追記8 Eastern Dream~2D格ゲー賭博③~

 私はゲームセンターという名の賭場『ワイルドドッグ』を後にし、自宅を目指して歩いていた。

 足取りは、ラジコン操作のゾンビゲーのようにフラフラと心許ない。

 激闘を制した後なのに――懐は博打の賞金で温まっているが――心も体も冷え切っていて、あたたまりポイントを探す体力すらなかった。

 この場で眠ってしまいそうだ。悪魔がたむろしている訳でも無いのに、東京の道端で生き絶えたくはない。早く布団に潜って目蓋を閉じよう――その一念が、かろうじて私の足を動かしていた。


「ちょっと待って欲しいっス……」

 そんな私を、背後から呼び止める男がいた。振り返ると、さきほど完膚なきまでに叩きのめした『裏』プロゲーマー、碓氷精司が立っていた。

 彼を尊敬し囲っていたファンたちは誰一人として付いて来ていない。4つ並べると消える落ちものパズルゲームみたいに碓氷にくっついて離れなかった女子高生すらも、その背後には居なかった。

 金を奪われ、付き従う人を奪われ、服を奪われた――いや、初期アバターのような薄着は初めからか――まさに「身包みを剥がされた」装いの碓氷は見ているだけで寒々しく、氷結魔法ニブルヘイムを食らったような心地がした。

 それでもなお、その相貌は、憤怒という熱で燃えている。

「絶対にありえないっス!!」

 納得できないと言わんばかりに、碓氷が叫んだ。

「パーフェクトゲーム、それも2ラウンド続けてなんてありえない……戦い方も変だったッス……何か、イカサマをしてるとしか思えない!!」

「 ん~!?なんのことかなフフフ・・・」

 激流を制するは静水。私は惚けてみせて追及を受け流した。

 実際のところ、碓氷の指摘は正しい。確かに私はイカサマにイカサマを返すことで、碓氷との格ゲー勝負に勝利したのだ。だがそこまでだ。そのイカサマの正体までは碓氷も把握できていまい。

 私が碓氷との戦いをなどという奇怪な事実には、バカな碓氷でなくともたどり着くはずがない。

 バレなきゃあイカサマじゃあ無いのである。


 憤る碓氷に対し、私はトドメの一言を浴びせる。

「仮にそうだったとしても、咎められる謂れはないはずだが。当たるはずのない攻撃を当てるお前には」

「……ッ!?まさか、見破ったって言うんスか、自分の『セメタリー・オブ・アラモゴード』を……!?」

 どうやら図星のようだ。ご丁寧に、碓氷は自分の異能に付けていた厨二めいた名称まで明かしてくれた。


 初めて碓氷の戦いぶりをギャラリーとして観戦していた時から、その異能の存在を感じてはいた――


 “特筆すべきは敵との間合いの取り方だ。敵の攻撃がギリギリ当たらない有利なポジションに位置し、逆にギリギリで命中する攻撃を叩き込んでいく。「今の攻撃が当たるのか」と驚く場面が幾度もあった”


 ――実際に碓氷と拳を交えたことで推測は確信へと変わり、試合を重ねて検証を重ねたことで確信は実証へと至った。


 碓氷の常勝の秘密は、その攻撃のリーチにある。

 碓氷が隠し持っていたイカサマは、言うなれば『当たり判定を改竄する程度の能力セメタリー・オブ・アラモゴード』。自分が使用するキャラクターに対し、そのグラフィックやモーションを変えることなく攻撃判定だけを拡張するという、文字通りのチート能力であった。

