追記15 Underground~VTuberの裏カジノ~

 依神がVTuber・蓬莱アリスの代打ちを引き受けてから一週間。

 私と依神は、渋谷に居た。

 Qフロント、スクランブルスクエア、ヒカリエ、忠犬ハチ公像……どこを見ても私が知る渋谷そのものだ。

 しかし、私の知る渋谷と異なるところもある。行き交う人々の姿だ。

 アニメやゲームのキャラクターのような奇抜なファッションの少女達。小動物、ゆるキャラのような謎の生命体も街を闊歩している。

 白地のTシャツにジーパンという地味なファッションの私は、かえって目立って見えていることだろう。

「霧雨!これって渋谷だよな!」

 依神の声が珍しく弾んでいる。どうやら初体験であったらしい。

「はしゃいで歩き回るなよ。視界に映るのは渋谷のスクランブル交差点でも、実際にいるのは秋葉原の狭い我が家だからな」

 そう、実際の私たちは渋谷になどいない。VRゴーグルを通じて、忠実に再現された3Dモデルの渋谷を見ているに過ぎないのである。

 そしてこの架空の街が、依神の戦場バトルシティとなる。

「来るのがゼタ遅いわよ。待ちくたびれたわ」

 先に待っていた蓬莱アリス――黒髪ではなく金髪のVTuberの姿だ――が私達を出迎えた。

「ようこそ、オンラインカジノ『アンダーグラウンド』へ」

 



 ソーシャルVRプラットフォーム『ワンダフルワールド』。

 3Dモデルを使ったコミュニケーションが楽しめるオンラインサービスである。VRに対応した『セカンドライフ』といえば、2000年代のコアなネットユーザーには伝わるだろう。

 専用のフォーマットに変換した3Dモデルを持っていれば、その姿でVR空間を歩くことが可能で、依神はシオンの、アリスはVTuberの姿で渋谷に立っている。

 持っていないユーザーは出来合いのパーツを組み合わせて、システムにログインする。私のいかにも「初期アバター」という感じの容姿は、そうやって適当に作りあげたものだ。

 このサービスが受けたのは、その拡張発展性が故だ。

 企業や個人が自由にエリアを製作・追加でき、物理法則を弄ったり、新たな仕組みをプログラミングして組み込むことが出来る。エリアが増えれば増えるほど、ショッピング、ゲーム、ライブ鑑賞など、遊びの幅は無限に広がっていく訳だ。

 だが、自由故の問題もある。例えば著作権だ。ゲームからデータをぶっこ抜きリッピングして、そのまま『ワンダフルワールド』のエリアとして突っ込む不届き者がいて、お陰でゲームメーカーは注意喚起やゲームデータの秘匿に労力を割かれることとなった。

 しかし当の運営は「商用利用を目的としていなければエリア設立者の責任」という立場を示していて、特に取締りなどはしていない。


 私達がログインした『アンダーグラウンド』もまた、博打で金が飛び交うという明らかにイリーガルなエリアだが、無数に存在するエリアの1つに過ぎない上に、利用には会員からの紹介が要るので、摘発を逃れているという訳だ。

「このエリア、個人が作ったのか?」

「そう聞いてるけど、本当のところはどうだか。マップもゲームシステムも出来が良すぎるし……特にあれなんかそうね」

 アリスが指差した先は、現実では渋谷109――ロゴは「104」に改変されている――の入口付近。煌びやかに装飾されたゲーム台が置かれ、3Dモデル達が群がっている。

 カン、カンと小気味良い金属音が鳴っている。カジノの定番中の定番、ルーレットのようだ。

 近寄ってみると、回転盤ホイールに投げられた金属球が、緩やかに速度を落とし、複雑なバウンドを描き、やがて数字の書かれた枠に収まるのが見えた。

 現物を見たことは無いが、リアルな挙動に思える。物理演算のエンジンを導入しているのだろう。


 街並みもゲームの挙動も極めて現実的だが、VRであるからには非現実的な現象も勿論起こる。狭い空間に3Dモデルがひしめき合っているので、お互いにめり込む。視界に他人のテクスチャの裏側がチラついたりして、目に優しくない。

「金が欲しいVTuberがこんなに居るんだな……」

「アリスみたいに人気になれるのは希少SSRだから。殆どの人は収益化にたどり着けなくて、編集ソフトとか収録機材とか、そういう初期投資の回収もできないでしょうね。

 それでも動画配信にのめり込みすぎて、今更普通に働きたくない連中は、ここに落ちてくるわけよ」

 アリスが辛辣に言い放った。夢破れた者が賭場に集う……この辺りの事情は、『裏』プロゲーマーも動画配信者も同様というわけだ。


「……じゃあなんでアンタはここに来たんだ?人気なら、投げ銭とかで相当稼いでるんじゃないのか?」

「クソ親会社に殆ど持ってかれてるから、アリスの収入は新卒初任給くらいで、どんだけ頑張って客を集めても、上乗せはされないのよ。こんなことになるなら、もっと契約の仕方を考えとくんだった。ギャンブルでもやらないと、やってられないわ」

