追記6 Dances with Snow Fairies~2D格ゲー賭博①~
決戦の日。
再び訪れた『ワイルドドッグ秋葉原店』で、碓氷は待っていた。
東京は一層の冷え込みようだというのに、やはり真夏のような薄着だった。気温の感覚がバグっているのではなかろうかと、少し心配になった。
ちなみに、この前会った時に碓氷の側を離れなかった謎の女子高生も、2Dシューティングのオプションユニットみたいに、無表情で付き従っている。
先日と異なる点はというと、客の数だ。
以前訪れた時も碓氷をギャラリーが取り囲んでいたが、店を埋める人の数はその時の比ではない。あぶれた客が壁端の音ゲーエリアにまではみ出していて、そこでプレイしている音ゲーマーが時に振り向き、首をかしげ、迷惑そうにしている……いや、音ゲーマーが首をかしげるのはいつものことか。
ゲームセンターにいながら、筐体にクレジットを投ずる者は少ない。大多数が、私達の勝負を観にきた野次馬なのだろう。
碓氷との大博打について私が話したのは博麗のみだ。他の誰にも――そもそもの依頼主である碓氷の交際相手・夜光にすら、勝負のことは伏せてある。
『裏』に属する人間ならば、当たり前の立ち回りだ。
古今東西、博打は目立たず密かに行うものである。地下の何もないところで三回ジャンプして隠しブロックを出さないと辿り着けないくらいに秘匿するのが、
このゲームセンターが客の賭博行為に対し無関心を貫いているとはいえ、ことが大きくなってしまっては警察に嗅ぎ付けられるリスクが増えるし、そこまでは店も望まないだろう。
そんな大原則に反してこうも人が集まったのは、おそらく……碓氷が軽率に喋りちらしたからに違いない。
先日は少し現実を見据えているのだなと感心した訳だが、やはりこいつはバカだなと認識を差し戻した。
RTA関連のイベントでギャラリーに囲まれることは慣れていた。それ故に緊張はさほど無かったが、充満する紫煙とその匂いが気に障って、出来ることならさっさと終わらせて帰りたい……そう思っていた。
それが叶わぬ望みであると知りながらも。
「持ってきたっスよ。これまで稼いだ金を、ありったけ」
碓氷は私が思っていた以上に稼いでいたらしい。使い古されたマジックテープ式の財布には入りきらず、銀行の封筒に札束を詰めて持参してきた。『ひきかえけん』無しで『じてんしゃ』が買えるくらいの額はありそうだ。
「ホントに出せるんスか、こんだけの金を?」
碓氷が怪訝な視線を向ける。
「現金は無い。けど、それ以上の価値があるお宝を持ってきた」
私は持参したボディバッグから、一つのプラスチックケースを取り出して見せる。
「何スかこれ、CD……!?」
隣の女子高生は首を傾げていたが、碓氷はそれの価値を知っていたようで、目を丸くして驚いていた。
「貴重な品だから丁寧に扱ってくれ」
「当たり前っスよ!デビッドの魂が籠った名盤じゃないっスか!雑に扱える訳がない……!」
言葉通り、碓氷は本当に丁寧にそれを扱った。
恐る恐るそれに手を伸ばし、間違っても落として傷つけないように蹲み込んで、なるべく指紋を付けないよう、角を持って見聞を始めた。
「ま……マジもんッスよねコレ……!?しかも未開封品……!?こんなのが現存してたなんて……」
私が賭けの景品として持ってきたのは、ゲーム業界の
スーパーファミコンソフト『スーパードンキーコング2』のオリジナルサウンドトラックだ。
eスポーツやゲーム配信の流行により「ゲーム」全般の注目度が高まっている。
その結果、レアなゲームハードやソフト、カードゲームは勿論のこと、書籍や音楽CDなどの関連商品も含めて、世界中のコレクターの注目の的となり、高値で取引されるようになっていた。
『パワー9』に至っては「桃太郎ランドがまる一日貸し切れる」とか言われるほどの高騰ぶりである。
私が持ってきたサウンドトラックも、ゲームと曲の人気、そして市場に出回っている枚数の少なさから、価値は膨れ上がる一方だった。ゲーム人気が高まる前ですら10万円を超えていたそれは、今や文字通り桁違いの値段が付けられている。
「こんなもの、何処で手に入れたんスか……?」
「実家が潰れたゲーム屋なんだ。その売れ残りだよ」
