第17章 発見

 草や枝を踏むタイヤの音を鳴らしながら、私たちの乗った車は微速で狭い林道を進む。

 捜索には、覆面パトを使わせてもらうことにした。軽自動車である理真りまのR1のほうが狭い道を通るのに都合はいいのだが、R1に大人が四人乗るのは難しい。そのうちの二人が体格の良い男性刑事では、それは不可能と言ってよい。ハンドルを握るのは加藤かとう刑事。助手席に中野なかの刑事が座り、私と理真は後部座席で周囲に目を光らせる。


「あ、あそこにありますよ」


 中野刑事がフロントガラスを指さす。確かに、ゆるやかなカーブを描く道の先に小さな小屋が見える。加藤刑事はそのすぐ手前でブレーキを踏み車を停めた。


「何もないですね」


 加藤刑事の言葉の通りだった。間多良まだらの骨を入れたらしき骨壺、もしくは箱が見つからないということではない。小屋の中は、からっぽだった。埃っぽい室内に簡素な机と椅子が無造作に置いてあるだけだった。


「外れですね。周りにもなにもありません」


 一応、小屋の周囲も加藤刑事に見てきてもらった。


「ええ、でも、いきなり見つかるなんて期待はしていませんから」


 理真は、地図の上、この小屋がある辺りに小屋のマークを書き込みバツ印を加えた。



「もっと通りにくい道かと思ってましたけれど、意外と普通に走れますね」


 加藤刑事は周囲を警戒するように目を配りながらハンドルを握っている。


「そうですね」理真は地図と車外の風景に交互に目をやりながら、「次晴つぎはるさんが宝探しに車で入り込んでわだちが出来ているから、そのためかもしれませんね」

「次晴がすでに見つけていたってことは、ないですかね?」

「間多良の骨をですか?」と私。


 理真は外を見回したまま、


「うーん、それは何とも言えないわね。間多良の骨を納めたのが骨壺なら、骨董品と勘違いして手にとったりはするだろうけど。いや、桐の箱だったとしても、中に壺でも入っていそうだと思って一応中を見てみるでしょうね」

「でも、生前、次晴さんはそんな話はしていなかった」

「見つけても、何も言わなかっただけなのかも。警察の調べでは、次晴さんの遺品から骨董品の類は見つからなかったんですよね? もちろん骨が入った入れ物も」

「はい、次晴の家、車の中からも。友人らにも何も預けたりはしていなかったそうです」


 加藤刑事が答えた。


「あ、またあります。今度は倉みたいですね」


 中野刑事が指さした先には、二階建て程度の高さの昔ながらの造りの倉があった。

 この倉の捜索は一苦労だった。中には、雑多なガラクタが置かれ、古いタンスのようなものもあった。一度誰かが捜索した跡があったが、もちろん次晴の手によるものだろう。しかし、後片付けなど一切やっていかなかったようで、倉の中は乱雑を極めていた。

 結局ここの倉からも目当てのものは発見されなかった。お昼休みを挟んで捜索を続けたが、この日は二軒の小屋と二軒の倉を発見、捜索したところでタイムアップとなった。地図にない枝道も数本みつけた。


