追記11 Sauna~根無し草の朝~
――何度となく、同じ夢を見ている。
RTA日本代表選抜の決勝戦。「時間遡行」の異能に目覚め、ライバルをイカサマで下してしまった苦い記憶だった。
だが、ゲームを人一倍愛しているということ以外は平凡この上ない私に、何故その異能が発現したのかは分からない。
大会前日のことをよく思い出せないのだ。
記憶喪失というよりは、記憶混濁といった感じだ。
かろうじて覚えているのは、前日に自宅を訪ねて来た男がいたこと。
そしてその男が言い放った、印象的な一言だ。
「不思議の国で、ウサギの穴の奥底を見せてあげよう 」――
目が覚めた私を迎えたのは、見慣れぬ天井だった。
時刻は朝6時。
聴き慣れないキラキラしたアイドルソングが、隣か、隣の部屋でけたたましく鳴っている。どうやら他人がセットしたスマートフォンのアラームに叩き起こされてしまったらしい。
端末の持ち主はなおも夢の中にいるようで、待てども待てどもアラームは止まらず、二度寝は叶いそうになかった。
もう起きるしかないか……。
私はしぶしぶ鰻の寝床を抜け出すと、交感神経にスイッチを入れるべく、階下の大浴場へと足を向けた。
この春でめでたく大学4年生――留年したので2度目だ――となった私は、ネットカフェやカラオケ、スーパー銭湯など、比較的安価で夜を明かせる施設をローテーションする日々を送っていた。たまに家に帰ることもあるが寝泊まりはしない。用事だけをさっさと済ませたら、また外泊。
そこそこ金のかかる暮らしだが、『裏』の収入もあって、なんとかなっている。
私がプロゲーマー『Freze』こと碓氷精司を倒したのは、昨年末のこと。『時間遡行』の異能によって人より長い時を体感しているので、随分昔のことのように思える。
所詮はゲームセンターで行われた只一度のマッチなので、『表』では全く話題になっていない。 一方で『裏』の格ゲー界隈ではそれなりに名が知られてしまったようだ。あの日、店には多くのギャラリーが詰め掛けていたので、彼らを通じて広まったのだろう。
おかげで私がゲームセンター……の名を借りた賭場に向かうと、金と自尊心を持て余した『裏』のゲーマーたちから、次から次へと勝負を挑まれるようになった。
格ゲーにはさほど明るくなかった私だが、『大貝獣物語Ⅱ』の如きエンカウント率で勝負を重ねた結果、最近では大抵の相手は『時間遡行』に頼らずとも倒せるようになってしまった。
そんなこんなで逼迫していた懐も温まり、たまには宿をとって羽を休めることが出来るようになった。
この日訪れていたのは、錦糸町にあるカプセルホテルだ。リクライニングチェアで就寝し、狭いシャワーブースで汗を流す生活が長く続いていたので、足の伸ばせる風呂に浸かり、横になって眠れるのは素直に嬉しい。体力が全回復した上にバフまで付与されたような気分だ。
駅から徒歩3分とアクセスも良い。これからも疲れたときには利用しよう……そう思った。錦糸町駅から電車に乗れば、7分ほどで自宅のある秋葉原に帰り着けるという事実に目を瞑りながら。
そもそも何故私がこうして根無し草の生活を送っているかというと、碓氷の戦いの後から我が家に居座り始めた女――
女子高生の年齢と思しき少女と、成人した男子学生の私が、一つ屋根の下で暮らすのは流石にマズい。
しかし、家族の元へ送り届けると言っても、家のことは頑として教えてくれない。
では警察に届け出る……というと、依神は「警察だけはやめろ」と怯えた様子で止めようとする。
何かただならぬ事情がありそうなので、私は詮索をやめた。
そして、依神を自室に居候させる代わりに――私の方が家を出ることにした訳だ。
身を清めてから施設自慢のサウナ室に入り、90℃の熱に蒸されながら、テレビで流れていた朝の情報番組をぼんやりと眺める。
「続いては、今話題のゲーミングデバイス特集!秋葉原のショップを取材して、最新事情を聞いて来ました」
画面が生放送からVTRへと切り替わる。電気街にある大手PCパーツショップの店内が映っていた。
1階がゲーミングデバイスのコーナーになっていて、私もよく利用している店だ。ネットで何でも手に入る御時世だが、劣悪な品を掴まされることもあるので、ゲーム用の機材は自分で見て、触ってみて決めるに限る。
「今日は秋葉原にある電化製品のお店に来ています~!ゲームの関連商品が凄い売り上げだそうですね~!今はどんなものが売れてるんですか~?」
女性アナウンサーが、はしゃいだ声で店員にインタビューを始めた。
アナウンサーは、インタビューする相手にも、取材しているゲーミングデバイスにも視線を向けず、やたらカメラの方ばかり見ていた。
インタビューを受けている店のスタッフもまた、見ているのはアナウンサーでもカメラでも無く、斜め下。カンペを読んでいるのがバレバレである。
「今売れ筋の商品はこちらです。VRゲームの最新型コントローラーです。VRゲームというのは、ゴーグルをかけて自分がゲームの中に入ったような感覚で楽しめるゲームのことです。最近はVR空間でコミュニケーションを取れるサービスも流行しているので、カップルや高齢者など、あまりゲームをやらなそうな人も買っていきます」
相当緊張しているようで、店員の口調はぎこちない。
「ところで、ずっと気になっていたんですけど……これは何ですか?」
アナウンサーが指し示したのは、パソコン用のキーボードだった。盤面が七色のグラデーションを描いている。
「ゲーミングキーボードです。複数のキーの同時押しに対応したり、誤操作を減らす仕組みがあったり、マクロというキーの組み合わせを自分で決められたりと、ゲームプレイヤー向けのハイスペックキーボードです。他にもマウスやヘッドホンなど、様々なゲーミングデバイスを取り扱っています。eスポーツブームで、これらの商品も飛ぶように売れています」
「なるほど……どうしてどれも虹色に光ってるんですか?」
「ええと……」
どうやらこの質問は事前の打ち合わせになかったらしい。店主は一瞬言い淀んだあとで、答えを絞り出す。
「かっこいいからですかね」
番組で特集されていたように、ゲーマー向けデバイスのバリエーションは拡大を続けている。ゲーミングパソコン、ゲーミングマウス、ゲーミングマウスパッド、ゲーミングチェアなどなど。
ゲーミングラック、ゲーミング座椅子くらいまでは理解できるが、ゲーミング毛布、ゲーミングこたつ、ゲーミングお嬢様なんてのも出て来て、もはやゲーミング無法地帯だ。
『表』ですらこれだけ何でもありなのだから、裏には『ゲーミングヤクザ』とか『ゲーミングドラッグ』とかが存在したりして。
やっぱり七色に光るのかな。
……そんな馬鹿なことがあるか。そろそろ頭を水風呂で冷やそう。
己の考えを自嘲しながら、私はサウナ室を後にした。
『ゲーミングヤクザ』と『ゲーミングドラッグ』。
サウナの熱に浮かされ、働かなくなった脳で考えたことだったが。
そのどちらも実在することを、後に私は知ることとなる。
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