 そう言ってアリスが肩をすくめる。

「それにしても、アリスの頼みを二つ返事で受けてくれるなんて思わなかったわ。まあ断られたら、アリスにも考えはあったけどね。リアルの正体は突き止めた訳だし……」

 依神に断られたら、握ったリアルの情報を使って脅すつもりだった訳か。どのみちこの依頼は引き受けるしか無かったわけだ。

「アリスのこと、性格悪いと思ったでしょ?悪いけど……アリスは必死なのよ」

「……」

 私は何も言わなかった。

 欲望のままに生きる『裏』プロゲーマーの一人である私に、人の性格をとやかく言う資格はない。むしろこういう、ある意味分かりやすい人間は嫌いでは無い。

「おいアリス、私は誰を倒せばいいんだ?」依神が不満気に口を挟む。アンダーグラウンドを眺めるのにそろそろ飽きてきたらしい。

 依神は、アリスとは正反対だ。

 己に不利益があるにも関わらず、人を手助けしようとする。少年漫画のような、無性の善意の持ち主だ。

 アリスよりも依神の方が、よほど私には不気味な存在だった。




「この時間なら、多分何かしらのゲームで荒稼ぎしてると思うんだけど……あ、いた。あいつがそうよ」

 アリスの案内で架空の渋谷を歩いていた私たちは、井の頭通りで足を止めた。

「あいつがアリスをフルボッコにしたVTuber……『名蜘蛛ムラサキ』よ」

 そう言って指を差した先に、丈の長い紫のドレスを来た、魔女のような3Dモデルが居た。アリスより茶に近い金髪をリボンで縛っており、可愛らしさと不気味さが同居している。

 衣装やリボンのテクスチャが細かく描き込まれており、こだわりが感じられる。それでもアリスやシオンに比べると、3Dモデルの出来は多少見劣りした。

「やってるのはポーカーか……」

 カジノで遊ばれるポーカーは「テキサスホールデム」というルールが主流だが、ここで遊ばれているのは「ドローポーカー」。5枚のカードを何度か入れ替えて役を作る、オーソドックスなルールだ。

 チップが賭け終わり、ムラサキが手札を開示する。揃えてのけたのは……

「なんだ、『フォー・オブ・ア・カインド』か。大したこと無いな」と依神。

 フォー・オブ・ア・カインド――日本ではフォーカードと呼ばれるのが常だが、同じ数字のカードを手札に4枚揃えるのが条件で、非常に強力な役だ。しかし、全く揃えられないというほど希少では無い。

 それに依神は「確率操作」の異能アノマリーを使って最強の役「ロイヤルストレートフラッシュ」を確実に揃えられる。それに比べれば、大したこと無いと思えてしまうのも納得である。

 しかしムラサキはそこで止まらなかった。

 次のゲームではフルハウス、次はストレートフラッシュ、フルハウス、またフォーカード……。

 ムラサキは次々と強力な役を連続して揃えてのける。

 しかも。

「カードを、全く入れ替えてない……?」

 ムラサキが作った手は、低確率とはいえ揃えられない役でら無い。だが、それは札を交換するならの話。入れ替え無しで、しかも連続でとなると、奇跡に近い。

 初手で強力な役が揃っているはずがない、と他のプレイヤーは強気に賭けていたので、ムラサキの勝ち金はかなりの額となった。

「まさか……」

 依神と同じく、「確率操作」の異能の持ち主なのだろうか……?


「よし、あいつを倒せばいいんだな」

 依神が意気揚々とムラサキの元へ行こうとする。静止しようと前に立ってもすり抜けて行ってしまうので、慌ててコントローラを取り上げて、なんとか止めた。

「霧雨、なんで止めるんだ。私の力を使えば、勝てないギャンブルは無いぞ」

「……1回勝負のギャンブルだったらな」

 依神の異能は運を消費して奇跡を起こす能力だ。ここぞという場面で確実に勝利することが出来るのが強みだが、勝てば勝つほど運が萎れていくので、勝負を重ねた先には必ず敗北が待っている。

 だがムラサキは、連勝してのけた。

 もしもムラサキの異能がデメリットを伴わない、依神の上位互換のような力だったとしたなら、なんの戦略もなく勝つのは難しい。

 あるいはゲームプログラムそのものの仕様やバグを利用している可能性もある。そもそも同じ土俵に立てていなければ、益々勝ち目はない。


「どう?勝てそう?勝ってもらわなきゃ困るんだけど」

 アリスが訝しげな視線を向ける。

「……まずは『見』だ。作戦を練ろう」

 私のやり方はいつだって同じだ。安定して攻略できるチャートを作り上げる。

 出来れば、依神を不幸にしない方法で。


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