追記16 Twister~敵情視察~
オンラインカジノ『アンダーグラウンド』にて神がかり的な強運を振るうVTuber、名蜘蛛ムラサキ。
「彼女を倒す作戦を練る」と宣言してしまった私は、それから毎日のようにカジノへ入り浸るようになった。
この日の私は新宿歌舞伎町にある温浴施設で寛いでいた。回線が安定しているので、出先でネットに繋げなければならない時には重宝している。入館料が高めなのが難点なので、ムラサキに勝ったからには依頼人からの報酬はたっぷり貰わなければ。
露天風呂とサウナを堪能したあとで、キンキンに冷えたビール……と行きたい気持ちを抑え、私は地下二階にあるリラクゼーションスペースへ降りた。リクライニングチェアに腰掛け、今日も私はVRヘッドセットを通して、ポリゴンで精巧に再現された渋谷を眺めた。
「昨日も敵情視察、今日も敵情視察。毎日毎日、よく飽きないわね」
そろそろ聴き慣れた声に気付いて振り向くと、蓬莱アリスが立っていた。アリスは「あなた達が真面目に取り組んでいるか心配」と、VTuberとしての仕事の合間を縫って、ちょくちょくカジノを見に来る。
「……RTAプレイヤーは根気強くないとやっていけないからな」
「あ、そう。それで、何か収穫はあったの?」
「ムラサキの強さの秘密……その糸口にはたどり着いた気がする」
私は先ず、『アンダーグラウンド』のシステムを把握するところから始めた。
システムを知るには触ってみるに越したことはないので、いくつかのギャンブルを数戦ずつ戦ってみた。ギャンブルもゲームである以上、私に宿った
モーションコントローラを用いた直感的操作によるギャンブルはなかなか新鮮ではあったが、ゲームルールは特に斬新さの無いオーソドックスなもので、ルールの穴と呼べるようなものは見つからない。
ではバグは無いだろうか。
試せる限り色々なことを試した。他のプレイヤーのカードを覗き見ようとしたり、カードやサイコロを床や壁の向こうに貫通させようとしたり。だが、どの試みも徒労に終わった。
カジノの存在自体は法に反しているわけだが、少なくともその中身は公正公平だ――そう結論するに至った。
それからは、ギャラリーとして標的であるムラサキの観察を続けた。
どうやらムラサキが勝ち続けられるのは、ポーカーだけではない。丁半、チンチロリン、手本引き……どの卓に付いても、不自然な強運を発揮しては金を荒稼ぎしている。やはりムラサキも、何かしらの
だがどうやら、懸念したほど万能では無いらしいことも分かってきた。
『アンダーグラウンド』に数あるギャンブルの中で、ムラサキが立ち寄らないゲームがいくつかある。
例えば、ルーレット。このカジノのルーレットは物理演算を採用した本物と見まごうクオリティで、それ故にカジノで1番人気のゲームだが、ムラサキは露骨に避けている。
麻雀もやらない。チンチロリンはやるが、同じくサイコロ博打の「クラップス」ーー簡単に言えばサイコロのデメを当てるゲームーーには手を出さない。スロットは遊ぶが、パチンコはやらない。
ムラサキが
付け入る隙があるとすれば、きっとそこだろう。
「というところまでは考察できたんだが……」
ポーカーやチンチロリンにあって、ルーレットやクラップスにないもの。
こうげきの しょうたいが つかめない。
「へえ……アリスのために随分頑張ってくれたのね」
口の悪いアリスのことなので「使えないわね」などと罵詈雑言が飛んでくるかと思いきや、かけられたのは労いの言葉だった。
「アリスが代打ちを頼んだのはシオンなのに、どうしてあんたがそんなに頑張ってるのよ。もしかして……アリスのファンになっちゃった?」
「勘違いしないでくれ。金のためだ。ムラサキに勝った暁には、成功報酬をたっぷり貰うからな」
「本当にお金のため?シオンのためじゃないの?……もしかしてガチ恋してるとか?」
「まさか、そんなことは……」
言葉に詰まった。
私が依神に向ける感情は必ずしも明るいものではなく、まして恋愛感情などでは断じて無い。むしろ依神の得体が知れないが故に、警戒心や猜疑心といった陰性感情を捨てきれずにいる。
だとしたら。
どうして私はこれほどまでに、依神のために骨を折っているのだろう。
「また来てたんですね~アリス先輩~」
私が答えに窮していると、私達の敵――名蜘蛛ムラサキが絡んできた。
ムラサキは魔女を彷彿とさせるデザインと、モデリングの拙さによって、独特の不気味さを醸し出している。
