追記9 Morning Music~霧雨祐の異能~
――夢を見ていた。
RTAの日本代表選抜大会、その一対一の決勝戦。勝者はスピードランナー初のプロゲーマーとなり、世界への切符を手にする。
激突する相手はプロゲーマー、博麗 新。フレームパーフェクト――60分の1秒しか入力の猶予がないテクニックを連続して決め、万が一失敗したときの柔軟なリカバリにも定評のある、ゲームセンスの塊だ。
最高記録では私が上回っていたが、それはルートの徹底研究と「成功するまで何度でも繰り返す」努力が結実して奇跡的に叩き出されたタイムだ。
大会という1回勝負の場では、プレイヤースキルの差で博麗が勝つだろう――それがSNS上で流布していた我々の評価だった。
そんな下馬評に晒されながら、日本代表の座を勝ち取ったのは……私の方だった。自己ベストどころか世界記録すら更新しての勝利であり、異論を挟まれる余地のない「全一」となったのである。
ゲーマーなら誰もが羨む境地にたどり着いていながら、舞台で喝采を浴びるその時の私には感動も興奮も無く、ただただ空虚であった。
私が勝ち取ったのは「無」だけだった――
目が覚めた私を迎えたのは……知っている天井。
見慣れた自室の景色だ。どうやら私は秋葉原で行き倒れることなく、無事に自宅まで帰り着けたらしい。碓氷と別れてからの道中の記憶はあまり無いが、よくマンションの外階段を登り切れたものだと自分に感心する。
痛みを感じる程の空腹と、鉛のような倦怠感が再び私を襲う。何度か味わった感覚だが、重症感は今までの比では無い。
流石に繰り返し過ぎたか。
枕元に置かれていたスマートフォンで日付を確認しようと試みるも、充電コードが刺さっておらず、バッテリーが尽きていた。最後に確認した時は満充電に近かったはず。画面を消した状態で放置して残容量が尽きているということは……私は3、4日は寝っぱなしだったに違いない。
原因は私に宿ってしまった
私はこの力を使って、碓氷との試合を何千回と繰り返し、己の動きを最適化して勝利した。誰に気付かれるはずも無いイカサマ。
この力の問題点は3つ。
第一に、ゲームをプレイしている時にしか発動出来ないこと。
ゲームの結果以外は、巻き戻して無かったことに出来ない。だからこそ私は留年することになった訳で、例え私が死に瀕したとしても、この力は私を救ってはくれないだろう。
第二に、物凄く疲れること。
肉体的には数分、数秒の出来事であったとしても、精神的には数時間、数日間に渡ってゲームをプレイし続けることになる。その疲労がゲームに勝利した後でまとめて襲ってくるのだ。今回はなんとか無事だったが、臥床が長期間に及べばそのまま餓死することすらあり得る。時間遡行は命がけなのである。
そして第三の、最も厄介な問題は、能力が勝手に発動するということだ。私がゲームの対戦や競争に負けた時、あるいは敗北を感じた時に、この力は自動で発動する。私が勝利を手にするまで、私の意とは関係なく、延々と時は戻され続ける。
つまり文字通りの意味で、私に敗北は許されなくなった。
一人で黙々とゲームを遊んでいる分には害が無いのだが、他者との競争を意識した瞬間からこの呪いに苛まれる。
能力の性質を掴み切れていなかった頃、RTAなら大丈夫だろうと甘く見てレトロゲーム互換機の電源を入れて……その結果、スーパーな
……あれは辛かった。今でもBGMを聴くと体が震えるほどのトラウマである。
夢で見た通り、博麗との戦いを制したのは私だった。
勝って当然である。あの試合が、私にとって最初の時間遡行であったのだから。
古びたテーブル筐体の『テトリス』のような不自由さ、わずかな油断が命取りになる不条理もまたゲームの魅力。敗北はゲームを彩る重要な要素なのだ。そんな当たり前のことに、敗北を許されなくなって気付いた。
ゲームに対する愛が潰えることは無くても、あの一件で熱は冷めきってしまった。
そして私は、自ら『表』舞台を降りたのだ。
人生の大きな目標を失ってしまった私であるが、だからといって死のうとまでは思わない。そして、生きるためには食わねばならない。
能力発動後の飢餓状態では買い出しも外食もままならなくなる。『純喫茶サーカス』の店長に連絡して食料のデリバリーを頼み込んだこともあるが、その時は七色に輝く『ゲーミング粥』が届いて酷い目にあった。一体どうやれば青色の粥なんて作れるのだろう。おまけに支払いまで不当に高くて、胃だけでなく懐までもが傷んだ。