「これは思ってたよりも時間がかかりそうだわ」


 本日の捜索を終えての理真の感想である。帰りは中野刑事が運転を代わり、加藤刑事は桑原くわばら刑事に連絡を入れていた。


「来週にも山狩りが行われるかもしれないそうです」


 電話を切った加藤刑事がそう教えてくれた。


「まだ決定ではないんですね?」理真が訪ねる。

「そうなんですよ。まだ源市げんいちの爺さんが何だかんだ言ってるらしくて」


 山狩りをして犯人を捜したらいい。私たちの前では、そうは言ったが、やはりいざとなると躊躇しているのだろうか。


「犯人は、やはりこの林の中に潜んでいるんでしょうか」


 加藤刑事は周囲を覆う林の向こうに視線を投げかける。日はまだ没していない時間だが、高い木々で陽光が遮られる林の中はすでに暗く、行きとは明らかに表情を変えている。


「隻腕鬼、か」ハンドルを握る中野刑事が呟いた。

「中野刑事」加藤刑事が運転席に向かって、「今日捜索をしていて、何か気配や視線を感じましたか?」

「……いや、お前、何か感じたのか?」

「いえ、僕は全然」

「何だよ……安堂さん、江嶋えじまさんは、どうでしたか?」

「私は、なかったです。理真は?」


 理真は首を横に振った。


「そうですか……でも、用心するに越したことはないです。次晴が殺されたのは、お宝を探して林の中を歩き回っていたから。そうじゃないとは言い切れていないんでしょう?」


 中野刑事の言葉に背中がぞくりとした。――隻腕鬼に気を付けろ――


「もし、隻腕鬼が出てきても」理真は前の座席の間から顔を出すようにして、「お二人が付いてるから安心ですよ」

「は、はい、任せといて下さい!」

「ぶっ飛ばしてやりますよ!」


 加藤、中野両刑事は同時に勇ましく答える。でも、あんまり無茶はしないで下さいね、と理真は付け加えた。



「あー、腹減ったなー」加藤刑事がお腹を押さえる。

「今晩はカレーですよ」私が言うと、

「ですよね。昨日の夜、台所からカレーのいい匂いがしてましたよね!」

「カレーで大喜びって、お前、子供かよ」


 助手席で喜びを表現する加藤刑事を、運転席の中野刑事が冷ややかに見つめる。


「中野さんは嬉しくないんですか、カレー」

「そりゃ、嬉しいよ」中野刑事が、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

「私も作るの手伝ったんですよ」と理真。

「うわ、それはますます楽しみだ!」


 嬉々として盛り上がる二人。やれやれ、といったふうに理真が後部座席の背もたれに背中を付けると、道は開け別荘が見えてきた。



 力仕事の後で若い刑事二人プラス理真だから食べるだろうなと予想し、通常のカレールゥ二箱分を作ったのだが見事に完食してくれた。ご飯を作り置きしておいてよかった。理真は最後は玉うどんを煮てカレーうどんにして食べていた。スープは一切入れずにうどんにカレーだけをかけて食べるのが理真流だ。

 今夜は男性陣に先に風呂を使ってもらい、私と理真は食事の片付けに入る。カレーを食べた容器は食べ終わったら即洗うのが鉄の掟だ。

 カレーで明日の朝食まで持たせるつもりだったので、献立を考えなければならない。理真にも意見を聞こうかと居間へ行くと、理真は座卓に広げた地図とにらめっこをしていた。私に気付いて顔を上げ、


「今日見つけた小屋と倉はさ、なんにもなかったじゃない」

「そうだね」


 私は献立の話はひとまず胸にしまい、理真の隣に腰を下ろす。倉の中には、何もないというかガラクタだけがたくさんあった。


「次晴さんも、お宝を見つけた様子はなかった。そんなものが本当にあるのかどうかという問題はあるけどね」


 私は、うんうん、と頷く。


「ここから近い場所にある小屋や倉からはさ、もうあらかた必要な物は持ち出してると思うんだよね。遠くにある場所ほど、まだ何か発見できる可能性が高いと思うのよ」

「遠くから攻めるってこと?」


 今度は理真が、うんうん、と頷いた。


「天気予報だと、しばらく雨は降らないらしいから、今のうちに遠い場所を捜索しておきたいと思って」

「警察の山狩りまで待って、一緒に行動したらいいんじゃない? 人手も多くなるし」

「いつになるか分からないからね。こっちには何の手掛かりもないんだよ。何か動いていないと不安だわ」


 理真の言うことももっともだ。


「奥に行くということは、それだけ危険も増すんじゃない? 隻腕鬼だけでなく」

「あの二人が付いてるから、大丈夫だよ」

「お風呂いただきましたー」「お先でしたー」


 その二人の声が聞こえた。


「よし、お風呂に入って疲れを癒そう」


 理真が地図を畳んで立ち上がったので、私も献立のことはひとまずとして、お風呂に入ることにした。



 捜索を開始してから四日が経過した。その間、一度食料の買い足しに出て、桑原刑事が様子を見に来た他は、全く同じことの繰り返しのような毎日だった。小屋や倉を発見し乗り込むが何も見つけることは出来ない。私は食事の献立に頭を悩ませ、二人の刑事と理真は食べまくる。私たちは次晴が探していた先代のお宝骨董品も捜索対象とすることにしていたが、それも発見できていない。しかし、確実に地図は埋まっている。いつかは必ず見つけることができるはずだ。間多良の骨も、お宝も。本当に存在するのなら。