そんなガワから、はしゃいだような不自然に明るい声が飛んでくるものだから、ますます不気味だ。ゲームで例えるなら、『超高校級の絶望』とついに対面した時のような感覚であった。
可愛い顔をして時折ドスの効いた声を発するアリスとは正反対である。
「今日はチンチロリンで大勝ちしちゃいました~凄いでしょ~?」
「あっそう。それは良かったわねえ」
アリスは露骨に煙たがっているが、ムラサキは意に介すことなく、アリスに馴れ馴れしく接する。
「ゲームは下手なくせに、なんでギャンブルはそんなに強いのよ、まったく」
「わたしは幸運の女神に愛されてますから~またコラボよろしくお願いしますね~」
そう言い残して、ムラサキは上機嫌で去っていった。
「コラボって、なんのことだ?」
「コラボ配信のことに決まってるじゃない。私のチャンネル、見てないのね」
そういえばムラサキの攻略法探しに夢中で、アリスの方には全く関心を向けていなかった。「大人気VTuberのアリスに興味がないなんて信じられない」と悪態を付きながらも、アリスは今の状況を丁寧に説明する。
「あいつにギャンブルの負け分を帳消しにして貰った代わりに、アリスはあいつの言いなり状態なのよ。この前はコラボ配信するよう命令されて、それに渋々応じたの。人気VTuberのアリスの名前を借りて、有名になりたかったんでしょうね。実際、あいつのチャンネル登録数は1万以上伸びたみたいだし」
「コラボ配信して、何か問題があるのか?」
「アリスは企業所属のVTuberって言ったでしょ。つまり、事務所所属のタレントみたいな存在だから、勝手なことはやっちゃ駄目だし、コラボ配信も会社が許可した相手とだけやる決まりなの。もしまたルールを破ったら……契約を解約されるかも……」
話している相手は3Dモデルの蓬莱アリスでしかないので、その表情は窺い知れない。だが……。
「アリスのVTuber生命は風前の灯なの。だから、絶対にあいつに勝たなきゃ」
アリスはアリスでなくなることを酷く怯えている……そんな気がした。
「そういえば、さっき妙なことを言ってたな。ムラサキはギャンブルは強いのに、普通のゲームは下手なのか?」
「ええ、はっきり言ってクソ雑魚よ?ボムキングを倒せずに配信が終わった回があるくらい」
「それは……確かに下手だな」
「そもそもゲームがあんまり好きじゃないんだと思うわ。VTuberになるまで、触ったことが無かったんでしょうね」
ゲームが嫌いなのにゲームをする――私のようなゲーマーから見れば理解に苦しむことだが、しかし今ではそう珍しいことではない。動画配信者として人気となり収益を得たい。そのためのコンテンツが思いつかない。だから人を集めやすいゲーム配信を始める。そういう理屈である。
「コラボ配信で何度かゲームの対戦をしたんだけど、力の差がありすぎて……接待プレイで間を持たせるしかなかった」
「勝たせてやるとは、優しいところもあるんだな」
「あいつに対して優しくしたわけじゃないわ。退屈な試合を延々見せたら、視聴者が退屈しちゃうでしょ。望まないコラボだとしても、アリスを見に来てくれた人は楽しませてあげたいし」
アリスのこの言葉には、素直に尊敬の意を抱いた。口は悪いが、根は優しく、そしてプロ意識をもったエンターテイナー。それが蓬莱アリスという女なのだ。
アリスにVTuberを続けさせてやりたい。そんな感情が、私にも多少は芽生え始めていた。
そのためには、ムラサキの強運の秘密を、なんとしても掴まなければ。
「ムラサキの普段の配信の様子とか、SNSの発言とか、何か奇妙と感じるところは無いか?」
「奇妙なところねえ……。あ、とびきり変なところがあったわ。『ボスノーティ』に苦戦するくらいゲームがドヘタなのに、FPSが得意と公言してるのよ」
「よりによって、FPS……?」
「信じられないでしょ。でも本当にそうみたい。『
ファーストパーソン・シューティング――略してFPS。敵に正確に狙いを定める「エイミング」が勝利の鍵を握り、数あるゲームジャンルの中でも特にプレイヤースキルが問われるジャンルの一つだ。
バトルロイヤルなら運の要素も大きく絡むが、強運だけで何度も生き残れるほど甘い世界では無い。
もしや、ここでも
「バトルロイヤルFPSか……上手くマッチングすれば、何か掴めるかもな」
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