賭けた戦いをするには、あまりに華が無さすぎる。事前の作戦会議でも、アリスはそもそもムラサキが勝負に乗ってくるかを不安視していた。

 しかし私には、それでもムラサキがこの勝負に乗ってくると確信していた。

 何故なら、チンチロはムラサキが得意とするギャンブルの一つ――すなわち、彼女の異能が行使できるゲームなのである。

「アリスはまどろっこしい頭脳戦とか、心理戦はしたくないの。タレントとしてネットを渡っていくには、運が必要よ。ただ運だけで殴り合いましょう。そうねえ……チンチロが嫌なら、ルーレットでもいいけど」

「人気のルーレットは注目されすぎちゃうから嫌だな~分かりましたよ。正々堂々、チンチロで戦いましょ~」

 ルーレットを引き合いに出すアリスの話術がハマって、無事ゲームはチンチロリンに決まった。

 ルーレットは人気ゲームでありながらムラサキが露骨避けていた――つまり、ムラサキの異能アノマリーが行使できないゲームである。

 心理戦はしたくないと言いながら、既に心理戦ではアリスが勝利したと言える。そのえげつなさとたくましさには苦笑せざるを得ない。


 ムラサキがホストとなってメンバー募集を始めたので、アリスが先ず参加して、私、依神維織、呉藍みりあ、そして川代なとりとその輪に加わり、通りがかった野良ユーザーも加わって、10人の枠が埋まった。

 いよいよ決戦だ。ムラサキに知られないよう、なとりとテキストチャットでやり取りをする。

『計画通りに出来そうか?』

『霧雨さんの読み通り、ムラサキさんはを使ってます。いつでも始められますよ』

『じゃあ頼む。これでどれだけ搾り取れるかだな』


 最初の親はムラサキに決まった。まずは親がサイコロを振り、その目に対して、他のプレイヤーもサイコロを振っていき勝負していくのである。

 目が出れば、いや、出せるならばの話だが。

「えい!……あれ〜?」

 ムラサキの第1投。投げられた3つのサイコロは、どれも茶碗から大きく逸れて、敷かれた畳へと落ちた。

 『ションベン』――つまり、無条件にムラサキの負け。

 アリスの逆襲は、ムラサキに気付かれることなく、静かに始まったのである。

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