 自分の強さを証明する。全一の座を勝ち取る、そのためには何度だって手を伸ばす。そんな碓氷の妄執が形となった異能アノマリーと言えよう。

 ゲームを解析して当たり判定そのものを見たわけではないので正確なところは不明だが、拡張されたのは数ドット程度であったように思う。

 だが、全一に昇り詰めた実力を有する碓氷が振るったならば、たった数ドットでも鬼に金棒、風雲拳にブーメラン、吸血鬼にヴァルマンウェである。


 あえて弱キャラクター『マサムネ』を使っているのは……博麗が言っていた通り、研究されていないことがその理由であろう。

 熟練したゲーマーというものは、フレーム単位で攻撃時間を把握し、ドット単位でその性質を熟知しているものだ。

 アーケードゲームにチートを仕込むなんて芸当がそもそも常識の埒外にある。更にそれを成し遂げる超能力の存在など、超誇大妄想ギガロマニアックスの世界だ。

 とはいえ、対戦頻度の高い強キャラクターの当たり判定が拡大されていたら、流石に違和感を与えかねない。ゲームそのもののバグを疑われて試合中止ノーコンテストになってしまっては、折角のカモを取り逃がすことになる。

 その点、滅多に出会うことのない弱キャラクターであれば、その能力が密かに、少しばかり強化されていたとて気付かれにくい。

 だから碓氷は己のゲームスタイルを曲げた。強キャラに頼るのを辞め、弱キャラに毒牙を仕込んで、その毒の存在を悟られることなく『裏』のゲーマーを狩り続けた。

 バカな碓氷にしては上手に隠したモノである。

 ちなみにミラーマッチで苦戦するのは、その時に限り能力を切っているから。お互いに当たり判定が拡張されてしまっては、何のメリットも無いという訳だ。


 敵の強みがリーチというなら、遠距離から攻めるのは悪手。だから私は敵に張り付いて強みを潰しつつ読み合いで競り勝つ戦略を取り、そしてその戦略は実った。

 かくして、私は正体を暴かれることなく勝負に勝ち、方や碓氷は己の隠し球を見破られた上で勝負にも負けた。碓氷の完全なる敗北――Fatal K.O――である。

 碓氷は深く項垂れ、これ以上抗議の声を上げることは無かった。


「悔しかったか?」

「悔しいに決まってるッスよ!」

「……だから、プロゲーマーを目指したんじゃ無かったか。このまま『裏』に居続けて良いのか?」

「……ッ!?」

 「俺より強い奴がいる」ことへの悔しさ、最強であることへのこだわり。それこそが碓氷の原点だということを、戦いを通じて思い出させようと思った。だから私はただの勝利でなく、完全勝利にこだわったのだ。

「異能を封印してやり直せ。お前ほどの実力があれば、『表』で十分渡り合っていける」

 碓氷が弱キャラを使い始めたのは、戦績を見るに『ワイルドドッグ』に通い始めてからだった。つまり異能に目覚めたのはプロゲーマーになった後ということになる。

 つまり「全一」の称号を手に入れたのは碓氷の純粋な実力。

 間違いなく一流のゲーマーだと、私は戦いを重ねて痛感していた。


「でも……プロゲーマーでは稼ぎが……」

「そんなことは、eスポーツ業界を禄に知らないで決めつけてるに過ぎない。それに、夜光はそんなこと望んでなかった」

「夜光……そうか、瑠美に頼まれて……」

 肯定も否定もしなかった。発端は確かに夜光からの依頼であったが、その先の展開は私の独断専行だ。

 碓氷は折角得たプロゲーマーという立場を放棄しようとした。

 他にやりたいことが出来たとか、守りたいもののために別の選択肢を選ぶというのなら、後悔は少ない。だが碓氷は、将来への不安というFOEに怯えて、流されるままに『裏』へと身を落とした。

 操作せずに美しい映像を眺めているだけのムービーゲーが評価されないように、選択を放棄した人生は味気なくつまらない。

 そのことに自分が気付いたのはあまりに遅すぎたが、碓氷はまだ引き返せる。

 私は自分と碓氷を重ね合わせていたのだ。

 二つの意味で。

 

「話は変わるんだが、フローラとビアンカだったらどっち派だ?」

「……?ビアンカ派っス。瑠美と重ねちゃうんスよね」

「……だと思った。俺もそうなんだ。幼馴染は大切にしとけよ」

 キョトンとする碓氷を置いて、私は再び家路へとついた。

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