それから私も学習して、食料品のストックを切らさないようになった。カップ麺や缶詰のような日持ちのする物が主だが、今の体調では固形物が喉を通りそうにない。冷蔵庫には経口補水液とドリンクタイプの栄養剤も蓄えてあるので、まずは脱水の補正から着手しよう。
そう考えて、なんとか体を起こすと……
「やっと起きたか。遅いぞ」
ゲームの中以外で彼女が居たこと無い私の家に、女が上がりこんでいた。
RPGのパーティメンバーの如く碓氷の後ろにくっついていた女子高生である。私の据置ゲーム機を起動して、黙々と麻雀ゲームを遊んでいる。
辺りを見渡すと、カップ麺の空き容器と、冷蔵庫にストックしておいた選ばれし者の知的飲料の空き缶が散乱していた。どうやら私が寝ている数日の間、この女は部屋の物を好き勝手に使って生活していたようだ。アイドルゲームのイラストが入った限定販売のカップカレーライスまでもが封を切られていて、少し殺意が湧く。
ブレザータイプの学生服は脱ぎ捨てられ、背中に「無敵時間」と大きく書かれたパーカーを着ている。それも私が通販で買ったお気に入りの……いや、今怒るべきはそこじゃない。
「一体どこから、いつの間に入ったんだ……!?」
「うん?覚えてないのか。一緒に入ったんだ。私は勝負の『景品』だからな。感謝しろ。階段を登りながら何度も寝入りそうになるのをその度に叩き起こしてやったんだからな」
なるほど。疲れ切っていたから全く気が付かなかったが、碓氷の側から居なくなったコイツは、既にあの時には私に張り付いていた訳だ。そして堂々と上がり込んだ、と。私が満身創痍の状態であったにも関わらずマンションの外階段を登り切れた訳も分かった。
それにしても……
「景品、とは何のことだ?」
「ギャンブルで賭けたろ。賭けの戦利品を全部。お前は勝った。だから、私は既にお前のモノだ」
確かに私は言った。「裏プロゲーマーとして博打で得たモノ、その全てを賭けろ」と。特に深い意味は無かったが、「金を全額」では無く「得たものモノを全て」と言ったのだ。
つまりこの女が碓氷に付き従っていたのは、ファンだからでも浮気相手だからでもなく……碓氷が他のプレイヤーから賭けで奪い取った『景品』だったから……?
そして私が碓氷に買ったから、この私に所有権が移った……?
納得できるような出来ないような理由だが、そんなことはどうでもいい。
「話はなんとなく分かったから、家に帰ってくれないか。ここは俺の家だ」
こんな展開はギャルゲーの中だけで十分だ。というか、未成年の女子を家に連れ込んで許されるのは、背中に応龍の入れ墨を背負った極道くらいの話である。一刻も早くこいつを追い出して家に帰さなければ、警察に
「……それは出来ない。帰る家が無い。だからここに置け。私は役に立つからな」
「役に立つ……?」
「うん。私がどれだけ役に立つか見せてやる」
そういって女は、中断していた麻雀ゲームの続きを始めた。
東一局の八本場、プレイヤーの親番。配牌からして既に字牌の暗刻が3つという神引き。そこから全くムダヅモなく手に字牌が集まっていき、引き寄せられるかのようにCPUから必要牌が溢れ出る。そして……
「……ツモ」
大四喜。
四槓子。
字一色。
四暗刻単騎。
揃えるのが難しい役満を、4つ同時に成立させた神業。
四暗刻単騎と大四喜がダブル役満。しかもこれは八本場の親の上がりだ。役満「八連荘」の重複も許されるとすれば……。
7倍役満。
鬼畜と名高い脱衣麻雀ゲームのコンピュータですら使ってこないであろう芸術的手牌でもって、当然ながら他家の点棒は消し飛び、全員が箱割れしてプレイヤーの1位が確定した。
私も時間遡行を繰り返すことで、低確率のドロップを厳選することくらいは出来る。だがそれが出来るのは、精々
それほどの超超超低確率を、この女は疲れた顔せずやってのけた。
「これが私の力だ。上手く使え」
間違いなくこの女は……私とは異なる
「お前は一体……!?」
「名前を言ってなかったな。
こうして私は、誘拐容疑での逮捕に怯えつつ依神を居候させることになった。
実のところ依神は、警察よりもっと恐ろしい連中から追われていたのだが、それが判明したのはずっと後の話である。
1st Game 完
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