実家にはこれ以外にも貴重なコレクションが多数眠っている。手放していれば店は存続できたのではないか――親の判断に疑問を感じながら、それらをしばしば拝借し、賭け金代わりに使っていた。目下のところ、博打で一度も奪われてはいない。
「まさかそんな物が貰えるとは思ってなかったっス。遠慮なく、勝たせて貰いますね」
そう言う碓氷の表情には緊張感のカケラも無い。
私はそんな碓氷に多少の哀れみを覚えつつ、彼が全一の座を勝ち取ったゲーム――『戦国の拳』の椅子に腰を下ろした。
2D対戦型格闘ゲーム、『戦国の
漫画雑誌『週刊少年ステップ』に連載していた同名漫画――筋骨隆々の戦国武将が「剣」では無く「拳」で戦い、天下を争うという内容――をゲーム化した作品だ。2000年代にアーケードゲームとしてまず稼働、次いで据え置きにも移植された。
むさ苦しい内容ではあるが、いわゆる歴女や腐女子から人気の高い漫画であったため、稼働初期には普段ゲームセンターに来ない女性ファンが詰めかけた。程なく歴戦の格ゲーマー達に駆逐されたが。
では格ゲーマーには評価されたかというと、全くそんなことは無かった。
キャラクターバランスが壊滅的であり、特に『モトナリ』という武将の性能が群を抜いていて、環境を完全支配した。当時はオンラインアップデートも無かったので、そんな状況が変わることもなく、早々に格ゲーマーも見切りを付けて過疎化が進む。
しかし一部の物好き達が研究を重ねた結果、全てのキャラクターで即死・永久コンボが見つかり、更にその大半が実戦投入可能と判明。
酷いところでバランスが取れていると再評価され、「死にさえしなければどこからでも巻き返せる」ロマン溢れるゲームとして、コアな格闘ゲーマーに長く愛された。
そして近年、致命的なバグはアップデートで取り除きつつ、まさしく
言うなれば、1度死んで蘇ったゲームだ。
プロゲーマーになりながら活動しない者と、プロゲーマーにならなかった者――ゲーム業界における「死者」である我々がぶつかり合うには、ピッタリかもしれない。
碓氷が提案したのは『1先』――1試合を制した方が勝ちというルール。
格ゲーにおけるプロ同士の試合は、運要素を嫌って『10先』――つまり10試合先取で行われることが多いのだが、これはフェアな大会ではなく「ギャンブル」であり、運も実力の内である。そんな考えのもと、私は提案されたルールに異論を挟まなかった。
更にこのゲームセンターは回転率を重視して、1試合を一般的な3ラウンド先取では無く、2ラウンド先取に設定している。
ゲーム自体の性質も相まって、かなりの短期決戦になるだろう。
クレジットを投入したらゲームスタート。もう後には引けない。
短くも濃密で拷問のような時間が、私を待っている。
私は深く深呼吸をして心を落ち着かせてから、意を決してクレジットを投じた。
――HERE COMES NEW RIVALS――
アーケードスティックを下からすくい上げるようにして、しかと握りこむ。私が得意とする2D弾幕シューティングで慣れ親しんだプレイスタイルだ。『ワイン持ち』とも呼ばれる。
こうしてスティックを握るたび、ワイングラスをこう持ったらワインを温めてしまうのでよろしくないのでは……という疑問が湧くのが常であったが、この時はそんな考えも起きない程に集中していた。
先ず、キャラクター選択画面が表示された。
碓氷の選択は『マサムネ』。博麗の話では弱キャラ中の弱キャラとのことだが、やはり碓氷に迷いはなかった。
それほど多くないプレイヤーキャラの中から、私は『 モトナリ』を選んだ。深い考えがあったわけではない。強キャラと聞いたから選んだ、ただそれだけの話である。
こうして、プロとアマチュアの大博打の火蓋が、ついに切られた。
――ROUND 1 ――
――FIGHT!!――
……。
決着は、あまりにも早かった。
短期決戦どころではない。ものの数秒で肩がついてしまった。
私がどう攻めたものかと初期位置でまごついている間に、異様にリーチの長い小技が飛んできてクリーンヒット。そこから永久コンボに突入し、ゲージが尽きるまでなぶられ続けた。
2ラウンド目も初戦のリプレイのように蹂躙され、更には一撃必殺技まで叩きこまれた。
私は、負けたのだ。
「やれやれ、これは時間がかかるだろうな」
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