追記13 Invader GIRL~見知らぬ客~

「次の配信では元のランクに昇格するからな!また見に来いよ!」

 そう言って依神が麻雀ゲーム配信を終了したころ、散らかって異界と化していた部屋がなんとか片付いた。

 結局依神は日が沈むまでオンライン麻雀に明け暮れた。

 呉藍はそんな依神を横で観戦したり、ノートパソコンを取り出してDTMを始めたり、ロールドラムで練習を始めたりと落ち着きなく過ごし、掃除の戦力にはならなかった。

 これが毎週のように繰り返される、私の日常である。

「いや~、おつかれ!よし、三人でご飯行こっか!」

 依神と呉藍が仲良く部屋を出ていく。

 私も、秩序を取り戻した自室を一瞥してから、二人の後に続いた。




 このメンツで食事をするとなれば、向かうのは決まって『純喫茶サーカス』である。

 『サーカス』はマンションの1階にある老舗の喫茶店だ。テーブル筐体が今なお現存している貴重さから、私や呉藍のようなレトロゲーム愛好家に支えられてなんとか続いているものの、立地が悪いのでいつ行っても客はまばらである。

 移動の手間が無い上に、混雑することもまず無いので、人目を気にする依神が気兼ねなく入れる貴重な店だ。

 この時の客も一人だけだった。

 見知らぬ女性客が、テーブル筐体の『アルカノイド』を遊んでいた。

 「うわ、これパドル全然回らないんだけど」とか「ちょ、速!?スピード上がりすぎ!!」とか、ゲーム実況者みたいにブツブツ独り言を言っている。呉藍の大声ほどでは無いが、それなりにうるさい。

 さて、私達はどこに座ろうか、騒がしい先客からは距離を取りたいところだが……。

「今日こそは勝つ。おい霧雨、100円だ」

 私の考えを他所に、依神は『アルカノイド』の隣にあるテーブル筐体の椅子に座り、右手を差し出していた。稼働しているのはレトロなアーケード麻雀ゲームで、依神のこの店一番のお気に入りだ。

 先ほどまでオンライン麻雀を休憩無しで打ち続けていたというのに、まだ打ち足りないのか。そして、まだ負けるつもりか。

 案の定、私の与えた100円は東一局で溶けた。アーケードのレトロ麻雀ゲームは、集金のためにCPUが鬼畜に設定されているのが常である。


 店の主人、川代玄徳こと『玄爺』が注文を取りに来た。

「御注文は?」

「今日のオススメは?」

「よくぞ聞いてくれた。『ゲーミングシュクメルリ』。流行りの料理に、流行りのゲーミング要素を組み合わせた最先端のメニューだ」

「待ってました!『ゲーミングメニュー』の新作!わたしはそれで!」と呉藍。

「いつものBLTサンドをくれ。トマトとレタス抜きだ」と依神。

「俺はカレーで。ゲーミングカレーじゃないのを。ゲーミングカレーじゃない、普通のをお願いします。大事なことなので」

「2度言いましたってか。みりあちゃんと違ってノリが悪いなあ。『ゲーミングデバイス』がブームって、朝のテレビでもやってたろう。流行に鈍感なヤツはモテないぞ」

 そう言って、玄爺が苦い顔をしてカウンターに下がっていった。


 「シュクメルリ」とは、鶏肉をガーリックソースで煮込んだジョージアの伝統料理である。「ご飯に合う料理」として牛丼チェーンが世に紹介し、ブームの火種となった。

 運ばれてくる間はガーリックの香りが漂ってきて食欲をそそったが、呉藍の前に置かれたソレを見て、沸いた食欲が相殺された。

 『ゲーミングメニュー』の例に漏れず、虹色に輝いている。一体どんな未現物質ダークマターを使えば、こんな『マリオカート』シリーズのラストコースみたいな色が出せるのだろう。

