追記7 prime #7~2D格ゲー賭博②~

――HERE COMES NEW RIVALS――


 賽は投げられたAlea iacta est

 アーケードスティックを下からすくい上げるようにして、しかと握りこむ。私が得意とする2D弾幕シューティングで慣れ親しんだプレイスタイルだ。『ワイン持ち』とも呼ばれる。

 ところで、この持ち方ではワインを温めてしまうのでよろしくないはずだが、誰がツッコミを入れなかったのだろうか。当時の格ゲー業界に食通はいなかったのか。せめてブランデー持ちの方が正しいのではないか。ただし、高級ブランデーでは温める必要もなく香りが立つので、この持ち方は正しくないと聞いたことがある。

 ……そんなどうでも良い考えが浮かんでは膨らんでしまう程度に、私の集中力は散逸していた。精神的疲労がピークに達しつつある証拠だ。

 勝ち筋はとうに見えている。後は、その細い線を正確に、フレーム単位でなぞるだけ。

 決めよう。

 『剣盾ソードシールド』のライバルに倣って、両手で頬を叩いて気合を入れ直し、表示されていたキャラクター選択画面を睨む。


 碓氷の選択は勿論『マサムネ』。博麗の話では弱キャラ中の弱キャラとのことだが、碓氷はこのキャラしか選ばない。その理由は察しがついていた。イカサマを仕込むには、『マサムネ』が最もバレにくいからだろう。

 私はためらうことなく『ユキムラ』に最短でカーソルを合わせ、決定ボタンを押した。このキャラを選んだ理由は只一つ――スピードキャラであること。検証の結果、距離を詰めるという一点においては、この『ユキムラ』が最も優秀だと分かったためだ。

 火力や防御力、そして本作で極めて重要視されているコンボ性能に関しては、全キャラクター中最強とされる『モトナリ』に幾分か劣るが、この際関係ない。

 ダメージを受けなければ、負けることはないのだから。


――ROUND 1 ――


――FIGHT!!――


 試合が始まった瞬間、私が操る『ユキムラ』が前方に跳躍する。

 碓氷は馬鹿だが、猪突猛進ではない。ラウンド開始直後は必ず相手の出方を見る癖がある。長くても2、3秒ではあるが、それこそが碓氷という格闘ゲーマーが有する、唯一にして最大の隙であった。

 その隙を突いて敵の眼前へと迫る。打撃も投げ攻撃も相手に届く位置。

 このポジションさえ確保してしまえば、『マサムネ』のリーチがどれほど広かろうと関係ない。

 碓氷を常勝たらしめたイカサマが、無意味と化す。

 後は、私の独壇場だ。


 さて、2D対戦格闘ゲームというものは、しばしばジャンケンに例えられる。

 「打撃」には「防御」が有効。

 「防御」にはそれを無視できる「投げ」が有効。

 「投げ」には発生の速さで「打撃」が有利。

 「打撃」「防御」「投げ」の三竦み。その読み合いが連綿と続くのが、2D対戦格闘ゲームのゲーム性だ。

 実際はそこに弱中強攻撃、上中下段、コマンド、遠距離や必殺技といった技の性質の差異、コンボ、投げ抜け、当たり判定、ゲージ管理、壁の位置、ゲームによってはリングアウト、3D格闘ゲームの場合は軸移動……といった要素が絡み合って複雑になる訳だが、その本質はどれだけゲームハードが進化しようと不変である。

 複雑なコマンドをどれだけ正確に入力できようと、グーチョキパーの読み合いに勝てなければ、攻撃は当たらない。「コンボ」と呼ばれる技の繋げ方にどれだけ習熟していようと、初撃がヒットしなければその努力は無駄になる。

 読み合いを制する者が、ゲームを制するのだ。

 ならば、もしも。

 ジャンケン無敗の男が格闘ゲームをプレイしたなら、どうなるだろうか――


 私たちの戦いは、あまりにも地味だった。

 山を切り崩して平にする整地作業に匹敵するくらい、単調な絵面だった。

 しかしそれでも、ギャラリーの誰一人として退屈はしなかったろう。2D対戦格闘ゲームに触れたことのあるものなら、その光景が目に焼き付いたはずだ。


 私のしたことは至極単純。

 常に敵の眼前を離れず、碓氷の行動に対して最適な選択をぶつけ、そして潰していく。

 複雑なコンボなんて使わない。そもそも私には習得できなかったので、一撃一撃を確実に当てることでジワジワと削るしかなかったのだ。

 逆に碓氷の攻撃は、その後コンボに繋げてくることを考えると、たった一撃が致命傷になりうる。だから、攻撃を受けることは許されなかった。

 殴ってくれば防ぎ、防いでくれば投げ、投げようとしてくれば殴る……それを、相手の体力ゲージが尽きるか、タイムアップまで延々と繰り返し続ける。


 文字に起こせば単純だが、しかし誰にでも出来ることではない。

 いや、誰にもできはしない。

 二度や三度を続けて読み勝つのは、運が良ければできる。四度五度と連続で読み勝つのは困難だが、プロゲーマーならやってのけるだろう。

 だが、最後まで過たず勝ち続けるとなると、もはや「読み合い」の領域を超えている。碓氷の行動パターンを完璧に知っていなければ出来ない芸当であり、それは「未来予知」の領域だ。

 私は予知能力者では無いが、、碓氷がどのように立ち回るか、その全てを把握していた。


 碓氷が人でありながら、機械に干渉できるように。

 私は人でありながら、世界の理に背く力を持っていた。


 こうして私は、一度たりともダメージを受けること無く、逆に自分の攻撃は全てヒットさせ、1ラウンドをパーフェクトに勝利した。


――ROUND 2――

――FIGHT!!――


 2ラウンド目も、まるで1ラウンド目のリプライだった。

 単調に、一方的に、碓氷の操る『マサムネ』は嬲られ続けた。筐体に隠れて碓氷の表情は見えないが、さぞや「あったまって」いたことだろう。

 1ラウンド目では攻撃を当てる度に声援を送ってきたギャラリーも、あまりにも異様な展開に、言葉を失っていった。

 そして……

 

――K.O――


――PERFECT――


 こうして『戦国の拳』の全一プレイヤー『Freze』は、名もなきプレイヤー『TAS』に敗れ去った。

 本来騒々しいはずのゲームセンターは、不気味なほどの静寂に包まれていた。驚愕したか、あるいは恐怖したか、誰一人として歓声を上げるものはいなかった。

 碓氷が悔しさのあまり筐体を叩く――その音だけが、虚しく店内に響いた。

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