「ああっ!」という加藤刑事の声で我に返った。

 新たな倉を発見し捜索をしている最中。いや、私は食事当番も兼ねているので力仕事や服が汚れるような現場での作業は免除されている。三人が捜索中は車のそばで見張り役を任されているのだ。万が一、林の中に潜んでいる犯人の襲撃に供えて。しかし私は夕飯と明朝の献立のことを考えていて、見張りの仕事にそれほど集中していなかった。加藤刑事の声を聞いたのは、漠然と林に目をやりながら、明日からは、おかずのあまりいらない炊き込みご飯でもしようか、と考えていた時だった。

「どうした!」続けて中野刑事の声が聞こえる。

 見張りをやっている場合じゃないと感じた私は、倉の中に駆けていった。


「……いかにもそれっぽいですよね」


 加藤刑事が床に下ろしたのは巾着に入れられた桐の箱だった。その巾着の汚れ具合は、ここにしまわれてからかなりの年月が経っていることを物語っている。巾着に守られていたためか、桐の箱自体はそれほど年代を感じさせない。私たちはそれを囲んで見下ろしている。


「開けますよ……」


 加藤刑事が確認を取るように皆の顔を見回す。私たちはその言葉に頷いて答えた。加藤刑事が桐の蓋をゆっくりと持ち上げた。


「ビンゴだ……」


 箱の中身を覗いた中野刑事が興奮を抑えきれない様子で呟いた。その通りだった。箱の中に入れられていたのは、粉々に砕けてはいるが焼かれたあとの人骨に違いなかった。



 間多良の遺骨(正確には切断された腕の骨のため、遺骨という言い方はおかしいのだが)発見の報は、加藤刑事によってすぐさま桑原刑事に連絡された。菊柳家には理真から連絡が成される。

 ちょうどこの倉を最後に今日の捜索はやめにしようと決めていたので、別荘に帰る時間もいつもと同じくらいになった。薄暗い林の中を家路につくのは毎度陰鬱なものだったが、今日ばかりは少し心が晴れている。


「それが間多良の骨であることに間違いはないんですか?」


 ハンドルを握りながら、加藤刑事が箱を持つ理真に訊いた。


「ええ、間違いない、と思います」


 理真は巾着に箱と一緒に入れられていた封筒の中身を開き、車内灯をつけてそこに書かれた内容を確認している。


「これは病院が発行した、間多良の左腕を火葬場で焼いてもらうための書類ですよ。絹江さんのサインもあるわ。絹江さんはこれも一緒にとって置いてくれてたんですね」

「そうですか、これで事件解決に一歩前進ですね」


 加藤刑事は嬉しそうに言ったが、私が見た理真の表情は決して明るいとはいえなかった。それもそのはずだ。三十年前に間多良が左腕を失ったことは、そもそも疑いようのない事実だ。今更それを確認したところで進展があるわけではない。この骨から何か有力な手掛かりが見つかるとも考えがたい。事件の鍵が三十年前にあるため、それに関するできるだけ多くのものを集めたいという理真の考えから、この骨は捜索、発見されたのだ。私には理真は藁をも掴むつもりでいるのではないかと思える。

 今のところ理真が看破したのは、犯人が隻腕ではないということのみだ。次晴殺害の犯人の動機、車と死体が移動され車が壊されていた理由、何も分かっていない。左腕が切断されていた理由は最初の被害者にも同じ事が言える。矢作やはぎの隻腕鬼目撃証言もある。この骨の発見が、せめて藁とは言わず枯れ枝くらいのものとなってくれればよいのだが。

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