「んん〜!これは力がつきそう!ライブの前に食べたくなるやつだ!」

 呉藍が七色のソースが絡んだ鶏肉を、美味しそうに頬張る。

 私はなるべく呉藍の方を見ないようにしながら、カレーを口に運んだ。

 ……美味い。

 余計なことをしなければ、良い店なのは間違いないのだ。


「あ、そうだ!見せたいものがあるんだった!えーっと、スマホはどこにいったかな」

 呉藍は食事中であっても良く喋る。トートバッグの奥の方からスマートフォンを取り出して、私に突き出してきた。

「見てこれ!依神ちゃんに当てて貰ったんだ!」

 呉藍のスマートフォンに映っていたのは、ソーシャルゲームのスクリーンショットだ。画面に映る長髪の男が、諸葛孔明を名乗っている。

「今まで全然落ちなかったんだけど、維織ちゃんに画面をタップして貰ったら、単発で落ちたんだ!この前もSSRを当ててもらったし、維織ちゃんってホント持ってるよね!」

 なるほど、先刻の麻雀で見せた依神の無残な負けっぷりはそのせいか。

「……また『異能』を使ったのか」

 呉藍に聞かれないよう、小声で尋ねる。

「どうしても欲しいって言うからな。みりあが喜んでて良かった」

 依神は晴れ晴れとした顔で、レタスとトマトの入っていないBLTサンドイッチ――もとい、ただのベーコンサンドを齧っていた。


 私に『時間遡行』の力があるように、依神もまた異能を有している。

 『確率操作』。

 依神は、『乱数を調整する程度の能力サクラバシステム』と呼んでいた。

 初めて会った時に七倍役満を揃えてみせたように、それがどれだけの低確率であろうと、起こりうることなら現実にしてみせる。

 ただし、確率が関わらない要素には無力、という限界がある。絶対に起こるイベントを回避したり、絶対に出現しないアイテムをドロップさせたりは出来ない。例えばエアリスは救えないし、エルムドアから正宗は盗めない。

 そしてデメリットも存在する。

 幸運を呼ぶ代償として、後に不幸に見舞われる副作用があるのだ。

 今のところは麻雀ゲームで大敗する程度の不幸で済んでいが、呼び寄せる奇跡が大きくなれば、依神の身に何が降りかかるか、検討もつかない。

 

「維織ちゃん、本当にありがとう!欲しいキャラのピックアップガチャが開催されたら、またお願いするかも!」

「かまわない。何度でも役に立つぞ」

 私の心配を他所に、本人にとってデメリットの大きいこの力を、依神は気にせず乱用する。

 力を使いたくてしょうがないようで、外に出たがらない癖に、「役に立つから連れて行け」と言って、私の『裏』稼業には付いて来たがった。2D格闘ゲームで確率が絡む余地はあまり無いので断っているが、依神はその都度不満そうな顔をする。

 己の不幸をいとわない依神の捨て身さを、私は内心不気味に感じていた。


 そんな私の内心を見透かしたような、おどろおどろしい音楽が響く。

 玄爺が店内BGMを切り替えたようだ。ということは……

「……この曲、分かるか?」

 玄爺の趣味、『純喫茶サーカス』恒例の曲あてクイズだ。正解すれば会計を割り引いてくれる。

「なんだろうコレ?クラシック音楽のアレンジっぽいけど、聞いたこと無い?分かる?」

 呉藍が首をかしげる。呉藍はセガゲーと音ゲーへの造詣は驚くほど深い一方、それ以外への知識は浅い。クラシックのアレンジだと気づいたのは、流石音大生といったところだが。

 クラシック音楽をコラージュする独特の手法。不安を煽る曲調。こんな異質なアレンジ方法を取っているゲームといえば、一つしか知らない。

「これはPS2ソフトの……」

「『ドラッグオンドラグーン』の『セエレの祈』ですね。CMにも採用された、比較的まともで人気な曲です」

 私を遮るようにして、先に答えた者がいた。

 隣の卓に座っていた先客だ。『アルカノイド』を遊んでいたやかましい女性客である。

「正解だ。初めて見る顔だが、ゲーム、好きなのかい?」

「ゲームを遊ぶのは仕事のようなものですから。特に尖ったゲームは視聴者の反応が良いですから、よく遊ぶんですよ」

 仕事。視聴者。ゲーム実況者のようだと評したが、実際にそれを生業にしているのか。

「そちらの方になら、言っていることが分かると思うけど」

 女の視線は依神に向いていたが、依神はその視線に気付くことすらなく、マイペースに麻雀を打っていた。

 女は微笑み、そして言った。


「フフフ……ここに来れば会えると思ってたわ、『シオン』さん」

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