追記14 HELLO~VTuber蓬莱アリス~

「会えてよかったわ、『シオン』さん」

 馴染みの店に現れた、見知らぬ客の一言に、私と依神は凍りついた。女のアニメのような可愛らしい声が、更に不気味さを加速させる。

 この女は、依神維織がVTuver『シオン』の中の人だと確信している。リアバレ、というヤツである。

「……リーチ」

 依神は未だテーブル筐体の麻雀をプレイし続けている。一見平静を装っているが、動揺が麻雀ゲームの手牌に投影されていた。

 フリテンでリーチをかけている。例えるなら、トゥルーエンドフラグを立て忘れたままルートを進行してしまっているような状況だ。堅実な打ち筋の依神なら普段やらないミスである。


 リアバレしたとはいえ、依神が馬鹿正直に名乗り出る必要もない。この場はシラを切るのか最適解だろう。

「……」

 依神は無言を貫いている。賢明な選択だ。

 代わりに私が適当に応対して、話を有耶無耶にしてしまおう。

 そう思っていたのだが……。

「ええ!?なんで維織ちゃんがシオンの中の人だって知ってるの!?」

 呉藍が盛大にネタバレして、私の思惑は御破算となった。


 女は特にことわりもなく私達が囲むテーブル筐体へと移り、依神の真正面に腰掛けた。

 ホットコーヒーのおかわりに不健康な量のシュガーとミルクを投入して、マドラーでかき混ぜながら質問に答えた。

「配信で言ってたでしょ。食欲が失せる虹色の料理を出す店が秋葉原にあって、よくそこで食事をするんだ……って。

 ネットで調べたら、この店の写真付きの酷評レビューが見つかって、確信したわ。

 それでここ数日通ってみたら……大正解だったというわけ」

「……そういえばそんなことも言ったな」

 なるほど、リアバレの種は依神が自ら撒いてしまっていたらしい。確かに、『ゲーミングメニュー』なんて珍妙な料理を出す店は『サーカス』以外ありえない。


「配信を見てたってことは、シオンちゃんのファン!?」

「同業者よ。自分もVTuberなの」

 やたら独り言が多かったのは普段の配信の癖だったようだ。

「『蓬莱アリス』って言うんだけど」

「ええええええええ!?蓬莱アリスちゃん!?」

 呉藍が素っ頓狂な声をあげた。依神も目を丸くしている。

 振り返ってみれば、玄爺までもが私達の会話に注意を払っていた。私が頼んだコーヒーのお代わりを注ぐ手が止まっている。

 蓬莱アリスなるVTuberを知らないのは、この場ではどうやら私だけらしい。

「蓬莱アリス……って、誰?」

 相手に失礼の無いよう、呉藍に小声で聞いてみたのだが。

「知らないの!?チャンネル登録数70万超の人気VTuberだよ!?」

 呉藍はそんな意図を察することなく、いつものように大声で答えた。

「株式会社グリモワール所属のアイドルVTuber!普段の活動は毎日の動画投稿と、週に一度の生配信!音楽配信もしてて、リアルライブではオオバコを埋めちゃう、時代の寵児!」

 呉藍がスマートフォンを操作し、蓬莱アリスのチャンネルを開き、一本のライブ映像を流した。

 一斉に掲げられたサイリウム。ライトイエローに染まった会場。フリフリのドレスを身に纏った金髪の美少女が、透過スクリーンの中で舞い踊り、BPM早めのアイドルソングを高い歌唱力で歌い上げていた。

 ゲームの収録曲やタイアップ曲でも無ければ聞くことがないジャンルだが、その曲には聞き覚えがあった。

 そうだ……つい今朝方に聞いたのだ。

 カプセルホテルで、他の宿泊客がアラームにセットしていた曲だ。私の睡眠を妨害した、ある意味因縁の曲という訳である。

 サウナに寝泊りするおっさんにすら知られているということは、呉藍の言う通り知名度は高いのだろう。


「まさかアリスちゃんの中の人に会えちゃうなんて……!『龍が如く』配信見てました!推してます!」

「あんたに用事は全く無いんだけど……ゴホン、アリスを応援してくれてありがとね!」

 ボソリとアリスの本音が漏れた気がするが、推しを目の前にしてすっかりのぼせ上がった呉藍は、気にもしていない。

 まあ気持ちは分からないでもない。髪色が黒いことを除けば、蓬莱アリスの中の人は、そのガラと瓜二つの容姿であった。本人の容姿を参考にして3Dモデルを起こしたというのが実際のところだろうが、呉藍からしてみれば、推しが画面を飛び出して現実世界に降臨したようなものだろう。


「維織……シオンちゃんに用事ってことは、もしかしてコラボ配信の勧誘!?」

「個人のマイナーVTuberとコラボしてもアリスに全然利益無いんだけど……あ、こっちの話よ。聞かなかったことにして」

 それにしても本音を隠すのが下手な人だ。普段配信でキャラを作っている分、こういう場では本音が出てしまうのだろうか。ポーカーフェイスが求められるようなゲームは向かなそうである。

「シオンさんの麻雀配信を何度か見たわ。相当な凄腕よね。読みの正確さには驚かされたわ。そのギャンブルセンスを見込んで、頼みたいことがあるの」

「お願い……?」


「アリスの代わりに、博打を打って欲しい。つまり『代打ち』の依頼よ」


 代打ち……麻雀漫画の中でしか聞かないような言葉だが、アリスの表情は真剣そのものだった。

「あるオンラインカジノでボロ負けちゃったんだけど、その相手が悪かったせいで、ちょっとピンチなのよ。シオンさんには私の代わりにそこで博打を打って貰って、取られたモノを取り返して欲しいん」

 オンラインカジノ……ネット上で仮想的に開帳される賭博場のことだ。

 要は、ルーレットやスロット、バカラやポーカーのようなトランプゲームといった、カジノっぽいゲームが遊べるオンラインゲームサービスのことである。

 実際に金が動く仕組みを導入した場合は当然法規制の対象となるが、何しろネットは深くて広い。摘発されていない違法なサービスも少なくないと聞く。

 そんなオンラインカジノで大敗したから、負け分を取り返して欲しい……と。なんとも図々しく、そしてキナ臭い話だ。


「リアルで初対面の人にこんなことをいきなり頼まれても困っちゃうだろうけど、他に頼める人が……」

「やるぞ」

「え?」

「私が役に立てることなんだな。なんでもやるぞ」

 依神は即答した。

 ただ人の役に立てるという喜びに満ちているような、曇りのない瞳だった。

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